『雪女』のヒーローアカデミア   作:鯖ジャム

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第9話 雪女 in the USJ その2

「なんだありゃ? また入試ン時みたいなもう始まってんぞパターン?」

「バカ言うな。あれは、本物だよ」

 

 私が低い声でそう言うと、視界の端にぎょっとした顔でこちらを見てくる切島くんが映った。

 しかし、私にはそれに反応する余裕がない。眼下の(ヴィラン)たちを見つめたまま、口の中が急速に乾いていくのを自覚することしかできなかった。

 

「な、本物って、アイツらバカだろ!? ヒーローの学校に入り込んでくるなんてアホすぎるぞ!」

 

 男子の誰かが、悲鳴を上げるように叫ぶ。

 

「13号先生、侵入者用のセンサーは!?」

「もちろんありますが……!」 

 

 私の隣に立っていた八百万さんが発言し、13号先生は焦りを滲ませながら返答する。

 

「現れたのはここだけか、学校全体か……何にせよセンサーが反応しねぇなら、向こうにそういうことができる個性持ち(ヤツ)がいるってことだろ。校舎と離れた隔離空間、そこに俺たち少人数が入る時間割……バカだがアホじゃねぇ。これは、何らかの目的があっての、用意周到に画策された奇襲だ」

 

 轟師匠は生徒たちの中でも一際冷静で、自身の分析を口にする。理路整然としたその説明は、正鵠を射ているように思えた。

 

「13号、避難開始しろ! 学校に電話も試せ! 上鳴、おまえも個性で連絡を試みろ!」

 

 相澤先生は鋭く指示を飛ばし、首に下げているゴーグルを付けて(ヴィラン)たちの方へと一歩歩み出る。

 一人で戦うつもりなのだと、その場の全員が理解した。

 みんなを代表するように緑谷くんがそれを止めようとしたが、「ヒーローは一芸だけじゃ務まらん」と一言返し、相澤先生は広場へと駆け出した。

 

「――すごい……! 多対一こそが先生の得意分野だったんだ……!」

「言ってる場合じゃないでしょ緑谷くん。いいから、早く」

「え、あ、雪柳さん!?」

 

 呑気に広場の方を眺めて、ぶつぶつと独り言を言っている緑谷くんの腕を引いた。既に入口の方に駆けだしていたみんな、ひいてはその中にいる飯田くんも私たちに早く来るよう呼び掛けている。

 緑谷くんが後ろ髪引かれながらも自分で走り出したのを確認次第、私は掴んでいた腕を離し、みんなに置いていかれないよう懸命に走った。

 そうしてようやく追いついたところで、突如、集団の前方が黒い靄によって塞がれてしまった。

 

「させませんよ」

 

 靄の中には、怪しく光る一対の目があった。

 発動系個性のエフェクトかと思っていた黒い靄は、個性そのもの、そして(ヴィラン)そのものだった。

 

「初めまして、我々は(ヴィラン)連合。僭越ながら、この度ヒーローの巣窟である雄英高校に入らせて頂いたのは……〝平和の象徴〟オールマイトに、息絶えていただきたいと思ってのことでして」

 

 黒靄敵の発言を受けて、みんなに動揺が走る。

 オールマイトに息絶えてもらう……オールマイトを、殺す?

 

 ――そんなことができるほどの戦力が、ある?

 

「しかしどうも、オールマイトの姿が見えない……まぁ、それとは関係なく――今の私の役目はこれ」

 

 ぶわっ、と矢庭に黒い靄が広がりかけ、全員が身構えた。

 

 ……が、それよりもさらに早く、(ヴィラン)に向かって飛び出していった二つの影があった。

 

「その前に俺たちにやられることは、考えてなかったか!?」

 

 そう叫んだ切島くん、加えて爆豪くんが黒靄の(ヴィラン)に対してそれぞれ一撃を叩き込んだのだ。

 個性『硬化』による容赦のない打撃と、個性『爆破』による鮮烈な爆撃を一身に浴びせかけたわけだが――爆発による煙が晴れた先には、黒い靄を薄れさせつつも恐らくは無傷の(ヴィラン)が立っていた。

 

 そしてむしろ、二人が突出し、13号先生と黒い靄の(ヴィラン)の間に入ってしまったことは、状況を最悪にする。

 

「ダメだ!どきなさい二人とも!!!」

 

 13号先生が叫んだけれど、遅かった。

 

「生徒と言えど優秀な金の卵……散らして、嬲り殺す……!」

 

 次の瞬間、私の、私たちの視界は真っ黒な靄に覆われた。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

「――ぐっ!」

 

 私は、突然砂利まみれの地面に投げ出された。上手く着地できず、肘や手のひらを擦りむいてしまう。

 

「……子ども相手に情けねぇな。しっかりしろよ、大人だろ?」

 

 不意に聞き覚えのある声がして、私は四つん這いのまま顔を上げた。

 するとそこには、白と赤にくっきり分かれた頭――轟師匠が、いた。

 

「雪柳、平気か」

 

 師匠はちらりと振り返って、声をかけてきた。

 彼の前方には氷の世界が広がっていて、見たこともない男たち――おそらくは(ヴィラン)たちが氷漬けにされていた。私がこけている間に、彼は既に場を支配し、状況を終了させていたのだ。

 

「……大丈夫。こけただけ」

 

 私は、轟師匠が普通に声をかけてきたことに若干驚きつつも、砂を払いながら立ち上がる。

 そうして改めて師匠の顔を見てみると、何故か、きょとんとした顔でこちらを見ていた。

 

「何?」

「いや……口調」

「は? ……あ、あーっと、えー、お気になさらないでくださいませ」

 

 おい昨日から二日連続だぞしっかりしろ私。

 いや、昨日よりもよっぽど冷静じゃいられない状況なのは間違いないけど、私の擬態ってこんなにボロボロだったっけ。

 

「…………」

「……素の口調がちょっと乱暴なので、普段は丁寧に喋るように心がけてるんです。本当に気にしないでください」

「別に、取り繕う必要もねぇと思うけどな」

「口説いてるんですか?」

 

 私、元男だから別にときめかないぞ……って、轟師匠にはそのこと言ってないんだった。まぁ、なんにせよ口説かれたわけじゃないだろう。

 

「というか、そんな冗談言ってる場合じゃありません。この状況は……」

「あの黒靄野郎の個性だろうな。さしづめ、『ワープゲート』とでも言ったところか。散らして嬲り殺す、なんて言ってやがったが……見ての通りこいつら、個性持て余してるだけのチンピラだ」

 

 本人たちを前にして随分な言い草だが、否定する気は起こらない。んだとクソガキ殺すぞっ、とかなんとか今まさに言ってるけど、台詞と迫力がまさしくチンピラ程度。しかも氷漬けのままで指一本動かせてないし。轟師匠の個性が強力なのを差し引いても、大した奴らじゃないのは明らかだ。

 

「……『オールマイトを殺す』、と言っていましたね」

「ああ。精鋭揃えて数で圧倒するのかと思ってたが……この様子じゃそういうわけでもなさそうだ」

「でも、オールマイト先生を殺すだけの算段はある、と……」

 

 純粋な戦闘力でオールマイト先生を殺せるようなやつがいるとは、到底考えられない。彼は年老いた今なお、間違いなく日本のナンバーワンヒーローなのだから。

 したがって考えられるのは、オールマイト先生の弱点を突くような特殊な個性の持ち主がいるという可能性だ。しかし、オールマイト先生の弱点なんて全然思い当たらないし、したがってそれを突く個性も想像のしようがない。

 

 ただ一つ……その『対〝平和の象徴〟』とでも言うべき()()は、相澤先生が向かった広場にいる可能性が高いのではないだろうか。

 ただでさえ大勢の(ヴィラン)がいる場所に突っ込んでいった相澤先生の下に、もしもオールマイト先生を殺せるような(ヴィラン)がいるとしたら――。

 

「……ん?」

「? どうした?」

 

 思考を巡らせつつ、私は轟師匠が作り出した氷とそこから生み出された()()に対して何気なく個性を使っていたのだが、ふと、その延長線上でそれの存在……いや、彼女の存在に、気が付いた。

 

「葉隠さん?」

 

 背後に振り向いた私は、岩陰に浮いているグローブを発見した。

 

「――えっ、雪柳ちゃん!? な、なんでわかったの? 雪ないよね!?」

「ええと、冷気で」

「冷気? おまえの個性、そんなものまで……」

「ああいえ、普通は探知になんて使えません。生み出したり、操ったりも、雪や氷ほどには無理です。ただ、ほんのちょっとだけ冷気の広がり方が変な感じがしたので、もしかして、と……」

 

 謙遜ではなく、これは本当にたまたまだ。あんまり当てにされるようなことになると困ってしまう。

 

「他には、誰かいませんかね」

「……それぞれのゾーンに、三、四人ずつ飛ばされた形かもな。だが、ここと同じように誰かしら待ち構えてるとして、たぶんただの有象無象だ。クラスの奴らはあまり心配しなくても平気だろ」

「ちょ、轟くん! 有象無象とか言うからチンピラたち超怒ってるよ! 言葉選ばなきゃ!」

 

 とか言いつつ、自分もチンピラ呼ばわりしてる葉隠さん。もちろんチンピラたちは声を荒げて息巻いたが、いかんせん氷漬けの状態から抜け出そうという気概すら見えないので、あまり怖くない。弱い犬ほどよく吠える的なアレとしか思えない。

 で、轟師匠は轟師匠で葉隠さんの言葉に対してまったくの知らん顔。何やらすたすたとチンピラたちに近付いていった。

 

「俺は、こいつらに話を聞く。おまえたちはどうする」

「話を聞くって……そんなことをしてる暇があるなら、他の皆と合流するべきです。ここの(ヴィラン)たちは拘束できているんだから、今すぐにでも広場の方に……」

「なら、おまえたちだけで行ってろ。途中で(ヴィラン)と遭遇しても、おまえなら大丈夫だろ」

「…………」

 

 轟師匠は私に視線を向けなかった。さっきは普通に話しかけてくれたから、戦闘訓練の時のことは水に流してくれたのかと思ったが……そういうわけでもないらしい。

 

「ちょっとちょっと轟くん! 何そのぶっきらぼうな言い方! いくら轟くんがクソ強くてもこんなところに一人で置いて行けるわけないだろー!?」

「……なら、言い方を変える。あとから追いつくから、おまえたちは先に避難してくれ。雪柳の力があれば、他の奴らの手助けもできんだろ」

「……わかりました」

「ええ!? 雪柳ちゃん!?」

「葉隠さん、轟くんは強いですから。直接戦った私が保証します……ただし、もし何か、一人ではどうしようもないような危険が迫ったら、ここの氷、溶かしてください。感知次第、飛んで来ます」

「…………」

「睨まないでくださいよ。普通に割ったり、新しく氷を生み出すとかじゃ区別ができませんから。自分の命が危なくなったら、流石に意地も張ってられないでしょう」

 

 轟師匠の氷を溶かし尽くすような個性の持ち主が(ヴィラン)側にいるとは思えない。いたら、氷による拘束なんてとっくに脱しているだろう。

 だから、この氷を溶かせるのは師匠本人だけで、それが専用の合図になり得るというわけだ。頭の悪い私にしてはなかなかいいアイデアだな、うん。師匠の神経を逆撫ですることに目を瞑れば。

 

「さて、行きましょう葉隠さん。まず、中央の噴水がある広場に」

「う、うん、わかったよ。轟くん、ホントに気を付けてよね!」

「ああ」

 

 私は先に駆け出したが、脚は遅いし体力は絶望的にないしで結局葉隠さんに急かされる側になってしまう。

 途中、水難事故ゾーンの方で大きな音がして、巨大な水柱が立つのが見えた。きっと戦闘が起こっているのだ。

 

 私は焦燥を覚えて、唇を噛んだ。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 ――そして、私たちが広場の端にたどり着いてから目撃したのは、まさしく絶望とでも言うべき状況だった。

 

 相澤先生が、片腕をだらりと垂らしながら大人数を相手に立ち回っていた。全身真っ黒なヒーロースーツのはずなのに、右腕の肘の辺りだけ色が違って見える。肌色と、赤。何を意味しているのかは、バカな私でもすぐにわかった。

 

「雪柳ちゃん、ダメだよ……!」

「っ、でもっ!」

 

 私は今すぐにでも飛び出したかった。

 

 恐怖はある。

 でも、そのほとんどは(ヴィラン)に対するものじゃない。

 

 私の知っている人が、死んでしまうかもしれないということへの恐怖だ。

 

「――っ!」

 

 (ヴィラン)たちの声はほとんど聞こえない。

 しかし、まるで指揮を執るような立ち位置にいる、全身が手首に塗れた悪趣味な白髪の男が、何かをつらつらと喋っていた。

 

 その、次の瞬間だ。

 

 ――相澤先生が、真っ黒な巨漢の(ヴィラン)に組み伏せられ、地面にたたきつけられたのは。

 

「――っ、雪柳ちゃんっ!」

 

 私はその光景を目の当たりにしたのとほぼ同時に、葉隠さんの制止を振り切って動き出した。

 

 まず考えたのは、個性を正確に制御しなければ、ということ。距離はどうとでもなるが、視線が通っている必要がある。

 黒い(ヴィラン)はこちらに背を向けている格好だ。どういう状況かわからないが、相澤先生の苦悶の声が響き渡った。

 

 あの(ヴィラン)を、止めなければ……ッ!

 

 

「――凍り付けッ!!!」

 

 

 私は左腕を突き出し、握り潰すような動作をする。離れた位置に個性を発動するときに、イメージを補完するためのアクションだ。

 

 (ヴィラン)の身体、それから組み伏せた相澤先生を押さえつけてると思われる両腕の上腕部分までを、私にできる最大最高最速の出力で氷漬けにしてやる。あの(ヴィラン)がどうなろうと知ったことじゃない。とにかく身体の芯まで凍らせて、動けないように。これ以上、相澤先生を攻撃できないように。

 

 突如として身体が凍り付いていった黒い(ヴィラン)は動きを止めはしたものの、しかしそれ以外には何の反応もない。

 代わりに動きを見せたのは手の(ヴィラン)で、ゆらりとこちらを見た。

 

 数十メートルは距離がある。ただでさえ手のマスクで顔を隠しているのに、表情なんてわかるはずがない。

 また、声だってろくに聞こえない。マスクのせいでくぐもっているだろうし、あんなひょろひょろの体格で常に大声を張り上げるタイプには見えない。

 

 それなのに何故かわかったし、聞こえた。

 

「脳無、あの白いガキだ」

 

 手の(ヴィラン)が、ニヤリと笑ってそう言ったのが。

 

「――雪柳逃げろッ!!」

 

 相澤先生がそう叫んだ次の瞬間には、もう、黒い(ヴィラン)は私の目の前にいて。

 

 

 

 突き出していた私の左腕を、大きくて真っ黒な手が鷲掴みにしていた。

 

 

 




 

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