トレセン学園は今日も重バ場です   作:しゃちくらげ

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悪事千里を走る

 

 

 

ルドルフに見咎められてしまったため、そそくさとその場から撤退を図ることにした。

ゴールドシップが植栽を薙ぎ倒して逃げて行った跡はまるで獣道のようにはっきりと残っていたが、流石に衆人環視のなか、私がそんな所を颯爽と駆けていくわけにもいかない。

かといって、現在地は通学路なので、学生寮の方へ向かうのも違う。

必然、撤退する方向は学園棟へ向かう道となる。

 

新入生たちが成す行列の脇をすり抜ける様にして、来た道を戻っていく。

元気よく投げかけられる挨拶に返しながら、足取りも軽く。

ルドルフに怒られてしまったし、ついでにこの後も恐らく夜のトレーニングでこってり説教されるであろうことはもはや分かり切ったことだが、それでも気分は上々だ。

 

何せ、あの訳の分からないドリンクを合法的に始末できたからだ。

心情的に、人に貰った食べ物を捨てるのは抵抗が強いが、あれは飲み物であるし。

ついでにルドルフが自ら引き受けてくれた。

つまりこれはセーフである。審議のランプは灯らない。

 

さて、あの様子だとルドルフもしばらくは生徒会関連で動けないだろうし、新入生も寮で荷ほどきという大仕事が控えている。

在校生の視察も、私が間抜けぶりをひっそりと晒し、トレーニングが少し視察できてしまったので、どうにも座りが悪いというか、これから何をしようという明確なビジョンが浮かばない。

 

他所のトレーナーのところへお邪魔して情報交換でもしたいところだが、この時間帯はあまり宜しくない。

専属契約を結んだウマ娘を持つトレーナーが、他の専属持ちのトレーナーのところに一人で訪れるのは危険なのである。

 

何故か?

それは双方のウマ娘が、洒落にならないほど嫉妬するからだ。

 

チームを率いているトレーナー同士であれば、割と一対一で話をしたり、呑みに繰り出しても「チーム間を代表してのやりとり」として処理される。

要は、ウマ娘的には会議扱いなのである。

そもそもチームを率いるようなベテランであればウマ娘に執着されていないため、問題になることはない。

だから、ライバル同士でもチームを持つベテラントレーナー同士は割合良好な関係を保ちやすいのだと、東条トレーナーが語っていた。

むしろ、新人トレーナー同士のように「ひとり」を集中してみていると、敵対意識がウマ娘のそれに引っ張られやすいのだと、トレセン学園最高と呼ばれるベテランは語る。

 

その点、私の担当はルドルフだ。そもそも本人が清々しいスポーツマンじみた気質をしており、闘争というよりはきちんと「競争」として一線を引いている。

先ほどは一瞬だけ理性が揺らいだようではあったが、すぐに我に返った辺り、流石皇帝と褒め称えざるを得ない。よくぞ、よくぞそこで踏みとどまってくれた。ルドルフの理性には深く感謝申し上げる所存。

危うく血を見るところだった。

 

勿論のことながら、彼女がやたらめったら強いため、誰かを敵視するよりは、敵視されるケースの方が多い。

しかもカリスマ性や日ごろの行いのため、敵対意識を向けにくいルドルフに対して私は「何やってるかよくわからないトレーナー」である。とても矛先を向けやすい。

専属担当の、特に先輩トレーナーからやたらと敵視されることには慣れている。

涙が滲みそうになる。

 

さて。

例えば私が、最近デビューを控えている漆黒のステイヤーと単独契約しているトレーナーの所へ行ったとする。そして、熱が入って話し込んだりしたとする。相手は同性のトレーナーだったと仮定しよう。

そうすると、眼から青い焔を立ち昇らせたヒールもといヒーローが「えいっ」と可愛らしい掛け声とともに、背後から刃引きされた例の短剣でぶすりとやってくるだろう。

あの可愛らしくも恐ろしいステイヤーの担当は、「お兄さま」と呼ばれる特殊な性癖もとい訓練と、ある種強力な暗示を受けたトレーナーにしか出来ないと囁かれている。

 

ウマ娘がトレーナーからの影響を受けやすいというのはよく聞く。

例えば、トレーナーの事が好きすぎて趣味を寄せに来た、だとか。そういう方向ではあるが。

 

その逆も然りだ。トレーナーがウマ娘に合わせて変わっていってしまうことがある。

その最たるものが、先に挙げた「お兄さま」である。

 

本来はお互いの長所も短所も融け合って、程よいところに着地するのが最良ではあるのだが、うっかりすると「どけ!俺はお兄さまだぞ!」とか言い出す羽目になる。

確か、トレーナー就任当時はクールでウマ娘に入れ込んだりする気配が皆無にしか見えない男だったのだが。

多分あれがトレセン学園に潜む魔物にやられた奴の末路である。魔物の名は、ウマ娘と言うらしい。

 

彼は極めて優秀なトレーナーだった。

だが、君の担当がいけないのだよ。

 

 

…いや本当に君の担当なんで勝負服に刃物持ってんの?

 

 

 

 

 

 

微妙に宙ぶらりんになってしまった感はあるものの、昼過ぎに視察できた在校生はたかだか30人程度だ。

それに対し、競争バとしてトレセン学園に在校する学生数は、約2,000名。

 

「ねえねえ」

 

うち15%~20%程度の3、400名がデビューしているとして、1,500名以上からよりどりみどりである。実数は今まで把握する必要がなかったというか、ルドルフにかかりきりだったため、あまり意識してこなかったが、改めて調べるとその数の多さにめまいがする。

 

…地獄か。

 

選別を行う側も地獄だが、夢見る少女たちがそれだけの数落伍していくという現実も直視に堪えない。

 

…流石に全員を片っ端から見て回るのは無理がある。

プロファイルとして教官が抱えているデータを参照させてもらえたとしても、1500名以上のプロファイルをすべて確認するのは無茶だ。

 

「ねートレーナー」

 

毎晩徹夜しても、一人10分確認時間を取ったりすれば250時間。

一日24時間総てを当てても11日はかかる。

 

むりー。

 

こういう時、頼るべきは同僚のトレーナーか教官だ。

そしてトレーナーに関しては、先ほど述べた理由により危険なので避けたい。

ルドルフを同行させてトレーナーを訪ねていくのが筋だとは思うが、それも心苦しい。なにせ、新しくスカウトする候補を探すのに同伴させる事になるからだ。

いくらルドルフとはいえ、昨日の今日でそんなことでは心中穏やかではないだろう。

 

「ねえってば」

 

であればやはり、先ほども親切にしてくれた教官たちを訪ね、燻っている有望株を確認して回るのが良いだろう。

結局足で稼ぐことになりそうだ。

さらに、入ってきたばかりの新入生という事前情報がほとんどない子たちも精査しなければならない。

こちらは人づてにある程度の評価を拾い上げて行こうにも、そもそも事前情報として学園に存在しているのが精々、試験の結果ぐらいだ。

映像として保管されてはいるが、試験結果は基本的にトレーナーに対しては非公開情報となっている。

 

「むぅぅぅぅ」

 

何故か。

単純な話で、人生の大一番である「受験」という、彼女たちの人生の中で恐らく最も負荷の掛かるレースがそれだからだ。

 

無論、試験程度で動じない子もいるにはいるし、そういう子は勝負度胸がある。

だが、それは考慮に入れないのが方針らしい。

名門出身のウマ娘であれば、伝手や情報を多く持っているため、草レースなどでレース経験を多く積むことができるが、一方でそうではない子たちの中にダイヤの原石が紛れ込んでいては目も当てられない。

 

「なーんでボクのこと無視するかなー」

 

故に、試験結果をトレーナーが知ることは無く、そのために年4回というスパンで選抜レースが開催される、という仕組みで―――

 

「もー!トレーナーってば!!!!!」

 

突然、ぐいと身体が傾き、耳元で大音声が炸裂した。

 

「…っ⁉」

 

鼓膜が破れんばかりの大音量。

叩きつけられた大音量で、目の前に火花が散った。

そして、何かに引っ張られた勢いで、地面に急激に近づく身体。

平衡感覚は音で潰され、足に力が入らない。

あ、これは痛い奴だ、と自分の中に残された、どこか冷静な部分が呟いた。

 

 

 

何が起きた、と思うが早いか、倒れていく身体がふわりと支えられ、影が差した。

目を白黒させていると、だんだん意識の焦点が合い始める。

 

ぼんやりとしていた輪郭が鮮明になっていく。

 

ぷんすこ、と大変ご立腹な様子の人影。

額には、シンボリルドルフとよく似た流星。

整った顔立ちに、爛々と輝く瞳。

いわゆる、陽性の美少女がそこにいた。

 

トウカイテイオーが、私を横抱きにして顔を覗き込んできている。

 

「急に倒れたけど、大丈夫?」

 

急に倒れたも何も、下手人はお前だと言ってやりたい。

しかし、それを言えばこのまま手を離されかねないし、そもそも状況は非常に悪い。

 

 

 

 

 

…厄介なのに見つかった。

 

悪事千里を走る、という言葉は、悪い噂はそれだけ遠くまで届くという意味合いの言葉だが、つまるところ悪い事というのは大体が千里ぐらい向こうから全速力でこちらを目掛けて走ってくるのである。

 

はた迷惑な話だ。

 

 

 

 


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