通形さんを押し潰したはずの雪に一切の手応えがなかったこと。
そして、背後の地面から何かが飛び出してきたのを展開していた冷気によって感知したこと。
これらの情報を元にして現状を素早く正しく把握した私は、あえて振り向かずに口を開いた。
「──ワンパターンですね」
「流石に、ぼーっと見ていただけじゃないみたいだね!」
通形さんの基本戦術なのだろう。地面をすり抜けて、おそらく地中を移動して相手の背後を取るというこの一連の流れは。
ワンパターンだ、なんて言ってはみたものの、こんなのはもちろん負け惜しみ以外の何ものでもない。
なぜって、このワンパターンな戦術でクラスメイトたちが全員やられているからで、何が起こっているのかを把握してもなお単純に厄介だからだ。
だいたい、通形さんが真正面から向き合ってくるのも罠みたいなもの。こちらの攻撃を無効化してくる上に、防御をすり抜けて攻撃をしてくるというクソゲーっぷりだ。
見た感じ攻撃力自体に個性が寄与していることはなさそうなのが幸い……と言いたいところだが、身体強化系個性の緑谷くんや砂藤くん、硬化の個性の切島くんがダウンさせられているあたり、あの鍛え上げられた肉体から放たれる腹パンは普通に脅威である。
――ということで、私はひとまず回避の一手を選択する。
通方さんの方に振り向かなかったのは、そのワンアクションが無駄どころか致命的な隙になりかねないとわかっていたからだ。
そして、通形さんのすり抜けワープは確かに速いが、それは無駄な一手さえ挟まず、なおかつ予測を立てていれば、対処が不可能なほどのスピードではない。
「――いいね! ちゃんと観察を活かしてる!」
「どうも」
私は【氷衣】で通形さんから距離を取るように上空へ向かいつつ、彼の方へと身体を翻して視界に捉える。
そして、
別に構わなかった。
そもそも当てる気はなく、もう一度だけ確認しておきたかっただけだから。
「やっぱりすごいですね、
「! もしかして俺の個性の仕組み、わかったのかい?」
自由落下する通形さんがニヤリと笑いながらそう尋ねてくるが、私が返事をする前に彼はそのまま地面へと沈んでいった。今さらだが、頭がおかしくなりそうな光景だ。
……しかし、随分と迂闊だな。
「手段は選びませんよ」
通形さんの個性に関して、ここまででいくつかわかっていることがある。
そのうちの一つは、通形さんはすり抜ける状態――暫定的に〝透過状態〟と呼ぶとして、彼はこれを常に維持しているわけではなく、むしろ実体化している時間がほとんどであるということ。
そして今のところ、必ず通形さんが実体化している瞬間というのが、地面から出てくるまさにその時なのである。
「――というわけで、ちょっとズルいかもですが」
私は、床すれすれの高さで、そして一面を埋め尽くすように、雪の柱をずらっと並べて垂らした。
これで、地面から出てきたら絶対当たる。
策略も何もないただのゴリ押しトラップ。
あまり気持ち良くはないかもしれないが、ルールに則れば私の勝ちで間違いない。
待つ。
三秒待つ。
五秒待つ。
――冷気が、揺れる。
「──は?」
「──甘いよね!」
上。
通形さんは、上から降ってきた。
「なんっ──ですかそれっ!」
「おっと避けるかい!」
――否、避けられていない、しっかり
【氷衣】で身体をコントロールして空中で無理やり体勢を変えたが、通形さんの拳は私の肩を掠めていった。
さほどの痛みはなかったがバランスを崩し、またコスチュームを着ていないこともあって【氷衣】での身体の制御が万全でなかったため無理に空中にはとどまっていられず、そのまま重力に身を任せる形になった。
着地は、とりあえず大丈夫。下には、思わず柱の形は解除してしまったものの、私が敷き詰めた雪がある。それに、減速くらいなら【氷衣】でできる。
しかし、問題は通形さんだ。
私より一足先に落ちていく彼が、どう出るか。
地面に着地する、という選択肢はあるのか。
私の支配下にある雪をどう見るだろう。少なくとも、今の私は私自身の面倒を見るのが精いっぱいで、通形さんの着地に合わせての攻撃は厳しいのだが――通形さんが安全策を選ぶなら、きっとまた地面に潜行する。
さっきみたいなトラップは織り込み済みで、それも透過状態で避けつつ地面から出てくることができるのだろうか。
――あぁダメだ、判断が間に合わない。
少し、無理をするしかない。
通形さんが地面にたどり着く寸前、私がいまだ地面から3mほどの空中その瞬間。
「――うっ、ぐぅっ!!」
【氷衣】による、急ブレーキ。
両腕両脚と胴体の五点で重力に引かれる身体を無理やりその場に留めて、それから通形さんの動きに意識を注ぐ――。
沈――まないっ!
「――よく見てるっ! 照れるねっ!」
「うるさいなっ!」
正確には、通形さんは一度両脚でしっかりと着地した後、
そして、まるでその場から
私は再び呻きながら【氷衣】によって横軸での回避を試みた。
上からの奇襲は、本当にどういう原理なのかわからなくて厄介すぎるから、空中に逃げるのはもうやめだ。
スピードで、逃げる。
……が。
「――めんっ、どくさいなぁっ!!!」
「それはこっちのセリフだよね!!!」
広い体育館、障害物のないエリア限定での鬼ごっこが始まってしまった。
私が【氷衣】で飛び回りながら雪玉を乱れ撃ち、通形さんはそれらを透かしながら、たまに地面に潜っては飛び出してきて腹パンを狙ってくる。ちなみにずっと全裸。
一応、体育館の端の方にはセメントス先生が作ったのであろう台地みたいなスペースがある。普通は逃げ回るなら障害物を上手く活用するところなのだが、通形さんにその台地の中を透過して飛び出してこられたらいよいよ私の手に負えないので、そちらには逃げ込まないようにしていた。
……段々と、通形さんの拳は私に迫ってきている。
彼はたぶん、私の【氷衣】での挙動に慣れてきている。【氷衣】で出せるトップスピードなら通形さんに負けないが、にっくき慣性の法則のせいで急なストップ&ゴーや方向転換に限界があることを見抜かれつつあるのだ。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ――!」
体力も、だいぶきつい。
個性のキャパにはまだ余裕があるが、【氷衣】で振り回し続けてる身体がもたない。手足での踏ん張りがきかなくなった分、スピードは落とさざるを得ない。
もう、五分はこの全力鬼ごっこをしている。タッチされるだけならいいが、腹パンはごめんだ。限界ギリギリまで逃げ回るのには十分な理由だ。
だが、このままでは追いつかれる。間違いなく。
――だから、新たなひとつの気づきだけが、たぶん私の勝ちに繋がっている。
その気付きに、確信はない。
何せ、通形さんに、相澤先生が『プロを含めて最もナンバーワンに近い男』なんていう人に追い掛け回されながら得た気付きなのだ。気のせいである可能性も大いにある。
私は今までずっと【冷気感知】を展開している。体育館に満ちた冷気を他でもない自分自身が引っ掻き回しているせいでほとんど無意味になっているが、それでも感じ取れるものはある。
通形さんは、常に透過状態にあるわけではない。
これは、みんながやられていくのを上空から見守っていた時点で、【冷気感知】によって確認した事実だ。
通形さんが透過状態になると冷気も当然彼を通り抜けて動く。逆に通形さんが透過状態を解除すると冷気は彼の身体に押し退けられてやっぱり動く。
人一人分の体積だ。それは、たとえばこんな鬼ごっこ状態でも、透過している時とそうでない時を大まかに感知することができるのである。
私が新たに気が付いたのは、通形さんが透過のオンオフを切り替えるタイミングだ。
地面に潜るとき、こちらの攻撃を避けるときはもちろんオフに。
そして、地面から出てくるときや、こちらに攻撃を当てようとするときはオンに。
これらはただ見ているだけでもいずれ気が付くところだろう。
だから、通形さんも当然警戒していて、地面から出てくる瞬間やこちらに拳を当てに来る瞬間を私が狙っても地面から飛び出してくる位置を工夫したりそもそもフェイントだったりとなかなか捉えられない。というか、私の体力が尽きるまでに捉えるのは無理だ。
でも、他にも。
通形さんが実体化している瞬間がある。
それは、たとえば。
「――今」
傍目から見れば、きっとなんでもない一瞬。
「――なっ」
「えっ」
「あっ!」
「あああっ!」
「あーっ!」
私が変わらず【氷衣】で逃げ回っていて、通形さんが追いつくまでまだもう少しかかりそうな、その瞬間。
通形さんが
※ ※ ※
「――いやー、まさか一年生に土を付けられるとは! 俺強いでしょって話の流れに持っていこうと思ってたのに台無しだよね!」
ハッハッハ! と豪快に笑う(服を着た)通形さん。
セリフだけ聞くとアレだが、言い方にはまったく嫌味には感じない。なので、私も平然としたままである。
というか、まぁ、なんだ。
「いやあの……雪柳がヤバいだけで俺たち全員ワンパンなんすが……」
「わけもわからず腹パン祭り……」
「結局何あの個性……攻撃当たんないしワープするし強すぎ……」
「轟みたいなハイブリッド個性だったのかな……」
揃いも揃ってグロッキーな1年A組一同は、十分にわからされたと思う。通形さんの強さを、物理的に。全員お腹を擦ったり抱えたりしながらげんなりしててかわいそうだ。
が、通形さんはそんなみんなをスルーして、私の顔をまっすぐに見つめてきた。
「そうだね、せっかくだから俺の個性を見破って見事勝利した雪柳さんにちょっと聞いてみようか! 雪柳さん、俺の個性のことについて、わかったことを話してみてくれよ!」
「え、あー……」
そうして通形さんに水を向けられると同時に、クラス全員から視線が注がれる。いや、なんなら天喰さんと波動さん、相澤先生もこっち見てる。
見事勝利した、なんて言われてもこっちの勝利条件が極端に甘かったおかげだし、個性のこともそんなに見破ってもないんだけど……黙ったままでいるわけにもいかない、か。
「……通形さんの個性は、まぁとりあえず見た通り『透過』的な感じですよね。私たちの攻撃を
「うんうん、続けて?」
……全部喋らせるつもりだろうか。面倒臭い。
「通形さんの、こっちの後ろに回ってくるワープ。あれ、仕組みは全然わかりませんでしたけど最初のうちは地面から出てくる瞬間必ず実体化していたので、透過状態のオフがカギになってるんだろうな、と。要はハイブリッドの個性とかじゃなく、『透過』の個性の応用だと思ってました……あの、上から降ってきたのだけは本当に意味がわからなかったんですけど」
「あぁ、あれ! あれだけちょっと種明かしすると、明らかに待ち構えられてるだろうと予測できたから、体育館の外回ったんだよね!」
「やっぱりそうだったんだ! 私そうじゃないかって思ってたの! ねぇねぇ通形それズルじゃない?」
「ちょっとね!」
そういうことだったのか、と私は一人納得する。
波動さんが言ってくれた通りちょっとズルい気がするけど、場外負けなんてルール設定してないしね。
「……でもさ、雪柳さんが見抜いた一番肝心な俺の
「それは、まぁ……言っちゃっていいんですか?」
通形さんが鷹揚に頷くので、私は遠慮しないことにした。
「通形さん、透過状態をオンにしてるとき、たぶんあらゆるものを見境なく透過するんですよね。人、物……そのうちの一つが、
私がそこまで言うと、通形さんはさらにニッコリと笑って話を引き継ぐ。
「そう、雪柳さんの言う通りなんだよね! 俺の個性は『透過』、発動するとあらゆるものをすり抜ける! 人も地面も壁も空気も、光さえ! 雪柳さんは、きっと個性でそれを分析したってことだよね!」
「……まぁ」
分析、というほど大したものではないと思うが。
主には【冷気感知】で得られた情報を元にして、とりあえず思い付いた仮説がたまたま正解だったってだけだ。
「雪柳さんの個性についても是非今度聞かせてもらいたいけど、今は俺の個性の話させてもらうよ! まぁつまりこの個性、みんなの目には『強すぎ』だったり『無敵』に見えたかもしれないけど、元々はそうじゃなかった!」
発動すると息ができず、光も振動も透過するから目も見えないし耳も聞こえない、もちろん鼻も利かなくって、さらにはワープの起点となっていた地面に潜ることさえも地面を透過してしまって重力に引かれて
通形さんの個性を有効に使うには本当に繊細なコントロールが求められるらしく、たとえば壁ひとつすり抜けるにも地面に落ちていかないような工夫が必要なのだそうだ。
「あとはみんな気になってるだろうワープの原理! あれはね、俺の個性のちょっと変な特性を活かしたものなんだよね!」
「あ、きっ気になります! 地面をすり抜けて落ちていくっていうだけで、どうしてあんなことが起こるのか……!」
通形さんの話に緑谷くんが一際食いついた。いつも通りヒーローオタク、個性オタクなところが出たわけだが、これは私もかなり気になるところだった。いや、全員気にならないわけがないか。
「うん、俺の個性を発動して地面に沈んだ後、個性を解除する! すると、どうやら質量ある物同士で重なり合うことができなくって、俺は地面から勢いよく弾き出されちゃうんだよね!」
「……あぁなるほど、空気とは逆に、ですか」
通形さんが地上で透過状態から実体化した時、空気が押し出されていたあの現象。
私が【冷気感知】で感じ取っていたあれとは逆に、通形さんの方が押し出されていたってことか。
通形さんは私の言葉に首肯して、さらに続ける。
「あのワープはこの不思議な現象を応用して、個性を解除するときに身体のポーズや角度を調整することで狙った位置に飛び出せるようにしてる、っていうわけなんだよね!」
「そ、それってめっちゃむずくないですか? だって、目も見えないし音も聞こえないんすよね!?」
「そもそも地面の中に沈むのだから何も見えないのは当たり前だろう。つまり――」
「――そう、つまりは
上鳴くんのセリフに障子くんが複製した口で答えたかと思うと、通形さんが我が意を得たりとばかりに言葉を継いで、
「扱いの難しい個性! この個性で上に行くには後れを取れない! だから俺には
通形さんは、ずいっと一歩前に出て、その上背で私たちを見下ろすように目を配った。
「
通形さんと目が合う。
きっと、私だけじゃない。通形さんは、ひとりひとりの目を順番に、まっすぐに見つめていったのだ。
「ヒーローインターンは恐ろしいよ。インターンに参加する俺たちは『お客さん』じゃなくてその事務所に所属する一人のサイドキックで、プロとして同列に扱われるんだよね。そして、その中で人の死に直面することすらある……でも、そんな恐い思い、辛い思いのすべて学校では手に入らない一線級の〝経験〟だ……!」
熱弁を振るっていた通形さんが、ぐっと強く拳を握る。
そして――。
「――俺は、インターンで得た〝経験〟を力に変えて、トップを掴んだ! ので! 怖くてもやるべきだと思うよ一年生!」
――と、この上ない説得力で、私たちのヒーローインターンへの道行きを後押ししてくれたのであった。