たどり着いた試験通過者用控室には、まだ誰もいなかった。
私が最初の通過者なのだから当たり前である……が、ここに来るまでにもう一人通過者が出たとのアナウンスがあったので、あるいは先を越されているかもしれないと思ったのだ。
「……それにしても、120人かぁ」
私に続いた通過者は、なんでも120人を一網打尽にして条件を達成したらしい。最初に聞いた時は耳を疑った。
かく言う私も結局は一人余計に脱落させたわけだが、それにしたって120人というのはちょっとやりすぎではなかろうか。というか、いったいどんな個性で、どんなことをすれば120人同時に倒せるのだろう。やっぱり聞き間違いだったのかも。
「……はぁ……」
……思わず、ため息を吐いてしまう。
現実逃避をして気持ちを誤魔化そうとしたけれど、やっぱりダメそうだ。
とんだ肩透かしを食ったなぁ、というのが正直な感想だった。
まさか、開始直後のほぼワンアクション、三十秒も経たずに試験を通過することになるなんて想像もしなかった。あの忍者三人衆に対して文句を言うのは筋違いだろうけども、彼らの選んだ奇襲という一手はお互いにかなり不都合だったというわけだ。
そもそも私が単独行動に出たのは、一人でやりたいことがあったからだ。いや、一人でやりたいというか、大所帯だとやりづらい……要するに轟くんと似たような理由があったのである。
で、具体的に何がやりたかったのかと言えば、昨日までの圧縮訓練の成果と、試験のほぼ直前になって届いた新しいサポートアイテムを実戦でじっくりと試したかったのだ。
前者の圧縮訓練の成果というのは、まぁおおよそ【冷気感知】のことだと思ってくれていい。
そして、【冷気感知】の仕上がり具合だが、最終的には【存在感知】90点、【動作感知】40点といったところであった。
もう少し詳しく説明すると、まず、【存在感知】については一つの技として完成したと言って良い、とエクトプラズム先生にお墨付きをいただいた。これは、エクトプラズム先生やA組の中でも必殺技開発が順調で余裕のある人たちに協力してもらい、私が鬼固定で開催されたかくれんぼ in USJ を踏まえた上での評価である。
ちなみに100点とまで言わないのは、まだ伸びしろがあるからだ。
少し想像を働かせてもらえばわかると思うが、【冷気感知】はその仕組み上、冷気を展開する範囲を広くすれば広くするほど、その範囲内の地形が複雑であれば複雑であるほど、そしてその範囲にいる人間の数が多ければ多いほどに使用難度が上がってしまう。というか、得られた情報の処理が追いつかなくなってしまうのだ。
あと10点分の伸びしろはその限界を超えた先にあるわけで、より具体的に言えば得られた情報の取捨選択を適切かつ無意識に行えるようになるのが理想、ということである。
ただし、エクトプラズム先生にも言われたが、そんな理想を実現するためにはさらなる訓練や実際の現場での経験をひたすら積んでいくしかない。
なので、今回の仮免試験に挑むにあたっては90点でも出来すぎ、あるいはそもそも90点というのが言い過ぎといったところなのである。まぁ明確な採点基準があるわけでもないし、点数についてあれこれ考えるのはナンセンスだろう。雰囲気だ雰囲気。
で、そんな雰囲気採点でもって【動作感知】は40点としているわけだが、これはつまり赤点ギリギリということである。
堂々と胸を張って言い訳させてもらうが、【動作感知】の習得は案の定困難だったのだ。
当然の帰結として【動作感知】も【存在感知】と同様に情報の取捨選択を高い精度で行う必要があるわけで、なおかつ戦闘中の使用を想定しているのだからそれを悠長に行うわけにもいかない――すなわち、情報処理の精度のみならず速度も求められることになる。そして、これもまた訓練を始めとした経験の積み重ねが物を言う部分であるからして、今回の仮免試験に間に合わないのは当然だった。
さらに付け加えれば、そもそも大抵の場合――相手の姿が見えている場合には、普通に自分の目で見て状況を把握、判断する方が楽だし確実だと気が付いたのだ。
……もっとも、1年A組が誇るインビジブルなあの子の存在もあって
結論、【動作感知】そのものを及第点に届かせることはできなかったが、無理に届かせる必要性も薄いことに気が付いたから赤点回避、という採点なのであった。
「……まぁでも、ね」
なんやかんや思うところはありつつも、【冷気感知】はまだいい。
あの忍者三人衆の奇襲に対処できたのは半分以上【冷気感知】のおかげだし、その一点だけでもとりあえず満足できるくらいには有効な活用ができたと思うのだ。
問題なのは、新しいサポートアイテムたちだった。
起動はしていたし、一応使ったには使ったが、有効活用できたとまでは正直言えない。
私の新しいサポートアイテムというのは、言わずもがなベレー帽と銀縁メガネの二つ。
ズバリ言ってしまえば、これらはピクシーボブさんのヘッドセットとバイザーである。
専用のカメラマイクから映像や音を受信するサポートアイテムで、ピクシーボブさんが魔獣の遠隔操作のために使用していたものと同じ機能で同じ性能。見た目だけは私のコスチュームに合わせてデザインされている……あぁいや、カメラからの映像を出力する網膜投影も私に合わせて調整していると説明されたか。まぁ、とにかくそういうことだ。
これらのサポートアイテムが私の手元に届いたのは、つい一昨日のことであった。
仮免試験の日程に対してギリギリなことは否定しようのない事実だが、しかし間に合っただけで十分凄まじいし、まして二日前に届いたのは驚異的とすら言って良いと思う。
合宿の時にピクシーボブさんが言っていた通り、このサポートアイテムを取り扱っている会社は以前から雄英高校と提携していた。また、ピクシーボブさんが同じく合宿の時点で相澤先生に話を通しておいてくれたこともあり、圧縮訓練開始直後、そのサポート会社と相談する約束を取り付けるまでがかなりスムーズだったのはわからなくもない。
しかしその後、実際にそのサポート会社の社員さんが雄英にやってきて、私の個性について把握してもらった上で具体的にどんなシチュエーションでの使用を想定しているのか、そのためにどのような機能とどの程度の性能が必要なのか、また実用性を確保しつつコスチュームデザインとどう兼ね合いを取るのか……というような打ち合わせが、たった一日の間でおこなわれて。
さらにはコスチュームとの兼ね合いの話の延長として、ヒーロー活動用の義手にカメラマイクやバイザーの操作デバイスを組み込んでみるという案が出た。これにより、私の義手の第一人者である発目さん(と、お目付け役のパワーローダー先生)が追加で特殊召喚され、いろいろ擦り合わせているうちに「ついでだからコスチュームの細かい改良もまとめてやっちゃいますか!」とかいう流れになって、元々私のコスを手掛けていた会社に連絡を入れることになった。
そして、それからわずか十日も経たないうちに、真新しい装備一式が私の手元に送り届けられたのである。
つい先ほど、〝凄まじい〟だとか〝驚異的〟だとか表現してみたが、ちょっと訂正しよう。
狂ってるでしょ。
コスチュームの改良内容の細かな部分についてはひとまず割愛するが、少なくとも生地素材を再び変更しているのでほぼ間違いなくゼロから作り直しているはずなのだ。
カメラマイク関連のサポートアイテムは言うに及ばず、義手についてはベースこそそのままだが、操作デバイスは内部に組み込まれているのだからやっぱり手間がかかっているはずなのだ。
催眠術の個性だとか超スピードの個性なんてチャチなもんじゃあ断じてない。もっと恐ろしいものの片鱗を味わ――。
「――ウッス!!! こんにちはっス雪柳さん!!!」
「どわっはぁびっくりしたぁっ!?」
――突如、真横からとんでもない大声で挨拶をぶちかまされ、私は負けず劣らずの叫び声を上げてしまった。
※ ※ ※
「あ、あなたは……」
バクバクと跳ねる心臓を両手で押さえ込むようにしながら、やたらと背の高いその人を見上げる。
見覚えのある顔。見覚えのある帽子。
エンジ色を基調としたゴツいコスチュームだけは初めて見たが、この人は――。
「士傑高校1年、夜嵐イナサっス! さっきも挨拶したっスけど、あらためてよろしくお願いするっス!!」
そうだ、夜嵐イナサだ。こんなキャラの濃い人、忘れたくたって忘れられるもんか。
簡単に紹介するならば、彼は先ほど私たち1年A組が組んだ円陣に突然交ざってきた挙句頭から出血していた人である……いやうん、これじゃ簡単すぎてわかんないな。
試験が始まる前、私たちがバスに揺られてこの会場に到着した直後の話だ。
私たちは会場の中へ入る前、試験に向けて気合を入れるために円陣を組んだのだ。そこにそそくさと近付いてきて、お馴染み「プルスウルトラ」の掛け声に交ざってきたのが彼――夜嵐イナサだった。
彼は、たった今ふたたび名乗った通り〝士傑高校〟の生徒なのだが、相澤先生曰く今年度分の雄英ヒーロー科の推薦入学試験を受けて、しかも轟くんや百ちゃんを抑えて首位で合格した……にもかかわらず、何故か入学を蹴ったという摩訶不思議な人らしい。さらに言うと、私たちの円陣に交ざって来たときには「自分、雄英高校大好きっス!!!」とか叫んでいたのでますますわからない。
士傑高校のヒーロー科も雄英に負けず劣らずの名門で〝東の雄英〟〝西の士傑〟なんて並び称されているが、それでも一般的には雄英高校が国内で随一のヒーロー養成学校であるという認識が強いのだから、よっぽどの理由があったとしても入学辞退が非常にもったいないことに変わりはないのだ。
あとちなみに、彼が頭から出血したというのは、士傑の先輩から勝手に円陣に加わったことを注意されて物凄い勢いで地面に頭を打ち付けて謝罪をしてきたというだけである。いや、
……まぁとにもかくにも、そんな具合で彼の存在は私の頭にしっかりと刻まれていたわけである。
そして、たとえ先ほど目を合わせた覚えすらなくとも、彼の方が私を知っているのもまた当然だろう。
その理由は無論、林間合宿襲撃に始まる神野事件と、それらに関連する一連の報道にある。
神野事件そのものと、明かされたオールマイトの現状に関するトピックに勝るほどではないが、私に関するあれこれはその次点くらいには注目されている。私にとって、あるいは雄英や公安にとっても望ましいことではないが、これはもはやどうしようもないのである。
「……ええと」
なんやかんやと考えてみたが、要するにほとんど初対面であることには変わりない。
なので、ひとまずは挨拶を返そうとしたのだが。
「雪柳氷雨、です。雄英高校、1年の。よろしくお願い……します?」
具体的に何をよろしくお願いするのかわからない気がする、いやでも将来的に同業者としてよろしくする可能性は高いのかな、なんて余計な思考がよぎってしまい、結局ぎこちなくなってしまった。
しかし夜嵐イナサ、もとい夜嵐くんはそれを気にした様子もなく、逆にグイグイと迫ってきた。
「それにしても雪柳さんすごいっス!! 熱いっス!!!」
「は、はぁ? どれにしても、でしょうか……」
「今、ここにいるってことは! 神野事件から1ヶ月も経ってないのに仮免試験受けにきて、一瞬で一次試験突破しちゃったわけじゃないっスか!! ほんとすごいっス!!! それに俺、ずっと前から雪柳さんのこと好きだったっス!!!!」
「へ」
「雄英体育祭、見たっス!!!!!」
「うぼぁ」
上げて落とされた。いや上げられたか? 地面に叩きつけるための予備動作だっただけでは?
「体育祭のことは……できれば忘れて欲しいんですが……」
「忘れるなんてムリっス! 騎馬戦とかトーナメントももちろん熱かったっスけど、雪柳さんの見せたあのガッツ! USJ事件の話を知る前から、この目にしかと焼き付いてます!! サライ感動したっス!!!」
「……あ、ああ、あ……」
どうして……どうして……と膝から崩れ落ちかけたが、堪えた。頭は抱えたけど。
「……くっ、ま、まぁ、いいですよ。どうも。あの時は……あの時なりに、頑張ったのは事実ですからね」
そう、あの時なりには、頑張っていた。
USJ事件を経て、ヒーローになることへの意識が多少なりとも変わった頃ではあった。今になって振り返ればそれでもなお苛立たしいほどに呑気だったとも思うが、そんなことを夜嵐くんに主張したところで八つ当たり以上の何にもなりはしない。
だから、嘘ではないが本心でもないような言葉でお茶を濁すほかなかった。
それにしても、決して夜嵐くんが嫌いなわけではないが、この調子で絡み続けられるのは面倒だぞ――と、そんなような考えが頭をもたげてきたところで折よく控室の扉が開き、数人の受験者たちが現れた。第三、第四の一次試験通過者に違いなかった。
「――あっ、みなさん続々とやってきたっスね! すいません雪柳さん! 自分、みなさんに挨拶してくるっス!! 失礼します!!!」
「え、あ、はい」
私が声を出すか出さないかの時点で既に夜嵐くんは踵を返し、他の受験者の元へとずんずん歩いていっていた。
「……嵐みたいだったな……」
夜嵐だけに、なんて誰でも思い付きそうなつまらない冗談じみた感想が浮かんで、それから私は小さくため息を吐いた。
※ ※ ※
「雪柳」
名前を呼ばれて顔を上げると、今度は見慣れた紅白頭。
「……轟くん。通過しましたか」
「ああ。そういうおまえは、随分と早かったみたいだな」
轟くんはそう言いながら、私の隣の椅子に腰をおろした。
控室の壁際には椅子が並べられていて、私は今の今までそこに座って目を瞑っていたのだ。
「いつ通過したんだ。他のやつらはどうした?」
「私も、爆豪くんや轟くんみたいに単独行動していた……いえ、しようとしたんですよ。ただ、開始早々奇襲をかけられて、それを返り討ちにして……」
「……開始三十秒で通過してたの、おまえか」
「ええ、まぁ、はい」
なんなら勝負が決まったのは開始五秒時点である。そこから先の二十五秒は、あの忍者たちが私から与えられた二択を渋々選ぶのを待っていただけだ。
「……雪柳も、忍者が相手だったのか」
「は?
「いや、俺も忍者のコスチュームの奴らを相手にしてな」
「えぇ……」
なんなの流行ってるの? ……いやまぁ、忍者なんてヒーローのコンセプトとしてはありふれてる方だとは思うけどさ。トップヒーローの一人として絶賛活躍中で、ザ・ジャパニーズニンジャなエッジショットなんかもいるわけだし。
ちなみに私が相手にした忍者たちは全身黒づくめの由緒正しき(?)見た目だったが、轟くんが相手にしたのはカラフルな戦隊モノ忍者たちだったらしい。忍者戦隊か忍風戦隊か、はたまた手裏剣戦隊だったのかは定かでないらしい。定かであってたまるか。
「それにしても雪柳おまえ、なんで単独行動なんかしたんだ。試験のルール的に、あいつらと一緒に行動したほうがよかったろ」
「それ、轟くんが言いますかね。一人で試したいことがあったんですよ。新しい必殺技と、新しいサポートアイテムで」
「……あぁ、冷気を操って人や物を感知するんだったか。サポートアイテムの方は詳しく聞いてなかったが」
「届いたのが一昨日でしたからね。盗み聞きされるのが嫌なので、ここでは話したくないんですが……」
このボール当てゲームを〝一次試験〟としている以上、ほぼ間違いなく二次試験もあるはずだ。そして、二次試験がどんな内容かわからない――もっと言えば、またもや受験者同士で合格枠を奪い合うような内容であるかもしれないのだから、周囲の人間に手の内がバレないようにしたい。この控室は一次試験通過者100人を収容しても十分に余裕がありそうなほど広いが、響香ちゃんや障子くんのような耳のいい個性の持ち主がいる可能性はあり得るのだ。
……と、まぁそう言いつつも実際のところはそこまで神経質になるつもりもないのだが、それを差し置いても事前にあれこれ説明しておくほどこのサポートアイテムの活用方法は複雑じゃない。
大まかに言ってしまえば専用のカメラマイクを氷で適当に包んで操作し、音や映像を遠隔で取得するだけだ。
偵察、捜索、望遠などなど利用方法はさまざまで、たとえば先ほどの対忍者三人衆の時は自分の頭上にカメラマイクを配置して自分の周囲の状況を俯瞰していた。私が背後から現れた忍者たちを即座に個性で捕縛できたのは、あらかじめ【冷気感知】を使用していたのもあるが、この俯瞰映像を見ていたからでもあったのだ。
……なお完全に余談だが、この専用のカメラマイクというのはいわゆる〝帯留〟の見た目をしており、もともとコスチュームの一部だった自動ベルトの着物帯に〝帯締め〟という紐と合わせる形で装飾品のように装備している。
〝和装〟という一貫したデザインコンセプトを崩さないように、という匠の涙ぐましい、あるいは狂気じみたこだわりが非常に伝わってくるところであった。
「――轟くん? どうしました?」
「ん、あぁ……」
ふと見れば、轟くんはあらぬ方向に顔を向けていた。
その視線の先を追ってみると、他の受験者と話をしている(厳密に言えば一方的に話しかけまくってる)夜嵐くんの姿があった。
彼は雄英の推薦入試で主席合格した、つまりは轟くんを下した相手なわけで、そこに何某かの因縁を想像してしまうのは私だけではないだろう。
踏み込むべきか否かを私は悩んで、しかしそのわずかな間に轟くんはこちらへと向き直っていた。
「……なんでもねぇ。それより雪柳、さっきから……いや、少し前から、気になってたんだが」
そして、露骨に話題を変えてきたからやっぱり触れてほしくないのかなと納得して、「なんでしょうか」と続きを促して──
「呼び方。なんで、師匠じゃなくなったんだ」
――今の自分が、妙に浮かれていることに気が付かされた。
「…………」
「……雪柳?」
「……ああ、まぁ……気分ですよ、気分。そういう気分だってだけです。別に、気にしないでください」
単純な自分に嫌気がさす。
新しいコスチュームを身に纏った程度で。
新しいサポートアイテムを身に付けた程度で。
圧縮訓練の成果が出た程度で。
一次試験を一番に突破できた程度で、いったいどうしてそんなに調子づいていたのか。
何のためにここにいるんだ。
ヒーロー仮免許を手に入れるためだ。
何のためにヒーロー仮免許を手に入れるんだ。
ヒーローになるためだ。
何のために、ヒーローになるのか。
「……轟くん、ありがとうございます」
私は、轟くんの方を見ないまま、自分勝手な礼を押し付けた。
ゆきゃなぎさんの最新コスチュームについての詳細情報を活動報告に上げました。イメージ画像も掲載しているのでよろしければ覗いてみてください。
(https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=281405&uid=356437)