トレセン学園は今日も重バ場です   作:しゃちくらげ

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風前之灯

 

 

 

 

 

過去にあった痛ましい事件。

それも初めて担当したウマ娘にして無敗の七冠バの初ライブに立ち会えなかった、という話をすると、タマモクロスは神妙な顔をして呟いた。

 

「いや、そうはならんやろ」

「なってるんだけど」

「いやおかしいやろ……うーん。まぁええわ。ほなウチは行くけど、アンタほんま気ぃつけや?」

 

ぶつくさと言いつつも、理由に納得はしたらしい。

とはいえ、妙に心配そうな顔をして何度も振り返りながら彼女は去っていった。

 

そこまで心配しなくても、とは思うが実際に生死の境を彷徨う羽目になったので、何一つ抗弁ができない。

 

願わくばテイオーは手加減してくれますように。

担当に轢かれての殉職は謹んで辞退したいと思う。

 

 

 

 

タマモクロスに説明するのに少々時間を食ってしまった。

既に件のライブ配信も終わったようで、先ほどから携帯端末にちょくちょく着信が入っている。

 

取るのが怖い。

しかしつい先日、大量の着信と充電切れにより厄介な事態を招いたばかりでもある。

ここで放置するという選択は取れなかった。

 

相手を確認するまでもなく、ルドルフからだった。

 

「……はい」

『トレーナー君、今どこに居るんだい?』

 

珍しく被せ気味になっている。

余程気が急いているのか、掛かっているのか。

 

「屋台エリアの辺りだよ」

『手近な屋台は?』

「ええと……りんご飴の屋台かな。あとヨーヨー」

『承知した。そこから動かないでくれ』

 

端的に必要な事だけを聞かれると、すぐに通話が切れた。

どうやら迎えに来るらしい、ということだけはよく理解できた。

 

とはいえ、流石にこの混雑の中、往来で突っ立っている訳にもいかないので、通行の邪魔にならないよう隅へと移動する。

と言っても、特に休めるようなスペースはなく、ただ人の流れから外れたというだけ。

こういう時は大抵、隅に寄っていればルドルフが見つけてくれるので、多少の移動は許して欲しい。

 

 

 

屋台エリアは学園内の通り沿いに展開されている。

立ち並ぶ屋台によって隠れがちになっているが、あくまで学園内のため、元々設置されているベンチなどはそのままだ。

来場者たちはこうした学園に元々設置されている設備に気づかないのか、あまり利用しない。

まあ、入場案内にも指定の休憩エリアを利用するようアナウンスがされているので当然とも言えるが。

感謝祭期間は、簡易的に机や椅子が並べられた休憩エリアが複数設けられており、基本的にはそちらを利用するようになっている。

 

ゆえに、案外こうした日頃から使っている設備は、人でごった返していても穴場だったりするのだ。

 

背負っていた耐衝撃プロテクターを隣に放り出し、一息吐く。

クッション性の高いプロテクターは信頼の置ける……と評判の騎動隊御用達の素材がふんだんに使用された品らしいが、今のところ活躍した試しはない。

この妙に重たいベストがどれほど役に立つのかは未知数だが、また病院送りにされるのも困るので、念のために持ってきたのだが、兎にも角にもこんなものを背負っていては肩が凝ってならない。

 

肩凝りは困ったものではあるが、かと言って自分で揉んだところで高が知れている。

ため息を一つ。

鞄から手帳を取り出し、ぱらぱらと捲っていく。

びっしりと日々のトレーニングメニューや気づいた点が走り書きで記された手帳は、すでに半分ほどが使いこまれて厚さを増していた。

携帯端末で大抵のことは管理出来るくせに、今だに手帳を使っているのは何故だろうか。

 

今日の日付でページを手繰る指を止めた。

書き込まれたスケジュールをひとつずつ、指でなぞり追って行く。

相当に予定外の出来事も多かったが、ひとまずのところ午前中の予定はほぼ消化できていた。

 

一方、大きく記載されていた筈の『巡回デート』の二文字が全く消化出来ていないことが目下の問題として重く圧しかかってくる。

あの記者たちに捕捉されるまでの短時間しか巡回など出来ていないのである。

トラブルによって対応にかかりきりになることはこれまでも何度かあったが、今回は少々事情も異なる。

 

大荒れになりそうな雰囲気だった。

 

このままだとルドルフが盛大に臍を曲げることになるのは確実なのだが、しかしこの後に待っているのはエキシビジョンレースだ。

行ってすぐにレースが出来る訳もなく、きちんと準備をしなければならない。

 

携帯端末の画面をちらと見れば、表示された時間は十二時五十分。

思いのほか次のスケジュールまでの猶予が無い。

ルドルフと合流して、すぐに会場入りとなってしまうだろう。

流石にGⅠレースではないため勝負服の用意はないが、それでも蹄鉄の確認、ウォームアップ等、諸々の準備が要る。

平時に行われる並走や模擬レースとは異なり、今日のそれは一般公開されるものだ。

当たり前だが、余計に適当なことはできない。

 

ぶるり、と端末が震え、メッセージの通知が画面にポップアップした。

 

『会場着いたよ!トレーナーどこー?』

 

テイオーはもう着いているらしい。

ルドルフと合流してから向かう旨伝えると、多少不服げなレスポンスが付いた。

多少の緊張は感じているらしい。

 

今回は、特にテイオーにとっては「公の場」での初めてのレースになる。

彼女の気質を考えるに、観客に物怖じするどころか高いパフォーマンスを発揮してくれるとの期待はあるが、それでも私が付いて初めてのレース。

ここでの勝敗が彼女のキャリアに影を落とすことは当然無いが、勝利を目指さない理由にもならないし、十分なケアが必要であることは間違いない。

 

できる事はやっておきたい。

 

『今回は誰の味方なのか』

 

タマモクロスに言われた言葉が、脳裏から離れない。

これまでなら当然、答えなど決まっていた。

今はどうか。当たり前だが、担当を応援するのは間違いない。

 

では何故、答えに詰まったのか。

 

今考えても、きっと答えは出ない。

頭を振って、携帯端末に突っ込んだデータシートを再度確認しようとして。

 

ざり。

砂を踏むような音が何故か背後から聞こえた。

 

ルドルフにしては随分早いな、と振り返ろうとしてーーー。

 

 

 

 

 

瞬間、視界が真っ暗になった。

 

「騒ぐな。声を出すな。両手を上げろ」

 

「むぐっ」

 

同時に耳元で囁かれた、警告の声。

何かが被せられたのか、声がくぐもって聞こえる。

ただ分かるのは、若い女性の声だということ。

 

腕を捕まれ、そのまま後ろ手に拘束された。

テープか何かを巻かれたらしい。腕が動かない。

 

腰の辺りに腕を回され、そのままぐいと身体が引き上げられる。

見えない状態で恐ろしいことこの上ないが、過去にもこういう事があった。

どうやら担ぎ上げられたらしい。

 

やばいのに捕まった、ということだけは、何も見えなくても実によく理解できた。

 

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