「おォオオ……――っしゃあああああああ!!!」
「スゲェ! スゲェよこんなん!!」
「雄英全員、一次試験通っちゃったぁ!!!」
ひときわ大きな声が部屋中に響いて、周囲の耳目が一気に集まる。
先着100人の通過枠が埋まったことで一次試験が終了し、程なくして通過者全員が控室に集合してみれば、なんと我らが雄英高校1年A組は一人も脱落していないことが判明したのである。
その他の高校はと言うと多いところでも10人未満、少ないところでは二人きりだったり独りぼっちだったり。それぞれの高校ごとで自然と固まっているので一目瞭然だ。
それに引き替え私たちは21人の大所帯のまま。雄英が雄英であるとは言ってもあきらかに異様なので、騒ごうが騒ぐまいが否応なく注目されることにはなっただろう。
「――へぇー! あの三十秒クリアの人、雪柳だったんだ! さっすがぁ!」
「偶然ですよ。カウンターパンチがうっかり顎に入っちゃったようなものだったので」
「謙遜することはないぞ雪柳くん! 訓練の成果が最高の形で発揮できた、ということだろう? 俺も学級委員長としての責務はあれど、負けてられないな!」
もっとも、ケチを付けるわけではないが、三奈ちゃんをはじめとするA組の多くはかなりギリギリになって試験を通過してきた。
中でも飯田くんはバラバラになっていたみんなを再び合流させるべく、時間の許す限りあちらこちらを奔走していたとかなんとか。クラスに貢献するのが学級委員長だから、というわかるようなわからないような理屈でそんなことをしていたらしいけど……まぁ、結果的に通過できているのだからとやかく言うのは無粋か。
ちなみに、最終的には青山くんのおかげで残っていた全員が一箇所に集合することができ、連携プレイで残りの合格枠に滑り込むことができたというのだった。
「……まぁ別に、早かろうが遅かろうが一次試験を通過したことには変わりありませんから」
「いやいや雪柳さん、これからのヒーローには速さが必要なんだって公安の人も言ってたじゃないか。飯田の言う通り、そんなに謙遜することないと思うよ」
「そうだぜ雪柳! もっと胸張れって!」
「あー……うん、そうですかね」
……とかなんとか、みんなとも軽く言葉を交わすだけの時間があって。
『──えー、一次選考を通過した100人の皆さん。これ、ご覧ください』
アナウンスの声と共に、突如として控室壁面の大型モニターに映像が流れ始めた。
そこにはビル街や住宅街の──仮免試験会場の様子が映し出されていた。
そして。
「え」
全部爆発した。
もう一度言おう。
全部爆発した。
『次の試験でラストになります。みなさんにはこれからこの被災現場で、〝バイスタンダー〟として救助演習をおこなってもらいます』
……ばいすたんだー……聞き覚えは、ある……。
「「パイスライダー……?」」
「バイスタンダー! 現場に居合わせた人のことだよ! 授業でやったでしょ?」
「一般市民を指す意味でも使われたりしますが……」
上鳴くんと峰田くんのとんちんかんな呟きに対して透ちゃんと百ちゃんのツッコミが入る。
うん、そう、現場に居合わせた人だ。バイスタンダーね、バイスタンダー。あと一般市民ね。うん、オーケー。
『ここでは一般市民としてではなく、
アナウンスの声に耳を傾けながら映像を見続けていると、崩落した街並みの中にいくつもの人影があることに気が付く。
会場内に一般人が紛れ込んでしまったなどとは反射的にも思わなかったが、ぱっと見た限りでも子どもから老人までがスタスタと瓦礫の中へ入り込んでいくものだから異様な光景だった。
曰く、彼らはHELP・US・COMPANY――略して
要するにこの二次試験、アナウンスをそのまま信用するなら最終試験になるはずの救助演習では、傷病者に扮して各所に散らばった彼らを救助することが大きな目的になるわけだ。公安はその救助活動の様子を採点し、最終的な合否を決定するというのである。
フックの人たちがスタンバイするまでの時間を含め、最終試験の開始はきっかり10分後とのこと。トイレは今のうちに済ませておいてください、なんてご丁寧な案内でアナウンスは締めくくられた。
「……救助、か」
今度は受験者同士で合格枠を奪い合うような試験ではなさそうだ……と、安直に考えてしまいたいところであるが、肝心の採点がどのようにおこなわれるかがわからない。
たとえば、とにかく救助した人数でポイントが加算されるような採点システムである可能性もなくは……いや、さすがにそれはないな。そりゃあ救助は早ければ早いほど良いけど、早ければなんでも良いわけでもないだろうし。もっとこう、雄英の入試のレスキューポイント制みたいな……。
というか、それか。レスキューポイント制。
救助のための適切な行動を取れば取るだけ加点される、みたいな採点システムであれば、十分に合理的な試験になるんじゃないだろうか。人数に限りがあるフックという〝パイ〟を100人で奪い合うだけのそれよりは、間違いなく。
基準値、つまりは具体的なボーダーラインが設定されていてそれを上回ることが合格の条件であるともはっきり言っていたし、そもそも一次試験のように合格の枠が限られているということもないのではないだろうか。
であれば、やれることは多い。多いはずだ。
それと、速さが重視されていることに変わりはないはずだから、そこをアピールするのが何よりも確実だろう。
「うん、やっぱり〝速さ〟だな」
「ん? あ、そうだね。これからのヒーローには速さが求められるんだーって散々強調してたもんね!」
「え? あ、はい」
独り言のつもりだった呟きを透ちゃんに拾われて、変に驚いた私はいかにも適当な返事を返してしまった。
するとさらに、近くにいた百ちゃんが口を開く。
「ええ、そうですわね。こと災害救助の場面では『巧遅は拙速に如かず』といったところでしょうか。無論、要救助者の方々の身の安全にも最大限注意を払う必要があるわけですから、その辺りのバランスはどうしても難しいですけれど……」
「ウチら、どう考えても訓練の量足りてないもんね。一次は結局ウチらが伸ばしてきた戦闘力が肝だったからなんとかなったけど、今度ばかりはホントに不安かも」
「でも、先生方だってそこは承知の上で送り出してくれたはずだわ。きっと、今まで習ったことを出し切ることができれば大丈夫なはずよ」
「ですね。そう思いたいところです」
響香ちゃんが抱いた不安もよくわかるが、私はどちらかと言えば梅雨ちゃんの言うことを信じたかった。というか、今から数分後にはそうするしかなくなるだろう。自信なさげにおろおろしているだけでヒーロー仮免を発行してもらえるはずがない。
「ともかく、私たち個人個人の行動が迅速であれば、結果的に救助活動全体が迅速に進むことになるのは間違いありませんわ。要救助者のことを第一に考えれば、やはり一次試験と同様に〝速さ〟が重視されると見てよいかと」
「……あっ」
「何、どしたの雪柳」
「ああ、いや……ちょっと」
百ちゃんの言葉が、私にひらめきをもたらした。
私が考えていた「速さ」とは、自分自身の速さのことでしかなかった。いかに自分自身が迅速な行動を取るか、という点にしか思考を割いていなかった。
個々人の「速さ」が全体の「速さ」に繋がるというのは百ちゃんも言った通りだから、別にそれが間違っているわけではない。
──けれど、全体を重視するのなら、それがすべてでもない。
そうやって発想を転換した途端に、私が、私だけがやれそうなことまで思い付いた。
実現できる可能性は五分五分くらいだが、試すだけ試したあとでもリカバリーは利くはずで、上手く行けば相応以上の成果が望める。
ローリスクハイリターンは、もはや博打ではない。
「……やれる、はず。いや、やる。やるぞ」
──けたたましいベルの音が鳴り響いたのは、私がそんな決意を固めたしばらく後だった。
※ ※ ※
『
救助演習のシナリオが滔々と語られていく一方で、一次試験の時と同じように控室が
『――ヒーロー諸君! ひとつでも多くの命を救い出すこと! 試験、START!!!』
そして、控室が完全に展開し切るのと、試験開始の合図は同時だった。
受験者たちの大半が一斉に動き出して、前方に広がる凄惨な被災現場へと急行していく――その背中を、私は反射的に帽子を片手で押さえながら、ただ見送っていった。
「雪柳さん! 何を――」
「行ってください百ちゃん! 私のことは、気にしないで!」
動こうとしない私に気が付いた百ちゃんが、駆け出しつつもこちらに振り向いていた。
けれど、私が声を張って返事をすれば、彼女は心配そうな表情を浮かべながらもA組のみんなを追いかけていった。
……まぁ、本当に私一人が残るような形になってしまえば、こうもすんなりと置いて行ってはもらえなかったかもしれない。
「――やっぱりみんな飛び出していったな」
「あぁ……おい! 俺たちは打ち合せ通り、ここで救護所を設営するぞ!」
「了解! 他に残ってる人たちも一緒に――」
――と、こんな具合で十数人、すなわち受験者の二割弱くらいは展開した控室を救護所として運営するためにこの場に留まったのだ。
「そこの君! 雄英の、雪柳さんだな! 残ってくれるなら俺たちと協力しよう!」
だいたいが同じ高校の複数人で示し合わせてそういう選択をしているものだから、一人ぽつんと残った私は
しかし、だ。
「いえ、すいません。救護所の方は皆さんでお願いします。私のことは放っておいてください」
「は、はぁ……?」
良い印象は持たれないだろうが、細かい説明をする時間がもったいない。お互いに、邪魔でなければ十分だ。
私は彼らからさっさと距離を取って、大きく息を吸った。
「――……さて、大仕事だ」
それから、一息に〝冷気〟を広げる。
飛び出していった受験者たちを追い越して、崩落した山や木々がなぎ倒された森、瓦礫が積み重なった街の隅々まで、会場のほとんどすべての空間を満たしていった。
「……いける。火事がない。受験者たちの動きがあわただしいけどそれはとりあえず無視……人の形、人の形、人の形だ……動き、小さくてもいい……身じろぎ、あとは体温、呼吸、声――」
――そうして一分も経たないうちに、【冷気感知】によって三桁にも上る
瓦礫の隙間に倒れ込んでいたり、フラフラと覚束ない足取りで道を歩いていたり……こうして全体を把握すると、フックたちがわざとらしいほど満遍なく配置されていることがわかる。というか、実際わざとなのだろう。
ともあれ、かくしてかなりの数のフックたちを発見できたわけだが、当然ながら見つけただけでは意味がない。
私自身の手で救助するか、誰かに救助してもらうように仕向けるか。
前者がまったく不可能というわけではないが、後者の方がより安全で確実な選択――だから私は後者を選んで、だから新しいサポートアイテムの出番だ。
コスの帯から帯留めの見た目のカメラマイクを手に取って起動し、氷で適当に包んで宙に浮かせる。それから義手のコントロールパネルを開きつつ、銀縁メガネのバイザーから網膜投影の映像が正常に出力されることを確かめた。
「マイクチェック、マイクチェック……よし」
最後、
仮に私が【氷衣】で飛んでいったとしても十秒とかからない距離だが、ストップ&ゴーにほとんど気を遣わなくていいカメラマイクだけなら三秒もかからない。差し引き七秒前後で準備の時間とも釣り合いが取れるし、これからさらに移動を繰り返せば大きなお釣りが出るくらいだ。
それに、【氷衣】を使うときよりも、カメラマイクから送られてくる映像や【冷気感知】に集中することができる。
――順調だな、と私が考えたのとほぼ同時、カメラマイクが救護所から一番近くにいたフック……の、すぐ近くにいた受験者の元にたどり着いた。
「失礼、そこの方」
『え? うわ何……氷? から、声?』
カメラマイクが映像と声を拾ってベレー帽に内蔵された送受信機がそれらを受け取り、銀縁メガネが網膜投影と骨伝導でそれらを私に伝えてくれる。
受験者は見るからに困惑しているようだったが、懇切丁寧に説明するつもりはない。
「個性と、サポートアイテムです。細かいことはお気になさらず、とにかく聞いて。あなたの近くに要救助者がいます。他の受験者にも声をかけて、救助に向かってください」
『う、うん、わかったわ。でも場所は……』
「その地点から、真っすぐ山岳地帯の方向です。要救助者の位置はわかりやすいようにマーキングしておきます。ええと……雪だるま。目立つようにしますので」
『え? ゆ、雪だるま?』
「はい、雪だるまです。とにかくよろしくお願いします……あー、あと、〝雪だるまの近くに要救助者アリ〟と他の受験者の人に伝えていってください。では」
……そんなわけで、私は雪だるま職人に就職した。
※ ※ ※
【冷気感知】で発見したフックたちのすぐそばに、これまた【冷気感知】頼りで手あたり次第に雪だるまを生産。
と、同時並行でカメラマイクをあちらこちらへ移動させ、各所に散らばる受験者たちに近場の要救助者の位置を教えつつ、雪だるまマーカーについての情報拡散を依頼。
私がやっていたことを要約すると、そうなる。
マーカーを雪だるまに設定してしまったせいでかなり間抜けな感じになってしまったが、しかし成果は上々だった。
試験開始から10分も経過していないはずだが、私が発見してマーキングをしたフックの半数近くがすでに救助され、次々に救護所へと運ばれてきていた。
雪だるまの伝言を聞いた受験者たちはもちろん、そうでない人たちも明らかに不自然な形で置かれている雪だるまに何らかの意図があることを察し、すぐ近くで見つかる要救助者を助け出してくれている。そういう動きをしているのが【冷気感知】とカメラマイク越しに見る映像からわかるのだ。
万事順調、としか言いようがない。
ほとんどすべてが私の思い描いた通りに進んでいる。
……が、結局のところ重要なのは、これがきちんと評価してもらえるかという点だ。
さすがに〝雪だるまを作って遊んでいただけ〟なんて思われはしないだろうけど……やっぱり多少拙くても直接的な救助活動をした方がいろいろアピールできたような気もしてしまう。
「――あ、すいませんそこのあなた。救助に戻られるんですよね?」
「おう! そうだが……あんた、雪柳さん……あぁなるほど、あの雪だるまはあんたか!」
「ええ、察しがよくて助かります。山岳エリアの方が手が足りていなさそうなので、他の方にも声をかけて向かっていただければと」
「オーケイ了解! おい聞いたな! 山岳エリアだ! 動ける奴行くぞ!」
こんな具合で救護所にフックを運んできた受験者に適宜声をかけているし、こういう細かい部分も加点されているといいのだが……。
「……しかし……いい加減ごちゃついてきたな……」
それにしても、ぼちぼち【冷気感知】による状況把握が難しくなってきていた。
救助者たちが動き回ることで冷気がかき回されて、地形や人の数の把握がもう随分と困難だ。発見できる限りのフックにはもうマーカーを置ききったが、ここから新しくフックを発見するのはたぶん無理。
ならばいっそ人手の足りていなさそうな場所に、それこそ今しがた依頼した山岳エリアにでも向かってみようか――と、考えた直後だった。
「――っ! んなっ……!?」
救護所のすぐ近くで、突如として大きな爆発が起こったのだ。