幽鬼狩人と騎士猫と隻眼竜人嬢。あるいは飯の話   作:黒モク

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10:鳥

 竜人族は自然との調和を尊び、世界の真理を探究することを喜びとする人々だ。地球なる世界の人々が想像するエルフに似た種族と言えるだろう。

 

 ゆえに、武を以て自然に挑戦する者は竜人族において、極めて稀だった。

旧大陸から最精鋭を搔き集めた調査団においても、竜人族のハンターは一人しかない。幽鬼狩人と組む竜人嬢もかつてはハンターであったが、負傷引退して今はギルド職員をしている。

 

 さて、この日の竜人嬢は大蟻塚の荒地に居た。

 

 精確には、大蟻塚の荒地と古代樹の森、その継ぎ目。森の終末地と大蟻塚の湿地帯が重なり合う辺りだ。非公式には『毒植物の森』と呼ばれる地域でもある。

 

 樹冠の先に荒地の大きな岩々がうっすらと見える。視線を下げれば、冠水した低湿地に様々な毒性植物が繁茂していて、木々の隙間から差し込む光を求め、鮮やかな色彩の苔や地衣類が広がっている。

 

 毒植物に満ちた森は命の息吹が豊かだった。

 

 水場に広がる藪は青々と茂り、彩り豊かな花々を咲かせている。その花々の間を小さな虫達が行き交い、その虫達を狙う小動物達が活発に狩りを試みていた。

 

 そんな大自然の営みを余所に、

「報告通りだ。この辺りの毒カズラはこれまで調査されてきたものと差異がある」

 竜人嬢が毒草を資料の図表を比較し、その葉や茎、花の形状が微妙に違うことを確認した後、慎重な手つきで試料を採取する。

 

 採取用試験管やガラス容器に試料を封じつつ、竜人嬢は周辺を警戒監視している幽鬼狩人と騎士猫へ声を掛けた。

「このまま、浅沼の方へ進もうと思うが良いか?」

 

「構わないが……雲の流れがちと怪しい。通り雨があるかもしれない」

 幽鬼狩人の言葉を受けて空を見上げれば、海辺の方から巨雲の群れが悠然と近づいている。嵐が来るわけではなさそうだが、通り雨の一つもあるかもしれない。

 

「注意が必要だな。空模様次第では早めに切り上げよう」

 竜人嬢の提案に、

「異論なし」「了解ニャ」

 幽鬼狩人と騎士猫が素直に応じ、一行は毒植物の森を進み、浅沼の方へ足を進めた。

 

 泥濘が足を取り、苔やシダが足元を滑らせ、繁茂する藪や倒木に岩石が行く手を阻む中、幽鬼狩人はすいすいと進み、騎士猫や竜人嬢に手を貸す。

 

 木々の密度が徐々に薄くなり、樹木の背丈が低くなっていく。大気の湿度も下がっていく。地域性が森林から荒地の湿地帯へ移り変わっていく。

 

「この辺りだけ多様な毒植物が群生する理由は何だろう」

 不意に竜人嬢が呟いた。

 

「この環境に最も適性が高かった植物が毒植物だった、てだけでは?」と幽鬼狩人。

 

 意外かもしれないが、弱肉強食の摂理は植物の世界にもある。勝者は思う存分に背を伸ばし、枝葉を広げられるが、敗者は枯れ朽ちていく。原生林の混沌とした風景は『わしゃあ何としても生き延びたいんじゃあ』という植物達の壮絶な戦いが生んだものだ。

 

「相棒。その適性の要因が何かって話ニャ。毒植物が繁栄し、他の植物が衰退した、その差を生んだ要因は何ニャ?」

 騎士猫が溜息混じりに言った。ガチ勢である騎士猫だが、存外に知的な面もあるのだ。

 

 分からないというように肩を竦める幽鬼狩人。

「降参だ。俺は学びがないから、そういう難しいことは分からない」

 

「まあ、その要因が分からないからこそ、こうして調べているんだけどな」

 竜人嬢はくすりと微笑んだ。楽しそうに。

「この世界は謎と驚きに満ちている。知りたいことが尽きない」

 

        ●

 

「おー……やってますな」

「励んでるニャア」

 

 浅沼では肉食性魚類モンスターのガライーバの群れが、ばっしゃんばっしゃん水飛沫を上げてアプトノスを襲っている。

 

 水を飲みに来たアプトノスがガライーバの活動可能な深みまで入ってしまったのだろう。獰猛なガライーバがそんな間抜けを見逃すことは無く。

 

 数匹のガライーバに食いつかれ、悲鳴を上げて足掻くアプトノス。沼水と血が混じり、水面にグロテスクなマーブル模様が描かれる。

 

 弱肉強食の食物連鎖を前に、

「ガライーバか。久しく食ってないな」

 幽鬼狩人が素っ頓狂なことを呟く。

 

 鯰に似た容貌のガライーバを好き好んで食う者はいない。狂暴な肉食魚であるし、もっと美味い食い物がいくらでもある。

 

 とはいえ、その野趣に富んだ味わいは決して悪くない。鯰に似た姿だけに、脂の乗った身は唐揚げでも蒲焼でも美味しい。デカいから“食いで”もある。

 

 

「泥臭いのがちょっとな……」と竜人嬢が難色を示す。

「じゃ、やめておこう」

 幽鬼狩人はあっさり引き下がり、周囲を見回す。

 

 ジュラトドスやボルボロスの姿は無い。ガライーバに注意していれば、危険はなさそうだ。まあ、バカ面して泥濘の深みにハマるかもしれないが。

 

「トウゲンチョウの群れが来てるニャ」

 騎士猫が空を見上げて言った。

 桃色の鳥達が浅沼の上空で緩やかに弧を描いている。

 

「水を飲みに来たんだろう」竜人嬢はふと思い出したように「……そういえば、トウゲンチョウも久しく食べていなかったな」

「肉が甘くて美味いニャ」と騎士猫。

 

 トウゲンチョウは今でこそ環境生物としてペットにすることが多いが、木の実や果物を主食にしているため、肉に甘味がある。食べても美味いのだ。

 

「獲るか?」

 幽鬼狩人も久し振りに食べたくなったのか、担いでいた軽弩銃へ手を伸ばす。

 

「そうだな……」

 竜人嬢はちょっと悪戯っぽく微笑み、言った。

「私が植生を調べている間、君がアレを捕まえるというのはどうだろう。条件は武器や捕獲網を使わないこと。どうだい?」

 

「面白い。乗った」と幽鬼狩人が即答。

 

「相棒。今日は丸焼きが食べたいニャ。頑張るニャ」

 騎士猫が笑って発破をかける。

 

 そういうことになった。

 

      ●

 

 古来、人間は自分より強い生き物や速い生き物、空を飛ぶ生き物や水中に棲む生き物を捕らえ、狩り、食ってきた。

 人間が少しばかり他の生き物より賢く、道具を作り、使うことが出来たからだ。

 

 幽鬼狩人はせっせと準備を始める。

 罠の材料は枝木や石や蔓だ。トウゲンチョウが餌の木の実や果物を突いたら、蔓が締まって脚や首を絞める罠。餌を突いたら支えが外れて重たい石が倒れ込んで押し潰す罠。その手の罠を浅沼のあちこちに仕掛けて回る。

 

 罠は仕掛けた。が、ただ受動的に待っていても芸がない。

 ここはハンターとして積極的に攻めてゆかねばなるまい。

 

 

 幽鬼狩人はロープの端に石を縛りつけて錘にし、ポーラと呼ばれる投擲捕獲道具をこさえた。

 

「ふ。これは乱獲になってしまうかもしれないな」

 不敵に悪役笑いをこぼす幽鬼狩人。

 

 で。

 

 とりゃっ! と幽鬼狩人がロープを投げると、トウゲンチョウはひょいっと紙一重で避け、嗤うように可愛い鳴き声を上げる。

 

 期待通りの展開であった。

 森の中ならば大型モンスターを手玉に取る男が、浅沼のほとりでトウゲンチョウに翻弄されている。

 

 冗談みたいな光景に、騎士猫は腕を組んで唸った。

「ホントに謎ニャ。どーして森や密林以外では、ああもドン臭くなるニャ」

 

 でりゃっとロープを投げ、外し、トウゲンチョウにからかわれる幽鬼狩人。

 

 騎士猫は兜の尖がったバイザーを押し上げ、目元を揉む。

「ひょっとして何か病名のある症状ニャ?」

 

 浅沼の植生を調べていた竜人嬢は、顔を上げてトウゲンチョウと戯れる高ランク・ハンターを窺う。

「まあ、あれはあれで楽しそうだ」

 

 どりゃっと幽鬼狩人が投擲したロープを、トウゲンチョウがムーンウォークで避ける。完全に舐められてますね。

 

 

 

 雄大な大蟻塚の荒地は穏やかに時間が流れていく。

 広々とした空を巨雲の群れが泳ぎ、古代樹の森から浅沼の辺りへ吹き込む風が快い。

 

 

 そうして、太陽が荒地の雄大な地平線へ傾きかけた頃……

 幽鬼狩人はしょんぼり顔で膝を抱えていた。

 

 結局、幽鬼狩人はトウゲンチョウを捕らえられなかった。

 遊び厭きたトウゲンチョウ達は浅沼から去っていき、幽鬼狩人がムキになって追いかけようとしたものの、『姐さんの護衛が仕事ニャ』と騎士猫に釘を刺され、断念。

 

 幽鬼狩人はすっかりイジけてしまった。

 膝を抱えて体育座りし、指先で地面を突きながら「俺はやればできる奴なんだよ」と呟いている。

 

 ちなみに、トウゲンチョウ自体は罠に掛かったものを狩猟済みだ。あくまで、幽鬼狩人自身の手でトウゲンチョウを捕らえられずにいるだけだ。

 

「なんというか、言葉もないニャ」

 騎士猫は仰々しく溜息を吐き、幽鬼狩人へ告げる。

「相棒。そろそろキャンプへ向かうニャ」

「はーい……」

 

「面倒臭い奴ニャ」と容赦なく舌鋒で突く騎士猫。

 竜人嬢はくすくすと上品に喉を鳴らし、しょんぼり顔の幽鬼狩人へ言った。

「まあ、猟果を挙げられなかったことは、夕餉の料理で挽回してくれるとありがたいな」

 

「……頑張る」

 幽鬼狩人はしょんぼり顔のまま応じた。

 

       ●

 

 鶏の例になるが、一から調理するとなると、結構大変である。

 首を落として血抜き。次に羽や羽毛を除く。湯で温め、数分蒸した方が抜き易いが、慣れているなら必要ない。主だった羽や羽毛を抜いたら、火で軽く炙り細かな羽毛を処理する。

 

 で、腹を切って内臓をごそっと丸ごと引っこ抜く。胆のうを傷つけると肉が不味くなるので注意。

 

 幽鬼狩人はトウゲンチョウの肉を揉みながら、唸る。

「結構硬いな。年寄り鳥だ」

 

“適齢期”に出荷される家畜と違い、天然の動物は老若の当たり外れがある。若鳥の肉は柔らかいし、老鳥は肉が固めだ。

 

 となると、下拵えで硬くなった肉質を柔らかくしないとならない。全身エステを施す如く、幽鬼狩人はトウゲンチョウの下拵えに時間を掛ける。

 

 その間、騎士猫は持ち込んだ調味料やスパイス、香味野菜を使い、タレを作っていく。鳥肉の体内へ入れるスタッフィングの準備も合わせて行う。

 

 みじん切りにした玉葱とセロリ、干しトマトとキノコをオリーブオイルで炒め、水と米とチーズをリゾット風に。

 

 竜人嬢が黙々と果物の皮を剥き、盛り付けていく。

 

 そうして日が地平線へ半ば沈みかけたところで、いよいよ次のステップへ。

 

 鳥肉の外側と体内にタレを満遍なく塗り、腹の中へスタッフィングをぎゅうぎゅうに押し込み、ジャガイモと人参、玉ねぎを並べた鉄鍋に入れて、キャンプの石組み竈へゴー。

 

「人参は――」

「好き嫌いは禁止だ、相棒」

 

 幽鬼狩人は騎士猫へ被せ気味に告げ、丸焼きをトウゲンチョウの内臓を処理し、残っていたキノコや干しトマトと合わせて軽く炒めた。

 

 丸焼きの完成を待つ間、三人はトウゲンチョウのモツを摘まみに、酒杯をちびちび呷りながら昼間の調査内容について、あーだこーだとデブリーフィングを行う。

 

「植生の分布についてもっと広範な調査が必要だな」

 竜人嬢は総括して言った。

「仕方ないことではあるが、調査団は古龍渡りを軸に新大陸を調査してきた。新大陸そのものの調査は50年の時間を掛けたほど進んでいない」

 

「まあ、新大陸“古龍”調査団、てのが本名称だしな」と幽鬼狩人。

 

「新大陸は広大だ。テトルーや古代竜人族という先住者もいる。なのに、少なくとも我々が展開した地域内に人間族の先住民族が居ない。先住者達の文明も見られない。そんなことがあり得るのか? この新大陸には古龍以外にも多くの謎が眠っているはずだ」

 

 かつては武を用い、モンスターと戦うことで自然の真理を模索していた竜人嬢は、負傷引退して以来、未知へ挑むことで自然の真理へ到達しようとしている。

 

「いつか先住者達と出会って、争うことになるかもな」と幽鬼狩人が意地悪に言う。

 

 自然と獣が圧倒的に強大なこの世界でも、ハンターとは別に傭兵という職種が成立する程度には人間同士の争いが存在するし、ハンター・ギルドが密漁者や不良ハンター達を粛清するための『殺し屋』を囲っていることは公然の秘密だ。

 幽鬼狩人も群盗山賊や不良ハンターと命の遣り取りをしたことが少なくない。

 

「それはそれで世界の選択であり、歴史の一ページだよ」

 長命種たる竜人族らしい見解を返す竜人嬢。

 

「モンスターであれ、人であれ、威を持って対峙するならば、応えるのみニャ」

 武闘派の騎士猫がにやりと不敵に笑ったところで、丸焼きが良い塩梅を迎える。

 

 幽鬼狩人は竈から鉄鍋を取り出す。

 てらてらと輝く丸鳥の竈焼き。鉄鍋の底には肉汁と脂がうっすらと溜まり、ジャガイモや人参、玉葱を浸していた。暴力的なまでに食欲を刺激する絵面だ。

 

 丸焼きを少し寝かせ、余熱で仕上げるわけだが……三人はもはや丸焼きを凝視したままだ。騎士猫に至っては口から涎を溢れさせている。

 

 深遠な夜闇を淡く溶かす焚き火明かり。頭上に広がる広大な星の海。ついに迎える晩餐の時間。

 

 腹が、減った。

 

      ●

 

 本日のお品書き。

 トウゲンチョウの竈丸焼き、リゾット詰め。

 フルーツの飾り切り盛り合わせ。

 

 

 幽鬼狩人がナイフを振るって鳥肉を切り分けていく。

 ぷりぷりの腿肉。コラーゲンたっぷりの手羽。胸骨を割るように胴体を切り裂くと肉汁と共にリゾットが溢れ出る。そのなんと魅惑的なことだろう。生唾が止まらない。

 各人の皿に肉とリゾットを分け、ジャガイモや人参を添え、鍋底の汁を注ぐ。

 

「あ、姐さん。早く、早くっ!」と騎士猫が急かす。

「自然の恵みに感謝して」

 微苦笑混じりの竜人嬢の唱和を終え、三人は即座にがっついた。

 

 迷うことなく腿肉へ齧りつき、獰猛に肉を食い千切った騎士猫が、叫ぶ。

「うーまーいーにゃ―――――――――――――――ッ!!」

 

「キャンプでこれほど素晴らしい料理を食べられるとは」

 鳥肉の旨みを存分に吸ったリゾットを品良く食し、竜人嬢はうっとりと呟いた。

 

「ヤバい。かつてない出来栄えだ」

 肉と共に米をかっこんだ幽鬼狩人も、その味わいに思わず自画自賛してしまう。

 

 しっとりと柔らかくなるまで下拵えしたことで、年寄り鳥の身は逆に成熟した旨みを存分に発揮していた。木の実と果実を食しながら育ち、生きてきただけに骨の芯まで、木の実の風味と果実の仄かな甘味が行き渡っているのだ。

 

 その身肉の持つ風味と旨みを、騎士猫の特製タレが悪魔的魅力で引き立てていた。ジビエが持つ特有の臭みは消され、くどい野趣は洗練された美味へ昇華している。

 

 ぷりぷりの腿肉へ思いきり齧りつき、口いっぱいに頬張る多幸感。適度にパリッとした皮と蕩けたゼラチンが絡み合う手羽の食感がなんと素晴らしいことだろう。胸肉を豪快に齧る楽しさ。さっぱりしたササミをリゾットと絡ませて食べれば、もはや言葉は無用。味覚の感動に震えるのみだ。

 

 タレと肉汁がしみ込んだジャガイモや人参も、脇役などと軽んじられない。ほくほくしたジャガイモも、甘味が引き立った人参も、表彰物の美味しさだ。

 

 楽しい食事の時間が流れる。

 

 トウゲンチョウの美味さを堪能しつつ、話題は幽鬼狩人のヘボ振りに及ぶ。

「しかし、ホントーに不思議ニャ。なんで森や密林で出来ることが他のところでは出来ないニャ?」

「俺が知りたいわ、俺が」と騎士猫へ仏頂面を返す幽鬼狩人。

「これもまた、未知の一つだな」と笑う竜人嬢。

 

「壮大な謎ニャ。解き明かし甲斐がないけどニャ」とけらけら笑う騎士猫。

「意地悪を言う奴は人参を食え」

「ニャアッ!?」

 幽鬼狩人の報復に悲鳴を上げる騎士猫。

 竜人嬢が優しく微笑みながら2人の遣り取りを見守る。

 

 

 やがて、料理は食いつくされ、楽しい時間も終わりを迎えた。

 食事の後始末を終え、三人は明日の調査に向けて準備を整えていく。

 営みは明日も続くのだ。

 

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