やさぐれ雪女が全裸の男に勝った。
さて。
通形さんが随分と一生懸命にヒーローインターンについてのプレゼンをしてくれて、それはみんなの胸によく響いたことだろうけど、私自身について言えばそれ以前からインターンに参加することは心に決めていた。
またそもそも一年生がインターンに参加できるかどうかという点についても、私の予想通り、次の日にはいくらかの条件付きでゴーサインが出たのだった。
すると目下、私の悩むべきはインターン先の事務所をどうするかということだけ。
一番最初の相澤先生の説明に従うなら、私がまず検討すべきはエンデヴァー事務所になる。
職場体験でお世話になって、なんならご自宅にお邪魔して一緒に食卓を囲んだ仲だ。コネとしては十分、いや十二分……と言いたいところだったのだが、二つの理由でエンデヴァーさんは頼れない。
一つ目は、私が轟くんの仮免許取得を邪魔してしまったことから、その父親であるエンデヴァーさんに顔向けができないという点。
轟くんはあれこれ言って私のことを責めなかったが、エンデヴァーさんがどう思うかは全く別の問題である。エンデヴァーさんの野望を抜きに考えても、自分の息子の将来を邪魔した奴を自分の仕事場に迎え入れて面倒を見るのはいかにもおもしろくないだろう。
まぁ轟くんが試験の詳細についてエンデヴァーさんに話しているとは思えない、いやエンデヴァーさんなら人伝に試験の様子を聞いていてもおかしくない……とかなんとかいろいろ思い浮かぶことはあるが、結局のところ、エンデヴァーさんや周囲がどう思うか以前に私自身が嫌なだけだ。余計な御託だった。
で、理由の二つ目、どちらかというこれの方が決定的でどうしようもないのだが、エンデヴァーさんはヒーローの教育権を絶賛はく奪中なのだ。
以前の職場体験、〝ヒーロー殺し〟との一件で私と轟くんへの監督不行き届きから受けた処分がまだ続いているのである。
……というわけで、今の私にはコネがない。
ほかに縁のあるプロヒーローと言えば合宿でお世話になったワイプシ、特にピクシーボブさんだけど、神野事件でラグドールさんが個性を失ってしまったことから今は事務所としてヒーロー活動を休止しているそうなので、インターン受け入れは当然無理だろう。
あとは……ギャングオルカ、とか。
仮免試験の時に会話したし……いやないな。
「……はぁ」
放課後、寮の自室で私は独りため息を吐く。
私に残されている選択肢――それはおそらく、職場体験の時の、体育祭でスカウトがもらえなかった人たちのための提携事務所しかないのだと思う。
しかし、そうなると途端に望みが薄い。
なぜって、私が神野事件のせいで無駄に名が売れてしまっているからだ。
今は学校の中だけで生活しているからあまり実感がないけれど、私はUSJ事件から続く悲劇的なストーリーでマスコミから大いに注目されていて、きっとインターン先でもやたらと付きまとわれたりするだろう。
事務所の名前を売るチャンス! とかなんとかお気楽に考えてくれるところがあれば話は別だが……って、いや雄英が今回インターン先として認めるのはインターン生の受け入れ実績が多い事務所限定だって話だし、そうなるとどこも大手で今更売名にメリットなんてないのでは? むしろマスコミに付き纏われて面倒なだけでは?
「……やばいかもしれない」
本当に、やばいかもしれない。
……クソ、私のことヒーローにしたいんだったら、インターン先くらい学校か公安で見繕ってくれればいいのに。 悩ませる前に話持ってきてよ。
……なんてことを考えて段々イライラしてきたところに、ふと部屋の呼び出しチャイムが鳴る。
出てみると、そこには百ちゃんの姿が。
「雪柳さん、今大丈夫でしたか?」
「大丈夫ですけど、どうかしましたか」
「今、相澤先生が下にお見えになっていまして。雪柳さんに用があって、一緒に職員室まで来てほしいと」
「……はぁ」
何の用だよ。
……インターン先紹介してくれるとか、そんな都合のいいことはない気がする。
むしろ都合の悪い、楽しくない用事な気がするが……しかしせっかく呼びに来てくれた百ちゃんの手前、無下にもできない。
「……わかりました。今行きます」
とりあえず、制服から着替えてなくてよかったな、と思った。
※ ※ ※
本当に寮の前で待っていた相澤先生に連れられて職員室まで赴くと、そこには知った顔が。
いや、職員室だからそりゃあたくさん知った顔があるんだけど、そういうことじゃなくて。
「やぁ雪柳さん! 昨日ぶりだね!」
「通形さん……なんでここに?」
「あれ、イレイザーヘッドから聞いていないのかい? 俺が雪柳さんに話があるからって言って呼んでもらったんだよね!」
「…………」
聞いていない。全然。職員室に着いたらわかるとしか言われてないし、着いたのにまったくわからないんですが。
私は抗議の意を込めて無言で相澤先生を睨んだ……が、先生はまったく悪びれる様子もなく口を開いた。
「……何もわからないみたいな顔してるが、少し考えればわかるだろ。お前が何をしたのか考えれば、な」
私が、何をしたか?
……いや、そんな怒られるようなことは、何も……。
私が眉間にしわを寄せて考え込んでいると、相澤先生は非常に失礼な感じのため息を吐いた。
「もういい雪柳……悪いな通形、話してやってくれ」
「はっはっは、意外と察しの悪い子なのかな? まぁでもいいさ、君の実力は本物! 何せ、俺に勝ったんだからね!」
「え、いやいや……」
19対1でスタートして予習時間を与えられて、それでも攻めあぐねて散々鬼ごっこした挙句にようやく雪玉一個当てただけなんですが。これで「雄英BIG3の一人に勝ちました」とか言えないよ恥ずかしい。
「謙遜することはないんだよね! 俺の頭に当てた雪玉、氷の塊にでも、鋭利な氷柱にでもできたろう? それを当てられていたら俺だってタダじゃすまなかった! 文句なしの勝利さ!」
「……そもそも、絶対手加減してたじゃん……あぁいや、もういいです。どっちでも」
問答するだけ時間の無駄だ、こんなこと。どんなにおだてられても調子に乗る気にはなれない。
とにかく、そう吐き捨てた私のことをどう思ったかは知らないが、通形さんは苦笑しながら「まぁ、それでね!」と話を本題に戻した。
「君の実力を見込んで、是非、俺がお世話になってるインターン先に推薦させてほしいんだよね!」
「……本当ですか?」
それは、願ってもない話だった。
俄然通形さんの話に興味が湧いてきた。
「通形さんのインターン先、というのは」
「ナイトアイ事務所さ! サー・ナイトアイを知ってるかい? そう、あのオールマイトの元サイドキックなんだよね!」
「……そうなんですね?」
「……知らなさそうだね!」
知らないですね。
オールマイト先生、もといヒーローとしてのオールマイトって、サイドキックとかいたんだ? 全然イメージにない……いや、サー・ナイトアイってヒーロー名自体は、まったく聞き覚えがないでもないな。ニュースとかで聞いたことがあるかな?
というか、オールマイト先生ならその辺にいるはずだから確認を……と思ったが、いない。なんだよ。
でもまぁ、通形さんがこの場のこのタイミングで嘘を吐くはずもない、か。だとすればとにかく、サー・ナイトアイ氏の実力は折り紙付きってことになる。
うん、もう、この話を断る理由は皆無だ。
「あの、是非お願いしたいです」
「……本当に大丈夫かい? 別に焦って決める必要はないよ?」
「他に当てがないので、むしろ、通形さんの気が変わる前に確約がほしいです」
サー・ナイトアイがどんなヒーローでナイトアイ事務所がどんな活動方針なのか等々、いろいろ気になるし気にするべきなのはわかっている。
が、今の私は選り好みをしている場合じゃないのだ。そんなことは後で調べるなり教えてもらうなりすればいい。
通形さんは、私が色よい返事をしたにもかかわらず微妙に困ったような表情を浮かべて、私の隣で黙って突っ立っていた相澤先生に目を向ける。
「ということですが、イレイザーヘッド?」
「……はぁ。まぁ、少し……雪柳と話す。通形は、今日のところは帰ってもらっていい」
……はい? いやなんでこのタイミングで相澤先生と二人きりで話すんだ。通形さんがいた方が良くない?
と、なんだか嫌な予感がしつつも、私は再び先生に連れられて職員室を出ることになった。
※ ※ ※
「――雪柳。単刀直入に言うが、おまえにはインターンの許可が下りないかもしれない」
生徒指導室でテーブルを挟んで向かい合うなり、相澤先生がそんなことを言い出した。
「……は?」
私は、その言葉の意味を理解するのに少し時間がかかってしまって、それから気が付けば、腹の底から低い声が出ていた。
頭がくらくらする。
こいつ、この人は、何をふざけたことを言っているんだ。
「ヒーロー公安から待ったがかかる可能性がある。それに、雄英としても、俺個人としても、今のおまえを学外で活動させるのは不安がある。インターンは、このタイミングでなければできないことじゃない。もう少し、世間の状況やおまえ自身が落ち着いてからでも――」
「――あなたたちは」
私は、相澤先生の言葉を遮った。
握った拳が、開いた唇が、漏れ出た声が震えるのを、止められなかった。
「あなたたちは、いったい、私に何を……何を、どうさせたいんだ? 人を
「……そうだな。それはおまえの言う通りだ。だが」
「だったら!」
両手を目の前の机をバンッと叩きながら、前のめりになって立ち上がり、叫ぶ。
「だったらどうして! 私がヒーローになろうとするのを邪魔するんだよっ!!」
「邪魔をしようとしてるわけじゃない。ただ、焦りすぎるなと――」
「――焦らないわけがないだろうがっ! 焦らせてるのは、おまえたちだろっ!?」
本当に、いったいなんなんだ?
私に、あんな、人が、何もかもわけがわからないうちに、あんな場で、あんな話を、大人たちが寄って集って……あれからすぐに仮免試験も受けさせて、合格もさせて、それなのになんで今更そんなことを。
私が焦って何が悪い?
急いでヒーローになることの何が、こいつらにとって不都合なんだ。
私は、ヒーローになりたい。
ヒーローになって身の潔白を証明して、ヒーローである私をこいつらに認めさせたい。
そしてこいつらも、私にヒーローになってもらいたい。
それだけだろうが。それ以外にないだろうが。
そうじゃないなら、どうして私はここにいるんだ。
そうじゃないなら、そうじゃないなら……!
「ーーそんなに大人しくしていてほしかったなら、最初から、牢屋にでもぶち込んでおけばよかったんだろうがっ!!!」
頭に血が上りきって、個性の制御が利かず、感情の昂ぶるままに冷気を撒き散らしてしまっていることを自覚する。
……けれど、同時に、相澤先生がそんな私をただ見ていることに――個性を使おうともしていないことに気が付いて、なぜだか、無性に涙が溢れそうになった。
私は相澤先生から視線を外し、顔を俯けて、何もかも誤魔化したい一心で、言う。
「……サー・ナイトアイ、でしたっけ。オールマイトの元サイドキックで、雄英トップの通形さんを預けているんだから、信用できるヒーローなんじゃないですか。これ以上ないでしょう。私のことが不安だとか、そんなの今更なんですよ」
不安も懸念も、ぜんぶ織り込み済みの今なんじゃないのか。
私よりよっぽど頭のいい大人たちが考えた結論が、あれだったんじゃないのか。
私は、今一度、相澤先生を睨みつける。
「いいから、私をインターンに行かせろよ。覚悟も実力も十分に示したはずだ。私はヒーローになれる。こんなところで足踏みさせるなんて、時間の無駄でしかない……合理性に、欠けますよ」
そして、吐き捨てて、私は逃げるように部屋を出た。
相澤先生の表情は、覚えていない。