開催の挨拶が流れたのち、しばらくして外に出た我々を迎えたのはエアグルーヴが指揮を取っている生徒会関係者たちだった。
「会長、おはようございます」
エアグルーヴを筆頭にきびきびと整列していく生徒会役員および関係者一同。
ブライアンだけは若干嫌そうな顔をしているが、あれで面倒見が良いので嫌々ながらも今日もいい仕事をしてくれることだろう。
トレーナー寮から出てこの状況というのはどうにも自分まで重役の側になったようで落ち着かないが、私自身はルドルフのおまけであるため比較的気楽な立場である。
学生ながらもきちんと統制が取れているというのはルドルフの手腕やカリスマとエアグルーヴの勤勉な生真面目さが成せる業だとは思うが、それにしたっていつ見ても制服姿の女子生徒がびしりと背筋を正して整列する姿というのは中々に異様な光景だと思う。
「おはよう、諸君。手筈は?」
「恙なく。今のところトラブルと呼べるものは出遅れて転んだ小学生のウマ娘が一人ですが、保険室に連れて行ったとの報告が上がっています」
クリップボードを手にしたエアグルーヴが書類を捲りつつ、報告していく。
「転倒の理由は?」
「報告によれば、保護者と逸れてしまい動揺しているところで小さな段差に足を引っ掛けてしまったようです」
「それは仕方がないな。保護者へはアナウンスを早急に入れておいてくれ」
これは人が集まってくる以上、仕方のない事故ではある。
昨年は年配の方がはりきりすぎて第0Rで疾走した挙句に膝を痛めて転倒し、さらに後続が足を引っ掛けて転倒するという人災も起きているので多少神経質になっているようにも思えるが、どう対策を取ったとしても何かしらの事故は起きてしまうのだ。
労災事故のようなものだ。どれほど注意喚起をしても、対策を取っても事故は起きてしまう。
例えばウマ娘が掛かってトレーナーが失踪するとか。
その後2、3の連絡事項や確認を済ませると、彼らは三々五々に散って行った。
靡く髪と尾を眺めながら、ぼんやりと思う。
こういう時、私の出る幕は基本的にない。
トレーナーである私はルドルフの競技者としてのマネジメントに対しては責任を負う立場だが、生徒会運営に係る秘書業務までは責任の範囲ではない。
……などと嘯いてはいるものの、彼女のファンサービス活動に支障を来たす可能性がある以上は先程の報告も含め頭に叩き込んでいるのだが。
こういう事にリソースを割けるのも、果たしてあとどれほどだろうか。
何処となく寂しさを感じていると、手が差し出された。
「さぁ行こう、トレーナー君」
薄く微笑んで差し出された手。
「うん」
頷いて、手を取って。
積み重ねてきたものの重みだとか。
積み上げてきた実績だとか。
そういうことを感じさせない、この手が私は好きだった。
この手に引かれて、随分と遠くまで連れてきてもらったと思う。
足を止めることも、振り返る余裕さえないまま、引かれる手が離れないように必死で走ってきた。
「ねえ、ルドルフ」
なぜ声をかけたのか自分でも分からないままに、手を引くルドルフに声を掛けた。
「なんだい、トレーナー君?」
振り返ったルドルフは、どこかいつもより楽しそうで。
私は。
「ということで、今回のエキシビジョンマッチの件についてお話をお伺いしたいのですが!」
パーソナルスペースを踏み越え、ぬるりと懐に入り込むように。
突如として現れたのは、例のトンチキ記者だった。
ルドルフの脇をするりと抜けてこちらにレコーダーを突きつけたその動きは妙に洗練されていて、不思議な程に自然に入り込んでくる。
本来であれば止めたいところなのだろうが、ルドルフの手は微妙に空を切った。
ヒトが相手となると若干難しいところがあるのだ。特にこういう場合は怪我をさせてしまいやすい。
思わず力が入った、で簡単に肩の骨が砕けたりするのだ、人間という生き物は。
「……どういうことですか?」
思わず目を白黒させていると、焦れたように捲し立て出した。
「急遽エキシビジョンマッチを開催されると聞いて、居てもたっても居られなくてですね!」
「そうではなく」
いや、乙名史記者のことだから、言葉の通りでしかないだろうとは思うものの。
「月刊トゥインクルの編集部一同皆びっくりしましたよ!あの皇帝が久しぶりにエキシビジョンマッチに参加!しかも主催で!『皇帝』の後継たる『帝王』への帝位継承か?などと巷では騒がれていますよ!」
鼻息荒くぐいぐいと詰めてくる乙名史記者。
奇しくもテイオーの名が余計な推測を産んでいるようで頭が痛い。
「……なるほど。学園側からのリークか?」
つい一昨日に決まった小規模な模擬レースの話が、尾鰭と背鰭が付けられて飛んでいったらしい。
ルドルフは笑みを引っ込めて納得したような顔で頷いているが、そういう可能性があるのであれば先に言っておいて欲しかった。
お願いだからおかしなところには着弾しないでいただきたいと切に祈る。
しかしこの情報の速さ、事前に確認した限り、インタビューの予定は入れていなかったはずだが……今ちらりと端末を確認したところ、駿川さんから差し込みを食らっていた。
ちゃっかりとメッセージも何通か送られてきていたが、朝の打ち合わせの際に何も言っていなかったあたり、恐らくは意図的にやっている。
こういうところで仕返ししてくるあたり、駿川さんも変わっていない。
取材許可を出したのは2社か。
月刊トゥインクルの乙名史記者は別件でイベントに関わる予定があった。そのついでに許可を出したな、これは。
もう一社は……うわ。
「っと、乙名史はん酷いやん酷いやないですか。待ち合わせして行こ言うたのにボクを置いてかんといてくださいよー」
へらり、と笑いながら割り込んできたのは、関西を中心に活動しているこちらも厄介な記者だった。
軽薄そうな見た目や言動の割に、相当なやり手。自称「三流記者」。
私の身の回りではあまりいないタイプということや、過去のあれこれもあって苦手意識が強い相手だった。
一度縁が出来てしまって以来、時折ジャパンカップの際にやってくる海外のゲストの通訳をしてもらったりと何かと付き合いのある相手ではあるが、厄介に過ぎる。
あと記事の見出しにセンスがない。
「……ご無沙汰してます、藤井泉助さん」
「お久しゅう!」
からり、と快活な笑みを浮かべる藤井記者。
若干口許が引き攣っているのは、朝一で取材を突っ込まれたルドルフの機嫌が若干傾いてきているからだろうか。
「……うわ」
「流石にアンタ失礼ちゃいます……?」
思わず呟いた一言に耳敏く反応した藤井記者は、呆れたように笑っていた。
年度末許すまじーーー