幽鬼狩人と騎士猫と隻眼竜人嬢。あるいは飯の話   作:黒モク

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半端に長くなったので分割しました。


9:果物a

 ここ数日、雨天が続いている。

 

 この長雨により、古代樹の森の姿を少しばかり変えていた。

 自然が作り出した超大型高層建築物たる古代樹は、その巨大な幹や主枝、露出した太根に洞や大きな窪み、複雑に積層した枝葉を有している。

 

 これらは自然の溜池や堰堤となって雨水を溜め込み、場所によっては滝の如く豪快に放流していた。

 

 古代樹自身がこの有様であるから、その足元や周辺に広がる森も影響を避けられない。密林内の高低が天然の水路を作り、土砂を流して地勢を作り替えていく。

 

 地球なる世界の熱帯雨林でも似たようなことが起きる。莫大な降水量によって地勢が大きく変化してしまう(俗にいう『ジャングルは常に姿を変える』だ)。

 

 幾層にも枝葉を重ねた分厚い林冠も、降り注ぐ雨や古代樹から散布される雨水を防ぐには至らない。さながら雨漏りするように、そこら中からバタバタと大粒の雫が落ちてくる。

 

 森全体が白い濃霧に覆われ、ひんやりと冷え込んでいる。いつもの蒸し暑さはどこへやら。

 

 緑の闇ではなく白い闇に包まれた森の中を、幽鬼狩人が進んでいく。

 装備一式に加えて登行荷物を背負っているにも関わらず、幽鬼狩人の足取りは滑らかで、しかもゾッとするほど静かだった。足跡はほとんど残らず、草葉を揺らす音も装具を擦らす音も聞こえてこない。

 

 不気味な昆虫面マスクと特注の毒妖鳥装備。そして、視界を妨げる白い濃霧。

 これらの条件が揃い、幽鬼狩人はいつも以上に幽霊みたいだった。

 

 その存在感の希薄さたるや、森の住人達――小動物も鳥達も虫達も、幽鬼狩人がすぐ傍を通ったことにまったく気づかないほどだ。

 

 幽鬼狩人は森や密林で隠れ身の装衣など必要としない。隠れ身の装衣は騎士猫に被らせている(格好い装備が台無しだニャ)。

 2人がわざわざ雨の森を登行している理由は、行方不明者の捜索だった。

 

      ●

 

「これぞタンジア鍋だぜ」

 大きな玉葱状の蒸し鍋、その三角錐上の蓋を取れば、じっくり蒸し上がった食材の芳醇な香りとスパイスの鮮やかな匂いがモワッと拡散した。

 

 旧大陸の港町タンジア出身のハンターが故郷の名物料理を披露し、

「この蒸し鍋はな、水を使わなくても食材を調理できる優れもので」

 薀蓄を語って聞かせるも、御相伴に与るハンターや編纂者達は耳を貸すことなく、ニクイドリの如く鍋を食い荒らす。

 

 がつがつと飯を食らいながら、各人が知っている受付嬢を話題に出す。

「ユクモのコノハたんこそ至高の受付嬢」「寝言は寝て言え、カッペが。タンジアの看板娘キャシーちゃんこそ筆頭だぜ」「テメェ、ウチの村のアイシャを知っててほざいてんのか? お?」「我らの団のソフィアを知らねーとはカワイソーな奴らだ」「お前ら、ベッキーさんを前してそんなこと言えんの?」

 

 このように、新大陸調査団員の出自は様々だ。

 旧大陸の東西南北。山奥から孤島まであちらこちらから、英才教育を受けたエリートに九九を間違えるような脳筋。裕福な家のボンボンも居れば、スラム育ちの貧乏人もいる。

 

“公式”には、新大陸生まれの新大陸育ちは調査班リーダーのみ、となっているが……まあ、適齢の男女が共同生活していれば、“そういうこと”もあるわけで(彼の両親は旧大陸に帰国している)。

 

 たとえば、とある新米チームの編纂者は、調査班リーダー同様の新大陸生まれで新大陸育ちだ。幼少期に両親と共に旧大陸へ移ったが、成長してから“故郷”たる新大陸へ戻ってきた。

 

 交易船が行き来している関係から、短期滞在者も少なからずいる。ギルドの連絡員や交替人員が主だが、夫と孫の様子を見に来た総司令の奥様とか、例外もいる。

 こんな具合に調査団の人員は多種多様であり、アステラに居る人々は様々だ。

 

 中には名家の跡取り御嬢様だっている。

 

 彼女は情熱の生物調査員と呼ばれていた。

 その情熱の生物調査員――御嬢様は、雨が降り始めた頃からアステラに帰ってこなかった。

 

 同時期に古代樹の森から帰還した者達も、森林内の各キャンプで御嬢様を見ていないという。

 

 御嬢様にお仕えしていて、共に新大陸へ渡ってきた釣りキチ――孤高の魚類調査員とテトルー好き――老練の獣人族学者が心配し始め、調査班も捜索チームを出すか検討し始めた。

 

 しかし、雨が止まないことには二次遭難の危険もある。そもそも、この雨では御嬢様の痕跡を見つけることも適うまい。

 

 議論の末、総司令は森のスペシャリストを呼ぶ。

「君の意見を聞きたい」

 

 問われた幽鬼狩人は控えめに微笑む。

「行けと命じるだけで結構。お任せあれ」

 

      ●

 

 ――と気取った大口を叩いたわけだが。

 

 幽鬼狩人もある程度の危険や面倒を予測していた。

 でもね。アプトノスの群れを追いかけるナルガクルガと突発遭遇し、そのまま狩りの獲物として捕捉されることまでは予想の範囲外だよ。

 

 迅竜ナルガクルガ。

 分類学上は飛竜。しかし、その体構造は轟竜ティガレックス同様に陸棲へ適応進化している。漆黒の体躯は鱗ではなく体毛が覆っており、竜というより獣に近しい。15メートルを超す巨体ながら驚異的な俊敏性と機敏性を有し、木々の間を疾風のように疾駆、躍動する大型種だ。

 

 近年まで新大陸では存在を確認されていなかったが、五期団派遣の前後から目撃例が生じ、今や普通に新大陸を闊歩している。何がどうなっているのやら。

 

 幽鬼狩人は大木の影に大きな背嚢を下ろし、予備弾薬帯を袈裟掛けした。軽弩銃の安全装置を外し、装填槓桿を引いて初弾を送り込む。

「相棒。狩るぞ」

 

「やり過ごさないニャ? 今回の目的は遭難者探しニャ」

 ガチ勢とはいえベテランである騎士猫は、事の優先順位を誤らない。

 

「あの有様だと逃げるより狩る方が早い」

 幽鬼狩人は木陰から、白い闇の中に浮かぶ大きな影と赤く輝く双眸を一瞥する。

 

 ナルガクルガは元来、獰猛で好戦的だ。しかも今は獲物を逃がして気が立っている。こちらを食い殺すまで諦めまい。

 

「了解ニャ」

 騎士猫は隠れ身の装衣を脱ぎ、背中の大剣を貫く。

「向こうの方が速いニャ。気を付けるニャ」

 

「相棒もな」

 幽鬼狩人と騎士猫と拳を合わせ、二手に分かれた。

 雨が降り、霧が満ちる森の中で狩りが始まる。

 

       ●

 

 白濁した闇の中、弩銃の発射機構がガシャコンガシャコンと鳴き続け、炸薬の弾ける発砲音が幾度も響く。

 

 木々の陰や深藪の中から赤く焼けた弾丸の群れが、濃霧を切り裂いて飛翔し、ナルガクルガの巨体へ着弾していく。

 

 ナルガクルガは堅い鱗や外殻で受け止めるのではなく、強靭な体毛でいなし、受け流す体構造をしているため、命中角が浅いと弾頭が体毛で滑ってしまう。焼けた弾丸が泥土を撥ねていく様は蛍が舞っているようだ。

 

 ナルガクルガは絶え間なく襲ってくる速射の嵐に苛立ち、怒りを強めていく。姿をまったく見せずに攻撃してくる敵に対し、憎悪にも似た殺意と戦意を覚えている。

 

 この焼けた飛礫の一発一発の威力は大したことがない。が、時折、強烈な飛礫が混じっている。爆発するものや、骨の芯まで衝撃が貫徹するもの、刃で斬られたような傷を負うもの。侮れない。

 

 このままでは少しずつ体力を削り取られ、命を奪われる。速やかに飛礫を放つ敵を発見して殺さねばならない。

 

 決断したナルガクルガはその驚異的俊敏性を発揮し、一投足で弾幕を振り切って姿なき敵へ肉薄を試みる、と――

 

「そうはさせんニャッ!!」

 

 狙いすましたようにチンチクリンの小動物が横っ面を引っ叩き、足を止められてしまう。

 

 そうして足を止めてしまえば、再び銃撃の火線に捉えられてしまう。着弾の衝撃と炎熱に注意を割かれている間にチンチクリンが視界から消える。

 

 かくて、ナルガクルガは“ハマ”った。絶え間なく浴びる弾丸と騎士猫の一撃離脱。どちらもナルガクルガと正対して戦わず、一方的に攻撃してくるだけ。

 

 雨が砂山を削り崩していくように、弾幕がナルガクルガの体力と命を少しずつ、だが、確実に擦り減らしていく。雨に濡れた漆黒の体躯から流れ落ちていく鮮血が、戦闘で荒れた林床の泥と混じり合う。

 

 ちくちくちくちく攻撃され続けたナルガクルガが、完全に激昂する。白い闇の中で爛々と輝く真紅の双眸が、その怒りの強さを雄弁に語っていた。

 

 迅竜は咆哮と共にその最大戦速を発揮。

 弾幕を一瞬で振り切り、鼻先に飛び掛かるチンチクリンを掻い潜る。発砲する敵へ向けて疾風のように駆け抜ける。大木の間を滑らかに飛び渡り、姑息な敵へ瞬く間に急迫した。

 

 漆黒の疾風迅雷がついに森の幽霊を間合いに捉える。

 

 死ね。

 

 ナルガクルガがその両腕に伸びる刃翼を煌めかせた。その斬撃の軌道上に存在した数本の若木がすぱりと両断され、藪がさぱりと切り払われる。

 

 されど、幽霊は斬られない。

 

 斬撃を横っ飛びで避けた幽霊がナルガクルガの側面へ回り込み、弩銃の銃口を向ける。

 

 も、ナルガクルガは圧倒的反射神経で後の先を取る。長い尻尾を振るい、凶悪な形状の尾棘の群れを放射状に発射。バリスタの矢弾並みに大きな尾棘の群れが、幽霊へ向かって飛翔する。

 

 幽霊はまったく動じずに弩銃を発射。自身に命中する弾道の物だけを精確に撃ち落とす。

 

 信じがたい妙技を披露され、さらに頭へ血が昇ったナルガクルガは高く飛翔し、くるりと身を捻らせながらその長い尻尾を―――

 

 びたーんっ!!

 

 鞭の如く叩きつけられた尾の一撃は凄まじく、雨で柔らかくなっていた地面が深々と抉れ、衝撃波で泥と水が勢いよく飛散した。

 さしもの幽霊もこの衝撃波はかわせずに薙ぎ払われ、泥土の上を転がった。

 

 ナルガクルガが叩きつけた尾を戻し、幽霊へ追撃を図った、その矢先。

「隙ありニャッ!!」

 どこからかチンチクリンが飛び出し、未だ無防備に伸ばされている尾へ大剣を一閃。

 

 ずばん。

 

 迅竜の尾が両断され、宙を舞う。

 ナルガクルガの叫喚が森に響き渡る。

 

 狩りの趨勢はこの時、決した。

 

       ●

 

 尾を切り落とされ後のナルガクルガは精彩を欠き、幽鬼狩人の銃撃と騎士猫の斬撃で一方的に体力を削りに削られ、最後は幽鬼狩人の誘い込みに乗って起爆竜弾の餌食になった。

 

 戦場に広がる濃霧を一瞬、完全に吹き飛ばすほど大量に撃ち込まれた起爆竜弾の一斉起爆。ナルガクルガの体内に浸透した爆圧衝撃は内臓や血管を圧壊させる。頑健無比な筋骨を持っていようと、内臓は鍛えられない。

 

 ナルガクルガが大量に吐血し、毛細血管が破裂した目から血の涙を流しながら身を起こそうとしたところへ、騎士猫が慈悲の一撃を与える。

 

 頭部の付け根、頭蓋骨と頸椎の狭間を素早く深い刺突。

 中枢神経を寸断され、ナルガクルガは二度と動かなかった。

 

 

 体中を泥と草葉に汚した幽鬼狩人は、ナルガクルガの前に立つ。昆虫面のマスクのゴーグルを上げ、口吻部分を下げて大きく息を吐く。

 

 危なげない一方的な狩りではあったが、楽勝だったわけではない。高い集中力を維持し、足場の悪い雨の密林内で戦ったのだ。体力の消耗と精神的疲労は少なくなかった。

 雑嚢から水筒を取り出して渇きを癒しながら、幽鬼狩人は迅竜の亡骸を見つめる。

「旧大陸のナルガよりタフで手強かったな」

 

「強敵だったニャ」

 騎士猫は幽鬼狩人から水筒を受け取り、喉を潤してから不安顔を浮かべた。

「相棒。ひょっとして生物調査員はこいつにやられたニャ……?」

 

 幽鬼狩人はカロリー補給に干し果物を押し固めた口糧を齧る。

「彼女は生物調査のエキスパートだ。ナルガなんかにやられないさ」

 口糧を手早く食べ終え、ふ、と息を吐いて幽鬼狩人は続ける。

「俺の読みが正しければ、彼女はこの先に居るよ」

 

「? なんでニャ?」

「古代樹はあちこちに雨水が溜まってる。いつ頭上から大量の鉄砲水が降り注ぐか分からない。彼女なら古代樹から離れた高台に避難する。つまり、この先の辺りだ」

「なるほどニャ」と騎士猫の表情が明るくなる。

 

「相棒、臭いに注意しろ」幽鬼狩人はマスクを装着し直して「彼女は暖を取るために火を熾しているはずだ。焚き火の臭いを探すぞ」

 

 山でも森でも遭難者の命を奪う最大の要因は、低体温症と脱水症だ。濡れたままでいると体力をゴリゴリ奪われていく。ゆえに、野営に慣れた者なら必ず暖を取る。

 

「任せるニャッ! 相棒、急ぐニャッ!」

 騎士猫は水筒を幽鬼狩人へ返し、早く出発しようと手振り身振り。幽鬼狩人が避難させていた背嚢を回収し、出発。

 

 捜索再開。

 雨脚はまだまだ止む気配を見せない。

 

 

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