『
爆発で舞い上がった砂塵が晴れれば、そこには確かに
ほとんど全員が黒の全身タイツで、昔のコミックや特撮に出てきそうな、悪の組織の戦闘員じみた格好をしていた。
唯一の例外と言えば、そんな彼らの先頭に立っている人物である。
「――嘘だろ、あれギャングオルカじゃないか!?」
「わっ、ギャングオルカ!? それってさぁ! ギャングオルカが
そう、ギャングオルカだ。
シャチのような見た目で、なおかつギャングのような出立の大男。
たぶん他の
それに、彼のゴツくて厳つくて凶悪な見た目は決して伊達ではない。
言わずと知れたトップヒーローの一人であり、神野事件――もとい
……
場の混乱は二秒か三秒くらいあって、しかし直後には受験者全員がなんらかの行動を起こしていた。
多くの受験者たちは互いに声をかけ合いながら、救護所にいる
また、少数ながら
まぁ相手の数が数であるし、何よりあのギャングオルカがいるのだから仕方がないと言えば仕方がないけど、やっぱり情けないと言えば情けない。
そして、そんなふうに考えた私が
──【氷衣】を纏い、空中に軽く浮く。
展開した冷気は一応維持しつつも感知のために意識を割くのはやめて、偶然近場にあったカメラマイクはまっすぐ最短最速で私の下に戻ってくるよう氷を操作して回収した。
そうして最低限の準備を整えた私はそれから一息に高度を上げて、こちらへ向かってきている
「……多い、な。でも、だからこそビビってる場合じゃないんだよ、ヒーローども。後手に回るとろくなことにならな――あ?」
ひとりでぶつぶつ言いながら、とりあえず良いタイミングで派手に牽制攻撃を、と思っていたのだが。
及び腰だった防衛組から一人の受験者が突如として飛び出していくのが見えて、私はついうっかり呆けてしまったのだった。
しかも。
「……アホか」
飛び出した彼は、個性で地面を破壊して
思い切りヘッドバットを食らったように見えたけれど、その場で膝から崩れ落ちただけだったあたり個性による攻撃だったのかもしれない。あの体格差、あの勢いで物理攻撃を食らったら普通はぶっ飛ばされる。私は身をもって知っている。
それにそもそも、ぶっ飛ばされなかったのはラッキーでも何でもない。
「……まったく、仕方ない。まずはあの人を助け――あ?」
牽制攻撃の予定を切り替えて、蛮勇をふるったあの受験者を庇うためにちょっと過激な威嚇攻撃でもしてやろう、と思ったのだが。
なんとまぁ、よくよく見慣れた大規模な氷結攻撃──つまりはいつの間にかやってきていたらしい轟くんによる攻撃が、突如として
さらに、だ。
「――ふぅぅきィィイイイイ飛べぇえええええええっっっ!!!!」
轟くんの攻撃から一拍遅れて、士傑高校の夜嵐くんが非常に騒々しく乱入してきたのである。
どうやら彼は風を操るような個性を持っているらしく、それでもって自分自身が
「……私の出る幕、ないじゃん」
思わずぼやいてしまう。さっきからいったいなんなんだ。
轟くんは言わずもがな、夜嵐くんも一次試験で120人を一斉に脱落させたくらいなのだからきっと対多数の戦闘は得意なはず。
彼らが十分に上手くやれば私どころか誰の出番も無くなってしまうだろう。
……まぁ別に、本当に指を咥えて見ている以外にやることがないわけでもないが。
「救けますか、あのおバカさん」
救護所の移動を手伝うとか災害現場の方に向かうとか、はたまた轟くんと夜嵐くんに加勢するのも選択肢としてアリだろうけども。
轟くんに氷結攻撃でついでとばかりにぶっ飛ばされた……もとい、おそらく救けられた、例の受験者をフォローしてやるのが一番良いはず。あのまま放置しているとたぶん轟くんと夜嵐くんの邪魔になる。
私は
「――おや、どうも。ご無事ですか?」
「くっ、き、君は……」
てっきり意識を失っていると思っていたが、意外なことに要救助受験者くんは朦朧とする程度で済んでいたようだった。
やっぱりあれは物理攻撃じゃなく個性による攻撃だったのかも……まぁ、別にどうでもいいか。
……どうでもいいついでにもうひとつ、この要救助受験者くんの顔には見覚えがあった。彼は確か、傑物学園とかいう学校の生徒だったはずだ。
私たち雄英高校が試験会場に到着した際に士傑高校の他にもう一つ別の高校とも接触して、それが傑物学園という高校だったのだが、その中で率先して挨拶してきたのが彼だった。
やたらとさわやかな雰囲気イケメンだったので、私は終始遠巻きに見ていただけだったけども、多少は印象に残っていた。ちなみにあらためて見ると普通に整った容姿をしてるので、別に雰囲気だけの偽イケメンというわけでもない。うん、こっちは本当にどうでもいいな。
とにかく、意識があるなら幸いだ。プロヒーローが手加減を誤るとは考えていなかったが、よっぽどの介抱が必要になるようだったら厄介だった。
要救助受験者くんあらため雰囲気イケメンさんの傍に片膝を突き、顔を覗き込みながら話しかける。
「ええと、無理に返事していただかなくていいですよ。あとはあの二人に任せて、とにかく避難しましょう。ここでは彼らの邪魔に――」
――言い切る直前、ふと、異様な熱気と一際強い光が迫ってくるのを感じた。
※ ※ ※
反射的に個性を使って、
それからさらにもう一瞬、雪の防壁は急速に熱されてすべてが水蒸気になり、私の制御下から離れていった。
――炎の塊が飛んできた。
遅れてそれを認識してから、心臓が嫌に跳ねている。
「……なんの、つもりだよ」
ようやく声を絞り出せたのは、
焦った表情の轟くん。
さらにその少し奥には、狼狽えた様子の夜嵐くんも。
――気が付けば私は、【氷衣】でもって一足飛びに彼らへと近付いていた。
「なんですか、今のは。なんだったんですか」
「……い、いや……」
「攻撃を逸らされた? 連携ミス? ……それともわざと? 咄嗟の言い訳くらい、してみたらどうですか」
私が言いながら詰め寄ると、轟くんは気圧されたように後ずさった。
後ずさるだけで、すぐには返事を寄こさない。個性で空中に浮いている夜嵐くんも、聞こえていたはずだが同様だった。
「彼らは」
押し黙る轟くんと夜嵐くんの代わりに、ギャングオルカが口を開いた。
「我々の目の前で言い合いの喧嘩を始めた。あまつさえ意地を張り合ったまま個性を使用した結果、貴様らに危害を加えかけたのだよ」
私は、ギャングオルカをじっと見た。
すると彼は、凶悪に笑って、言った。
「これではまるで、どちらが
「……えぇ、そうですね」
──まったくもって、その通りだ。
「――っ、なっ!?」
「――ゆきっ、やなぎっ!?」
「喧嘩して、それにかまけて個性の使用を誤って……他人を、危険に晒した。あなたたちの行動は到底ヒーローのものとは言えない。よって、あなたたちを暫定的に
【
「……余計な抵抗はするなよ。これ以上、私の邪魔をするな」
最後にそれだけ言って、彼らを戦線から遠ざけた。もともと救護所を設営していたあたりまで動かして、そこに転がしておけば十分だろう。
それから私は小さくため息を吐き、顔だけをギャングオルカに向けた。
「待っていてくれるなんて、随分とお優しいことですね。それとも、余裕ですか」
「……フッ、いいや。ただ、呆気に取られていた。まさかそんな判断を下すとはな」
……煽っておいて、よく言う。
いや、煽られようと煽られまいと私はおそらく同じ判断をしただろうが、とにかく言い草が気に入らない。
私は不快感を隠さずにギャングオルカを睨んだが、彼はまったく意に介した様子もなく言葉を続けた。
「……しかし、賢明ではなかったな。当然の成り行きだが、貴様は一人で我々を止めなければならなくなった。貴様にそれができるのか?
「余裕ですよ」
即答してやって、いよいよ身体ごとギャングオルカの方に向き直って見せると、彼やその背後に再び集まりつつあった戦闘員たちはすぐに身構えた。
素早い反応ではあったが、遅い。遅すぎる。
――【冷気感知】を習得したことによって、ひとつ、想定外の副産物があった。
それというのは、雪や氷の生成速度が格段に増した点である。とりわけ雪に関しては、瞬きをする間に辺り一面を雪景色に変えられるまでになっていた。
そもそも私は「雪や氷の生成を寸止めする」ことで冷気を発生させている。したがって、「ある範囲に冷気を展開した状態」というのは、すなわち「ある範囲に雪や氷を生成する準備を終えた状態」でもあるということになるわけだ。
また、合宿の時に相澤先生に指摘されて気が付いた『雪』と『氷』――両親の個性の、あるいは氷渡氷雨と氷渡吹雪の個性の性質差を意識して使用するようになったことも加わって、雪の生成速度は顕著に向上したのである。
【包雪氷縛】が結果的に一次試験最速突破の決め手となり得たのも、つい先ほど咄嗟に自分の身を炎から守ることができたのも――そして今、ギャングオルカを相手に大口を叩けるのも、そのおかげに他ならない。
「――【
次の瞬間、私の視界のほとんどが白銀色に染まる。
ギャングオルカたちが立っていた一帯が真っ白な雪に覆われ、降り注ぐ日の光を反射して銀色に輝いていた。
その光景はまさしく〝銀世界〟だ……と、言いたいところだが、今回はあくまでギャングオルカたちを覆い尽くす程度でしかないので大げさすぎるか。
「なんだ、雪……? 薄い、が、しかしこれは……っ!」
私は雪を生成した。しかし、ギャングオルカたちのいる空間を雪で埋め尽くしたわけではなく、彼らや、地面に触れている冷気をなぞって雪の衣を纏わせたくらいでしかない。彼らの首から下を、余さず雪で包み込んだだけだ。
それだけで、十分なのだ。
なぜなら、生成した雪はそのまま私の支配下にあって、
かつての個性伸ばしを経て、私は少なくとも200㎏以上の氷を難なく操作できるようになった。
これはつまり、たとえば私が操作する氷や雪に外部から200㎏の力を加えられたとして、それを押し返せるだけの力があるということになる。
200kgというと、大きな数字ではあるものの、人間が出せないほどのパワーでもないように思えるかもしれない。
たとえば、トレーニングとしてバーベルを持ち上げる……デッドリフト、だったか? もしくは単純なパンチやキック、タックルであるとか。
重量としての200kgを持ち上げる力や、他の物体に与える衝撃としての200kgというのは、身体能力を強化するような個性を持たない人間にとっても決して超常的な数字ではないだろう。
しかし、だ。
それが、完全な静止を強いられ、なおかつ一切の予備動作を封じられた状態からとなれば話は違ってくる。
「……ほら、やっぱり余裕だ」
支配下にある雪を通じて、
その中でもやはりギャングオルカは流石の膂力で、じわりじわりと雪が動かされていたが……そんな彼ですら、雪を完全に振り払うまでには到底至らない。
瞬間的に、私が雪を固定している力を上回ればいいのではない。私が雪を操作し続けている限り、それを押しのけ続けなければいけないのだ。
「――さぁ、いかがです? まだ、打つ手がありますか?」
私がそう尋ねると、ギャングオルカは小さく息を吐いて、どこか遠くを見渡すような素振りを見せた。
「……ないことはない、が――」
――彼が呟いた直後、突然、会場に大きなブザーの音が鳴り響いた。
『えー、たった今、配置されていた
「――この通り、残念ながら時間切れだ」
※ ※ ※
試験が終わった。
それを認識した瞬間、私は無意識に個性の使用をやめていた。
「……終わり、か」
ふっ、と全身の力が抜ける。
緊張の糸が切れたのだ。
……そして同時に、ズキズキと目の奥、頭の奥が痛み始めて、私は思わず目を瞑って俯いた。
覚悟はしていたが、少し……いや、少しどころじゃなく、無理をし過ぎた。
「雪柳」
しばらくその場に立ち尽くしていると、頭の上から声が降ってきた。
ゆっくりと顔を上げてみれば、目の前にはギャングオルカの姿があった。身体中にまとわりついていた雪を払って、わざわざこちらに近付いてきていたらしい。
「……なんでしょうか」
「君一人で戦うという選択。先ほどは『賢明な判断でない』と言ったが、撤回しよう。君の判断はおおむね正しかった」
「……おおむね、ですか」
「ああ。たとえば、そこの彼」
ギャングオルカに促されて、横を見る。
「……あ」
「やはり忘れていたな。頭に血が上っているようだったから、そんなことだろうとは思ったが」
視線の先にいたのは、例の要救助受験者くん。
そして、彼に肩を貸している緑谷くんだった。
「緑谷出久、だったか。彼が君と入れ替わりで救助に向かったからよかったものの、あのまま戦闘が続けば巻き込まれかねなかった。君の個性であれば片手間でも対処できたはずだ」
「……それは」
それは、確かにその通りだ。
認めざるを得ない……が、釈然としない気持ちも、ある。
頭に血が昇っていた。冷静さを欠いていた。
それが言い訳にならないことくらいは、わかっているつもりだ。
たとえ、
……わかっているつもり、だけど。
「……
私はギャングオルカの方に向き直る――私は、いつの間にか
「……煽っておいて、そんな言い方しますかね」
「ふむ、正論だな。しかし、結局は君が、君なりに判断したことも事実。そうだろう?」
……まぁ、それはそうだ。
別に、ギャングオルカのせいにしたいわけじゃない。
だってあの判断は、冷静に下したものではないが、誤ったものだったとは今なお思わないのだ。
私は間違っていない。間違った判断はしていない。
――結果として、クラスメイトと他校の顔見知りの、挽回のチャンスを奪ったわけだが。
「……自業自得だ。私は、悪くない」
「…………」
私の呟きは聞こえていたはずだが、ギャングオルカは何も言わなかった。
その沈黙が、肯定なのか否定なのか、私は尋ねなかった。
※お知らせ
またもや支援絵をいただきました。下記の活動報告にてご紹介しておりますので、ぜひぜひご覧ください。
(https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=285175&uid=356437)