ーーー眩しい。
陽の光が瞼をノックして起こそうと躍起になっている。
そう急がなくても起きるが、今はまだそっとしておいてほしい。まだ瞼が重いんだ。
……もう朝か。
朝の微睡というのはいつだって名残惜しく、悪魔じみた力を持ってやってくるものだが、今朝はまた格別に酷い。
目覚まし時計が鳴り響く前に目が覚めたのは有難いと思う。なにせ、自然に目が覚めるのと音で叩き起こされるのではその後の眠気が大きく違うのだから。
いつまでも眠ってはいられない。
酷使している脳のリラックスや機能回復のために睡眠は必須なものだが、必要以上の睡眠はまた違う不調を招く。
睡眠中に脳を含め体が自動的にメンテナンスされるというのは不思議なものだとは思うが、必要以上の睡眠はむしろ逆効果だ。
うとうとと微睡む時間は大変に心地よく、抗い難いもの。そうとでも自分に言い聞かせでもしなければ延々と寝てしまいかねない。
過去に何度か、オフを終日睡眠で費やしてしまい頭を抱えたことがあった。
流石に今はもうそこまで長時間まとまった睡眠が取れるほど若くはなくなってしまったが、
それでも眠いものは眠い。
あと5分だけ。
絶対に5分で起きられよう筈もない、陳腐で使い古された表現。
だが、今は5分でも長く睡眠が取りたかった。
身体が重い。
ここの所、というには目が覚めるたびに同じような感想を抱き続けているという自覚はあるが、最近身の回りが特に騒がしくなってしまった。
おかげで諸々に奔走しているうちに疲弊しきり、仕事が終われば倒れるように寝て、起きてまた仕事というなかなかにハードなサイクルを繰り返している。
元々、あまり休暇を必要としない性質ではあったし、重ねていうならばトレーナー業などやっていれば休みなどほぼ存在していない。
……。
もうしばらくだけ休息を。
身体は重いが、日差しのお陰で身体がぽかぽかと暖かい。
とはいえ、眩しいのでカーテンを閉めようと手を伸ばす。
おや。
あるべきところにカーテンの感触がない。
……うん?
ああ、そうか。駿川さんの部屋だったか。
そんなことも失念するとは、随分とぼんやりしている。
微睡んでいるのだから当然かもしれないが。
仕方なしに、目を薄く開いてーーー
「え?」
ぱちり、とシャボンが弾けるような感覚で、睡魔が弾けて消える。
垂れ目がちな青い瞳と視線が合った。
「おはよ、トレーナー。目は覚めた?」
眠そうな、囁くような声。
耳馴染みのいい声が、靄の掛かったような頭に染み込んで溶けた。
「テイオー?」
視線が合った、というレベルではない。
軽く首を起こした瞬間にばっちり目が合った。
眠たげで、気怠げに細められた青い瞳。
何故部屋に?
いや、その前に。
……何故テイオーが私の上で寝ている?
もしや身体の重さの正体はこれか?
「……は?」
そして横合いから呆然としたような声。
実に耳慣れた、最近妙に迫力を増したその声。
ぎぎぎ、と油の切れた機械のような動きで首を音の方向へ振れば、そこには今おそらく一番出会したくなかった人物。
最近こういう事故が増えていて仕方ない気がしてならない。
だが、どうやって回避しろというのだ、こんなものを。
「……まずは話を聞いていただきたい」
私の口から思わず飛び出したのは、いつかどこかで聞いたような科白だった。
「それで?」
それからしばらく。
半分眠っていたのかなかなか離れてくれないテイオーを引っぺがすことになんとか成功し、オフの日にも関わらず何故か部屋にやってきたライオンの前で、私は死刑執行を待つ囚人のような気持ちで状況の釈明を求められていた。
なお、テイオーはソファの上で気持ちよさそうに寝息を立てている。
「早朝に君からのメッセージが届いていて飛び起きたが……」
大変ご立腹のルドルフによれば、早朝に私が何かメッセージをルドルフに送りつけたらしい。しかも、「静かにしてくれ」というような内容でもって、実に簡潔に。
「すまない、多分寝惚けていたのだと……」
確実に寝惚けていた。
先ほどは完全に混乱していたが、そういえば明け方にテイオーがやってきた時に、テイオーに向けて何かメッセージを送った記憶がある。
ドアを叩いていたので、すぐ出るから静かにして、というような内容で。
送信先を確認せずに送るミスである。よりによって基本的に寝起きが頗る悪いルドルフに送りつけるという大事故をやらかしてしまった。
「私とテイオーを間違えて送信したと?」
「それについては申し開きのしようもない。仕事を除いてはルドルフ以外に連絡を取り合う相手がいないから、反射的に……」
これはほぼ素直な本音である。
担当ウマ娘とのやりとりに利用しているほとんど私用に近いものと、業務用の連絡ツールでアプリケーションは使い分けているし、そもそもそこまで密に連絡を取る必要がない。
結果として、私用のアプリケーションで私が連絡を頻繁に取る相手はほとんどルドルフに限定されていた状況なので、開いた際に真っ先に表示されるトークルームもルドルフとのそれにほぼ固定されている状況。
時折実家から連絡が来た際にうっかり送信ミスをやりかけたことが何度かあったが、それがついに顕在化したということだろうか。
「ほう……?」
左右に振られていた尻尾の動きが止まった。
「ということは、つまりトレーナー君にとっては、何かあった際に真っ先に連絡する相手が私だということで相違ないか?」
「うん、まあ……」
相違ないも何も、事実として最近ようやくテイオーがメッセージを送ってくるようになった程度で、ほぼルドルフ以外と連絡を取ることがない。
実家は滅多なことでもなければ電話を掛けてくるし。
「……ふぅ。そういうことであれば仕方がないな」
やはりよく似ているからか、テイオーと間違えて送ったことにはご立腹だったらしい。しかも寝起きの大変に悪い彼女が起きて最初に確認したメッセージがそんなものだったため、余計に。
実はオフの時に何もなければ、疲労回復のためか大抵はそこそこ遅い時間まで眠っているのか、あまり外に出てこないらしいルドルフなので、申し訳ないことをしてしまったと思う。
「すまない、この埋め合わせはーーー」
「トレーナー君、今日はいい天気だぞ」
そういえば先ほど寝起きに感じたことだが、今日は大変に天気がいい。
「そうだね」
「テイオーと約束したのは10時からだったな?」
「そうだよ」
「それまでの時間、たまには二人で目的もなく散歩でも行かないか?」
「ん…そうだね。テイオーに書き置きだけ残しておくよ。……ところで、明日の感謝祭の準備は大丈夫かい?」
「問題ないよ。実行委員会のメンバーも意気軒昂だ。私の仕事は午後からでも差し支えないさ」
最近はすっかりと生徒会の役員も戦力が充実してきたようで。
副会長のブライアンも、あれでいていつの間にか仕事をこなしているし。
「さて、それでは行こうか」
「そういえばルドルフ、鍵は?」
「開いていたぞ?」
不注意には気をつけよう、と切に思った。