幽鬼狩人と騎士猫と隻眼竜人嬢。あるいは飯の話 作:黒モク
世の中、何をするにも金が掛かる。
新大陸調査団も調査活動、拠点の維持、組織運営あれやこれやに金が掛かっている。それも莫大な金が。
必要物資を能う限り現地調達しているが、もちろんそれだけでは全てを賄えない。新大陸の活動で獲得した情報、資源、技術、その他あれやこれやを旧大陸との交易に用いて稼いでいる。
そもそも、純粋な学術調査、なんてものはあり得ない。何かしらの採算性や利得が無ければ、約50年に渡ってこんな大規模跳弾の派遣自体、不可能と言えよう。
詳しい話は不明だが……国家規模の融資や投資があってもおかしくなく、こうした資金提供者や投資家に便宜を図ることもまた、よくある話である。
お金は大事だ。お金をくれる人はもっと大事だ。
というわけで。
隻眼の美しき竜人嬢から指名依頼の説明を聞き、幽鬼狩人は片眉を上げた。
「蘭の採取か」
「ああ。プラント・ハントを専門にしている君に相応しい依頼だろう。とある筋から強い強い要望だそうで、旧大陸のギルド本部からも便宜を図って欲しいと強く要請されている」
竜人嬢は迂遠にスポンサー様のための仕事だと語った。
幽鬼狩人が皮肉っぽく口端を歪めた。
「人間の低俗な欲望で自然を荒らすべからず、がギルドの見解だった気がするが」
「見解はあくまで見解に過ぎないということだな」
「身も蓋もない」
ま、この手の依頼は昔から多い。
たとえば、某国第三皇女だ。手袋を作りたいから金獅子を狩って来い、とか。リオレウスをペットにしたいから生け捕りにして来い、とか。こんな依頼がまかり通る時点で低俗もへったくれもありゃしない。
幽鬼狩人はウームと唸る。
「しかし、蘭か……」
観賞用植物として蘭の人気は高い。地球なる世界でも、地球と異なるこの世界でも、その人気は変わらない。希少種は高額で取引されることから『花の姿をした宝石』とも呼ばれる。
幽鬼狩人は竜人嬢から渡された用紙に目を通す。
新大陸産の蘭は大まかに、古代樹の森とその近隣密林。大蟻塚の荒地とその沼沢地、陸珊瑚の台地周辺が主だ。古代樹の森と大蟻塚の荒地はともかく、陸珊瑚の台地が難点だった。
なんせ陸珊瑚の台地はその特異な土地柄ゆえ、一般的な地政学的知識や経験則が活かし難い。また、土地柄から陸珊瑚の蘭は特異的な固有種だ。採取できても枯らさずに持ち帰ることが難しい。
「既存の保存容器では不安があるなぁ」
「確かに。大地の養分ではなく、地脈の滋養で生きている可能性があるからな。保存容器の循環環境では耐えられないかもしれない。研究所の方で情報を集めてみる。君は採取の準備を頼む」
「了解。ところで相棒は?」
幽鬼狩人が問えば、竜人嬢は眼帯の締め具合を調整しつつ答えた。
「訓練場だ。今日はオトモ・アイルー達の集団稽古があるとか言っていたぞ」
猫獣人達が大勢集まってニャゴニャゴ言っている様が脳裏に浮かぶ。世界征服の算段を相談しているのかもしれない。
●
「装備を新調することにしたニャ」
昼下がり。
集団稽古から帰ってきた騎士猫が、どこか思いつめた顔で言った。頑なにアロイシリーズの騎士甲冑を偏愛していた騎士猫が、である。
「どうしたんだ? 変なもんでも食べたか?」
採取仕事の準備を進めていた幽鬼狩人は手を休め、相棒の騎士猫をまじまじと見つめる。
「しつれーなこと言うニャ」と騎士猫は不満げに口をへの字に曲げつつ「……格好良かったんだニャ……」
「ん?」
「武者猫の装備が凄く格好良くなってたんだニャ……っ!!」
悔しげにばんばんと床を叩く騎士猫。
オトモ・アイルーの知り合いに、当世具足みたいな恰好のアイルーがいるらしい。で、件のアイルーは具足を一新し、凄く格好良くなっていたという。真田幸村の赤備えみたいな代物だったとか。そりゃ格好良いわ。
ふんす、と騎士猫は鼻息を荒くする。
「某も負けてられないニャッ! 格好良い甲冑を作るニャッ!」
「これまでアロイの騎士甲冑じゃなきゃ嫌だって言ってたくせに……」
「変節じゃないニャ、志を新たにしたんニャ。相棒、素材を分けて欲しいニャッ!」
特注の毒妖鳥装備を製作して以来、装備を更新していないため、素材は諸々溜まっているから、問題ない。
幽鬼狩人は首肯した。
「分かったよ」
「ニャーッ!!! やったニャッ! ありがとニャッ!!」
騎士猫は喜色満面で喝采を上げ、幽鬼狩人をぐいぐいと引っ張る。父親を玩具屋へ連れ出そうとする子供みたいで可愛らしい。
ただし、騎士猫は人間換算したらイイ歳したオッサンだ。見た目って大事だね。
「相棒ッ! 今すぐ工房に行くニャッ!」
ま、とにもかくにも、そういうことになった。
●
「オトモのついでにオメェも装備を変えろよ」
厳つい工房長が太い腕を組んで幽鬼狩人を睥睨する。
幽鬼狩人の毒妖鳥装備は流れの職人が手掛けた特注の一点物で、工房も『壊れたら直せねえぞ』という代物だ。新大陸調査拠点でハンター達の装備を一手に扱う工房の長からしたら、高位ランカーの幽鬼狩人に流れ者が製作した装備を愛用されることは、面白くないのかもしれない。
工房長がぎろりと幽鬼狩人を睨みつけた。
「だいたいよぉ、オメェには俺っちがヴァルハザクの装備を作ってやっただろうが。なんでそっちをまったく使わねーンだよ」
瘴気の谷に潜む屍套龍ヴァルハザク。幽鬼狩人はその素材で作った恐ろしげな装備を所有している。総合的なカタログスペックで言えば、毒妖鳥装備より高性能だ。幽鬼的な見た目で言えば、より“らしい”装備と言えよう。
ただし、古代樹の森や密林で活動するにはマントが引っ掛かったり、装備の通気性が悪くて環境に不適格だったり。
“仮に”ゲームなら問題にもならないことであるが、血肉の通う幽鬼狩人には無視できない問題だ。
「まあ、なんだ。いろいろあるんだよ」
幽鬼狩人は歯切れ悪く応じる。
馬鹿正直に『使い勝手が悪いんだよ』とは言えない。それでは工房長の面子を潰すし、反感を買う。医者が看護師を敵に回してならず、戦闘機乗りは整備員を敵に回してはいけないように、ハンターも後方要員を怒らせてはいけないのだ。社会人の立ち回りともいう。
「素材も随分と溜め込んでるみたいじゃねーか。そろそろ新調しろよ、な? 特注物が欲しいなら相談に乗ってやるからよ」
工房長が怖い顔つきと低い声で言った。営業を掛けているとは思えぬ表情と声色である。
「持ち帰って前向きに検討しておくよ」
官僚的答弁で逃げる幽鬼狩人に、工房長は仰々しく舌打ちした。
そんな2人を余所に、騎士猫は工房のオヤジ達へ要望を熱心に伝えている。
「兜はニャニャって感じニャッ! 胴と肩はニャニャ~って風にするニャッ! 全体的にはニャーってして、この辺はニャンニャニャってするニャッ!!」
さっぱり分からん。
暗号を解くような面持ちで工房のオヤジが、イメージデッサンを描き上げた。幽鬼狩人と工房長が覗く。
「レイアαの男性装備をディフォルメしたような姿だな」「見た目が違うだけで性能自体はレイア装備になるぞ、これ」
幽鬼狩人は御満悦の騎士猫を横目にしつつ、工房のオヤジに尋ねた。
「いつまでにできる?」
「通常のレイア装備と形状が異なるし、十日は見て欲しい」
10日。なら、陸珊瑚と大蟻塚は先延ばしにして、近場の古代樹の森から片付ければ良いか。
「分かった。それで頼む」
「ニャーッ! 完成が楽しみニャッ!!」
幽鬼狩人が発注の手続きをしている間、騎士猫ははしゃぎっぱなしだった。
気づけば、日も随分と傾いていた。夕闇が近い。
ふと、風上から何やら美味そうな匂いが漂ってきた。
「ん。良い香りだな」
「ああ。食堂からだ。晩飯時に備えて仕込みが始まる頃だからな」と工房長。
美味そうな匂いを嗅いでいたら、幽鬼狩人と騎士猫の腹がぐぅと鳴った。
腹が、減った。
●
工房から帰宅した幽鬼狩人と騎士猫はとんでもないものを目にする。
幽鬼狩人の一等マイハウスで、隻眼の竜人嬢が料理をこさえていたのだ。いつもの小袖をたすきでまとめ、エプロンを巻いている。その姿は若奥さんといった風情でとても麗しい。どこか煽情的ですらある。
が、彼女を見る幽鬼狩人と騎士猫の顔には、起爆確定の爆弾を前にしたような悲壮感が漂っていた。
「あ、姐さん?」
「御帰り。資料を届けに来たら出かけていたようだからな。偶には私が腕を振るってやることにした」
竜人嬢はとても柔らかな笑顔を向けてくる。善意に満ちた魅力的で素敵な笑顔だった。
断っておくが、竜人嬢の作る食事は見た目からして凄惨なゲロマズ飯ではない。食えることは食えるが不味い、という一番扱いに困る類なのだ。
日本食で例えるなら、水分が多すぎてベチャベチャか水分が少なくてカチカチの飯。味噌汁はしょっぱ過ぎるか出汁を入れ忘れてビミョー。おかずも似たようなもので何かが間違っていて不味い。単品も不味い。総合的にも不味い。食べ終わった後に何か徒労感を覚える不味さだ。
針が振りきれたマズ飯なら、ネタとして笑い飛ばすことも出来よう。
しかし、こういう半端に、精神的に来る不味さは笑うことも泣くこともできない。本人が全くの善意から作っているから、頭ごなしに否定することも難しい。
それに、幽鬼狩人も騎士猫も竜人嬢の厚意を無下にし、悲しませる趣味は無かった。
よって、2人はただ瞑目した。
逃げることはできない。
勇気は充分か? 闘志は満ちているか?
覚悟を決めろ。腹を括れ。
さあ、飯の時間だ。
●
本日のお品書き。
天ぷら――エビ。ナス。シシトウ。シソ。白身魚の汁物。ウリの御漬物。御飯。
和食である。
とはいえ、味噌が無いようで汁物は潮汁で、天つゆは交易品の醬油ベース。お米もいわゆるジャポニカ種とは違う種だ。
「自然の恵みに感謝して」
竜人嬢の唱和と共に、晩餐は始まる。
幽鬼狩人と騎士猫は互いに一瞥し、頷いた。扱い慣れぬ箸を手に料理へ挑む。
天ぷら……揚げ加減が微妙でナスとシシトウはほぼ生だ。エビは逆に揚げ過ぎて身がゴムみたいだった。天つゆは醤油が濃すぎてしょっぱい……
おそらく天ぷらに注力し過ぎたのだろう。白身魚の潮汁は灰汁抜きを忘れたのか、どこか後味がエグい。しっかり火が通っていることだけが救いだ。少なくとも腹は壊さない。
器にお頭が入っていた幽鬼狩人は、白濁した魚の目を見つめながら思う。こいつもどうせなら、美味しく食べて欲しかっただろうなぁ……
ウリの漬物は浅漬けらしいが、どうも塩加減が半端で酷くしょっぱい部分と、味が全く漬かっていない部分があり、何とも美味い不味いを表し難い。
とどめの米に関しては、今回は水分過多。べちゃーっとしていて、御粥の出来損ないみたいだ。
不味い。一言で評すならば、それ以外にない。
細かく言うなら、突き抜けたゲロマズではなく、地味に不味い。食えることは食えるが、それだけだ。美味しくない。何もかもが画竜点睛を欠き、普通のラインに届かない。
そして、もっとも厄介な点は作った本人が、
「あれ? あまり美味しくないな……」
自覚的であることだった。
そもそも竜人嬢は舌が肥えている。元来、育ちが良いのだろう。幽鬼狩人が作るキャンプ飯の味付けも細かなところまでよく分かる味覚をお持ちだ。
竜人嬢はしょんぼり。長い耳がきもち垂れ下がり、整った眉が哀しげに下がる。美貌が申し訳なさそうに曇る。麗しい要望を持つだけに、哀しい表情も強く映る。
どんな困難にもタフに立ち向かう彼女に、斯様な表情は似合わない。それに、心ある漢は女を悲しませてはいけない。
かくて、幽鬼狩人と騎士猫は『いつもの失敗』を重ねる。
「い、いやこれはこれでアリだよ。うん。充分充分」
「そうニャッ! 某はガンガン食べるニャッ!」
2人とも美味しいとは言わないが、不味いなどと口が裂けても言えず、さながら強大なモンスターへ挑むような意気込みを持って、飯をかっ食らう。
不味いことは不味い。が、食えなくはないから勢いに任せて食えてしまう。
「そうか。よかった」と竜人嬢が安堵し、はにかむように微笑む様を見せた。
そんな笑顔を見せられたら。そんな素敵な表情を見せられたら、そんな可憐な面持ちを見せられたら……幽鬼狩人も騎士猫も無心でおかずを口へ運び、米と潮汁で無理やり胃袋へ流し込む。他に成すべきことは何もない。
食うべし。ただ食うべし。ひたすらに食うべし。
これは食事ではない。戦いだ。
一人の佳い女の笑顔を守る戦い。一歩も引けぬ。引くわけにはいかぬ。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ。
さあ、食え。力の限り。
素直に『不味い。料理の味付けを教えるから一緒に作ろう』くらい言えばいいのに。男ってバカよね。
一心不乱にがつがつと掻きこむ2人へ、竜人嬢は微笑んで言った。
「お代わりもあるぞ」
地獄への道は善意で出来ている、とは真理らしい。
幽鬼狩人と騎士猫は覚悟を決め、竜人嬢へ言った。
「「お代わり」」
そして―――
死闘が終わり、幽鬼狩人と騎士猫はまったく幸せではない満腹感を抱きつつ呟く。
「たくさん食ったな」「たくさん食べたニャ」
俺達はやり遂げた。そんな悲しい達成感を共有する2人へ、竜人嬢はくすりと微笑む。
「いっぱい食べてくれて、私も嬉しい」
素敵な笑顔に、幽鬼狩人と騎士猫は死闘に望んだ価値があったと、どこか自嘲的な、でも大きな達成感を抱く。
「御茶を淹れよう」
足取り軽く台所へ向かう竜人嬢。
その背中を注意深く見つめつつ、騎士猫は声を潜めて囁く。
「依頼の間は絶対に相棒が御飯を作るニャ。お願いニャ」
「ああ。なんとかしよう。必ず」幽鬼狩人も声を潜めて了承した。
加えて、2人は誓う。固く誓う。
明日は美味いものを食おう。
明日は美味いものを食おう。