『雪女』のヒーローアカデミア   作:鯖ジャム

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第67話 雪女は霧の中

 頭の中をぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐると巡っていた。

 言葉、光景、感情、考え……体温、感触、震え、包帯……あの子の涙が、ひたすらに巡っていた。

 

 サー・ナイトアイは、ルミリオンの判断を支持した。

 

 死穢八斎會の犯罪の証拠(シッポ)を掴めていない今、よりにもよって治崎を刺激するのは悪手。

 彼らがより大きな悪事を企んでいる可能性がある以上、事を急いではいけない、と。

 

 合流した街角で、私はサーに問いを投げかけた。

 それでも、一人の小さな女の子をまた地獄に突き返した選択が本当に正しかったのか、という問いを。

 

「――ではおまえは、その反対の選択肢を取って、確実にそれを完遂できたか? 娘を保護対象として守りつつ、奴を制圧できたか?」

「……相手は一人、こちらは三人でした。セミプロだ。不可能じゃなかった」

「相手は本当に一人だったか? 奴の個性は? 保護対象のみならず、近くには一般人も大勢いただろう。街の真ん中で戦闘になって、周囲にどれほどの被害が出るか想定は?」

「…………」

「傲慢とまでは言うまい。ただ、今のおまえの目は曇っている。ミリオの判断の方が堅実であったことは間違いない」

 

 そして、サーの返答に私が反論する余地はなく、私のインターン初日はそのまま終わって。

 

 曇った目では外を見渡すことはできず、だとすれば私は、もはや自分の内側を見つめ続けることしかできなかった。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 迎えた月曜の朝は、もちろん最悪の気分だった。

 

「……顔、ひどすぎ」

 

 洗面所の鏡に映った顔は、ほとんど死人のようだった。

 昨晩はほんの一時間、気絶して意識が飛んでいた程度で、睡眠らしい睡眠は取れていないのだ。こんな顔にもなるだろう。

 

 しかし、それでも学校を休むつもりはない。体調不良で学校を休んでおいてインターンだけは参加する、なんてことはきっと許されないだろう……ただでさえ、邪魔をされかねないのに。

 

 あの子を救けるチャンスを逃すのだけは、絶対に嫌だった。

 

 ……とは言え、だ。

 

「――ちょ、氷雨ちゃん大丈夫!? 顔色悪すぎてゾンビみたいになってるよ!?」

「昨日インターン初日だったのにそんなにしごかれたの!? 」

「雪柳さん……今日のところは休まれた方がよいのでは?」

「私もヤオモモに賛成。顔見ただけでここまで思うのって相当だからね?」

 

 登校前、寮の共用スペースで顔を合わせた際に、こうしてA組女子一同から心配されてしまうのはまったくもってどうしようもない。

 

 それに、その心配を受け入れることができない私は、本当にどうしようもない奴だ。

 

「……心配してもらってなんですが、私は休みませんよ。休んだら、インターンに行けなくなる。そういうわけにはいかないんです」

 

 この場にいないお茶子ちゃんと梅雨ちゃんは、今日もまさにインターンに参加している。

 一方で私は、ナイトアイ事務所からお呼びがかかっておらず。

 二人に遅れを取る取らないは本来関係ないが、今の私はそれにすらもどかしさを感じていた。

 

「いや……ちょっと雪柳、流石にそれは……」

「そうだよ、流石になんか、こう、焦りすぎだって! 僻むわけじゃないけど私らなんてインターン行けてすらないんだよ?」

「芦戸さんの言う通りです、雪柳さん。本当に……このままではよくありませんわ」

 

 響香ちゃん、三奈ちゃん、百ちゃんが次々にそう言ってきて、最後にずいっと透ちゃんが近付いてくると、私の右手を両手で握った。

 

「――ねぇ、氷雨ちゃん。私たちに、話せない? 何が、氷雨ちゃんをそんなに……()()()()()()()?」

 

 心臓を、ぎゅっと掴まれたような気がした。

 

 踏み込まれた。

 引いていた線を、越えられた。

 

 握られた手から、透ちゃんの体温が伝わってきていた。

 

「――っ!」

 

 しかし気付けば、私はそれを振り払っていた。

 

「……すいません。話せることは、何もないです」

「氷雨、ちゃん……」

 

 透ちゃんの悲しげな声が、私の胸に刺さる。

 

 でも、それでどんなに痛みを感じたとしても、自業自得でしかない。

 透ちゃんの気持ちを考えれば、自分を慰めることすら醜悪だ。

 

 ……毎日、ずっと一緒に過ごす仲間を相手に、私はいったい何をやっているんだ。

 

「……先に行きます」

 

 それから私は逃げるように寮を出た。

 意味がないことだと頭ではわかっていたが、そうした。

 

 ……こんな状態でも、しかし私は授業をこなした。

 

 A組男子たちや廊下等々ですれ違ったB組の人たち、そして相澤先生をはじめとした教師たちにもこぞって顔色を指摘されたが、座学もそれ以外も私はこなし切った。

 

 ……特に座学は、本当に頭に入っているかと言えばまったくのノーだが、とにかく表面上は取り繕ったのだ。

 

 一日は長かった。

 けれど、何をしていたのかと問われれば、答えに窮する。そんな具合。

 

 さらに次の日にはお茶子ちゃんと梅雨ちゃん、あと切島くんを含めたインターン組が戻ってきたりもしつつ、やはり私は死人のような……いや、透ちゃんに言われたようにゾンビ、動く死体のような体たらくで、なんとか一日を乗り越えた。

 

 一日、一日と、乗り越えていった。

 

 

 

 ――ナイトアイ事務所から再びインターン活動のお呼びがかかったのは、結局、週末のことだった。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 サー・ナイトアイ事務所の二階にある大会議室。

 そこに、大勢のヒーローたちが集まっていた。

 

「――我々ナイトアイ事務所は、約二週間前から死穢八斎會という指定(ヴィラン)団体について、独自で調査を進めています!」

 

 と、会議の進行を始めたのはバブルガールさんだ。

 彼女は、会議室の一番上座に一人座るサー・ナイトアイの隣に立って、少し緊張気味の様子だった。

 

 この会議の議題、目的。

 それは、先ほどサーの口から告げられている。

 

 バブルガールさんの前置きからもわかるだろうが、あの死穢八斎會の件について――ナイトアイ事務所が主に調査をしつつも、情報提供等々で協力をしていた、あるいはこれから協力を仰ぎたいヒーローたちを集めた対応協議、ということだった。

 

 先日は顔を合わせることのなかった、ナイトアイ事務所のもう一人のサイドキックである『ムカデ』の個性のセンチピーダーさんがバブルガールさんと共に事前情報の共有を進めていく。

 

 事前情報は、私や緑谷くんがこの前聞かせられた通り。

 最近死穢八斎會が、若頭である〝治崎〟を中心に組織拡大を目論むようなきなくさい動きを始めたということ。

 それから、ナイトアイ事務所が調査を開始した直後にあの(ヴィラン)連合とも接触があったということ、だ。

 

「連合が関わる話なら、と……俺や塚内にも声がかかったんだ」

 

 そう発言したのは、招集されたヒーローの一人、グラントリノさん。緑谷くんが職場体験でお世話になった……というか、私個人も職場体験と神野事件でお世話になった、あの小さいおじいさんのヒーローだ。

 

 塚内、というのは警察の人。まさしく(ヴィラン)連合の絡みで、私も何度か事情聴取を受けたことがある。

 ただ、その塚内さんはこの場にはいない。グラントリノさんいわく、他で目撃情報があったためにそちらの捜査に行っているらしい。

 

 グラントリノさんは、偶然とは言えまた緑谷くんを(ヴィラン)連合の件にかかわらせてしまったことを少し悔いているようだった。緑谷くんは、大丈夫だというような返事をしたが……。

 

 ……私はそれを他所に、グラントリノさんの隣に座っている相澤先生に目を向ける。

 

 相澤先生もまた、ヒーロー〝イレイザーヘッド〟として、この場に呼ばれていた。

 なぜ、彼がここに呼ばれたのか……理由が一つとは限らないが、今、このタイミングで私と目が合ったような気がしたのは、決して気のせいではないように思えた。

 

「――ぬかせロックロック! この二人はスーパー重要参考人やぞ!!」

 

 と、急に椅子を吹き飛ばす勢いで立ち上がったのは、一段と身体が大きくて丸い、黄色いジャージを身に纏ったヒーローだった。

 そして、彼の言う二人というのは、私も知っている人物――クラスメイトの切島くんと、雄英ビッグ3の一人である天喰環さんだ。あの陰気な人だ。

 

「……あ、とりあえず初対面の方も多いと思いますんで! 〝ファットガム〟ですよろしくね!」

 

 デカくて丸い人がちゃんと名乗ってくれた。ファットガムさんというらしい。この会議、自己紹介なしで始まっているので知らない人だらけなのだ。

 

 と、ついでに言っておくと、まぁナイトアイ事務所の通形さんと緑谷くんがいるのは当たり前として、私の知った顔としてはあと三人、お茶子ちゃんと梅雨ちゃん、それと雄英ビッグ3最後の一角である波動ねじれさんもいらっしゃる。波動さんは、あの不思議ちゃんな女の子だ。まぁわかるか。

 

 要するに、ここにいる雄英生たちは、全員インターン先の事務所がこの場に招集されたために、この会議に参加することになっているのだ。

 

 偶然にしては出来すぎているが……サーが、ファットガムを呼んだ理由を聞く分には、本当に偶然でしかないのかもしれない。

 

「八斎會は、以前に認可されていない薬物の捌きをシノギの一つにしていた疑いがあります。そこで、その道に詳しいヒーローとしてファットガムに協力を要請しました」

「ええ、昔はそういうんゴリゴリにぶっ潰しとりましたわ! ――そんで先日! 烈怒頼雄斗(レッドライオット)、こちらの切島くんのデビュー戦で、今まで見たことない種類のモンが環に打ち込まれたんですわ!」

 

 それは、〝個性を壊すクスリ〟だ、と。

 

 ファットガムがそう言うと、一同はざわついた。

 私も、背筋が凍るような感覚に襲われた。

 

「え……!? 環、大丈夫なんだろ……!?」

「ああ、ミリオ……一晩寝たら回復したよ。ほら、見てくれこの立派な牛のヒヅメ」

「朝食は牛丼かな!?」

 

 通形さんがうるさい。

 

 ……しかし、回復はする、のか――と、私が思わず抱いた安堵を見抜かれたわけではないはずだが、私の左隣に座っている色黒なヒーローさんが「回復すんなら安心だな。致命傷にはならねぇ」と言った。

 

 が、サーがそれに対して首を横に振ると、「いえ、その辺りはイレイザーヘッドから」と相澤先生に水を向けた。

 

「どうも、俺の個性『抹消』とはちょっと違うみたいですね。つまり、俺は相手の個性を攻撃しているわけではないので――」

 

 基本となる人体に特別な仕組みがプラスアルファされたものが〝個性〟であり、そのプラスアルファの部分を一括りにまとめて〝個性因子〟と呼ぶ。

 相澤先生の個性は、相手の個性因子を一時停止させるもので、直接的にダメージを与えるようなことはできない。

 

 ……というような説明を相澤先生がした。

 前半部分はもちろん私の理解は及ばなかったのだが、後半何を言っているのかはさすがにわかる……要は、天喰さんの個性が使えなくなったというのは、相澤先生の個性によるものとは似て非なる現象だったということだ。

 

 そして実際、病院で検査したところ天喰さんは個性因子が傷ついていると診断されたらしい。それが治ったのは自然治癒によるものだった、と。

 

 天喰さんの個性を攻撃したモノ――クスリ。

 それはいったいなんだったのか。

 

 天喰さんの身体を調べても、ただ個性因子のみに影響を与えるものだったとしかわからず。

 そのクスリを、弾丸として撃ち込んだ連中もダンマリで、銃もバラバラ、撃った弾もその場で撃ち切っていて所持していなかった。

 

 ……だがそこで、切島くんが個性『硬化』を使っている最中に撃たれ、それを弾いていたがために中身の入った一発を入手することができたのだというのだ。

 

「……そんで、その中身を調べた結果なんやが……ムッチャ気色の悪いモンが出てきたんや……」

「……なんだよ?」

 

 誰かが、言葉を濁すファットガムに続きを促した。

 

 ファットガムは、言った。

 

「人の血ィ、それに細胞なんかが入っとった」

 

 

 

 

 

「――は?」

 

 

 

 

 

 私の口を突いて出た声は、部屋の中でやけに響いた。

 私はそれと同時に立ち上がっていて、全員から注目を浴びながらも、思わずサーの方を見てしまった。

 

 サーは、険しい表情で……小さく、ため息を吐いた。

 

 何も、否定しようとはしなかった。

 

 音が遠くなる。

 

 頭の中で、ぐるぐると回る。

 

 包帯、涙。

 

 

 

 私、は。

 

 

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 治崎は自分の娘であるあの子、エリちゃんの身体を文字通り切り売りしている。

 それが、奴の持つ『オーバーホール』――対象を分解・再構成するという個性からも考えられる最悪の可能性。

 

 多くの部分が推測の域を出ない。

 しかし、出来上がってくるクスリの存在も、そしてエリちゃんが置かれているかもしれない状況も看過することはできない。

 

 エリちゃんの居場所を突き止め、保護する。

 可能な限り成功の確度を高めるため、さらに調査を進める。

 

 今日の会議は、そういう結論で終わった。

 

 

 

「――そうか、そんなことが……」

 

 それから。

 

 会議は終了したものの、今後のことでそれぞれ話を始めたヒーローたちの邪魔にならないようにとインターンの学生組は一旦会議室を出ることになった。

 

 ナイトアイ事務所のビルのラウンジで、私たちは机一つを囲んで座る。

 

 ドラグーンヒーロー〝リューキュウ〟の事務所でインターンをしている波動さん、お茶子ちゃん、梅雨ちゃんの三人。

 ファットガム事務所の下で同じく、天喰さんと切島くんの二人。

 そして、サーの下で通形さん、緑谷くん、私の三人だ。

 

 みんなに聞かれて、通形さんと緑谷くんが、私たちのインターンの初日にあったことをすべて話した。

 

 パトロールで、エリちゃんに出会い、治崎に遭遇してしまったこと。

 エリちゃんの異変に気が付き、私が保護しようとしたこと。

 緑谷くんも保護の方向で動こうとしたこと。

 しかし、通形さんは治崎を刺激しないために慎重を期して一度エリちゃんの保護を諦めようとして、結局そうしてしまったこと。

 

 私はそれを、全部黙って聞いていた。

 顔も上げずに、上げられずに、ただ黙って。

 

「……雪柳さん」

 

 と、通形さんが私を呼ぶ。

 私は返事をしなかったが、彼は勝手に続けた。

 

「すまなかった。俺は、あのときの選択……いや、結果論だけど、君の選択のほうが、あの子にとっては……」

「……やめて、ください」

 

 聞くに堪えない。

 私は、膝の上に置いた自分の手をじっと見つめながら、言う。

 

「私に謝って、何になるんだ。謝る相手が違うし、謝ったって、何も……」

「……氷雨ちゃん」

 

 ふと、隣で座るお茶子ちゃんが私の腕に触れてきたが、私はそれを身じろぎして拒絶する。

 

 慰めなんか、いらない。

 

 だって、全部――。

 

「……あれからもう、一週間だ。救け出すまでにもう何日かかる? その間、あの子が苦しむのは……全部、私のせいだ」

「ケロ、氷雨ちゃん、そんなこと……」

「あるんだよ。結局、私が選んだ。あの時、どんな手を使ってでも、救ければよかったのに。そうしなかった……」

 

 だから、通形さんに謝られる筋はないのだ。

 通形さんも緑谷くんも悪くない。二人の意思なんて関係なく、私がやればよかったんだ。

 

 ずきり、ずきりと、左手が痛む。

 

 義手で、痛覚なんてないはずの左手が、今更。

 

「――おまえら、通夜でもしてんのか」

「あ、相澤先生……」

「イレイザーヘッドだ。学外ではヒーロー名で通せ」

 

 私は、ぱっと顔を上げた。

 

 相澤先生と目があって、私は、その場でゆっくりと立ち上がった。

 

「先生」

 

 言う。

 何を?

 決まっていないのに、先に口を開いてしまった。

 

 でも――私たちのところにやってきた相澤先生を、一言だって喋らせたくなかった。

 

「……聞きたくありません、何も」

「…………」

「私、は……今、今は、もう……」

 

 声が、手が、身体の芯が震えそうになる。

 

 怖い。

 

 ……私はそれから何も言えず、ただ、その場から逃げ出した。




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