トレセン学園は今日も重バ場です   作:しゃちくらげ

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四章
夜討朝駆


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー結局、いつだって無力なままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どんどん、と物音が響く。

 

「トレーナー!おはよー!」

 

ドアの向こうから掛けられる声がやけにくっきり聞こえるのは、ここがトレーナー寮ではないからだろうか。

どんどん、とドアが叩かれる音で目を覚ますというのは、ありがたいやらそうでないやら。複雑な心境になるが、幸いにして借金取りやマル暴のようなドスの効いた声ではなく、最近聴き慣れるようになった明るい声であることは救いか。

 

まだ眠い目を擦り、インターホン越しに姿を確認すると、そこには一際目立つ流星に、整った顔を少し紅潮させた担当ウマ娘の姿。その後ろでポニーテイルがぴょこぴょこと楽しそうに踊っている。

可愛らしいモーニングコールである。

 

例え廊下からそっと玄関ドアを覗き込んでみたところ、響く鈍い音に合わせてドアが軋んでいるように見えたとしてもである。

インターフォンのカメラ越しに見るその姿はにこにこと実に楽しそうにしているのだが、恐らくドアをノックする手には相当な力が込められていることは疑いようもない。

なにせ、ドアの隙間から光がちらりちらりと部屋に放り込まれる程度にはドアが軋んでいるのだから。

後ほど、駿川さんにドアの交換のお願いと費用を天引きで処理してもらえるようにお願いをしておかなければならないかもしれない。

物騒なモーニングコールだった。

 

そういえば地震などがあるとドア枠が歪んで開かなくなることがあると聞く。

あれは家ごと歪んでしまっているとのことだが、このように外部からドアのみに力が加わった場合、さてどうなるのだろうか。このままドアが開かなくなってくれてもいいような気がしてならないが、ここで二度寝を決め込むことができるほど私の肝は据わっていない。

 

カメラを切る。

 

軽く伸びをして、頬をぺちぺちと軽く叩いて眠気を追い出していく。

比較的に眠りが浅い性質ではあるが、本来の起床時刻の若干前という微妙な時間帯に叩き起こされれば眠気も引きずるというもの。

端末を取り出し、ドアを打楽器か何かと勘違いしていそうな私の担当ウマ娘にメッセージを入れて。

 

寝ぼけ気味の頭でふらふらりと廊下を彷徨う。

洗面所のドアを間違えて寝室のドアを開いてしまい、そっと閉じた。

人の部屋を借りているというのに、寝ぼけた頭は随分と注意散漫になっているらしい。

 

ここはトレーナー寮ではなく、スタッフ寮だ。

 

つまり、防音も甘ければドアの強度も心許ない。

まだ冷たい水で顔を洗い、寝床にしていたリビングに一度戻る。

流石に、着替えもせずに担当を招き入れるというのは、大人として如何なものかと思うのだが、冷たい水でも洗い流せなかった眠気が私の手を引いてソファへと誘おうとする。

 

「……ふぅ」

 

ついつい横になりたくなる衝動を押さえ込み、冷蔵庫からペットボトルを取り出して一気に呷る。

眠っている間に失われた水分が体に行き渡るような気がした。

 

二度寝をなんとか諦め、カーテンを開いて外に目を向ける。

そういえば、朝に日光を浴びると睡眠と覚醒のリズムが整うという話を聞いたことがあるが、今欲しいのは多少強引でもこの眠気を追いやってくれる何かだ。

 

日光の眩さに期待して開いたはいいが、まだ日が登り始めたばかりの朝焼けという頃合い。日の出時間もだいぶん早くなってきたなと妙な感慨を抱くが、欲しかったのはもっと目を焼くような眩しさだった。

 

だんだん遠くに焦点が移っていく現実逃避気味な視界の端には、そろりそろりと防災用と思しきリュックサックを背負った隣室のスタッフが非常用梯子を下そうとしている姿。

 

ふと、目があった。

 

お互いに半笑いで会釈を交わす。

そして隣室の彼女はそっと音を立てないように降りて行った。

ウマ娘がほとんど立ち入ることのないスタッフ寮とは言え、防ウマ意識はしっかりしているようで大変結構なことだと思う。

 

昨日、夕方に一度手土産を持って「もしかすると万が一ではありますがご迷惑をおかけするかもしれません」と事前に謝っておいた甲斐があった。

こんなにすぐ役に立ってくれるとは思わなかったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……テイオー。約束の時間までまだ随分あると思うんだけど」

 

ドアが軋むほどの威力で連打されれば、よく考えずとも近所迷惑どころの騒ぎではない。

いつまでも現実逃避をしていれば、そのうちこの部屋までも私の自室のように玄関扉がもぎ取られる恐れもあったため、速やかに着替えを済ませ、玄関を開くこととなった。

 

「ごめんね、楽しみで眠れなくて!」

 

ソファに腰掛けたテイオーがにこにこ、と楽しそうに揺れる。

少し遅れて追いかけるようにポニーテイルが揺れている。

 

「まだ5時だよ」

 

「ごめんね……いても立ってもいられなくて」

 

遠足前の子供のような事を言っているテイオーの前に暖かいココアを置いて、対面に腰掛ける。

先日の飲み会での経験を経て、キッチンに置いてあった折り畳み椅子をリビングに持ってきておいてよかった。

こんな時間から叩き起こされたのには困ったものだが、しかしそれだけ懐かれていると思えば悪い気はしないのはどうしてだろうか。

願わくば、その熱意はトレーニングに向けて欲しいとも思うが。

 

「まぁ、仕方ないか……」

 

思い返せばシンボリルドルフことルナも昔は大概だった。

翌日の外出を楽しみにする余り眠れなくなって、早朝3時ごろからトレーナー寮の前でウロウロしていたことがあった。挙げ句の果てに出先で眠ってしまったので、それを考えればまだ可愛いものだ。

 

「ねえねえ、トレーナー」

 

「なに?」

 

「お話しよーよ」

 

お話。

漠然とそう話を振られて気の利いた話をしてやれるほどコミュニケーションに自信はないのだが、期待に輝く目を向けられてしまうとどうにも弱い。

 

「どんな話?」

 

「んー……。なんでもいいよ。よく考えたらさ、ボクはトレーナーのことをあんまりよく知らないし、トレーナーもボクのことよく知らないでしょ?」

 

「通りいっぺんの情報は貰ってるけどね、学園から」

 

仕事用のラップトップの代役としてルドルフから一旦提供されたタブレットPCを立ち上げ、パスワードをいくつか入力してデータシートを呼び出す。

 

実は担当契約を結んだ数日後に、駿川さんからデータが届けられていた。

ルドルフと契約した際もそうだったが、担当契約を結んだ後、個人情報の一部がトレーナーに共有されるようになっているのだ。

大まかな情報に関しては契約していなくとも、フリーのウマ娘に関してはデータベースに問い合わせればある程度の情報が手に入るようになっているのだが、個人情報に踏み込むようなものについては、担当契約を結んで初めて開示される仕組みである。

正直、あまり込み入った情報は知りたくない部分も当然あるのだが、大まかでもどのような環境で育ってきたかなど、人格形成に関わるような情報があるだけで随分と指導の方針も立てやすくなるので、それを無視することもできないというのが正直なところ。

 

トウカイテイオー。

抜群のセンスと才能を持つ、明朗快活なウマ娘。

生徒会長である皇帝シンボリルドルフに憧れ、レースを志した。自分が1番になることを疑わない無邪気な自信家。独特の柔らかい歩様は『テイオーステップ』と呼ばれる。寮室はマヤノトップガンと同室。家庭構成は……など、いわゆる簡単なパーソナルデータシートのようなものだ。

 

夢は……ああ、シートでは「無敗の三冠ウマ娘」だったあたり、流石に入学時調査のものではあるが。

 

「メモでも取るの?」

 

タブレットPCを構えた私を不思議そうに見ているテイオー。

 

「メモというか、せっかくだからこの機会にテイオーの情報をアップデートしようかと思ってね」

 

「えー……なんか面接みたい。そんなんじゃなくて、もっとふつーにお話しよーよ!」

 

「気にしないで。話自体は雑談でいいから」

 

「ほんと?」

 

「本当。じゃあこちらから聞こうかな。子供の頃って何して遊んでた?」

 

「えっ、そんなのでいいの?

 

焦って色々と聞く必要はない。

デビューはまだ骨折のリハビリのためしばらく先の話になるし、それに。

 

「これから少なくともトゥインクルシリーズの期間、付き合っていくわけだからね。どうでもいい話と思うような事でも、色々なテイオーを知りたいからね」

 

「……えへへ、そっかー」

 

そう、まだまだ時間はたくさんあるのだ。

デビューからトゥインクルシリーズを駆け抜けていく3年間もそうだがーーー

 

 

 

 

 

 

ーーーなにせ、外出を予定していた10時まで5時間近くもあるのだし。

 

 




四章まったり始させていただきます。
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