「――ここがサーの事務所だよね! ……って、おいおい角ばるなよ緑谷くん! よくないぜ!」
「は、はい……! ……ゆ、雪柳さんは全然緊張してなさそう、だね……?」
「ええ、まぁ」
朝からずっと隣で角張ってる人がいたらね。というか緊張する理由がない。
週末、雄英高校からはるばる電車で一時間。
私、緑谷くん、そして通形さんの三人は、サー・ナイトアイヒーロー事務所の前にいた。
まず、前提として。
私は、結局のところヒーローインターンに参加する許可が下りた。
誰がどこに、どういうふうに話を通したのかは知らないが、とにかく私はインターンに行ってよし、ということになった。
いや、なんなら行きなさいという話だったかもしれないな。最終的には相澤先生の口から聞いたので、あの人の私情が挟まっている可能性は否定できない。
ともあれ、そういうわけでインターンには行くことになって、その行く先はもちろんサー・ナイトアイの事務所になった。まぁオールマイトの元サイドキックとあれば、厄介な事情を抱える私を受け入れるにはやはり申し分ないと判断されたのだろう。
それに、おそらく向こうも事情を知った上で頷いた、あるいは頷かされたのだろう。後者だとすれば多少気の毒だが、私に非はないと思う。最初に誘ってきた通形さんか、その他公安とか雄英とかあたりを恨んでほしい。私もそうする。
で、なんやかんやあったその週の土曜日にさっそくナイトアイ事務所へ訪ねることになり、通形さんが案内役として一緒に来てくれるのはいいとして、なぜ緑谷くんがいるのって話だが。
「……緑谷くん、なんでいるんでしたっけ?」
「えぇ!? こ、この前説明したのに忘れられてる……だからほら、僕が職場体験でお世話になったグラントリノに提案されたのと、あとはオールマイトの元サイドキックっていうのもあって、でも紹介はしてもらえなかったんだけど――」
「ああ、通形さんからおもしろそうだからって声かけてもらったってやつですね」
思い出した思い出した。緑谷くんも通形さんとの戦いで一矢報いた……報いかけた? から、それで推薦してもらえたって言ってたな。要は、だいたい私と同じだ。
……それにしてもサー・ナイトアイ、緑谷くんがオールマイトの後継者だってことは知っているのだろうか。元サイドキックなら知っているのだろうな。
そして、私の事情も知っているとなると、よくもまぁこんな厄ネタインターン生を二人も迎え入れようとするものだ。やっぱり圧力かけられてるのか? ヒーロー公安はクソだな。
「――おーい、雪柳さん? 聞いてたかい?」
「はい、聞いてませんでした」
「聞いてないのかよ! ……まぁでも君は緑谷くんとちょっと事情が違うし、いいかな!」
よくわからないがいいらしい。いいならいいか。
緑谷くんの様子が緊張から困惑に一転していることは少し気になったが、通形さんがビルの中に入っていってしまったのでとりあえずついて行く。
「……それでつまり、サーはね、ああ見えてというか、ああだからこそというか、ユーモアをもっとも尊重しているんだよ」
「は、はぁ……」
「緑谷くんに関して、俺ができるのは紹介まで。君を使うかどうかはサーが決める。協力してやりたいけど、ここからは君が一人でサーに認めてもらうよう頑張るしかない」
サー・ナイトアイはユーモアを尊重してて、緑谷くんがサー・ナイトアイに採用してもらえるかはまだ決まってない……?
なんか、聞き逃したら本当に話がよくわからないな。
とりあえず、緑谷くんについては、考えてみればそういうものかという気もする。
職場体験とインターンの違い、お客さんと一従業員? という扱いの違いについては説明されていたことだったし。
そして私は諸々の事情を抜きにしても実力を認められた上で通形さんからスカウトを受けたが、緑谷くんの方はあくまで自分から売り込んだ形という差があるわけだ。……そういうことでいいんだよな?
あと、あのぴっちり七三に背広で目付きの悪いおじさん(流石に事前に調べた)がユーモアを尊重してるとかそれ自体が冗談みたいな話だな。あれで話してみたら面白い人なのだろうか。
「――さて、あのドアの先だ。緑谷くん、強くなりたいなら自分で拓けよ!」
「っ、はいっ! ……失礼します!」
と、ビルの中を歩いて簡素な鉄扉の前まで来たところで通形さんがやけに壮大な感じに促すと、緑谷くんもそれに威勢よく答えて堂々と扉を開け放つ。
サー・ナイトアイ事務所。
平和の象徴オールマイトの元サイドキックにして、ユーモアを最も大切にしているヒーロー事務所とはいったいどんな場所なのか。
その答えは、すぐさま私たちの目に飛び込んできた。
「――アヒャ、アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ! やめて、許しくだヒャヒャヒャ!!」
「いったい何が!?」
「サイドキックのバブルガール……どうやらユーモアが足りなかったようだね……!」
「は?」
通形さんイカれた? いや、そこそこ様子のおかしい人だとは思っていたが、そりゃあこんな職場じゃな……。
具体的にどのような職場であるかというと。
何の変哲もない小さなオフィスで、ヒーロースーツ姿の女性がへんてこなマシーンに拘束されてくすぐられている姿を、姿勢と目付きの悪い背広のおじさんが眺めている職場だ。
なるほど、こういう方向性のユーモアを大事にしている、と。
私が白けた目を向けていると、くすぐりプレイ観察おじさんがギロリと私たちを睨みつけてきた。
迫力は、まぁすごい。
さすがプロヒーロー……とは少々言い難い状況が繰り広げられているが、とりあえず後ろから見ている限りでも緑谷くんはしっかり気圧されているようだった。
だが、そんな緑谷くんの雰囲気が、すぐに変わる。
それは、もしかすると私が、緑谷くんがあの平和の象徴の正当な後継者であることを知っていたからかもしれないが。
私は彼の背中に、平和の象徴の姿を幻視した。
「――緑谷出久です!!!」
渾身の、オールマイトのモノマネっぽい自己紹介だった。
ちょっと横から覗き込むと、顔真似もしていた。結構似てる。彫りが深くなってる。
……何故彼は、初手でこんなモノマネをぶっ込んできたのだろう。そういうキャラじゃないだろうに。
「……貴様、その顔なんのつもりだ? オールマイトをバカにしているのか」
しかも、死ぬほどスベっていた。
なんだよこれ。
※ ※ ※
……話を聞いてみると、どうやら通形さんが「サー・ナイトアイに気に入られるために一発ギャグかましてね」と緑谷くん相手に言い含めていたらしい。全然聞いてなかった。というか無茶振りすぎる。
それに、緑谷くん渾身のオールマイトのモノマネはスベったどころかサー・ナイトアイの顰蹙を思いっきり買った。
どうも彼はオールマイトの元サイドキックであることに誇りを持っており、それが先なのか後なのかはわからないが、なかなかのオールマイトオタクだったのだ。何の変哲もないと思っていたオフィス、よく見てみれば至るところにオールマイトグッズがあるくらいには。
と、まぁしかし、何やら緑谷くんのモノマネも侮れないものであったようで、なんか……なんだろうな、サー・ナイトアイと一緒になってめちゃくちゃ語っていたが、中身はまったく覚えていない。
とにかくヒーローオタクとして生半可なモノマネをしたわけではなく、意気投合とまでは言わないものの最終的にはサー・ナイトアイに認められたのだった。
で、だ。
だからと言って、緑谷くんのインターン採用は一筋縄ではいかなかった。
サー・ナイトアイの見た目に似合った至極真っ当な事前説明からけったいなヒーロー問答が始まり、なんだかよくわからないけどインターンを承認するための書類に押すハンコを緑谷くんが実力行使でサー・ナイトアイから奪わないといけないことになった。どんな採用面接だ。
時間は三分間。オフィスを目一杯使っておこなうらしく、通形さんと先ほどまでくすぐりプレイをさせられていたサイドキックの女性――バブルガールさん……それとついでに私も、オフィスからの退出を命じられたのだった。
「……これ、このあと私もやるんですかね?」
「いやいや、緑谷くんと違って雪柳さんは実質サーからの指名みたいなものだから! 俺もサーからの指名でインターンに来たから、ああいう試験的なことはしていないんだよね!」
「いやぁ~いいなぁ二人とも! あのサーから気に入られててさぁ~! ……って、ごめんね自己紹介もせずに! あたしはサー・ナイトアイのサイドキック、バブルガール! よろしくね!」
「あ、はい。雪柳氷雨です。よろしくお願いします」
そう言えば挨拶もしていなかったくすぐられガールさん。流れで自己紹介を済ませる。
……なんならサー・ナイトアイとも挨拶しか交わしてないんだよな。緑谷くんの採用試験が先になってしまって。
私はにわかに騒がしくなったオフィスの方に目を向けたが、バブルガールさんに続けて話しかけられる。
「というか聞いたよ雪柳さん、ミリオくんと戦って勝ったんだって!? まだ一年生でしょ!? すごすぎない!?」
「タハーッ! あれは完全にやられましたからねー! いや、一年であれだけ個性を上手く扱えているのはすごいよ本気で! サーもマジに驚いてたねあれは!」
「……はぁ、そうですか」
実質指名。どうせ公安やらが一枚噛んでるんだろうし、建前なのだろうと思う。
しかし、それを通形さんやサイドキックのバブルガールさんまで知っているとは思えないので、通形さんに模擬戦で勝ったという事実が驚かれているのは本当で、それが指名に値することでもあるのか。
だとすれば、私には緑谷くんのように実力を測るような試験は必要ないと判断されたとしても、まぁ筋は通るか。何を試されてもやるしかないわけだが……。
「……ユーモアは、正直厳しいんですが。通形さんほどバカみたいに明るく楽しく元気よくとかやりたくないですし、バブルガールさんみたいにくすぐりプレイに付き合うのも……」
「今俺のことバカみたいって言わなかった!?」
「プレイじゃないんだけど!?」
「プレイじゃないならなんだったんですか……」
「え……は、ハラスメント……?」
「ふっ」
思わず鼻で笑ってしまった。
今の私を笑わせるとは、バブルガールさんはなかなかのユーモア使いだ。
あと通形さんの明るさ楽しさ元気良さがバカみたいなのは間違いないので、特に訂正する予定はない。
「……いやでもあれだよ、ユーモアならもう大丈夫! 雪柳さんは既にサーから認められてるぜ!」
「はい? 既にって、何を……?」
「……あ、そう言えばそうだね! 雪柳さんと言えば……!」
ニタ~っと、なんだかいやらしい笑みを浮かべて顔を見合わせる通形さんとバブルガールさん。
私が嫌な予感に顔をしかめたのもつかの間、二人は揃って私を見て、言った。
「「体育祭の、サライ!」」
いやそれ私じゃねぇだろ。
キレていい?
――と、そんなやり取りをしているうちに、緑谷くんの試験は終わったようだった。まぁ、三分の時間制限だったしね。
結果として、緑谷くんはサー・ナイトアイからハンコを奪うことはできなかったようだ。
残念、緑谷くんはあえなく不採用……と思いきや、サー・ナイトアイは「最初から採用は決めていた」とか言い出した。結果はともかく内容は悪くなかった、というようなことも言っていた。
ともかく、せっかくクラスメイト二人で来たのに片方だけ帰らされる、みたいな気まずい展開にならなかったのは私個人としても幸いだった。
「――象徴なき今、人々は〝微かな光〟でなく〝眩い光〟を求めている。たとえ〝彼〟の意思に反しようとも、誰がその力にふさわしいか、プロの現場で通過してもらう」
「っ、よろしくお願いします!」
サー・ナイトアイの言葉の意味は、なんとなくわかりそうで、わからなかった。
だがそれは、返事をした緑谷くんに向けられたもので間違いない。
私にそれがわかる必要はなかった。
「……雪柳氷雨」
「はい」
それから、私はサー・ナイトアイに名前を呼ばれて、答える。
個性、『予知』。
目が合っている。見られているのだろうか。
……どうでもいい。ヒーローにさえなっていれば。
あるいは、なっていないのであれば、なおさらに。
「貴様の事情は当然知っている。だが、特別扱いはしない。私の下で働くのであれば、求めるものは他の誰とも変わらない」
「……何を求めるのですか」
私が問えば、サー・ナイトアイ――サーは、右手でメガネの位置をそっと直した。
「無論、元気とユーモアだ」
「……はぁ。努力は、してみますが」
「ああ、そうしろ」
インターンが始まる。
ヒーローになるための大きな一歩だ。
私は、ヒーローになるのだ。
必ず。
必ず。