幽鬼狩人と騎士猫と隻眼竜人嬢。あるいは飯の話 作:黒モク
新大陸で活動するハンターの中に、幽鬼狩人と呼ばれる男がいる。
特注の毒妖鳥装備と森林や密林内での卓越した技能が、まるで森の幽霊みたいな有様から付いた二つ名だ。
この男、フィールド特化タイプのハンターで森林や密林ならイビルジョーすら一方的に狩り殺す腕前を発揮する一方、砂漠などでは小型モンスターの群れに成す術なく追い回される。
そんなネタ男の幽鬼狩人は、自身に不向きな大蟻塚の荒地に居た。
理由は彼の専門――プラント・ハントの依頼に基づき、大蟻塚にのみ生息する稀少花卉を採取するためだった。
プラント・ハントは地球なる世界でも伝統的冒険商売である(21世紀現在でも行われているぞ)。幽鬼狩人以外にもプラント・ハントを専門にしている奴は大勢いるのだが……
「うん。この燦燦と降り注ぐ太陽が心地良いな」
大蟻塚の荒地を一望し、隻眼の竜人嬢が弾んだ声を上げた。
竜人族らしい彫りの深い繊細な美貌の顔立ち。しなやかで優艶な肢体を包むは、小袖みたいな上衣と細袴。足元を脚絆で締め上げている。上衣に重ねたポンチョっぽい外套が涼風を浴びてはためいた。日除けに被った編み笠からはらはらと砂埃が滑り落ちた。
元ハンターで現ギルド職員の彼女は基本的にサポート係で、キャンプに控えているのだが、時折こうして現場調査に帯同する。そして、元ハンターだけに大自然へ挑むことが楽しくて仕方ないようだ。上機嫌が手伝って、美貌の輝き具合がいつも三割増しだもの。
「低地の辺りから先は行きたくないなぁ……」
一方、特注の毒妖鳥装備で不気味な昆虫面マスクを被っている幽鬼狩人がぼやく。
大蟻塚の荒地は古代樹の森とその近隣密林、大峡谷の岩石地帯との接合緩衝地域だ。であるから、古大樹側の低地には岩場の隙間に湿地や沼地が広がり、水源が流れている。湿地的植生も豊かだ。
この低地から先、高低の落差が激しい水場と岩場と境を過ぎると、大峡谷側の地域が広がっている。
大小様々な大蟻塚が散在する荒野は、何もかもがカラッカラに乾いていた。照りつける暴力的な陽光を浴び、岩も砂もチンチンに焼けている。迂闊に素肌を触れさせれば火傷しかねないほどだ。
とはいえ、そこかしこに酷暑や乾燥に強い植物が逞しく生きているから、絶無の荒野という訳ではない。古大樹の森や近隣の密林に比べ、植生密度が低いというだけだ。
しかし、幽鬼狩人に言わせれば、このような環境は――
「どこを見回しても、砂と岩しかない。なんて憂鬱な土地なんだ」
幽鬼狩人は森と密林を得意とするフィールド特化型ハンターだった。旧大陸にいた頃からこういう場所の立ち回りが苦手で散々苦労してきた。
ちなみに、森と密林を得意としているが、幽鬼狩人自身は山岳地を愛している。
「何が憂鬱だ。雄大さと寂寥に満ちた情緒豊かな光景じゃないか」
左目を覆う大きな眼帯についた砂埃を拭いながら、竜人嬢が呆れ顔を浮かべた。
「相棒は森と密林以外ではいつもこんなニャ。瘴気の谷に赴いた時はブーブー文句たれっぱなしだったニャ」
オトモの騎士猫が眩しそうに蒼穹を見上げる。
「とはいえ、森の蒸した暑さに慣れた身には、この乾いた暑さは堪えるニャ……」
暑さ自体には慣れている。普段活動している古代樹の森や、その近辺の密林は湿度の高い暑気に満ちているからだ。そのサウナに似た高温多湿環境を『緑の鍋』と呼ぶ者もいる。
一方、大蟻塚の荒地は乾燥してカラッカラ。熱したフライパンの上に立っているような錯覚すら覚える。地面から伝わる熱で足裏の肉球がピリピリしていた。
「件の植物は大峡谷側の洞窟群付近に咲いているそうだ」
竜人嬢の言葉に、幽鬼狩人がげんなりした。
「げ……下手したら炎龍に出くわすぞ……」
大蟻塚の大洞窟内には時折、古龍種の炎王龍テオテスカトルや炎妃龍ナナテスカトリが出没する。当然ながら強い。激ツヨである。洞窟群付近の岩石砂漠エリアに救うディアブロスや泥地に潜むボルボロスやジュラドトスが可愛いく思えるレベルだ。
「望むところニャ」
ガチ勢の騎士猫が鼻息を荒くし、元気を取り戻す。
「さあ、行こうニャッ!」
行きたくねェなあ、と幽鬼狩人が昆虫面マスクの中で眉を大きく下げた。
そんな幽鬼狩人の心境に忖度したのか、地平線の先で何やら黒い影が広がっていた。
●
ジブリというものを御存じだろうか。
地球なる世界の有名アニメプロダクションのことではない。北アフリカの暴力的な砂嵐のことである。
焼けた砂が吹き荒れるため、ゴーグルやマスクが無いと失明に至る眼病や危険な呼吸器系疾患を招くという恐ろしい嵐だ。二次大戦のアフリカ戦線において『ジブリが吹いたら即時、戦闘中止』が英独共通の不文律になったほどである。
平たく言うと、大蟻塚の荒地でも似たような砂嵐が吹く。
高低の激しい岩山と林立する大蟻塚の隙間から、天高くに届く砂色の影が見えた。
「砂嵐だ。こっちに向かってくるぞ」
「不味いな。キャンプに避難しよう」
幽鬼狩人の報告に、竜人嬢が提案。
「ここから最寄りは大蟻塚キャンプニャ」と騎士猫。
「急ごう。トウゲンチョウの群れが避難を始めてる」と幽鬼狩人。
岩場の上空を飛んでいたトウゲンチョウ達が一斉に去っていく。野生生物の行動はいつだってプリミティブで嘘が無い。彼らが避難するべきと判断したなら素直に倣うべきだ。
騎士猫が先行し、竜人嬢が続き、幽鬼狩人が殿についてフィールド内キャンプを目指す。こういう時、同じく砂嵐から避難しようとするモンスターと遭遇し、突発戦闘が発生することが珍しくない。
そう、たとえば岩場の角を曲がったら、草食竜の卵を抱えた掻鳥クルルヤックと出くわすとか。
「クェアッ!?」「ニャ!?」「むっ!」「あっ!?」
強烈な砂嵐が迫る中、爆窃した卵を抱える竜と、人とアイルーが互いの出方を窺い、睨み合う。
クルルヤックは中型モンスターに属するため、大型種に比べて一回りも二回りも小さい。
地球なる世界の生物学的にたとえるなら、黎明期の始祖鳥類に似ている。烏竜的体躯に雄鶏のようにトサカの生えた頭にひょうきんな面構え。羽鱗のある前足がなんとも御洒落だ。
先に戦ったバゼルギウスと比べたら、雑魚と評しても良いだろう。哀しい事実である。
そんなクルルヤックは小型草食竜アプトノスの巣から奪ってきた卵を抱え、予期せぬ遭遇に固まっていた。その頭にあることは、砂嵐が近づいてくるからさっさと縄張りの安全地帯へ帰りたい。安全地帯で盗んできた卵をかっ食らいたい。で、寝たい。
問題はこの何やら物騒な“小型モンスター共”が、自分を無事に通してくれるかということであった。
対峙する幽鬼狩人達は、この予期せぬ突発遭遇状況で動くに動けない。
“仮に”これがゲームなら、即時戦闘へ移れるかもしれない。しかし、血肉通う彼らは戦闘用装備以外、捜索採取用道具や滞在用荷物を背負っていたし、戦えないサポート係の竜人嬢も帯同している。この状況で即座に戦闘開始、というのは考え無しのノータリンと非難されても反論できまい。
クルルヤックと三人は互いに距離を保ちながら、じりじりと互いの向かいたい方へ足を滑らせていく。
クルルヤックは境目当たりの安全地帯に。三人は大蟻塚キャンプに。
ドンパチチャンバラは無し。このまま別れる。種の違いを越えてコンセンサスが確立された、そう両者が察した矢先。
どすんどすんどすんと地響きを奏でながら、クルルヤックの背後からいくつもの影が見えた。
小型草食竜アプトノスの群れだった。
大方、砂嵐を避ける道中だったのだろう。そこへ、この衝突事故現場に遭遇。とんだ玉突き事故である。
で、だ。
アプトノスは気づく。ニワトリ頭野郎が自分達の卵を抱えていることに。
地球なる世界でも、草食動物や鳥類が自らの子供を守るために肉食獣と戦うことがある。ライオンを集団でぶちのめすヌーやバッファローが珍しくない。草食動物だって殺る時は殺るのだ。
猛牛染みた雄叫びを上げ、アプトノス達は爆窃野郎クルルヤック目掛けて吶喊を開始。
ギョッとしたクルルヤックが慌てて逃げ出す。
その先に幽鬼狩人達がいるのもお構いなしに。
「来いニャアアアアアっ!!」
クルルヤックが襲ってきたと判断した騎士猫が背中の大剣を抜き、肩に担ぐような溜め切りの構えを取る。
幽鬼狩人の動きがわずかに鈍い。背中に大きな背嚢を担いでいたことと、暴発防止のため初弾を装填していなかったからだ。何より、彼の前には武器を持たない竜人嬢がいた。背中から軽弩銃を抜き、初弾を装填し、構え、狙い、引き金を引く。とても間に合わない。
突っ込んでくるクルルヤック。押し寄せるアプトノスの群れ。邀撃する騎士猫。武器を持たぬ竜人嬢と撃てぬ幽鬼狩人。刻々と迫る砂嵐。
はてさて、この突発遭遇戦の行方は如何に。
●
「くらえニャアアアアアアッ!」
がぁんっ!! と大槌で鋼板をぶん殴ったような轟音が岩場に響き渡る。
突っ込んできたクルルヤックの体当たりへ、騎士猫のジャンピング溜め切りカウンターが完璧に炸裂。
「グエエエエーッ!?」
頭を思いっきりぶっ叩かれたクルルヤックは痛みのあまり草食竜の卵を落とし、頭を抱えながら逃げていった。
ボルボロスやディアブロスならブチギレて大立ち回りに発展するのだが、ここで逃げてしまうところがクルルヤックのクルルヤックたるところだろう。
むしろ、問題は暴走車の如く迫るアプトノスの群れだ。
ヒツジやヤギ程度でも体当たりで成人を容易くぶっ飛ばせる。アプトノスほどの体躯ともなれば、自動車に撥ねられると同等かそれ以上だろう。
幽鬼狩人は咄嗟に右腕で竜人嬢の腰を抱き、左腕のスリンガーを崖の堅木に発射。ワイヤーで宙に逃げる。
自身の体重と装備+大荷物に竜人嬢の体重と荷物の荷重が左腕と肩に掛かる。ワイヤーの巻き上げ機構がミシミシと悲鳴を上げ、幽鬼狩人も腕の痛みに悲鳴を上げた。
「ぐあああっ! 重いっ! 重たいっ! 肩が抜けるっ! もげるっ!」
「重くないっ!!」
竜人嬢が眉目を吊り上げて憤慨する。長命種竜人族で実年齢ウン十歳でもオンナノコだもん。
ともかく、崖に宙づりとなりながらアプトノス・スタンピードをやり過ごす2人。
一方。
「ニャアアアアアッ!?」
逃げ遅れた騎士猫がアプトノスの群れに呑まれた。
まあ、大丈夫だろう。なんたって、オトモ・アイルーの生存力にはどんなハンターも足下に及ばない。
問題は幽鬼狩人達の方だった。
宙へ逃れたものの岸壁には身を置くところがない。かといって、今から地面に降りてキャンプを目指しても間に合うかどうか。
最悪、どこかでビバークするしかないが……古代樹の森や密林がスコール等で地勢を変えるように、砂嵐はしばしば地勢を変えてしまう。猛吹雪の雪崩に呑まれる如く、砂中に飲み込まれたら助からない。
「キャンプへ向かうぞ」
幽鬼狩人に抱かれている竜人嬢が強く言った。眼帯に覆われていない右目でまっすぐ幽鬼狩人を見据え、告げる。
「行くも地獄、進まぬも地獄なら、進むのがハンターだ」
「君は本当にタフな女だな」
幽鬼狩人は微苦笑と共に着地。
砂嵐はもはや目と鼻の先に迫っており、大蟻塚の荒地を覆っていく。風の奏でる音色とは思えぬ轟音が近づいていた。
竜人嬢は口元を汎用スカーフで覆い、ゴーグルを装着。
「行こうっ!」
アニメや漫画なら手を握り合うか肩を抱き合って進むところであるが、冒険のプロである2人はそんなことしない。互いの腰ベルトにロープをつなぎ、両手を自由に使えるようにしておく。トキメキシーンが作れねェ。
暴風に巻き上げられた砂が荒れ狂う。焼けた砂――熱を持った粒子があらゆるものを削っていく。岩も植物も生物も全てを摩耗させていく。
真昼だというのに伸ばした手の先すら見えぬ砂色の闇。方向感覚はたちまち失われ、打ちつける砂嵐の勢いに負け、まっすぐ立つことも難しい。
「これだから大蟻塚は嫌なんだ」
幽鬼狩人は嘆く。
森や密林に特化した適性を持つネタ男。彼はどんな深い森でも濃密なジャングルでも、位置方角を見失ったことがない。たとえスコールが発生しようとも植生や地勢から安全地帯を把握できる。
が、大蟻塚の荒地で砂嵐に呑まれたら、もうどうにもならない。
身を低く、というかほとんど匍匐前進みたいに進んでいく。時折、腰のロープを引き、風音に負けぬ大声を発して竜人嬢の安危を確認する。
「進めっ! 前にっ!」
竜人嬢の叱咤激励が返ってくる。
まったく本当に頼もしい女だ、と幽鬼狩人は微苦笑し、体に力が湧く感覚を抱く。
そうして2人は岩場に沿って必死に這い進み、地下へ通じる小さな穴に辿り着く。
この穴が本当にキャンプへ通じる出入り口なのか、それとも洞窟群へ通じているのか、あるいは何か危険な生物の巣穴かもしれない。新大陸でネルスキュラは確認されていないが、煮たような生物がいないなどと誰も保証できない。
それでも選択肢はない。このままでは砂嵐に呑まれてしまう。
「入るぞっ!」
「ああ、行こうっ!!」
2人は飛び込むように小さな穴へ潜り込んだ。
●
「ミャ。また客人が来たミャ」
新大陸の獣人族テトルーはアイルーの近似種で別名山猫族といい、アイルーより細身で耳の形状が鋭角で、首元に襟巻上の体毛が生えている。
ここ大蟻塚の荒地には『荒地のまもり族』を名乗る氏族が住んでおり、大蟻塚キャンプにはテトルーの集団も滞在していた。このキャンプが彼らの縄張り内にあるから、らしい。
なんとか危機を脱した幽鬼狩人と竜人嬢がキャンプ地に入ると、
「相棒に姐さん。無事で何よりニャ」
テトルー達に混じり、騎士猫がくつろいでいた。自慢のアロイ装備を外し、入り込んだ砂を除いている。
「相棒も無事だったか」「そちらも難を逃れて何よりだ」
砂塗れの幽鬼狩人と竜人嬢は安堵と疲労を込めた息を吐く。
「で、その傍らの荷物はなんだ?」
「戦利品ニャッ!」
騎士猫は得意げに応じ、“戦利品”を抱え持つ。
クルルヤックが落とした草食竜の卵だ。アプトノスの卵だけに随分と大きい。
耳元にサボテンの花飾りを付けたテトルーがやってきた。
「ハンター、ハンター、その卵で美味しいもの作って欲しいミャ。代わりにハンター達が探してるお花があるところ教えるミャ」
「そういうことなら、腕を振るってやろう」
竜人嬢が編み笠を脱ぎ、ゴーグルとスカーフを外しながら応じる。
刹那、幽鬼狩人と騎士猫が待ったを掛けた。
「ま、待て待て。君は久し振りのフィールドワークで疲れてるだろ。体を休めとけ」
「あ、姐さんは調査道具とかが無事かどうか確認した方が良いニャ。姐さんしかできないニャ」
「うん? そうか? 確かに久し振りの現場でちょっとくたびれた。言葉に甘えよう」
2人の気遣いをありがたく受け取る竜人嬢。
難を逃れた幽鬼狩人と騎士猫が安堵と疲労の息を吐き、事情を知らぬテトルー達が小首を傾げる。
不気味な昆虫面のマスクを脱ぎ、幽鬼狩人は騎士猫へ言った。
「それじゃ、作るか」「そうだニャー」
飯作りの時間だ。
●
大飯食らいのハンターに比べ、猫獣人達の食はさほど多くない。とはいえ、テトルー達は両手の指の数ほどいる。対して大きくとも、アプトノスの卵は一つ。
具材を混ぜて袈裟増しするしかなかろう。
幽鬼狩人は竜人嬢に尋ねた。
「食料は何日分用意したっけ?」
「四日分だ。しかし現地調達も可能だし、一食分くらいなら出しても良いだろう」
竜人嬢の回答を聞き、幽鬼狩人は決めた。
野菜とベーコンを加えたミックスオムレツ。小麦を練って無発酵パン――トルティーヤを焼いて、オムレツを巻こう。
「調理用に鉄板が欲しいな……」
「ミャ。鉄板ならあるミャ」
花飾りを付けたテトルーが言うと、二匹のテトルーが鉄板……おそらくはインゴット装備の盾らしい物を持ってきた。おおかた斃れしハンターの遺品を回収したもんだろう。テトルー達が“資源”として扱っていたに違いない。
人によっては思うところがあるかもしれないが、幽鬼狩人は気にしない。
それに、旧大陸で活動した時分、野営用の鍋を失くしたから、兜を鍋代わりにして飯を作ったこともある。
「相棒。鉄板の錆びを落として綺麗にしておいてくれ。俺は料理の下拵えをしよう」
「了解ニャ」
荷物袋から装備の簡易整備セットを取り出し、騎士猫がテトルー達と共に砥石でガリガリと鉄板の錆びを落としていく。
その間に、小麦粉に水を加えて練り込み、少し寝かせる。イースト菌を加えないから発酵はしないが……
続いて、干しキノコ、人参、豆、ベーコンを細かく微塵切りしていく。
「ニャ。人参は要らないニャ」
「好き嫌いはよくないぞ、相棒」
「ニャー……」
続いて、アボガドに似た木の実を用意し、緑の果肉をすり潰し、刻んだパプリカとスパイスを加えて良く掻き混ぜる。こうしてワカモレモドキが完成し、準備良し。
「鉄板の具合はどうだ?」
「綺麗になったニャ!」
「よし……やるか」
インゴット製の盾――鉄板を肉焼き器に乗せ、火で熱したら獣脂をたっぷり塗る。
熱された鉄板から獣脂の焼ける香ばしい匂いが漂い始め、まず刻んだ具材を炒める。じゅうじゅうと小気味よく鳴く具材達。
幽鬼狩人は剥ぎ取りナイフの峰でアプトノスの卵を割り、鉄板へ中身を落とす。じゅわわっと卵が豪快な音色を上げ、テトルー達がミャアミャアと歓声を上げた。
卵が固まらないよう注意しながら具材と混ぜ合わせつつ、そこへチーズの塊をおろし金で削りながら万遍なく、たっぷりと振りかける。
卵とチーズの焼ける香りがキャンプ内に広がっていき、テトルー達が口元から涎を垂らし始めた。チビテトルー達など鉄板を凝視して瞬きすらしない。
卵を丸めてオムレツは完成。冷めないよう鉄板ごと火元から降ろす。今にも群がりそうなテトルー達をステイさせつつ、幽鬼狩人は寝かせていた小麦タネをフライパンに広げ、素早くトルティーヤを焼く。
焼き上がったトルティーヤに、切り分けたトロフワなオムレツをサラダ菜と挟んで、最後に緑色のワカモレを塗って完成。
そこへ、花飾りを付けたテトルーを筆頭に、雌のテトルー達がサボテンを使ったサラダを持ってきた。
腹が、減った。
●
本日のお品書き。
チーズオムレツ・タコスのワカモレソース。サボテンの葉と花のサラダ。
「自然の恵みに感謝して」
竜人嬢の唱和と共に、食事が始まる。
「ミャーッ!!」「おいしーミャッ!」「とろふわミャッ!」「ミャッミャッ!!」
オムレツ・タコスを頬張るテトルー達は大喜びだ。
「とろとろふわふわのオムレツとカリッとしたトルティーヤ、ピリッとしたワカモレの辛みが織りなす三位一体の調和。これぞ美味の極み……ミャッ!」
誰だお前。
「美味いニャア」「こういう軽食も良いな」
がぶりと食いつく騎士猫と上品に食べる竜人嬢。
で、幽鬼狩人は、と言えば、屋台のオヤジみたいにひたすらトルティーヤを焼き、オムレツとサラダ菜を巻き、ワカモレを塗ってテトルー達に渡していた。
「おかしい。作っても作っても終わらないぞ」
先にも述べたが、大蟻塚キャンプはテトルー達の縄張り内にあり、洞窟は匂いがこもり易い。で、オムレツの香りを嗅ぎつけたテトルー達が次々とやってきていたのだ。
結局、オムレツはすぐさま消費されてしまった。所詮はアプトノスの卵一つ分だ。大きいとはいえ、量はそう多くない。食べ損ねたテトルー達がぶー垂れる。同じく食べ損ねた幽鬼狩人も溜息をこぼす。
「ほら」と竜人嬢が口を付けてない部分を千切り、幽鬼狩人へ渡す。
「ありがと」と幽鬼狩人は一口分のオムレツ・タコスを口に入れた。
ふわっとした卵ととろっとしたチーズの官能的な食感に、細かく刻んだ具材の旨みがさらなる艶気を加えている。カリッとしたトルティーヤとしゃっきりしたサラダ菜の歯触りが心地良い。濃厚な味わいのオムレツはやもすれば、くどいかもしれないが、そこをワカモレの辛みが清涼な刺激をもたらし、味を引き締めている。
誘い上手の美女みたいな出来栄えだ(意味不明)。
「ビーアが欲しいな」と幽鬼狩人が呟く。
「まだ日が高い。酒よりこちらにしろ。美味いぞ」
竜人嬢がテトルー製サボテンサラダを勧めてきた。
「……これは美味いな。水分が体に染み渡ってくよ」
テトルーが作ってくれたサボテンサラダも美味しかった。葉肉は仄かに甘く汁気がたっぷり。まるで果物のようだ。
楽しい食事が続く。
上機嫌の騎士猫が旧大陸時代の冒険譚をテトルー達に語って聞かせ、御機嫌になったテトルー達がみゃあみゃあと歌を披露し、竜人嬢が優しい面持ちで耳を傾けている。幽鬼狩人はテトルー達から料理の称賛と御礼を受けつつ、更なるおねだりを受けていた。
砂嵐が過ぎ去るまでの休息は賑やかで楽しいものとなった。
そして――
幽鬼狩人と騎士猫は砂塗れになった装備を簡単に掃除し、整備する。竜人嬢はテトルー達から話を聞き、採取目標の植物と植生地について情報を集めて記録を取る。
準備が整った頃、丁度、砂嵐も去っていた。
「守り神様にも、タコスをお供えしたおかげミャ」と花飾りのテトルーがにっこり。
「そうかもしれないな」
竜人嬢は微笑み、幽鬼狩人と騎士猫へ言った。
「それじゃ、行こうか」
「了解だ」「応ニャッ!」
休憩は終わり。冒険を再開するのだ。