『るなチューブ‼︎』
休憩所のスピーカーから放たれたその聞き覚えがありすぎる声に、私は思わず額を机に叩きつける羽目となった。
夢であれ、と。
「ちょちょちょ、大丈夫かアンタ!?」
がたがたと椅子を揺らし、タマモクロスが身を乗り出して来る。
「大……丈夫。ちょっと現実を直視したくないだけだから」
額が鈍い痛みを訴えている。
嫌な予感の正体は、これだったか。
「全く大丈夫には見えへんが」
ゆっくりと、直視したくない現実に向き合うべく頭を上げていく。
ひりひりと額が痛むが、それ以上にまずい事態が今現在進行形で起きていた。
先程の感じからすると、休憩所はおろか校内放送の類も一斉にトークショーに切り替わっているものと見ていいだろう。
休憩所には、ご丁寧に休憩しながらでも各所の出し物などを見ることができるようにスクリーンが設置されている。
そこには、よく見知っ……え?見知ってはいるが満面の笑みを浮かべているところなど最近見ることの減っていたルドルフと、先程同行していった記者二人が映っている。
ルドルフと乙名史記者はともかく、何故藤井記者まで混入しているのか。
『それでは昼時のトークショーを始めさせていただきます! MCを努めさせていただきます月刊トゥインクルの乙名史です』
『シンボリルドルフです。よろしくお願いします』
『あの、さっきのコールは一体なんやったんです? ……あ、記者の藤井いいます。よろしゅう』
先程から邪気のない満面の笑みを浮かべっぱなしのルドルフはその質問には答えない。
一方、画面脇のコメント欄が次々にスライドしていく。
<おー始まった>
<公式でバ券投げていいんですか、やったー!>
今回はどうやらリアルタイム配信となっているらしい。
普段のルドルフであれば全く心配せずに済むところだが、今の彼女はおそらくアレだ。
たまに退行するアレだ。物理的に等身が縮んでいるような気もするが、きっとあれはバーチャルウマチューバーというやつだ。
「……ルドルフ縮んどらん?」
「私は何も見ていない」
「さよか……」
比較的正気を保てているらしいタマモクロスに若干気の毒そうな目を向けられながらも、容赦無く配信は進行していく。
チーム対抗綱引き大会のハイライトや、推しウマ娘に全力で追いかけられる逃亡ゲームのハイライトなど、午前の見どころが次々に映し出され、ゆるいコメントを三人が行っていく。
その間もコメント欄は異常なまでに高速でスライドしていき、現場で参加できなかったファンの悲喜交々が繰り広げられていた。
そして。
その時がやってきた。
いや、やってきてしまった。
『さてそれでは次のコーナーですね。生配信といえばこのコーナーですね』
『もうちょい名前捻るとかあったんとちゃいます?』
『この構成決めたのシンボリルドルフさんだそうですよ』
『会心の出来と思ったのだが……さすが関西の方だ。厳しいな』
『すんませんでした……では、どぞ』
例の記者二人が軽妙というか軽いやりとりを行う中、徐にカメラがルドルフを大きく映し出す。
大きく息を吸って、そして。
『「教室で今日質問するよ!」のコーナー!』
滑っていた。
『はい、ちゅーわけで、お馴染みコメント返しのコーナーやな』
『このコーナーではシンボリルドルフさんが「なんでも質問に答える」コーナーとなっています』
『うむ。大抵の事は私が「えいっ」と答えるぞ』
『……ちゅーても同接数がごっつい数なっとるから、全部っちゅーわけにはいかんけどな』
『それでは早速行ってみましょう!』
<大人になったらどんなことがしたいですか?(カアルさん)>
『お嫁さんになりたいですね』
『いきなりぶち込んできおった……』
<トレーナーの初めての相手はたづなさんだと思うのですが、トウカイテイオーさんとお互いに牽制しあっていたら過去から来た女性についてどう思いますか(ウミネコさん)>
『は?』
『ウミネコさんは今すぐ逃げてや』
<たづなさんの種族とトレーナーとの馴れ初めはご存知?今のうちから卒業後を見据えてトレーナーだとか事務の勉強を始めないと逃げ切られて差せないのでは?(名無しさん)>
『大丈夫です。ゆくゆくはURAに就職を目指していますので』
『卒業後はぜひうちに、とスカウトされていると噂で伺いましたが』
『気が早いとは思いますが、ありがたいことですね』
<トレーナーの両親はルドルフの事を、ルドルフ両親はトレーナーの事をどう思っているのでしょうか?(信繁さん)>
『ご両親から私がどう思われているかは存じ上げませんが、私の両親はもうトレーナー君を家族の一員として扱ってくれていますよ』
『こわっ……あのトレーナー苦労しとるんやな』
『ウマ娘よくある、ですよね。ウマ娘のご両親の理解が異常に早いの』
<一週間くらいトレーナー独占自由権を得たら何がしたいですか?(ウッーウッーウマウマ(゚∀゚)さん)>
『1週間か……1週間ならハネムーンではないかな?』
『結婚がすでに済んでる前提になってらっしゃいますねー』
<トレーナーさんとの新婚旅行先はどこに行きたいですか?(ひらこばさん)>
『世界のレース場を巡る旅とかどうだろう』
『視察になってまうんとちゃいます?』
<結婚式はいつですか? また、どのような方式で、挙げたいですか?(猫狩りの子さん)>
『トレーナー君が望むのであれば今すぐにでも』
『掛かっとりますなー』
<家族は何人位が理想ですか?また、いつ頃等の予定はありますか?(ゲート難さん)>
『子沢山に憧れますね。698人ぐらい』
『一息つけるといいのですけど』
<最近愛しのトレーナー殿を狙う対抗バが増えてきてさぞお悩みのことかと存じます。今後トレーナー殿を奪われないようにどのように対抗バたちを牽制するおつもりでしょうか?(タケノコさん)>
『制度の壁が取り払われてしまった以上、実力で黙らせるしかないと思いますね』
『急に目が鋭く……』
<自分だけが知ってる(と思われる)トレーナーに関する秘密があれば是非聞きたい(リュウ@(ryさん)>
『話しちゃったら私だけの秘密じゃなくなっちゃうじゃないですか!……えーと、実はホラー映画が苦手で真顔のまますごくびっくりします』
『え、あの鉄面皮が?意外やなあ』
<ルドルフさんは駄洒落を嗜むそうですが、ルドルフさんとトレーナーさん、それぞれが1番ウマいと思った駄洒落を教えてください!(時雨boyさん)>
『ふむ……トレーナー君はあまり冗談を言わないが、以前ゴールドシップの奇行を見て呟いた。「ゴールドシップは
「どうして」
ディスプレイを前に膝から崩れ落ちる。
ルドルフの痴態どころか私の醜態さえも赤裸々に暴露されていく。
しかも話し相手は例の記者二人だ。後日ネタにされるのは確実である。
「はいはい、ウチも
ぽんぽん、と慰めるようにタマモクロスが肩を叩いてくる。
「何気ない呟きをさも滑ったギャグのように取り扱うのはメディアにおける発言の悪意ある切り抜きに近しいものがあると思うんだけど」
「……アンタ、ギャグよりもこんなことで取り上げられた今が一番おもろいってどう言うことやねん」
「やめて」
『ふむ』
『もっとルドルフのしっとりを見たいです!!』
まずい、もう嫌な予感がしている。
『しっとり……ふむ。シットリルドルフ……ふふっ』
「もうやめて」
「追い討ちえげつないなー」
そして、惨劇の幕は開く。
<もしできればタマモクロスさん。トレーナーさんにチーム入ってくれる?って言われたら入りますか?(HNO₃+3 HClさん)>
『……ふむ。私以外への質問か……』
『いっそ通話繋いじゃいます?』
「え、ちょ。ウチに飛び火させんなや!ぎゃあ掛かってきおった!」
「ご愁傷様」
「これ確実にアンタのせいやろが!……もしもし」
通話を取るタマモクロス。
ご丁寧にテレビ電話機能で掛けてきたおかげで、タマモクロスの嫌そうな顔がディスプレイに映っている。
『見てたよね?』
『見とったけどルドルフおどれいきなりすぎやろ』
『で?』
『誘われたらまあ入るやろな。そもそもチーム率いるようなトレーナーに勧誘されたの断るとかなかなかできへんのとちゃうか?』
『ふーん……』
『もうええか?切るで?』
通話を切って、タマモクロスは深くため息をついた。
「感謝祭やし何かあるかもなーと思うとったらコレや」
「巻き込んで申し訳ない」
「いやー今日最大の被害者アンタやろ、どう考えても。ほれ」
そう言って彼女が親指で指したディスプレイの向こうでは、調子づいたのか次々に方々へ連絡を繋いではルドルフが質問を豪速球で投げている。
<リギルに所属されている、されていた事のある方へ。ルドルフのトレーナーさんについて公私共にどう思います? 最低あと1枠は専属予定ですが、挑戦いかが?(名無し加湿器さん)>
『だって。早く答えてビゼンニシキ』
『あんたいきなりすぎない⁉︎ いや見てたけど! えーと、公私ともに『頼れる人』って感じですね。本当は私のトレーナーになって欲しかったんですけどねー……もう引退しちゃったし』
『やーいやーい』
『ぶちのめしますよ⁉︎』
<ビゼンニシキさん、トレーナーさんとのマル秘エピソードを教えてください!(ぶつかりルドルフさん)>
『次』
『……えーと、勢いでほっぺにちゅーしたことが(ぶつっ)』
『……彼女はどうやら疲れているようですね』
『目がマジや……』
<シンボリルドルフ、トウカイテイオーのお二人はトレーナーの一日の行動把握してたりする?
(カイネさん)>
『テイオー、今時間いいかな?』
『もっちろん。ボクも見てたよー。カイチョーなんかテンションおかしくない?』
『というわけで質問が来てるんだが』
『あー、うん。大体把握してるよー。カイチョーほど詳しくはないけど』
『そこは一日の長、というやつかな。私はほぼ把握してるが』
『うわあすごいドヤ顔……』
<トウカイテイオーとアグネスタキオンのお二人へ。トレーナーが会長に膝枕されながら一夜を共にしたらどうしますか?(ココアミーゴさん)>
『……』
『カイチョーほんと相性悪いよね……』
『致し方あるまい……』
凄まじく嫌そうな顔をしながら、今度はアグネスタキオンを呼び出すルドルフ。
いよいよ完全にキャラが崩れて行っているが、コレは本当に大丈夫なのだろうか。
『まさか私宛に質問してくる物好きがいるとはねぇ』
『で?』
『膝枕をされながら、ということは一線は超えていない、ということだしねえ。あまり目くじらを立てても仕方がないと思うけれど』
『流石にカイチョーでもそんなことあったらちょっとズルいと思う!足痺れて大変だろうし交代制にするべきだよ!』
<そこにいるみなさん、恋のライバルとしてお互いにお互いをどう認識している?(キリサXさん)>
『不倶戴天の敵だな』
『乗り越えるべき壁だね!』
『取り除くべき難題、と言えるねえ』
『『『…………』』』
『これボクら巻き込まれてたら死ぬんとちゃいます?』
『オンライン参加で助かりましたね』
<そこにいる担当外のウマ娘さんと学園関係者の人はシンボリルドルフトレーナーに対して感情や言葉を贈る場合、どの様な内容にしますか?(バディ&フロイラインさん)>
『学園関係者の方っちゅーと誰がええんやろ?』
『参上っ!様子を見に来たらちょうど良さそうだったので参加させてもらおう!』
『りりり理事長さん⁉︎』
『感謝っ! シンボリルドルフのトレーナーにはトゥインクルシリーズを牽引する逸材を育て、支えるという大役を新任の頃から勤め上げているからな。私からは感謝を!』
『ふぅン………担当外、というと私になるのかな。そうだねえ。私からは「ありがとう」になるのかな』
『……意外だな』
『そうかい? 君のところのトレーナーくんが私の足を走れるようにしてしまったからねえ。お礼はきちんと伝えるべきだろう?』
<サムライという者ですが、理事長に質問です。散々、ブラックだブラックだと言われているトレセン学園ですが、トレーナーとウマ娘の対比はどうなってるんでしょうか>
『心外ッ!! ……比率としては10〜20:1程度だな』
『よぉ考えるととんでもない比率ですよねコレ』
『ライセンスの難易度もさることながら、福利厚生をどれほど手厚くしても退職者がな……おっと、次の予定があったな。では私はこれで失礼する!』
<トレーナー君(皇帝の担当)に懸想する各ウマ娘様方、貴方がトレーナー君に墜とされた決定的な瞬間をお聞きしたい(さしろんさん)>
『ほう。私は……雨の中の慟哭を耳にしてからだな』
『え、なにそれ? ボクは……うん。「それが君の名前だ」かな』
『記憶にないねえ』
『それは気がついた時にはもうというやつか?うん?』
『今日すごく面倒くさくなってないかい、会長』
<テイオーさんはトレーナーを諦めるには何が必要ですか?(ゲート難さん)>
『諦める必要、ある?』
<ナリタブライアンさん、生徒会の最後の良心として(会長を)御していく自身はありますか?(ゲート難さん)>
『……おや、今度はブライアン宛だな』
『私を巻き込むな。こんなものは無理に決まっているだろう』
<マンハッタンカフェさん、珈琲仲間であるシンボリルドルフのトレーナーさんが自分のトレーナーになってくれたらいいなと思ったことはありますか?(Boss・ジョーンズさん)>
『だんだん無作為になってきたみたいだね?』
『ふぅン……では私から掛けてみようかねぇ』
『………………なんですか、タキオンさん』
『いくら君でも、見ているだろう?質問が来ているよ』
『……趣味が合う方は歓迎です』
『カフェも素直じゃないねえ』
<メジロマックイーンさんのおたんこにんじんっぷりが酷すぎませんか?これはもうトレーナーさんに付いてもらって汚名返上・名誉挽回するべきでは?(ゲルググさん)>
『なんでわたくしこんな扱いされてますの⁉︎ そもそもあのトレーナーさんはわたくしのライバルですわよ!』
……凄まじく混沌としてきた。
もはや活発を通り越して混沌としてきたコメント欄を眺めながらこの絶望的状況に浸っていると、一つのコメントが目に飛び込んできた。
<ウマ娘の皆さんとの話もすごく面白いんだけど、トレーナーの人にも質問してみたい>
<確かにトレーナーに質問する機会ってないな>
<誰かトレーナー宛の質問とか投げてみてよ>
<シンボリルドルフがここにいるんだから、多分近くにいるんでしょ?>
まずい。
どうにもまずい方向にコメント欄が盛り上がり始めている。
嫌な予感が、頭をぎりぎりと締め付けるように頭痛を齎していた。
タマモクロスは、もはや諦めたような顔でチョコバナナを齧っていた。