「釈然とせえへん」
先ほどからタマモクロスの顔色が優れない。
ルドルフたちを見送った後、彼女に袖を引かれるままに屋台の立ち並ぶエリアまでやってきて。
勢い込んで買ったたこ焼きを頬張ってからというものの、この調子である。
爪楊枝に刺したたこ焼きを矯めつ眇めつしては「解せぬ」とばかりに首を捻っている。
「いまいちだったの?」
とりあえず目についたたこ焼きの屋台で買ったものだが、どうにもお気に召さなかったらしい。
「あー。……不味いんとちゃうんや。不味いんとは。これはこれでウマいっちゅーのは解っとる」
奢られておいて不味い、と言うには抵抗があったのか、わたわたとパックを持っていない方の手をばたつかせるが、そこまでだろうか。
「んー……せや、一個食うてみ」
「いいの?」
爪楊枝を受け取ろうとした矢先、「ほれ」とたこ焼きが突き出された。
突き出された爪楊枝の先には、ソースやら何やら振りかけられた、たこ焼き。
「あの……」
流石にそれは、と断ろうとして。
「とりあえずひとつ食うてみや」
「……どれ」
あまりにも真面目な顔をしてたこ焼きを突き出すものだから、気圧されるように。
腰を屈めて、たこ焼きをぱくりと口にする。
カリ、と歯ごたえの良い外側の感触を楽しむか楽しまないか、という矢先。
やってしまった、という後悔が。
「っつ!」
じゅ、と口内の粘膜が灼かれるような熱さに、思わず天を仰ぐ。
「あっ、しもた。ちゃんとフーフーせんと熱いで?」
タマモクロスが何事か言っているが、正直それどころではなく熱い。
「っはぁ、熱かった……」
「あー、なんやすまんな。水飲んどき」
「ありがとう」
差し出されるペットボトルの水が、素直にありがたかった。
軽く火傷した口内には、温くなった水でさえ心地よい。
「……あ、すまない。後で水は買って返すよ」
「ええで水ぐらい。大体それ、寮で汲んだ水道水やで?」
「水道水詰めてるのか……?」
「水は水や。ミネラルウォーターだのわざわざ飲まんでもええやろ。塩素の匂いもまー悪いモンやないで。……ほんで、どうだった?」
「どうと言われても。お祭りのたこ焼き、という感想だけど……」
お祭りにしては、ちょうど焼き立てを買ってしまったらしく表面の温度に騙されてひどい目にあったが。
「ちゃうねん」
「……何が?」
「生地にダシが入っとらんのや!」
「あぁ、地域差……」
にわかに語気を荒げたタマモクロスに、思わず周囲を見渡してしまう。
屋台からはもう離れた位置にいることを確認すると、思わずため息をついてしまう。
「まぁこれはこれでウマいんやけどな……」
そう言いながら口にたこ焼きを放り込んでいくタマモクロス。
しかし、確かに関西出身の同僚も同じようなことを時折零しているし、そこまで違うものなのだろうか。
「大阪のタコ焼き、ねえ」
ルドルフとはレースの遠征や視察で関西に行ったことはあるが、そう言ったことに注目して食事を取っていなかったかと思い出す。
そういえばルドルフはあれで案外精力的に食べてはせっせと土産物を購入していたな。
昔はやたらと現地感のある……いや、現地感以外は何も伝わらない類のキーホルダーなどを買おうとしては私が止めていた。
何故どこに行ってもあるんだ、剣に龍だのガラス玉だのが嵌ったキーホルダー。
「せや。アンタ今度ちょい付き合ってや。ウチが本場のタコ焼きご馳走したるで!」
「いや、それはありがたいけど……たこ焼き器ってやっぱり一家に一台あるの?」
「流石に一家に一台はないんちゃうかな。うちにはあるけど」
「大阪の人、誰に聞いてもそう言うから要は普及率100%なんだろうな……」
「まま、そんなことはええやろ。アンタには世話になっとるし。ほい、もう一個ええで」
本末転倒なような気もするが、こういうのは言わぬが花。
今朝は朝食を抜いていたので、ありがたく突き出されたたこ焼きを口に放り込んだ。
にかり、と楽しそうなタマモクロスの笑顔が、妙に眩しく見えた。
しばらく経って。
「そういやアンタ、今日のレースどないすんのや?」
焼きそばを箸でつつきながら、急拵えのテーブルに肘を付いたタマモクロスが口を開いた。
「食い倒れツアーや!」と意気込んでいた割には、買い与えるたびに微妙に不安そうな顔になっていくタマモクロスがついに「いやいやいやこんなに沢山食えへんて!」と音を上げた結果、腰を落ち着けて処理に専念するために休憩スペースに腰を落ち着けたと言う次第である。
感謝祭の期間だけ設置される休憩スペースの、急拵えの机の上には今まさに彼女がつついている焼きそばに始まり、綿飴やチョコバナナ、クレープ、ベビーカステラなど定番が置かれている。
もっと欲張っても良いかとは思うのだが。
机に並ぶそれらを眺めていても、種類自体は多いが量としてはさほどでもない。
先ほどから気を使ってか、「食べきれへんから」と言ってはちょこちょこ私にも差し出してくるので、結果として半分程度の量になっているのも一因だが。
食事といえば、同室のオグリキャップの存在が……まあ、あの調子なので、比較的に隣にいることの多いタマモクロスは少食と見られやすい。
と、最初は思っていたのだが、実際に接していると単純に食が細いのだ。
洒落にならない量を平気で食べる子の多いウマ娘にしては、実に経済的ではある。
とはいえ、身体の小ささはそうした食生活も影響しているのだろう。
どこかで一度、食事について相談でも……。
「聞いとるか?」
現実に急速に引き戻される感覚。
何か聞かれたような気がしたが、思考に没頭してしまっていたらしい。
「……ああ、ごめん。なんだっけ?」
「今日のレースや、レース。アンタ、どないすんのや?」
「どうする、と言われても」
文字通り、どうもこうもないのだが。
突発的に始まったレースで、そこまで考えが回っていないだけかもしれないが、何のことを指して言っているのかが判然とせず、思わず首を傾げてしまう。
「アンタ、今回は誰の味方するん、っちゅー話や」
「誰の……って」
何を今更。
今回はエキシビジョンとはいえ、ルドルフとテイオーが出走するのだ。
彼女たちの応援に回るに決まっている。
「ほーん……ま、ど鈍いアンタらしいわな」
片肘をついて、頬に手を当てて。
気怠そうな、アンニュイな雰囲気でそんな事を言われてしまったが、そんなことを真っ向から言われると言うのは随分久しぶりな事だった。
とはいえ、一体何を指して鈍いと言われているのかがわからない。
「いきなり呆れたような目を向けられても困るんだけど」
「まだまだっちゅー事やな。……お、始まったんちゃうか、これ」
にしし、機嫌良さそうに笑うタマモクロスに何か不穏なものを感じていると、彼女の耳がピンと立ち、音のした方へ向けられた。
彼女の耳が向けられた先は、野外に取り付けられた放送用のスピーカー。
休憩スペースの各所には、中継用のディスプレイとスピーカーが設置されているのだ。
音の出どころは、そこか。
『あ、これもう音声入ってますね。それでは、トークセッションの方はじめさせていただきたいと思いますね!』
乙名史記者の声が、スピーカーから聞こえてきていた。
ずきり、とこめかみの辺りを痛みが襲う。
最近、虫の知らせ、とでも言うのだろうか。
頭痛がしてきたあたりで、何か珍妙な目に遭わされている気がするのだ。
この既視感。どこか、で……。
そして。
□
『ルナちゅーぶ!』
スピーカーから恐ろしいほどの元気さで持って、常とは違う声色で放たれた「よく知っている人物の声」が耳に叩きつけられて。
私は思わず、強かに机に頭を叩きつけることとなった。