トレセン学園は今日も重バ場です   作:しゃちくらげ

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不知不識

 

 

 

暗い。

 

被せられた袋のせいでちらりとも光が入ってこないし、音もくぐもってよく聞こえない。

音まで聞こえないというのは余程である。わざわざ遮音性の高い布でも使ったのかと疑いたいところではあるが、確かに騒げば聞こえてしまうため、そういった素材を使おうとするのも分からないでもない。

その場合はテープ等で口を塞がれそうな気もするが。

 

今のところ分かっていることは、とりあえずのところ窒息の危険性だけはなさそうだ、ということだけである。

 

腕は後ろ手に拘束されているし、今現在そんな状態で担ぎ上げられているようなので、笑ってしまうほど身体の自由が効かない。

 

似たようなことは過去にもあった。

あれはゴールドシップに無人島に拉致された時だったか。

一体何が彼女の琴線に触れたのかは一向に不明なままだったが、一度接触を持って以来一番トレーナー生命の危機を感じたのがその時だった。

 

つい先ほどまでは無事、何事もなくと言うと嘘になってしまうかもしれないが、ともかくトレーナー業を続けてこられたのだから、私は運がいい方だと思う。

その運がここで尽きるのか、それとも。

 

 

視界が完全に閉ざされてしまっているため、あまり身体感覚が機能してくれていない。

音も怪しいので、今自分がどう言った状況に置かれているのかもさっぱり分からない。

 

しかし先ほどから身体が時折床に横たえられたり、ひょいと拾われたりと忙しない。

人質の輸送というのは思った以上に手荒な物なのかもしれない。

人質、というぐらいなのでもう少し丁重に扱って欲しいとは思う。

 

そんなしょうもないことに思考を割ける程には、余裕があった。

余裕、というと語弊があるかもしれない。

物理的な危害が加えられることなく、ただ何処かへと運ばれているらしいという事しか分からず、過去に一度似たような真似をされたおかげでパニックに陥らずに済んでしまっているのだ。パニックを起こしていないだけで思考が明後日の方向で空回りしているような気もしているが。

 

とはいえ、どのみちルドルフがすぐに気づくだろう。

なにせ合流する直前だったのだ。彼女であれば、何かしらの痕跡を見つけてくれる。

生徒会の肩書きもあるので、周辺への聴取もしやすいだろう。

そう言った意味では安心して良いのかもしれないが、不安要素もある。

 

ポケットに入れていた携帯端末が抜き取られている。

GPSなどですぐに場所を割り出されてしまうため、誘拐犯からすれば捨てるなり破壊するなりしたいところだろうし、仕方がないことではあるが。

 

そしてそれを私を捕縛してすぐに行った、ということはウマ娘の生態についてある程度知っている者なのではないか、と考えられる。

何せトレーナーというのは大抵何らかの手段で監視されがちなのだから。

 

他に居場所を発信できるものが入っていたはずのバッグは取られてしまったか、あるいはベンチに置いてきぼりだろう。

体から離してしまっていたので、仕方がないか。

 

色々と外に出したくない情報なども詰まっているが、ルドルフとテイオーの情報に関してはセキュリティの強固なクラウドに保管されているため、そこまで不安視はしていない。

学園生のデータを扱う以上、下手に紛失の恐れのある端末に直に入れるようなことはしないのが鉄則なのだ。

流出した際に被る被害が大きすぎる。

 

学園側からの譴責は当然の事ながら、過去には「私のデータが丸裸にされてお嫁にいけないので責任を取ってください」と明後日の方向で被害を被ったトレーナーが居た。

 

余計なセキュリティリスクとマリッジリスクは負うべきではない。

 

 

 

また輸送担当が変わったらしい。

冷たい床に降ろされ、そしてしばらくして拾われる。

 

もはや心境は玩具か何かだ。

彼女たちからすれば私程度の重量は相当に軽く感じるだろうし、ついでに言えばトレーナーの人権も軽い。

何一つ嬉しいことではないが。

 

それにしても、随分と長いこと運ばれるものだ。

一体どこまで連れて行こうというのか。

 

船のような揺れはないので、再び無人島という事は無いだろうが……。

代わりに、時折何かびりびりとお腹の底に響くような振動を感じる。

車にでも乗せられたか?

しかしそろそろ縛られた腕もひりひりと痛み出したし、担がれている時間が長いせいでお腹と腰が痛くなってきた。

 

一体何が起きているのだろうか、と気になるところではあるが、もはや考えてもどうにもならない。

 

諦めて現状をまずは一旦受け入れ、解放ないしこの袋か何かが取り払われた時の対応を事前に考えておくべきだろう。

 

そう考えた直後。

 

先ほどまで横たえられたり、担ぎ上げられたりとうつ伏せになっていることが多かったのが急に立たされ、そしてーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やけに長く感じたトークイベントを終えて。

乙名史記者と一旦別れてから、トレーナー君へ連絡を入れた私は早足で露店エリアへと向かっていた。

 

犇めき合う人々。ファンたち。

楽しそうに笑い合う人の数々。

目を輝かせる、未来を担うウマ娘たち。

 

そういった、私の望んだそれらが、今は無性にーーー。

 

軽く頭を振って、苛立ちを何とかして追い出そうとする。

儘ならないものだ。

 

今日はデートだ、とトレーナー君に宣言した。

一日、一緒に回って。

今まで仕事ばかりだったから、そういう事の一度ぐらいあってもいいだろうと。

 

そして朝から頓挫した。

 

わかっている。わかっていた事だ。

自分の立場なんて痛いほど十分理解しているし、こうした突発的な対応に追われるのもいつものことだ。今更それが突然なくなるなんて事は無いし、何かが起きればそちらを優先してしまう。せざるを得なくなる。

 

生徒会長。皇帝。

肩書きと、それに恥じぬ言行。実績。

 

夢を描き、夢を想い。

それらを是としてきたのが、私だ。

 

そしてそれが、トレーナー君が求める私の姿でもある筈だ。

自らかくあれかし・・・・・・と強いた夢のカタチは、いつの間にか随分と窮屈なものになっていた。

 

人の流れの中、ぱたりと足が止まる。

楽しそうな人の流れの中、突然足を止めた私を怪訝そうな目で見ながら通り過ぎていく人の群れ。

人の視線には慣れている。

 

 

だけど。

 

今日だけは。

立場が、視線が、全てが邪魔だと、そう思ってしまった。

 

無様なものだ。

最近はこうして自嘲してばかりだな、という自覚はある。

 

自覚すればするほど、惨めさは増してゆく。

 

もう一度、頭を軽く振る。

こんな気持ちのまま、トレーナー君の元には行けないと。

ちらと揶揄うように視界を横切る流星が、何か言いたげにしているように思えた。

 

 

 

 

 

トレーナー君の待っている露店エリアに辿り着いた時、違和感を感じた。

妙にざわめいている。漠然とした困惑の感情が、その騒めきを満たしていた。

 

何かトラブルでも起きたのか、と思い駆け寄ると、ちょうど生徒会役員の腕章を人垣の中に見つけることができた。

 

「何かあったのかい」

「あっ、か、会長……」

 

声を掛けるとさっと顔を青褪めさせた彼女は、小刻みに震えていた。

最近生徒会に入ったばかりのウマ娘だ。まだ慣れていないようで、今朝もまだ緊張した様子だったが……どうにも尋常な様子ではない。

それに、こちらを認めてから顔色を変えたのは一体どういう事だろうか。

 

来場者のトラブルか?

そう考えてから、即座にその考えを打ち消す。

もし来場者によるトラブルであれば即座に報告が上がってくる体制は整えてある。

それに、生半可なトラブルであれば生徒会どころか学園関係者が適宜鎮圧することもある。

であれば、この怯えようは説明が付かない。

 

「落ち着いてほしい。一体何があったんだい?」

「ああ、あの、あの……」

 

彼女から聞き取りをしようにも、どうにも要領を得ない。

視線は忙しなく彷徨っているし、顔色も悪い。

額に汗をかいており、呼吸も浅い。

……軽いパニック状態だろう。

ひとまず、落ち着くように言い聞かせるが……どこまで効果があるか。

 

「まずは呼吸を整えるんだ。ゆっくり吸って、吐いて。何度か繰り返して。無理に話そうとしなくていい。呼吸に集中してくれ」

「は、はい……」

 

こういう時、トレーナー君が……そうか、トレーナー君だ。

つい先ほど連絡を取った時は、この辺りにいたはずだ。

 

周囲を見渡してーーー。

 

 

 

ぶわ、と全身が総毛立った。

 

 

 

人垣の先。遠巻きにするように半円状に囲いができているその先に、見慣れたものが置いてあった。

いや、打ち捨てられたかのようにそこに落ちていた。

 

 

まだ真新しい、黒いショルダーバッグ。

 

 

つい先日のデートで購入したそれが、所在なさげにベンチの前に落ちていた。

 

「……トレーナー君?」

 

呆然と口から零れ落ちた言葉は、群衆の騒めきの中に消えていった。

 

 




私事ですが本シリーズ書き始めて(渋での初投稿からですが)一年が経過しました。

一年かぁ。

まじかよ。
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