※先週の土曜日(8/27)にも投稿しているのでご注意ください
仮免試験の結果は、どうやら今日のうちに発表されるようだった。
ギャングオルカと話をしていたせいで……というより、試験終了のアナウンスがされた流れで伝えられていたそうだから、目を瞑ってぼーっとしていたせいですっかり聞き逃していたのである。
変に待たされずに済むのはありがたいと思う一方、はたしてそんな短時間できちんと採点されているのかと不安にも思ってしまう。
……いや、そもそも短時間とは限らないのか? まだぼちぼち日が高いけど、ここから夕方、あるいは完全に日が暮れるまで待たされる可能性も……ある? わからない……。
――と、まぁそんな具合にあれこれぼんやり考えながら、私は準備の時と同様に多目的トイレでコスチュームから制服へと着替えていた。合否発表までの時間を使って着替えやらの身支度を済ませておくように、との指示があったのだ。
他にも、怪我をした人は医務室へ、なんて案内があったけど擦り傷一つない私には関係ない。しいて言うなら現在進行形で頭痛に苛まれているが、これは個性の使い過ぎが原因で間違いないので医者にかかっても無意味だろうと思われる。
……実際のところ、ギャングオルカたち相手に【銀世界】を使った時点で私はいっぱいいっぱいだった。つまり、彼らに見せていた余裕の態度はまるっきり虚勢でしかなかったというわけだ。ギャングオルカにはバレていたような気もするが。
【銀世界】は、端的に言ってキツイ。発動には相当に神経を使うのだ。
何せ、うっかり顔を覆ってしまうくらいならまだしも、彼らが吸い込んだ冷気を雪に変換してしまおうものなら、いとも簡単に取り返しが付かなくなる。
そうして細心の注意を払って雪を生成した後は、数十メートル四方に広がった雪をほぼ全力でその場に押さえつけ続けなければいけない。たとえてみればそれはひたすら全身に力を入れ続けるようなもの……なんて言っても伝わらないかもしれないが、とにかくかなりの重労働なのである。
さらに付け加えると、二次試験開始直後からおこなっていた広範囲の【冷気感知】の疲労が色濃く残っていた。あれは、個性の制御に関して大変なところはないが、感知のために常に神経を使いっぱなしだったという点で負けず劣らずの重労働であった。
つまりは、ただでさえ無茶をしたところにさらなる無茶を重ねた形となってしまったわけで、そりゃあ頭の一つや二つ痛くなって当たり前だった。
「……はぁ」
「――あ、氷雨ちゃん! お疲れさまー!」
その後、のんびりだらだらと着替えを終え、ため息を吐きながらトイレから出たところで、ぱたぱたと私に駆け寄ってきた人物が一人。
見慣れた制服姿の、見えないあの子であった。
「透ちゃん。わざわざ来たんですか」
「うん! 私、みんなより着替えるの早いしね!」
しょっちゅう聞かされる透ちゃんの持ちネタである。ツッコミ待ちかもしれないが、疲れているし頭が痛いし、全体的にそういう気分じゃなかったので容赦なくスルーすることにした。
「演習場に集合ですよね」
「うん、そうだよ。あ、でも氷雨ちゃん荷物置きにいかないとじゃない? コインロッカー使ってたんだっけ?」
「あぁ、そうですね……まぁ、まだ時間はあるでしょうし」
「……氷雨ちゃん、大丈夫?」
「……疲れてるだけですよ。気にしないでください」
そう言って私がゆっくりと歩き出すと、透ちゃんもとことこ付いてくる。
コインロッカーに寄るとなると演習場までは遠回りになる。……先に行ってくれれば、気楽だったんだけど。
「氷雨ちゃん、すごかったね! あっちこっちに置いてあった雪だるま、氷雨ちゃんがやってたんでしょ?」
「ええ、まぁ。【冷気感知】の応用というか、そんなところです」
「やっぱりそうだよね! 試験中さ、ずっと空気がひんやりしてるなーって思ってたんだぁ」
まぁ、そりゃあ気が付くだろうな。
私が操作できる〝冷気〟は相対的なもので、要するに「私が冷たい、涼しいと感じる空気」でしかない。雪や氷を生成する一歩手前の状態と言っても、冷気そのものが氷点下に近い温度というわけではないのである……が、こんな真夏の屋外で空気が冷えていたら
「……これも、【冷気感知】の欠点ですね。夏場はバレる。誤魔化しようがない。災害救助では問題なくても、たとえば屋内に立て篭った
「うーん、確かに。ヒーローが何か仕掛けてきてる! って焦らせることになっちゃうもんね。あとさ、USJでかくれんぼした時も……」
「ええ。水中と火災現場。あと、暴風雨。ああいう環境下で使えないのも欠点というか、まぁ、弱点ですね」
USJでおこなった【冷気感知】の使用テストには、通常であればかくれんぼにて最強であろう透ちゃんにも参加してもらった。
が、最終的に私が【冷気感知】で発見できなかったのは、水中に隠れていた梅雨ちゃんと火災エリアに隠れた轟くん、あとは暴風雨エリアにいた常闇くん他数名。要するに、周囲の状況との相性が主な問題だったのだ。
水中については説明するまでもないだろうが、そもそも冷気を発生させることができなかった。
泡を生み出せればあるいは、とも思ったのだが、それすらできなかった。水の中でも〝何か〟が支配下にあるのは感じ取れるのだが、それを大きくしようとするとあっという間に氷になってしまうのだ。
火災現場については、まぁ常時空気が熱されるせいで空間を冷気で満たすことが難しいというのは想像しやすいところだろうが、それと同じくらいに空気の流れ──いわゆる対流が起こってしまうのが厄介だった。
私は冷気をほとんどまともに操作できない。合宿と圧縮訓練を経てもそよ風を吹かせる程度のことしかできないのが現状で、当然動いている空気を止めることもほぼ不可能なのだ。
したがって、一定以上の規模の火事で一定以上の対流現象が起こっている現場では、二重の壁に阻まれて【冷気感知】の使用が困難だと判明したのだった。
そして、暴風雨エリアについては、水中と火災現場のダメなところを足し算したみたいなものである。
大雨の中ではまともに冷気を生成できず、生成できた冷気も風にさらわれてどこかへ行ってしまう。【冷気感知】の「れ」の字も成立しないような状態だったのだ。
「逆に言えば、今回はほとんど完璧に条件が揃ってました。雨も風もなければ、現場には火事もなかったですしね」
「雨風はともかく、火事は流石に危なすぎるもんねぇ。いくら要救助者たちがプロだって言っても、救助する側がセミプロの免許を取ろうとしてる段階の人間なわけだし」
「ええ、そうですね。実際の現場を考えれば甘いようにも思えますが」
まぁ、
結局のところ、つくづく私にとっては都合が良かったということである。
……そうこう話をしているうちに、私たちはコインロッカーにたどり着いた。
私は適当なところにコスチュームのケースとそれ以外の手荷物を仕舞い込み、扉を閉めて100円玉を入れる。先ほども利用していたので、あとから返ってくるタイプであることは承知済みだ。
「おっけー?」
「はい。演習場に行きましょうか」
そして私は、あらためて結果発表の場へと向かう。
──正直に言えば、私は自分の合格をほとんど疑っていなかった。
ギャングオルカに指摘されたようなミスは他にもあるだろうが、全体に対する私の貢献度を考えれば合否の天秤がどちらに傾いているかは明白だろう。
……
私は正しい判断をしたのだから、それをそのまま、正しく評価してくれればいい。
評価をするのはヒーロー公安の人間が主であるはずで、彼らにはただ、合理的な判断してもらえれば、それで――。
※ ※ ※
私と透ちゃんが到着した時点で、演習場にはすでにそこそこの人数が集まっていた。
試験結果を掲示するためであろう巨大なモニターの設置も済んでいるみたいだが、公安の人間の姿が見えないので結果発表まではまだ時間がありそうだ。
「あ、氷雨ちゃん。男子たちもういるよ、あそこ」
「……あぁ、ホントですね」
同じ制服姿の大所帯。
実を言えば、演習場に入った時点で気が付いてはいたが……。
「おーい男子―!」
「――お、葉隠と雪柳! お疲れ!」
透ちゃんの呼びかけに、切島くんが手を挙げて反応した。
切島くんと話していたらしい瀬呂くんをはじめ、その場にいたA組の男子たちが私たちの方に視線を向ける――その中には当然、轟くんもいた。
「…………」
「…………」
自然と目が合ってしまって、思わず逸らしたくなった。
でも、意地で逸らさなかった。
轟くんも轟くんで、無言のままじっと見つめてくる。
感情は、読めなかった。
私と透ちゃんは連れ立って男子たちの元へ歩いていって、それから私は轟くんと正面から相対する形になった。
「……どういう結果になっても、謝るつもりはありませんよ。あれは、あなたたちの自業自得です」
「あぁ、わかってる。おまえの判断は間違ってなかった。少なくとも俺は、そう思ってる」
……なんで、そんなに涼しい顔をしているのか。
――ムカつく。
いや、お門違いで理不尽なのだろうが、どうしても、無性に苛立ってしまった。
「……え、なにその空気? 轟と雪柳、なんかあった系?」
「か、上鳴くん! ちょ、ちょちょ、ちょっとこっち……っ!」
「うお緑谷!? 珍しく強引じゃん……!?」
私と轟くんのやり取りを見ていた上鳴くんが空気を読まずに話しかけてきたところを、緑谷くんがずるずると引きずって離れていった。
ついでに他の男子たちの様子を窺ってみれば、上鳴くんと同様に状況が理解できていなさそうな人と、何かを察したのか神妙な表情を浮かべている人とに分かれているようだった。
「……氷雨ちゃん」
そして、私のすぐ隣にいる彼女は、どうやら後者のようだった。
……いや、それよりももっとはっきり、「どういうことなのか」と聞きたげな雰囲気を肌で感じ取った。
でも、私はそれをわかった上で拒絶した。
「……轟くんに聞いてください。私は、わざわざ説明する気はありません」
つまらない、自慢にもならない、不愉快でしかない。
そんな話を自分から語って聞かせるなんてまっぴらごめんだ。
場に沈黙が降りる。空気は最悪だ。
しかし私はあくまで憮然として、何も映っていないモニターにひたすら視線を注ぎ続けた。
――その後しばらくすると、残るA組の女子たちも演習場にやって来た。
最初はいつも通り姦しくお喋りしながら近付いてきた彼女たちだったが、早々に異様な空気を察して怪訝そうにしていた。
それからこそこそと男子たちや私の傍を離れた透ちゃんと話をしているようだったが、私はその様子を一度ちらりと見遣っただけで、何も言う気は起きなかった。
まぁそれでも、彼女たちのことだから、遅かれ早かれ話しかけてくるのだろうと苦々しく思っていたのだが……。
「――えー、皆さんすでにお集まりのようですので、これより結果発表の方をおこないたいと思います」
なんとも良いタイミングで、試験の結果発表が始まってくれた。
女子に限らずA組の面々はこういう時に私語をするタイプではないし、ましてや込み入った話を切り出してくるはずもない。だいたい、仮免試験の結果の方が気になるだろう。
モニター前の壇上には、一番最初の説明会の時にマイクを握っていた目良とかいう男性が立っていた。
彼は相変わらず気怠そうな姿勢と態度で、気怠そうに話し始める。
「さて皆さん、長いことお疲れ様でございました。さっそく結果の発表……といきたいところですが、その前に一つ」
目良はピンと指を立てて、「採点方式についてです」といくらかはっきりとした語調で言った。
「お気づきの方も多いかと思われますが、採点は我々ヒーロー公安委員会の者とフック
……減点方式?
それは、つまり……。
「――つまり、危機的状況において、あなた方がどれだけ間違いのない行動をとれたのかを審査しました」
いまいち、言葉の意味を、話の意図を呑み込めていない私を置いて、不意打ち気味にその時は来た。
「というわけで、とりあえず合格点の方は五十音順で名前が載っています。今の話を踏まえた上で、ご確認ください」
パッ、とモニターに名前の羅列が表示される。
右上、左上と確認して、左上が「あ」から始まっていることがわかり、そのまま対角線上に視線を移して――。
「……あぁ」
〝雪柳 氷雨〟。
私の名前は、そこにあった。
「――……」
そして、私の次には遊佐という名字だけがあって、さらには表の真ん中より少し前――「た」行の名前は、常闇くんまでで終わっていた。
……なんで私は、唇を噛んでいるのか。
全部、わかり切っていたことなのに。
「――轟!!」
大きな声が聞こえて、振り向く。
するとそこでは、轟くんに対して夜嵐くんが向き合っていて――。
「――ごめん!!!」
夜嵐くんはさらに一回り大きい声で謝りながら、物凄い勢いで地面に頭を叩きつけたのだった。
「あんたが合格逃したのは、俺のせいだ!! 俺の、心の狭さの!! だから、ごめん!!!」
「…………」
轟くんは少し間をおいてから、それに答えた。
「いや、元々俺が蒔いた種だし……よせよ。おまえが直球でぶつけてきて、気が付けたこともあるから」
「…………」
今度は夜嵐くんがしばらく黙って、それからゆっくりと顔を上げた。
――かと思えば、上げた顔をバッと勢いよく私に向けて、険しい表情のままどんどん近寄ってくる。
「――えっ、ちょ、なになになに!? 轟くんとは仲直りしたんでしょ!? 氷雨ちゃんに手ぇ出すのは――!」
いつの間にやら再び近くにいた透ちゃんが慌てた様子で私の前に出ようとしたが、私の方からそれを止める。
結果として私の方からも一歩近づく格好になって、夜嵐くんと真正面から向き合った。
「……雪柳さん」
「……なんですか」
夜嵐くんを見上げながら尋ねると、次の瞬間――彼はまたもや、地面に頭を叩きつけた。
「――申し訳ありませんでしたァッ!!」
「……は?」
「雪柳さんには、嫌な役を押し付けてしまった!! いや!! それ以前に!! 危ない目に遭わせてしまったっス!!! 本当に、本当に申し訳ありませんでしたァッ!!!」
「…………」
意味が、わからん。
恨み節か、なんなら拳の一発が飛んでくるくらいは覚悟していたのに、なんなんだそれは。
「雪柳」
なおも頭を下げ続ける夜嵐くんの後ろから轟くんも歩いてきたかと思えば、彼もまた腰を折り、「ごめん」と一言告げてきた。
「さっきは、順番を間違えた。まず、謝るべきだった。俺がみっともない意地張って、関係ないおまえに危害を加えかけちまった。あんな役回りまでさせて……本当に、悪かった」
咄嗟の言葉が、出てこない。
何を言えばいいのか、まったくわからなかった。
轟くん、夜嵐くんと順番に顔を上げて、さらに轟くんが口を開いた。
「おまえの判断は、やっぱり間違ってなかった。だからおまえは合格したし、俺は……俺たちは不合格だった。それだけだ」
「そうっス! 雪柳さんはなんにも気にしないでほしいっス!! それに、結局採点は減点方式だったわけで、どうせ挽回のチャンスはなかったっスから!!!」
――そして、ふと気が付けば、私は俯いていた。
ついぞまともな返事も思い浮かばなければ、彼らの顔を見ることもできなかった。
※ ※ ※
その後のことは、大まかにしか覚えていない。
採点の内容が書かれたプリントを渡されたことと、公安の人間がぺらぺらと何やら喋っていたこと。あとは、二次試験で不合格になってしまった人にもまだチャンスがある、というようなことを言っていたのが記憶に残っている程度だ。
そして、演習場での結果発表が終わってからはヒーロー仮免許証を発行するために顔写真の撮影があったのだが、これがなかなかに時間がかかって、帰りのバスに乗り込む頃にはすっかり日が暮れていたのだった。
「おい、雪柳」
A組のみんなが他校の生徒などと言葉を交わしたりしている中、私は一人さっさとバスに乗ってしまおうとしていた。
が、そこで私を呼び止めたのが、相澤先生だった。
「……相澤先生。何か、用ですか」
「轟と、士傑の夜嵐との件だが。観客席から見ていたし、さっき轟から詳しく話を聞いた」
「……それで、なんですか?」
私がぶっきらぼうに返すと、相澤先生はいつもより少しだけ眉間の皺を深めて言った。
「おまえの判断は合理的だった。あれは、あいつらの自業自得だ。あまり気に病むな」
――私はその言葉を聞いて、思わず、鼻で笑ってしまう。
「……ええ、そうですよね。私は合理的な判断をした。私は何も間違ってなかったし、私は何も悪くなかった。みんながみんなそう言うんですから、やっぱりそうだったんでしょうね」
「……待て雪柳、おまえ――」
「――ねぇ、相澤先生」
私は先生の言葉を無遠慮に遮り、努めて口角を上げてみせた。
「よかったですね。きっと私、このまま順調にヒーローになりますよ」
割と、上手く笑えた気がする。
覚悟ガンギマりゃなぎさんの仮免許証の写真(イメージ画像)を掲載しておきます。
【挿絵表示】
※イメージ画像は、画像メーカープラットフォーム「Picrew」、「△○□×(みわしいば)」様の画像メーカー(https://picrew.me/search/creator?crid=72503)にて作成させていただきました。
仮免試験編、これにて終了でございます。
活動報告にてあとがきを投稿していますので、今後の予定など気になる方は下記URLからご覧ください。
(https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=285535&uid=356437)