トレーナーとのお出かけは、終始順調というか、予想していた妨害も入らずに、なんというかとても平和に進んでいった。
トレーニング用品を見て、洋服を見たり、飲み物を買って二人で休憩したり。
他愛無い話をして、しょうもないことで笑ったりして。
なんだかとても、楽しい一日だった。
これはどう見てもデートと言っても差し支えないんじゃないかと思う。
案外、ボクが一方的にデートだと言い張っているものだと思っていたけれど、トレーナーもなんだかんだと言いながらも、付き合ってくれた。
ボクが契約してもらった時もふたりきりだったけど、あの時はボクが勝手に追いかけて行っただけ。
今回は、ちゃんと約束して、ふたりでお出かけ。
友達と遊ぶのとはまた違う距離。なんだかちょっぴりよそよそしくて、でもどきどきして、暖かくて。
あっという間に進んでいってしまう時計の針を、呪ってしまいたくなる。
どうしようもなく過ぎて行ってしまう時間は、優しいけど容赦なくて。
トレーナーと沢山お話をした。
楽しくて、嬉しくて。
それが、時計の針が進むにつれ、どうしようもなく苦しくて。
気がつけばあっという間に、学園の最寄駅に着いていた。
あれだけ回っていたボクの口は、もう終わりかと思うと、どうにも重たくて。
楽しいことは、いずれ終わってしまう。
そうして、終わって、また始まるから。
いつまでも楽しいことが続けられる訳じゃない。
そんなこと、別に言われなくたってわかってる。
今日は、感謝祭の前日。
前夜祭が、駅からトレセン学園までの道のりと、その周辺一体を使って開催されてる。
去年は、トレセン学園に入学して最初のそれを、どきどきして迎えた。
その前は、憧れのトレセン学園に入るチャンスだからって、家族に無理を言って前夜祭から参加させてもらって、カイチョーのファンサービスを見に行った。
今年は。
不思議だな、と思う。
これまで、あんなに楽しみだった感謝祭が。
今はもう、来てほしくない。
遠くから祭囃子が聞こえてくる。
いつもより遥かに人が沢山歩いていて、誰も彼もが楽しそうにしている。
なんだか、そこへ行きたくなくて足を止めた。
「あ……」
自分で足を止めておいて、歩いていくトレーナーに置いていかれたくなくて。
手を伸ばす。
伸ばして、彷徨って。
その手を、暖かい手が包み込んだ。
「人が多いし、はぐれたら困るから」
ボクの手を取ったトレーナーは、困ったように笑った。
「……うん。そうだね」
……ここまで来たんだもん。もうちょっとだけ、ワガママ、許してくれるかな。
遠回りすれば、お祭りのメインルートから外れれば当然、人が少ない道はいくらでもあるけど、せっかくのデートなんだから、お祭りを避けて帰るのも、ええと、勿体無い。
握った手にちょっと力を入れて、距離を縮める。
「これだけ人がいっぱいいると、歩き辛いね」
「この時期はどうしてもね……」
あれこれ理由をつけて、このデートがいつまでも終わらなければいいのに。
……なんて。
そんな無茶苦茶が通るなんて、ボクも思ってない。
あんまり遅くなったらカイチョーが見咎めるのは間違いないし、トレーナーにも迷惑を掛ける。
……時計の針を止めるのは
「テイオー、そこで少し休憩しない?」
色とりどりの屋台を冷やかしたり、時折お面とか、わたあめとか。
お祭りらしいものをちょっと買ったりしながら歩いていると、急にトレーナーが耳元でそんなことを囁いた。
……えっ!?
「そこにベンチがあるし、まだ6時だから。少し座って休もう?」
「……え? あっ」
……もう、トレーナーはたまにとんでもない事を言い出すんだから、ちょっと困るよ。
あんな急に、「少し休憩しない?」なんて囁かれたら、びっくりするに決まってるじゃん!
「……そっか!そうだよね、トレーナー、体力ないもんね」
思わずそんなことを口走ってしまう。
そりゃあ確かに、ボクたちに比べたらニンゲンのトレーナーは体力ないけど、もうちょっと言い方ってものがあったんじゃないか、と自分でも思う。
いきなりの事でびっくりしたボクを、トレーナーはちょっと不思議そうな顔で見てる。
ほんと、こういうところよくないよ?
だからボクは、ちょっとばかり仕返しをしてやるのだ。
「ねー、休憩って、2時間ぐらいのつもりだったりしたの?」
「……あー……流石に冷えるし、10分くらい休ませてもらえれば大丈夫だよ」
「あはははは、そうだよね! トレーナーは貧弱だよねー」
流石に気づいたみたいで、トレーナーの目がちょっと泳ぐ。
そりゃそうだよね。デートの最後にそんな事言ったら、ボクじゃなくてもびっくりするって。
「それじゃー、ちょっと休憩に付き合ってしんぜよー」
照れ隠しに、ちょっと強めに手を引いて、トレーナーが指したベンチに向かう。
もしかしたらボクの顔は、トレーナーが唯一買って時折齧っているりんご飴みたいな色になってたかもしれない。
夜だし、気づかないでくれたらいいと思う。
……あーもー、恥ずかしい。
漫画で見たことあったようなシチュエーションだったから、余計に意識しちゃったよ、もう!
意識しすぎっていうのは分かってるんだけど、もー、ほんと、どうしようかなー……。
ベンチに座って、足をぶらぶらさせながら、隣で時折足をぽんぽんと叩いているトレーナーを横目で眺める。
ああは言ったけど、ちょっと連れまわし過ぎちゃったかな。これでイヤになったりしてないといいんだけど。
それにしても、ほんとーに参ったなぁ。
折角『妹系』というか、無害さをアピールしてトレーナーの懐に潜り込もうと動いてたんだけど……そう考えると、さっきのは照れ隠しにしても悪手だったかもしれない。
……楽観的に解釈すると、どちらかと言うとあれは、セクハラ発言しちゃってどうしよう、って感じの慌て方だったんだよね。あっ、マズい。って感じの。
しょうがないなーって顔をしてたら、少しほっとしたような雰囲気があったから、うーん?
ちょっと頭が冷えてきた。
時計の針の進む音が、頭から押し流されていく。
何だかんだでカイチョーと結婚したんでしょ、とか前に言っちゃってるし、どうなんだろ。ボクの気持ちってもうバレてるのかな。
担当になってから見てただけでも、あのカイチョーをかわし続けてるから、その辺に疎いわけがないと思うんだけど……。
ただ、今回デートだー!って言っちゃってるんだよね。
ただ懐いてるように見せなきゃ、とは思ってはいるんだけど、それでもちょっと押しすぎたかなっていう懸念もある。
うーん……。
それに、明日の模擬レース。
明日の結果次第で、第三勢力が入ってくる可能性がある、ということ。
正直、どうしたものか見当がつかなくなってきている。
タキオン先輩はちょっとアレだけど、今のままだとカイチョーに総取りされかねない。
元々、ボクはカイチョーに憧れてトレセン学園まで来た訳だけど、なんと言えばいいんだろう。どうにも強く出切れないところがある。
今もなお、カイチョーが憧れの人であることは変わらないんだ。
……隙があるなら、出し抜いたりはするけど。
そう考えると、存外タキオン先輩の介入はそう悪い事じゃない……かもしれない。
結局のところ、
だとすると、明日のレースではボクがどうにかこうにか勝つことは必須条件ではない、のかな。
結局、トレーナーはカイチョーとボク、あと一人は担当を持たなきゃいけないっていうことは決まってる訳だし、そうならカイチョーとやりあえるような人が……うーん。
ふと隣を見れば、なんだか微妙な表情をしながらかりかりとりんご飴を齧るトレーナー。
好きなのかな、りんご飴。それにしてはちょっと苦い顔してるけど。
「……テイオー?」
「あっ、ごめん。ちょっと考え事しててさ」
トレーナーが心配そうに声を掛けてきて、慌てて言葉を返す。
「そっか。ごめん、少し座って楽になったし、そろそろ行こうか」
トレーナーに促されて、立ち上がる。
「うん。じゃー今度は射的いこ、射的!」
「あー、射的はあんまり得意じゃないんだけどなあ……」
するり、と手を取って、軽く引っ張れば困ったようにしながらもトレーナーは付いてきてくれる。
ふと、なんだか居た堪れないというか、考えていたことを追い払うように何気なく口を開いた。
「ねー、トレーナー」
「何?」
「明日の模擬レースさ、誰が勝つと思う?」
何気ない会話を装って、なるべく考え事の内容を追求されないようにずらす。
まあ、そっちのことも本当に考えていたわけだし。
でも、その瞬間。
トレーナーの目の色が変わったように見えた。
雰囲気というか、なんというか。
今日のデート、少し困ったようにしながらボクに付き合ってくれていたけど、それがガラリと塗り替わった。
……あ。
――――あの時の目だ。
「テイオー。今回出走する中で、強敵になりえるのは誰?」
「カイチョーだよね。対抗できそうなのは……」
あの場で参加するって言ってたのは、タキオン先輩、マックイーン、あとゴルシ…と、ブライアン?
マックイーンとは並走したこともあったけど、正直カイチョーが圧倒的すぎてあんまり意識してもいられない。
ゴルシは……やる気がある時はびっくりするほど早いんだけど、今回はどうなんだろう。ブライアンは…よく分かんない。強いとは聞くけど。
……そうなると。
「タキオン先輩だけ、かな」
アグネスタキオン。超高速の粒子。
「そう、ルドルフと、アグネスタキオンの二択だ。勿論、ルドルフの方が経験、実績共に圧倒している。……けど。『ある』ならアグネスタキオンだろうね」
「……でも、カイチョーは
「そうだね。私が言うのもなんだけど、ルドルフは強い。シニア級に未デビューウマ娘たちが挑むんだから、余計にそうなるだろうね」
それはそうだよ。
ボクも昔、カイチョーに大差で敗けている。
だから、どうなるのか気になって――――
「……で、テイオー。どうやって
……え?
「どうやって?」
思わず、その言葉を繰り返してしまう。
え? どういう……。
「越えるんだからね、ルドルフを」
――――あ。
ボクは、バカみたいに口を開けてたような気がする。
思わず、足が止まる。
繋いでいた手から力が抜けて、でもトレーナーがそれを放さない。
大した力でもなく、けど、しっかりと握った手を。
一歩。
立ち止まったボクよりも前に出たトレーナーが、振り返った。
真っ黒な目。ガラス玉みたいだとあの時思った目の向こうに、何かを潜ませて。
「そうだろう、テイオー?」
トレーナーが笑う。
楽しそうに。
それでいてどこか挑発でもするように。
「……そっか」
ボク、勘違いしてた。
勘違い、というか。
心得違いもいいところだ。
確かに、ボクは敗けるつもりはなかった。
でもそれは「今のカイチョーには勝てないけど」って前置きが付いていた。
今のボクじゃ勝負できない?
……ああ、悔しい。
何が『誰が勝つのかな?』だよ。
――――ああ。分かった。
やっとボクにも理解できた。
これかあ、カイチョーの強さは。
……トレーナーにはカイチョーのトレーナーっていう立場がずっとあったし、これから他にもウマ娘の面倒を見なきゃいけない。
トレーナーにとって「シンボリルドルフ」が全てだったハズだった。
だからそこに、どうにかして潜り込もうとして。
ボクを見てほしくてあれこれと策を打ってきた。
まあ、確かにボクは後発というか、なんというか。
カイチョーみたいにずっと連れ添ってきたわけじゃないし、何ならトレーナーに大けがまで負わせたことがある。
ちょっと避けられてるのかな、と思う事もたくさんあった。
割と最近まで、いわゆる塩対応だったし。
それはしょうがないよね。
あのカイチョーに専属で、マンツーマンでずっとやってきて、無敗の三冠、七冠馬に育て上げて。
そのカイチョーに縛られないわけがない。
だって、トレーナーとしてはもうそれで「ゲームクリア」したようなものだもん。
カイチョー、シンボリルドルフっていう最強のカードをどこまで遠くまで走らせるか、そのことだけに集中していっても全く不思議じゃない。
ボクだって。仮にそれがボクだったとしても、きっとそうする。
だけど。
それでも、ああ。
ボクは、勘違いしていた。
ボクが「越えられる」って、トレーナーはただのひとかけらも疑ってない。
相変わらず言葉も少ないし、ぶっきらぼうだし。
もうちょっとちゃんと言えばいいのに、って思うけど。
トレーナーだって分かってる。
いや、トレーナーこそが一番分かってる。
あの『シンボリルドルフ』に、勝てる訳なんてないって。
でも、それでも。
……それでも、この眼が。
あの夜に見た時は怖かった、この眼が。
ボクを、見てる。
ボクを、ちゃんと見てくれている。
……ああ。分かった。
やっとボクにも理解できた。
何もかもを飛び越えて、叩きつけられたように。
漠然とした、言葉にしづらい感覚で満たされる。
恐ろしいものが足元で口を広げていたことに気が付いてしまったような、ぞわりと背筋に寒気が走るような。
漠然とした多幸感。
これが、皇帝の……いや。
――――――帝王の
なるほど、会長が強いわけだよ。
こんな眼で、真っ向から夢を信じられたら、そりゃあそうだよね。
走りたい、って気持ちが暴れて仕方がない。
三歩、前に出る。
ボクにつられて立ち止まったトレーナーを追い越して。
トレーナーの手をそっと解いて、両手でほっぺたを挟むように叩く。
ぱちん、と思ったよりもいい音がした。
ひりひりと頬が痛い。けど、涼しくなってきた空気が気持ちいい。
そして、思いっきり手を振り上げる。
「よーし! 明日は勝つよ!」
あんな眼で見られてしまったから、ボクもきっと、そうなんだろう。
ボクの後ろでトレーナーが、そっと笑ったような気がした。
合同誌作ったり仕事が激務になったりと少々多忙になってしまい、1ヶ月ほどおサボり申し上げておりました。
大変お待たせしており恐縮です。
蘇生しましたのでまただらだら書いていきたいと思います。