幽鬼狩人と騎士猫と隻眼竜人嬢。あるいは飯の話 作:黒モク
小一時間ほど捜索を続けた末、騎士猫が焚き火の微かな臭いを嗅ぎ取った。
高台に伸びるブナに似た大木。その幹に出来た洞の中でビバークしていた御嬢様を発見。標準的な毒妖鳥装備と隠れ身装衣を重ね着した彼女は顔色こそ悪いものの、命に別状は無いようだった。
ここまではよろしい。大いによろしい。
問題は例によって足音も気配も発さずに洞へ近づいた幽鬼狩人に、御嬢様が吃驚を挙げてスリンガー弾を発射。
まさか助けに赴いた要救助者に撃たれると思っておらず、幽鬼狩人ははじけクルミを顔面に浴びる。
大型モンスターも気絶させられる一発を食らい、幽鬼狩人が腰を抜かすように崩れ落ちた。
「ニャーッ!? あいぼーっ!?」
騎士猫の慌てふためく悲鳴が響き渡った。
「えっ!? ええ―――っ!?」
続いて、情熱の生物調査員の慌てふためく吃驚が響き渡った。
御嬢様の名誉のために説明しておくと、彼女は数日前に雨が降り始めた頃、巨木の倒壊に巻き込まれて左足を負傷。濡れ鼠になりながらこの洞に避難し、限られた食料と燃料、雨水を頼りに命をつないでいた。
負傷の痛み、濡れた着衣と雨天の肌寒さ。体力は刻々と低下していく。食料は少なく、燃料は心許ない。この状態ではトイレだって……そして、絶人の森の中での孤独。
その心細さと飢えと惨めさと不安と恐怖がもたらす精神状態は察して余りあるし、そんな状態の彼女へ、不気味な昆虫面マスクを被って幽霊の如く近づいた幽鬼狩人が悪い。
●
物語なら救助した女性を運ぶ手段は御姫様抱っこか、おんぶが通り相場である。
が、ちょっぴり焦げた昆虫面マスクを被る幽鬼狩人は、負傷と衰弱で動けない御嬢様を荷物のように肩車――ファイヤーマンズ・キャリーで担ぐ。一応言っておくと、この方法ならば片手が自由に使えるし、移送のバランスを取り易い。理に適っている。
ただしムードもへったくれもないが。
ともかく幽鬼狩人は肩車で御嬢様を担ぎ、竜人嬢が待機するキャンプまで運んでいく。
道中、御嬢様は荷物のように担がれながらぽつぽつと語る。
森で生態調査中、見慣れぬシンリンシソチョウを見つけ、捜索しているうちに雨が降ってきた。雨脚が強くなってきたおり、普段なら無理をせず拠点へ帰還を試みるところだったが、見慣れぬシンリンシソチョウ――否、極めて目撃例が少ないコダイジュノツカイを発見。
御嬢様はその情熱を抑えきれず捕獲を試み、結果、大木の倒壊に巻き込まれて負傷し、かくも遭難したというわけだ。
よくある話だった。
人智の及ばぬ怪物がうようよする山林原野に好き好んで赴き、巨大なモンスター相手にドンパチチャンバラを挑む人間は、大なり小なり頭のネジが外れているし、ネジも足りない。
そういう人間が手前の命より好奇心や冒険心、闘争心や欲望を優先することは、その結果、回復不可能な重傷を負ったり、命を落としたりすることは、珍しくもなんともなかった。
この手のことは幽鬼狩人にも覚えがあるし、竜人嬢も強大なモンスター相手に無茶をした結果、左目と左手の指を失った。
駆け出しもベテランも関係ない。本当によくある話なのだ。
「せめてコダイジュノツカイを捕まえられてたら良かったのになあ」と御嬢様は弱々しい声で呟く。
まったく懲りていない御様子。
この程度で懲りたり、怯えたり、トラウマになったりする”お上品な”人間は、そもそもハンター商売にゲソを付けない。
そうして、雨と霧の森を進み、竜人嬢が待つキャンプへ到着。
帰還に気付いた竜人嬢が雨に濡れることも気にせず駆けよってきて、
「見つかったんだな。無事だったかっ!?」
「御心配をおかけしましたー……」
幽鬼狩人の肩に担がれた御嬢様が応じると、竜人嬢は安堵の笑みを浮かべた。
「よくやり遂げた。君達は最高だ」
竜人嬢は幽鬼狩人と騎士猫を誇らしそうな面持ちで労い、絶賛。そして問う。
「ところで……なぜマスクが焦げてるんだ?」
「聞くな」
幽鬼狩人は遠い目をして答え、騎士猫が忍び笑う。
2人の反応に小首を傾げつつ、竜人嬢は御嬢様をテント内へ運ばせた。
「怪我は……重度の捻挫か。これでは歩けないな。怪我の手当てをする前に、体を清潔にして温めよう。濡れた装備と着衣を脱がすぞ」
竜人嬢がテントの床に敷かれた野営用マットへ寝かされた御嬢様の装備を外し始め、ふと気づき―――
「早く出ていけ」
幽鬼狩人と騎士猫をテントから追い出した。
「私が彼女の手当てと世話をしているから、君達は何か温かい食事を作ってやってくれ。消化に良い物を頼む」
そう命じ、竜人嬢はテントの出入り口をきっちり閉める。
飯作りを命じられた幽鬼狩人は、焦げ跡が残るマスクを脱ぎ、大きく息を吐く。
「作るか」「作ろうニャ」
そういうことになった。
●
「消化に良いとなると……御粥か?」
「良いと思うニャ」
騎士猫はテント脇のキャンプ荷物をガサゴソと漁り、幽鬼狩人に報告。
「コメは無いけど、小麦粉があるニャ」
「じゃあ小麦粉粥か。小腹が空いたし、俺達のオヤツも作るか」
「賛成ニャ」
というわけで、幽鬼狩人は料理を始める。
小麦粉粥は早い話、水団と大差ない。要は小麦粉に少しずつ水を注ぎ、掻き混ぜて“ダマ”を作る。これを繰り返し、小麦粉分の小粒な水団を作ったら、しっかり煮込むだけだ。
味付けの方は――
「果物や野菜って何がある?」
「ちょっと待つニャ」
騎士猫が再びキャンプ荷物を漁り、あれこれと並べていく。その中から、幽鬼狩人が料理に使うものを選んでいった。
ホットな炎熱マンゴー。皮が岩のように固いロックフルーツ。珍しいトロピカパイン。五香セロリと百陽草。それと香辛料と蜂蜜。
マンゴーとロックフルーツとトロピカパインの果肉はすりおろしてペースト状に。五香セロリと百陽草は細かく細かく微塵切りに。
弱火で小粒な水団を煮込み、そこにペースト状の果肉とみじん切りにした野菜を加え、香辛料と蜂蜜で味を調え、隠し味にすりおろしたショウガを一摘まみ。
フルーツ粥が完成したら、自分達のオヤツを作ることに。
「果物の残りを使っちまおう」
幽鬼狩人は小麦に水を加えて練り練り。少し寝かせた生地をフライパンで焼き、ナンもどきを作成。
そこへバターを塗り塗り。残っていた果物をぶつ切りにして乗せ、刻んだチーズと蜂蜜を掛けてキャンプに据えられている石組み竈へ投入。
後は静かに焼き上がりを待つべし。
幽鬼狩人と騎士猫がぼけらーっと雨模様を眺めながら待っていると、テントの中から衣擦れ音や御嬢様の呻き声や喘ぎ声が聞こえてくる。
着替えと手当てが行われているのだろう。不謹慎ながらちょっと煽情的だ。
「相棒。覗きは許されないニャ」
「そんなことするか」
騎士猫に釘を刺された幽鬼狩人は仏頂面を浮かべ、焚火に掛けられていた薬缶を手にし、御茶を淹れる。
雨は未だ止む気配が無い。
●
御嬢様こと情熱の生物調査員は妙齢の御婦人である。
いつものプケプケ装備と隠れ身の装衣を外した彼女は、肩口まで届く濃灰色の髪と翠色の瞳が魅力的な薄褐色肌の素敵な乙女だ。
野営用毛布にくるまった彼女は保温効果を高めるためか、竜人嬢のポンチョ風外套を被せられ、マットの上に横になっていた。重度の捻挫を負った左足首は添え木と包帯でガッチガチに固定されているようだ。
「なんか……ほんと色々ごめんなさい」
体を拭って清潔し、温められた御嬢様は血色が戻りつつあった。
「困った時はお互い様。それに仲間は助け合うものだ。気にするな」
竜人嬢は柔らかな表情で語り、御嬢様へ温かいフルーツ粥を食べさせる。いわゆる『あ~ん』だ。
「それに、アステラに帰ったら方々に頭を下げることになる。謝るのはそれからでも遅くないさ」
「あー……確かに、じい様や釣りバカに凄く怒られそう」
御嬢様は口元へ運ばれるフルーツ粥を雛のように食べ、眉を下げて微笑む。
「優しい味……美味しい」
仄かな弾力を持つ小粒の水団。果物の甘酸っぱさと蜂蜜の柔らかな甘み。微かなシナモンとショウガの香り。セロリと百陽草の控えめなアクセント。憔悴した心をいたわり、衰弱した体を慈しむ――そんな優しい味が御嬢様の心身に染み渡り、体の芯からゆっくりと温めていく。
「それは良かった。彼はああ見えて料理が上手だからな」
「料理が出来るとは聞いてたけど、こんなに上手だったんだ。なんか意外」
「ああ。彼は正しく意外性の男だ」
竜人嬢がちょっと得意げに口元を綻ばせ、御粥を御嬢様に食べさせる。
御粥を食べ終え、御嬢様は空腹が満たされ、安心して体を休められる安堵と濃い疲労感から穏やかな寝息を立て始めた。
竜人嬢は御嬢様の額を優しく撫でてからテントの外へ出る。
と、幽鬼狩人が石組み竈からフルーツピザ風のナンもどきを取り出していた。
蜂蜜とチーズとフルーツの香りに鼻をくすぐられつつ、竜人嬢が微苦笑を湛える。
「なんだ。オヤツも作ってあったのか」
「小腹が空いたんでね」と幽鬼狩人はナンもどきを野営用俎板の上に置く。
「あの娘の様子はどうニャ? 大丈夫ニャ?」と心配顔の騎士猫。
「ああ。体は弱っているが、怪我も治るものだったし、熱もない。しっかり休息を採れば大丈夫だ」
「それは良かったニャ」と騎士猫が心から嬉しそうに笑う。
「不幸中のなんとやらだな。俺が撃たれたこと以外は万々歳だ」
ナンもどきをナイフで切り分け、幽鬼狩人は騎士猫と竜人嬢に渡す。
「心身共に弱って不安と恐れに駆られているところに、あんな不気味なマスクを被った奴が突如現れたら、スリンガーで撃つくらいするよ。誰だってそうする。私だってそうする」
竜人嬢は苦虫を嚙み潰したような顔の幽鬼狩人を揶揄い、珍妙なオヤツを口に運ぶ。
「ん。イケるな」
ナンもどきの生地は表面がパリパリ、中がふっくら。適度に焦げたチーズはしっかり溶けていて蜂蜜と果物とよく絡み合っている。チーズのまろやかな塩気、果物の甘酸っぱさ、蜂蜜の甘味が、大型モンスターとの戦いで磨り減った神経を癒し、雨天ジャングル・トレイルで疲れた体を労わってくれる。
心身がくたびれた時は甘いものがよく効く。マジだ。
「甘いの、美味しいニャ」
騎士猫はナンもどきを齧り、みゅーっと溶けたチーズを伸ばす。
「やっつけで作ったもんにしては上等上等」
スウィーツ系ピザ風ナンもどきをペロリと平らげ、幽鬼狩人は御茶を啜りながら問う。
「これからどうする? 彼女の回復を待つか? それとも俺達で移送するか?」
「そうだな……」
竜人嬢は熱い御茶を上品に嗜んでから、考えを披露する。
「アステラに彼女の発見を報告し、応援を呼ぼう。我々だけで移送するより安全だし、確実だ。それに、一刻も早く彼女の安危を知りたい者達が要るだろうからな」
「分かった。一息入れたらアステラへ向かう。相棒はここの守りを頼むぞ」
提案に即答を返す幽鬼狩人。
「了解ニャ」と騎士猫はナンもどきの最後のひと切れを名残惜しそうに口へ放り込む。
お茶を飲み干し、幽鬼狩人は腰上げて準備を始めた。消耗した弾薬と物資を補充し、討伐したナルガクルガの素材を置いていく。
最後に少々焦げた昆虫面のマスクを被り、竜人嬢と騎士猫に見送られながらキャンプを出発した。
雨はまだ止まない。
だが、調査拠点アステラを目指す幽鬼狩人の足取りは軽かった。