ルドルフと解散した後。
ひたすら振動を続ける携帯端末をポケットから取り出して、耳に当てる。
相手をいちいち確認はしない。
どう考えても、テイオーからであるだろうから。
『あっ、トレーナー!もーどこ行ったの⁉︎』
やはりテイオーが目を覚ましたらしい。
「おはよう。これから一旦トレーナー寮に戻って、外出用の服に着替えてくるよ」
咄嗟に口から出たのは、出まかせ。
以前の経験が功を奏したか、これでのこのこ駿川さんの部屋に戻ればおそらく、ルドルフの気配を感じとることだろうから。
『むっ、そうなんだー。えーと、だったら噴水の前で待ち合わせしよーよ!……あ、でも鍵どうしよっか』
そういえば施錠して出て……いや、ルドルフが捻り壊していたか。
「鍵は施錠しなくていいよ。向かいがてら、施錠してから行くから」
『はーい!楽しみにしてるね!』
通話を切る。
さて、一旦これでテイオーの方は問題なさそうだ。
……問題はここからである。
通話を切って、また今度は別の人物へと通話を繋ぐ。
『はいはい、あなたのたづなですよー。どうしましたか?』
毎度この人は。
最近特に距離感が近い気がするが、久しぶりに飲んでから昔のようにぐいぐい来るようになってしまった気がする。
「あー、すみません。実は少々ご報告とお詫びが……」
着替えを済ませて噴水前へ向かう。
当然のことだが、念には念を入れ、一度シャワーも浴びてきた。
「おまたせ。待たせちゃったかな」
「あっ、ううん、今きたとこ!」
噴水の縁に腰掛けて足をぶらぶらと揺らしていたテイオーが、こちらに気づくとぴょんと勢いよく立ち上がってこちらへ掛けてくる。
こういう動きを見ていると、どこか少々犬っぽさを感じるところがある。
「今来たとこ……って、なんかデートっぽいね!えへへ」
「あー、確かにそんな感じだね。さて、それじゃあ蹄鉄見に行こうか」
「うーん、トレーナー、そこはエスコートするよって言うところじゃない?」
「そうは言われてもなあ……そういえば蹄鉄って前から変えてないよね?」
先ほど確認した限りでは、以前テイオーに渡したメモではハイベスト蹄鉄に変えるように書いていたはずだ。
「うん。負担の少ないやつにしてからはそのままだよ。たしかハイベスト?だったかな」
ハイベスト蹄鉄は、いわゆる特殊蹄鉄と呼ばれるもので、衝撃吸収材としてウレタンゴムを釘溝に沿って帯状に接地面と平らになるように充填したもの。
肢蹄疾患に多く使用されるものだが、要は足を怪我したウマ娘に使うことのある蹄鉄である。
とはいえ、競走用でもなければトレーニング用でもなく、あくまで足の保護を第一としたそれだ。
今後、回復した脚でトレーニングを積んでいくのであれば変えていかなければならない。
「なるほど。昨日の検査で足の状態も良さそうだから、少し蹄鉄変えてみようか」
「おおー。久しぶりにおニューの蹄鉄かあ。気分上がるねー!」
楽しそうにくるくると踊るようにして、テイオーが前を歩いていく。
ころころと変わる表情。ステップを踏む度に跳ねるポニーテイル。
私なんかとの外出でもこれほど楽しそうにしてくれるというのは、トレーナー冥利に尽きるというもの。
そういえば、テイオーと契約したあの時には、二人で踊ったんだったか。
そんな事を思い出し、思わず口元が緩む。
「テイオーは踊るのが好きだな」
「んー?そうだよー。トレーナーもどう?」
ほら!と手が伸ばされる。
楽しそうににっこりと笑って。さあボクの手を取って、と。
思わず、手を握ってしまう。
「……とはいえ、流石に前回ので懲りたよ。それはまた、外出がない時に」
「あはは!トレーナー体力ないもんねえ」
「ウマ娘の体力に合わせてたら、肺も心臓もあと二つずつぐらい欲しいかな」
「しょーがないなー。そしたらこのままお出かけしちゃおう!」
からからと笑い、握った手がぎゅっと強く握られる。
「……仕方ないな。テイオーは目を離すと迷子になりそうだし」
「ボクそんなに子供に見える……?」
思わず口にした言葉に、じっとりと湿り気を帯びた視線が向けられる。
「いや、気づいたら私が置いていかれそうってだけだよ」
「ふーん……?」
「しかしほんと蹄鉄っていろんな種類あるよねえ」
ずらりと並んだスポーツ用品コーナー。
オーソドックスな競走用からトレーニング用、特殊用途のものまで含めれば実に数百種類もの蹄鉄がずらりと並んでいる。
一般的な極柔鋼のものから、アルミ合金製のもの。
ジャーカルクス、クイーンズプレート、トリプルクラウンなど種類も他種に及ぶ。
慣れや好みの部分も大きいが、それでも可能な限り走り方や脚の状態に合ったものを選んでおきたい。
「そうだな。……怪我の前はどれを付けていたかわかる?」
「蹄鉄はあんまり拘ってなかったけど……うーん」
うーん、と悩むように売り場をうろうろして、ようやく指さしたのは。
「多分、この辺」
「T製トゥアウター……いや、T製アウターリムか?」
「走っていて重いと感じることは?」
「特にないよー。慣れてるだけかもしれないけど……」
意外とその辺りにこだわりはなかったらしい。
とはいえ、天才肌なので無意識に自分に最適なものを採用している可能性は高い。
ひとまず、レース用ではなく、日々のトレーニング用に負荷の少ないものを選んでやるのが先だろう。
手に取ったのは、トレニウムと呼ばれるアルミ合金製のトレーニング用蹄鉄。
同じトレニウムのラインの中でも、軽量なものを手にとって確かめる。
………何故か「かる」と刻印されているのが妙に腹立たしいが。
「なるほど。それなら……練習用にはこっちのトレニウムを試してみて。とにかく軽量だから。まずは負担の軽いものにしてみよう。あっちに装蹄されたシューズの試着コーナーがあるから、履いて少し試してみてもらえる?」
「はーい!勝負鉄は?」
「今使ってるのがへたってなければ、しばらくはそっちで。あとで実物をみてもう一度考えるよ」
「じゃあちょっと試着してみるねー」
「ありがとうございましたー」
という店員の声を背に受けつつ、ショッピングモール内の割に妙に品揃えが良すぎるスポーツ用品店を後にする。ショッピングモールにスポーツ専門のテナントが入居しているだけなので、他にもたくさんの店舗が立ち並んでいるので、このまま軽く散歩がてら店を見て回ることになった。
いたくトレーニング用の蹄鉄が気に入ったらしいが、なんだかんだとアルミ蹄鉄は耐摩耗性に劣るため、複数セットでの購入となってしまった。
おかげで手に下げた袋が若干重い。
一方、テイオーは満足のいく買い物ができてご満悦なのか、楽しげに数歩前を歩いている。
時折目を輝かせては、はちみードリンクの屋台に突っ込んで買ってきたり、アイスの屋台に引き寄せられていったりと、あまりルドルフがやらないような楽しみ方を満喫している様だった。
「あっ、ねえトレーナー!服選ぶの手伝ってよ!」
そう言って小走りに掛けていった先は、女性向け衣料品店。
しかも、比較的若い層に向けたそれ。
若干の勇気を要しつつも、テイオーが手を引いてくれたおかげで思ったよりもすんなりと入ることができた。
「かわいい上着がほしくてさー。ちょっと大人っぽい感じの!」
……ふむ。
今でも十分可愛らしい格好をしているとは思うが……。
周りと見渡せば、参考になるウマ娘や少女たちに事欠かない。
色とりどり、そして意外と大人っぽい格好から、少し子供っぽい格好までさまざまだ。
テイオーに似合いそうなのは……。
そこで、ぐいと両頬に手が添えられて、少し強めに顔を正面に向かされた。
「……だめだよトレーナー。今日はボクとのデートでしょ?ボクだけを見ててよね!」
「わかったわかった。降参だよ。……それだったら、これなんてどう?」
テイオーを眺めつつ、ぱっと似合いそうだと思った服を手にとって渡す。
白を中心に、青い差し色の入ったテイオーらしいカラーリングのパーカー。
服としてのデザインはおとなしめだが、ビッグシルエットで少々大ぶりなそれはよく似合いそうな気がした。
たまに白いパーカーを着ているところは見ていたが、それよりもかなりビックシルエットになっている。
快活なイメージが強いので、どちらかと言うとスポーティな雰囲気に寄っているが、あえてこ言うのも似合うかもしれない。
「ん、パーカー?」
「うん。元気なイメージがあるし、少し大きめのパーカーはどうかなと」
「へー。トレーナーはこーゆーのを着たボクが見たいんだ〜」
「んー、まぁ見てみたいかな」
「……ならちょっと試着してくる!こっちだよ、ついてきて!」
うっ。
ここで私を一人にしないでほしいんだけど……。
試着室の前で、所在なさに苛まれながらウロウロとしていると、ようやく中から声がかかった。
「いいよー!」
言うや否や、しゃっとカーテンが開かれた。
「………………似合うな」
思わず口から漏れた一言。
大きめのパーカーは確かにだぼっと大きいが、これにショートパンツとタイツなんかを組み合わせれば、少し大人びたコーディネートになるのではないか、なんてぼんやりと思った。
「ねえねえ、トレーナーはこういうの好きなの?」
「そうだな、よく似合っているし、かわいいと思うぞ。少し大人っぽい感じだね」
「やったー!じゃあこれ買ってくる!」
「キャップとかも似合いそうだよね。耳に苦労するかもしれないけど」
「あー!確かにいいね!じゃあそっちも見に行こうよ!」
テイオーとのショッピングデートは止まらない。
両手に抱える荷物は増える一方、きらきらと輝きをどんどんと増していくテイオーは、本当に楽しそうに笑っていた。