トレセン学園は今日も重バ場です   作:しゃちくらげ

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白河夜船

 

 

 

 

「うえ、にがいよぉ……」

 

「だから言ったのに」

 

ほとんど雑談みたいなお話もひと段落して。

美味しそうにコーヒーを口に運ぶトレーナーと同じものを飲んでみたくなって、一口ちょーだい、と強請ったコーヒーは、本当に苦かった。

思わず、べー、と舌を出してしまう。こういう所で子供っぽいって見られるんだろうなあとは思うんだけど、反射的にしてしまったことはもう手遅れだった。

苦さを紛らわせるように、上品なコーヒーカップになみなみと注がれた、甘いココアに慌てて口を付ける。

 

「あちっ!」

 

「あーあー、ちゃんと冷ましてから飲んでねって言ったのに……」

 

うええ、舌がひりひりする。

苦みはどっか行っちゃったけど、口の中火傷してないかな……。

 

「……ほんとオトナって不思議だよね。こんなの美味しいって言って飲むんだもん」

 

ビター、というか。

コーヒーの香りはとても素敵だと思うけど、いざ飲んでみたら苦いし酸っぱい。

 

随分前に一度カッコつけて飲んだ時からあんまり成長してないのかなあ。流石にあれから少し大きくなって、そろそろ行けるんじゃないかと思ったけどやっぱりだめだった。

最近ピーマンとかも食べられるようになったんだけどなあ。

 

「今はそれでいいんじゃないかな」

 

コーヒーに静かに口をつけて、一息ついたようにトレーナーが言う。

随分と眠そうな姿は、トレーナーにしては珍しい。叩き起こしておいてなんだけどね。

普段から5時半頃にはメッセージに返信が付くから、少し早いかな?という程度の軽い気持ちで押しかけてしまったけれど……よく考えてみれば今日はオフの日だったね。

 

失敗したなあ。

普段から忙しそうで、この間も熱を出していたりで疲れてたみたいだから、起こしてしまったことには申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

休みの日に5時に叩き起こされて、眠い中で延々とお話なんてしたらいくらなんでもちょっとキツいよね。

ボクたちはオフの日でも自主トレで早朝に走っていたりするから、感覚がちょっとおかしくなっていたのかもしれない。人間であるトレーナーはボクたちより体力ないんだって事をどうも忘れがちになってしまう。

それほどまでに、トレーナーというのは休んでる姿を見ることがない人種だと思う。

オフの日でもウマ娘のお出かけとか、自主練とか、色々と動いているし。

ほんと、いつ休んでるんだろう。

 

壁にかけられた時計をちらりと見る。

時間は大体6時を少し回ったあたり。

 

……よし、決めた。

 

「ねえねえトレーナー。ちょっとお疲れ気味?」

 

「うん?」

 

本当は聞くまでもない。近くにいるようになって、これまでボクの相手をしてくれていた時には相当に気を張っていたということがこの間の自白剤騒動の中で何となくわかってきた。まあ、色々とボクのメンタルに傷を残して行ったけど、得たものの大きさと比べると大したことじゃない。強がりじゃないよ。本当に。

 

「風邪引いてたもんねー。わかってたのに朝から起こしちゃってなんだけど」

 

「いいよ、びっくりはしたけどね」

 

カイチョーの前で柔らかい表情をすることはこれまでもあったけれど、まだ相当に神経を尖らせていることは分かった。ピリついている、というわけではないのだけれど、どこか警戒して、カイチョーに対してでさえ一線を引いているような感じ。

でも、それはカイチョーという「皇帝」の夢を叶えるためにしていることなのか、それとも担当ウマ娘だからなのか。はたまたこれが素の姿なのか。それが分からなかった。

 

でも、その答えはもう得た。

その上で、ボクの前では自然体でいて欲しい、と。そう願う。

トレーナーにとってはボクたちの相手をすることはお仕事だ。

 

だけど、お仕事だったからって、一時たりとも気を緩めちゃいけないわけじゃない。

トレーナーに必要なのは、休息なんだと思う。ずっと張りつめっぱなしじゃ、どこかで切れちゃう。

タキオン先輩に先を越されて気付いたというのはとても悔しいし、多分カイチョーはとっくに分かっている。

分かってるのにトレーナーが部屋から追い出されるような暴挙に出たのはよくわからないけど、分かっていてやっていない、ということは理由があるんだろう。

 

きっと、カイチョーにも出来ない事だったんだろうね。

トレーナー自身でさえ、それを分かっているかもしれない。

 

「じゃあ、お疲れのトレーナーのために、このテイオー様が日頃のお礼をして進ぜよー!」

 

「……うん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キッチンを借りて、絞った柔らかいタオルをレンジでチン。

ソファに凭れかかってもらって、目にそっと蒸しタオルを乗せると、気持ちよさそうなため息が漏れた。

 

あー、わかるわかる。疲れてる時に蒸しタオルはこうなっちゃうよね。

まだ眠気が強かったのか、タオルをどかそうと手を目元にやりながらも、そのまま動かなくなる。

 

よしよし。

この隙にささっとソファの後ろへ回り込んで……いざ。

 

満を持して肩に手を触れて、指先で軽く力を入れてみる。

 

……硬い。

思っていた以上に、手ごわそうな感触が指に返ってくる。

 

「……あー、これは凝ってるね」

 

たまに肩に手を当てていたから、癖か、もしくは肩こりかと思っていたら後者だった。

あれほど普段ストレッチしろって口酸っぱく言ってるのに、自分のことは中々出来ないのは意外なようで、それでもボクたちのために時間が取れないんだろうなあと思うと、なんとかしてあげたくて仕方がなかった。

 

「テ、テイオー……大丈夫、大丈夫だから」

 

何故だかちょっと不安げにトレーナーがタオルを少し浮かせてこちらを見ているけど、そんなにボクのマッサージは不安かな。不安かも。思わず今朝ドア叩いたりしちゃったし。

でも、実は特技だったりする。

 

「ダメだよー。このままでもお話できるんだし、ボクに付き合ってよ」

 

固辞しようとするトレーナーをさらっと流して、浮かせたタオルをさっと取り上げる。

 

「あ」

 

ちょっとだけ、名残惜しそうな声。

大丈夫、と声を掛けて、二本温めておいた蒸しタオルに載せ替えてあげれば、また呻き声を上げて大人しくなった。

 

大人しくなったところを、そっとそっと揉みほぐしていく。

ボクたちの力が強いのはわかっている。

だから、できるだけ優しく。痛みが無いように、そっと。

 

「いや、しかし……」

 

「あ、ここすっごい凝ってる。お客さん凝ってますねぇ。えいえい」

 

ぐりぐり。

悪戯心が湧いてきて、ちょっとだけ強めに押してみる。

 

「ん゛っ」

 

わ、珍しい。トレーナーが変な声を出した。

そういえばお母さんにやった時は、「あ゛ぁー……」って気持ちよさそうな声だったなあ。

 

「あ、変な声出してるー!」

 

「こ…れは反射だよ反射。仕方なく……テイオー、やけに上手いね、マッサージ」

 

「あ、これお母さんに教わったんだ!仕事大好きすぎて、すっごい肩こりでさー」

 

「へぇ、いや、上手いよ、本当に……」

 

「えへへー、でしょでしょ?」

 

ぽつり、ぽつりと話を続ける。そのどれもが、他愛無い話。

子供の頃に食べた駄菓子のことだとか、どこのはちみーが美味しいとか。

 

「さっきさ、苦いものは大体毒だから子供がすぐ吐き出せるようになってる、って言ってたよね」

 

「そうだね」

 

「甘くて苦いものだとどうなるのかな」

 

「気になるね。混乱しそうだけど……試してみたら?」

 

子供舌でしょ?と言われた気がして、ちょっと力を込めてやる。

 

「む。えいえい」

 

「ん゛っ」

 

あ、鳴いた。

 

 

 

 

 

 

 

1時間も経つ頃には、言葉も途切れ途切れになって。

 

シャツ越しにボクの指先に伝わる体温。少ししっとりした首筋。

ほんのり火照ったようで、大分血色も良くなってきたみたい。

 

コリもすっかりほぐれてきたね。

触れた指先に返ってくる硬い感触が、随分と取れてきた。

ここまで硬いと多分揉み返しがくるんだろうなーとは思うけど、その時はその時だね。

本当は他のトレーナーに助けてもらった方が確実に楽にはなるんだと思うけど、これはそういうのじゃなくて、ボクのお礼の気持ち。

本当のお礼は、きっと立派に夢を叶える事だけど、それはそれ。

 

言葉は途切れたまま。

微かな衣擦れの音と、ゆったりとした一定のリズムの寝息だけ。

 

「……よしよし、寝たね」

 

そっと、そっと。

気を付けて手を離して、部屋の隅に畳まれていた毛布を肩にそっと掛ける。

起こさないように、そっと。

 

ぼんやりと、寝息を立てるトレーナーを眺めながら、冷たくなったコーヒーを口に運ぶ。

 

……苦い。しかも冷めたせいか、酸っぱさが更に強くなってる。

あんまりおいしくないなあ。

 

苦いものはキライ。ボク、甘いの好きだし。

 

でも最近、苦くて、でも幸せなものを知ったんだ。

 

 

 

 

 

ね、トレーナー。

トレーナーの心も、少しほぐれていたらいいなあ、なんてね。

 

 

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