『雪女』のヒーローアカデミア   作:鯖ジャム

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第66話 雪女 meets girl

 

 現在、サー・ナイトアイ事務所は〝死穢八斎會〟という小さな指定(ヴィラン)団体を秘密裏に捜査している。

 

 指定(ヴィラン)団体とは、身も蓋もない言い方をしてしまえばヤクザだ。

 超人社会以前から存在した反社会的な組織は、ヒーローが台頭するまでの社会の混乱期において勢力拡大の一途を辿ったが、平和の象徴オールマイトの登場によって現在では旧世代の遺物も同然。

 それでも社会からは(ヴィラン)予備軍として扱われ、ヒーロー社会の監視を受けながらほそぼそと活動しているような連中がほとんど……というのが雄英の授業で教わった内容である。

 

 死穢八斎會も、この例に漏れない落ち目の組織であるはずだった。

 しかし、最近になって、そこの若頭である〝治崎〟という男が妙な動きを見せ始めたというのだ。

 

「――他所のヤクザものたちを集めていて、最近はあの(ヴィラン)連合とも接触をはかったわ」

(ヴィラン)連合……!?」

 

 バブルガールさんの説明に思わずと言った様子で声を上げたのは緑谷くんだったが、隣で聞いていた私も同じように声を上げそうになってしまった。

 一瞬、怒りに似た激情が私の内側から湧き上がって、それが言葉になって飛び出そうになったのだ。

 

 ……しかし、奴らの一員ではないかと疑われている私がこの件にかかわって大丈夫なのか、という考えがよぎった途端に、感情がすっと冷める。

 

「……公安が、わかってないはずがない……」

「雪柳さん、大丈夫かい?」

「ええ、なんでもないです。すいません」

 

 通形さんに気遣われるが、適当に誤魔化す。

 サーから送られる鋭い視線も私は何食わぬ顔で受け流して、バブルガールさんに尋ねた。

 

「そのヤクザ、(ヴィラン)連合と協力関係にあるんですか?」

「ううん、事の顛末はわからないの。ただ少なくとも、今時点で行動を共にしているところは確認できていない……そうであれば、むしろ話は早かったんだけどね」

「と、いうと?」

「要は、悪事を企んでる証拠が掴めていないのよ。八斎會は黒に近いグレーっていう評価がせいぜいで」

「だから、その証拠を掴むために捜査している、ってことですか」

 

 私がそう言うとバブルガールさんがこくりと頷いて、それからサーが口を開いた。

 

「故に、今日の我々のタスクはパトロールと()()。私とバブルガールで八斎會の敷地近辺を監視し、周辺区域のパトロールをおまえたちに任せる」

「巡回のルートは通常通りですかね、サー」

「ああ。治崎や八斎會の幹部たちに遭遇することはまずないだろうが、構成員が出歩いている可能性は大いにある。くれぐれも、我々の捜査が気取られるような真似はしないこと。いいな」

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 ……と、いうようなブリーフィングがあって、私と緑谷くんは通形さんとともにサー・ナイトアイ事務所での初仕事、地域のパトロールに臨んでいる。サーとの初顔合わせの翌日のことだ。

 

「き、緊張するな……パトロール……」

「あれ、パトロールくらいなら職場体験でやらなかった? それとも上がり性かい?」

「いえ、諸事情あって未経験でして……」

「諸事情ってなんですか?」

「え、雪柳さんには言わなかったっけ? グラントリノのところでみっちり個性の訓練されてて、その後すぐに保須市で……」

「あー……」

 

 聞いたような、聞いてないような。

 しかしそうか、緑谷くんがまともに個性を使えるようになり始めたのがあのタイミングだった記憶はあるから、たぶん聞いてるな。うん、たぶん。

 

「保須市っていうと、〝ヒーロー殺し〟の件かな? そう言えば雄英生が居合わせたって話だったけど、それが君たちだったの?」

「えぇ、私と緑谷くん、あと他に二人いて、ヒーロー殺しとたたか――」

「ヒーロー殺しにばったり遭遇しちゃったんだよね! いやあれは危なかったなぁ! エンデヴァーに救けられてね!」

「は? いや、私たちは……あー、違う、そうですね。あれです、私はエンデヴァー事務所で職場体験してたので、まさに。緑谷くんとは、その時にたまたま顔を合わせたというか」

 

 危ない。さらっとヒーロー殺しと戦ったことバラすところだった……ああもう、三ヶ月前のことなんて……いや待った、あれからまだ三ヶ月くらいしか経ってないのか? 本当に? もう何年も前のことでは? ……うん、そんなことはないな。相変わらず私の記憶力が怪しいだけだ。

 

「……とにかく、私は大丈夫です。パトロールのいろはについては、なんとなくですがエンデヴァーさんに教わったので」

「ははっ、なんとなくでもナンバー2ヒーローに教わったなら心配ないね! じゃ、せっかくだから雪柳さんが緑谷くんに教えてあげる形で行こう! 人に教えるのも勉強になるからさ!」

「えぇ……」

「露骨に面倒くさがるね!」

 

 だってめんどくさいし。

 ……緑谷くんもちょっと傷ついたような顔をしていないで、私なんかより通形さんから教わるようにしたほうが良いだろう。

 

「……ま、無理強いするほどのことでもないし、それじゃあ先輩がいろいろ教えるとするかな!」

「そうしてください」

「あ、はい! よろしくお願いします!」

 

 そして、私たちは街を歩き出した。

 

 単に人が多い大きな街だというのもあるだろうが、コスチュームを身に纏っていると想像以上に注目を浴びるものだ。

 思えば、コスチュームを着て外を出歩くのはそれこそ職場体験以来になる。

 あのときは……そうだ、エンデヴァーさんが一緒だったから、それで注目を集めてたんだよな。ヒーロー姿の自分が、という感じじゃなかった。私目当てに声をかけてくる人もいたけど。

 

「……そういや、二人のヒーロー名聞いてなかったよね!」

「あっ、そうでしたね。僕は〝デク〟です」

「えっデク? ……木偶の坊の、木偶!? いいのそれで!?」

「はい、でも、頑張れ! って感じのデクなので、いいんです」

「へぇ、そうか、そう言われるとなんかいい感じもするね! で、雪柳さんの方は?」

「私は〝ニクス〟です」

「ニクス、ギリシア神話の女神にそんな名前のが……あ、違うか、ラテン語で〝雪〟だ!」

「そうです。よくご存知で」

 

 ナチュラルに頭いいな。いや、雄英の生徒なんだから普通か。私が大外れなだけだ。

 

「デクに、ニクスね。ヒーロー活動中はそう呼ぼう! ……っと、俺も言ってなかったね。俺のヒーロー名は〝ルミリオン〟さ!」

「……どんな由来です?」

 

 めちゃくちゃ聞いて欲しそうな顔で見てくるので、そんなに興味はないが聞いてあげた。

 

「〝全て(オール)〟とまではいかなくても、〝百万(ミリオン)〟は救う! そんな意味を込めて命名したんだ! あとレミオロメンみたいでかっこいいだろ!」

「はぁ」

 

 前半は良いけど後半が意味わからん。レミオロメンってバンドだよな? どういう意味? というかそもそもかっこいいか?

 ……まぁ、レミオロメンもそのファンも敵に回そうとは思わない。ルミリオン、通形さんの下の名前ともかかっていて悪くない。それでいいだろう。

 

 と、そんな他愛もない話をしつつも、私たちは街を歩いて回った。

 特別なことは何もしていない。一般人を威圧しない程度に怪しい人間がいないか目を光らせながら、通形さん改めルミリオンの後にひたすら付いて行く。

 

 デク……いや、緑谷くんは緑谷くんの方でいいか。

 緑谷くんは、そのルミリオンの横について、パトロールでの心得を熱心に聞いている。私も彼らのすぐ後ろを付いていきながら、エンデヴァーさんやそのサイドキックの人たち、あるいは雄英で習わなかったようなことはないかと耳を傾けていた。

 

 パトロールは順調だった。

 その時までは。

 

「――あっ」

「っ、と?」

 

 とんっ、と、小さな衝撃。

 見れば、小さな女の子が、私の隣で尻餅をついていた。

 

「……すみません、大丈夫でしたか? どこか怪我は……」

 

 この子がぶつかってきたのだ、とすぐに理解した。

 私はその場にしゃがんで、女の子に手を伸ばす――が、彼女はびくりと身体を跳ねさせた。

 

 白い髪、額の小さなツノ。それはいい。

 

 両腕、両足の包帯。簡素で粗末な服。怯えた表情。裸足。

 

 

 

「――()()

 

 

 

 そして、男の声。

 

 顔を上げた私は、はたしてその驚愕を抑え込めていただろうか。

 

「ダメじゃないか、ヒーローに迷惑をかけちゃあ……帰るぞ」

 

 ペストマスクを付けた三白眼の男――こいつは、間違いなく〝死穢八斎會〟の治崎だ。

 

「――いえ、迷惑だなんて。私の方がぶつかってしまって」

 

 言葉は、思いの外するりと出た。震えていなかったかもしれないし、変な返答をしたかも。ほんの一瞬前の自分の言葉を思い出せない。

 

 ただ、治崎は愛想のいい笑みで返答をしてきたので、おそらく致命的におかしなことは言っていなかったのだろう。

 

「いやいや、エリが、うちの娘が走り回っていたのが悪いんです。おかげで傷も絶えなくて、いやはや申し訳ない」

 

 娘。治崎の?

 似ても似つかない。血縁とは限らない?

 それに、傷、包帯のことか。わざわざ言うか。明らかな異常を。

 

 目先の情報に思考がとらわれる。

 返答が、少し遅れた。

 

 治崎の目が、わずかに細まる――。

 

「――すいません俺の後輩が! 娘さん大丈夫でしたかね!?」

 

 と、そこで、私の肩に手が置かれた。

 

 ルミリオンが、会話に入ってきたのだった。

 

「そのマスク、死穢八斎會の方ですよね! ここらじゃ有名だ!」

「……ええ、マスクはお気になさらず。少々潔癖でして」

 

 ルミリオンはあえて踏み込んだ。まるっきり素知らぬふりをするのは、ヒーローとしてむしろ怪しい。そういう考えだろう。

 

「それにしてもお三方、お若いし、この辺りじゃ見ないヒーローだ。新人ですか?」

 

 私は、ゆっくりと縋り付いてきた女の子を抱き止めつつ、ルミリオンと緑谷くんに少し目を向ける。

 ルミリオンは、会話の調子そのままに平然とした態度で振る舞えているが、緑谷くんは見るからに緊張している。いつの間にかフードを被って素顔を隠しているのは幸いだが。

 

「はい、そう、新人で! パトロールだけでも緊張しちゃってまして! ……さ、立てよ! 娘さん、怪我はなかったんだもんな!」

「どこの所属なんですか?」

「……いやぁ、所属なんて! 職場体験、まだまだひよっこですよ! すいませんね、我々昼までにこの区画回らないといかんので」

「…………」

 

 ルミリオンの思惑は、だいたいわかった。

 ここは、波風立てずに。サーの要請に従おうというわけだ。

 

 わかった、が。

 

「――随分と、厳しくされているんですかね」

 

 この子を置いていく選択肢は、論外だろう。

 保護は、最低限だ。

 

「ねぇ、ちょっと」

「え? あ、何……!?」

「この子、預かって」

「お、おい、何を……!」

 

 私が、突っ立っている緑谷くんに促して女の子を抱きかかえさせる。緑谷くんは狼狽えて、ルミリオンは露骨に焦るが、どうでもいい。

 

 私は立ち上がって、治崎の前に歩み出る。ルミリオンが肩を掴んでくるが、知らない。

 

「……なんのつもりですか? 娘を、返していただきたい。今すぐに」

「それは難しい相談です。包帯でぐるぐる巻きの手足、怯え切った表情。そして、裸足で、走っていた……いえ、逃げていたんでしょうこの子。あなたから」

「おい、おいよせ! すいません、こいつ、まだ本当――」

「る、せ、先輩! ちょっと待って! その……確かに少し、この子の様子はおかしい! ごめんなさい、あの、何かを決めつけるわけじゃないんですが……少しだけ、お話聞かせてもらってもいい、ですか……?」

 

 緑谷くんが、私に付いた。

 理由はわからないが、好都合。

 

「……ふぅ、わかりました。誤解されては困りますからね。ただ、こんな表では話せない。わかるでしょう? 私も世間からは厳しい目で見られる立場です。ヒーローによってたかって詰め寄られていては、ね」

 

 ルミリオンは言葉を選ばざるを得ず、私と緑谷くん、そして治崎との会話に入るタイミングを逸した。

 

 治崎がこちらに背を向けたところで、ルミリオンが苦々しい表情を私に向けてくる。

 

 言いたいことはわかる。

 が、しかし、これは妥協できることじゃない。

 

「――子どもを育てるのは難しい。最近のエリは、反抗期ってやつなんでしょうね。ヒーローにこんな相談をするのは、お恥ずかしい限りなんですが」

 

 話しながら、路地裏を進んでいく。

 奥へ、奥へ、暗闇へ。

 

 私は、治崎の背に問いかける。

 

「反抗期で、その躾であると?」

「いやまさか、その怪我は事故ですよ。私の不注意もあって、可哀想なことをした……」

「……子育て、大変ですね。いえ、俺らみたいな子どもが言うのも変な話ですが……」

 

 ルミリオンが、治崎のみならず私たちの顔色も窺いながらそんな返答をする。

 

「……ええ、本当に。子どもというのは難解な生き物です」

 

 そして治崎がふと、立ち止まった。

 

 

 

「自分は何者かになれるのだと、本気で思い込んでいるのだから」

 

 

 

 ――白い小さな影が、私の隣を通って行った。

 

「――な」

 

 なぜ。

 

 振り向きたくなった。どうして手を離した。

 だが私は、治崎から、奴の元に戻った女の子から目を離せない。次の一手のために。

 

「……エリ、我儘はもういいんだな?」

「――おい、待っ」

 

 後ろから肩を掴まれる。強く、強く掴まれた。

 

「ダメだ。これ以上は、本当に」

「すいませんね、ヒーローの方々。ご迷惑をおかけしました。それではお仕事頑張って――」

 

 前と後ろから同時に声をかけられて、私は。

 

「――っ、がああっ!」

 

 左手を伸ばし、個性を使おうとした次の瞬間、背後から地面に組み伏せられていた。

 

 急いで顔を上げても、もう、治崎と女の子――エリちゃんの姿はなかった。

 

「どうしてっ! どうしてだっ!」

「連れ去るわけにはいかない! 保護はできなかった! あの子のためにも指示を仰ぐのがベストだ!」

 

 私を組み伏せたのは、ルミリオンだ。憎いほどに上手く固められていて、抜け出せない。

 

「……ふざっ、ふざけんなっ! 目の前で、手を掴んでて、なんで離したんだよ! なんでっ!」

 

 そして私は叫ぶ。

 なぜ、守るべきだとわかっていたはずの手を離したのかと。

 首を回しても顔は見えない、緑谷くんに向かって。

 ただ、それに応えたのは、またルミリオンだった。

 

「あの子が自分の意思で離れたんだ! ……わかっただろう、殺意だよ。殺意をちらつかせた。それで、俺たちを守るために、あの子は離れたんだ」

「……クソっ!」

 

 なら、戦えばよかった。

 なんのために戦う術を学んで、磨いているんだ。

 

 歯噛みする私の顔の前で、緑谷くんが片膝を突いた。

 

「……先輩、雪柳さんを解放してあげてください……雪柳さん、ごめん。僕も保護するべきだと思った。でも……こうなった以上は、ひとまずルミリオンの言う通りにしよう。ね?」

 

 私は返事の代わりに、伸ばして届かなかった左手を地面に叩きつける。

 

 義手の冷たい握り拳では、痛みを感じることもできない。

 

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