「……はえ?誰ぇ?」
タキオンさん達による、ウマ娘の意地を掛けたレースが開催されるにあたってその景品となるトレーナーさんに「そろそろ時間ですよー」とお迎えに上がろうとしたあたしですが、何かこう、とんでもない場面に出会してしまいました。
タキオンさんから「屋台エリアのあたりにいるみたいだよ」と教えてもらいうろうろと探すことしばらく。屋台が立ち並ぶその隅っこ。普段からトレーナーさんが休憩に使っているベンチがあるあたりを何気なーく探していたわけなんですが、これから未来のトゥインクルシリーズを背負っていくであろう小さなウマ娘ちゃんたちが笑顔できゃっきゃうふふと楽しそうにしている姿にああもうたまりませんっっ!!
……失礼しました。
ええと、それで隅っこの方でベンチに腰掛けて手帳をぱらぱらと捲っているトレーナーさんを見つけたわけなのですが、その後ろに見慣れないウマ娘ちゃんの姿が。
おやおや、初めて見るウマ娘ちゃんですね?会長さんやテイオーちゃん、タキオンさんといった周囲によくいるメンバーでもなく、時折接触があるウマ娘ちゃんでもないですね?制服を着ていますし、間違いなく生徒なんでしょうけどあたしが未チェックのウマ娘ちゃんがいたとはトレセン学園侮りがたし。改めてきちんと全ウマ娘ちゃんを確認せねばなりませんねっ!
などと思っていたら、そのウマ娘ちゃんがトレーナーさんの頭にいきなり袋を被せて、そのまま拘束して連れ去っていきました。
……??????????
あ、あたしは今、何かとんでもないものを、ほんのちょっぴりですが見てしまいました。い、いえ……見てしまったというよりは、全く理解を超えていたのですが……。な……何を言っているのか、わからないと思いますが……私も何を見ていたのか、わかりませんでした……。頭がどうにかなりそうです……催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてないのです。もっと恐ろしいものの片鱗を味わって……。
いやいや、いやいやいや。
え?トレーナーさん誘拐されました、今?袋を被せられて後ろ手にウマ娘ちゃんに縛られて、誘拐されました?え、本当に?薄い本の展開ではなくですか?ウマ娘ちゃんの鬼畜攻め?拘束ってそういうプレイですか?違いますよねあれ?
いけません冷静になりなさいデジたん。これはとりあえず見失わないうちに追いかけるべきでは?????
「これは……」
ベンチに残された、見慣れた手帳やバッグ。
慌てて駆け寄り確認すれば、やはりトレーナー君の私物であることに間違いなかった。
携帯端末を開き、所在地点を確認するもすぐ近くが表示されている。
その地点を見てみれば、植栽の中にトレーナー君の携帯端末が放り込まれていた。
「チッ……!」
思わず端末を掴む手に力が籠り、手の中でみしりと音を立てる。
誰だ?レースで決着を付けようと言っておいて油断させて連れ去った?
状況からしてアグネスタキオンかとも思われるが、否。そんな手を取るほど彼女は姑息ではない。でなければ、あの騒動の時点でどこかへ連れ去っていてもおかしくないのだから。
であれば以前無人島へ拉致を敢行したゴールドシップか?だが彼女も出走者。おもしろそうだから、という理由で何か良からぬことを考えていたとしても、彼女であればギャラリーをもっと盛大に煽っていくことは間違いないだろう。
であれば、何者だ?
これだけ厳重な警備体制を敷いている中で犯行に及ぶとは正気の沙汰ではない。しかし、外部犯ならウマ娘ではなくトレーナーに手出しをしたのは何故だ?私に恨みを抱いている者か?
いや、或いはーーー。
ふと背後に気配を感じ、振り返ると先程の生徒会メンバーが青い顔をして立っていた。
「か、会長。聞き込みによるとどうやら生徒がトレーナーさんに袋を突然被せ、そのまま連れて行ってしまったようです」
「……なるほど。生徒の特徴は?」
「鹿毛、身長は概ねトレーナーさんと変わらない程度だそうです。制服を着ていたため、イベントの一環か何かだと思ったとのことでした」
制服。制服か。
生徒の犯行であれば良いが、鹿毛で私と近い身長のウマ娘で考えても、手出しをしそうなウマ娘に心当たりがない。
考えろ、冷静になれ、シンボリルドルフ。
ここで錯乱などしては、下手すれば二度と私の元へトレーナー君が帰ってこなくなる可能性だってあるのだから。
「そうか。ありがとう。他に情報が出てきたら、即座に知らせてもらえると嬉しい」
「承知しました。……それと、もう一点」
「うん?」
「アグネスデジタルさんが偶然その場に居合わせたようで、追いかけて行ったそうです」
ーーーー僥倖だ!
その言葉とほぼ同時、携帯端末が震え出す。
すぐさま通話を立ち上げれば、表示されたのは「アグネスデジタル」の文字。
「シンボリルドルフだ」
『あっ……声が良い……』
恍惚とした声が通話越しに聞こえてくる。
この状況で追うという判断を下した彼女の英断を賞賛したいところではあるが、今は。
「全て理解している。手短に行こう」
『ごほんっっ、失礼しましたっ。会長さん、トレーナーさんを担いで逃走中のあたしが知らないウマ娘ちゃんを追跡していますっっ!制服っ、は、おそらく本物っっ!逃げ方もっ、警備薄いところを綺麗に抜けて行ってますっっ!!』
「わかった。現在地のビーコンを出してくれ」
『位置情報出してありますので拾ってくださいっっ!人を担いでいるから、かもしれませんけど、脚がちょっとニブいですね…っ、もしかすると……』
「可能な範囲でいい、追ってくれ。無理に会話で消耗しなくていい。一旦通話を切るが、何かあればすぐに報告を寄越せ」
『承知しましたっ!……あ、やば。もしかして車ですかぁ……』
今の会話だけでおおよその見当が付いた。流石に良い仕事をする。
『制服は本物』。
トレセン学園の制服はそう安いものではない。学園生にしか購入できないよう身分確認も徹底されているし、実はシリアルも入っている。
このため、例えばフリーマーケットサイトなどで販売してもすぐに足が付くようになっているのだ。
故に、どこかで入手した部外者という線はほぼ除外できる。
そして、『あたしが知らないウマ娘』と彼女は言った。
あれだけ生徒の観察を欠かさないデジタル君が『知らない』という時点で相当絞り込みがかけられる。
トレーナー君に何らかの害意ないし執着を見せる可能性があるウマ娘で、デジタル君の追跡から今のところ逃げ仰ている。
デジタル君が知らない、ということは恐らくは、卒業生ないし中退者。
私と同世代か、或いは私と在学期間が被った年上。
最後に車、という単語が聞こえた。
現役を退いているから足で逃げきれないと踏んだのか。
好都合だ。トレーナー君を抱えて足で逃げられると逃走経路の予測が極めて困難になる。
そしてこの感謝祭の時期、車であればある程度ルートは限られる。
端末の画面を切り替え、周辺一帯の地図を引っ張り出す。
デジタル君が出している位置情報を拾えば、まずどの方向に逃げたかは分かる。
「ふぅン……まさか部外者に連れていかれるとはねぇ。あのモルモット君、些か危機感が足りなすぎるのではないかい?」
ぬるりと耳に入り込む、声。
「アグネスタキオン……」
「そう邪険にしないでくれたまえよ。私に当たっても仕方がないだろう?……デジタル君から聞いたよ。ぽやぽやしているモルモット君が連れていかれてしまったそうだね」
やれやれ、と肩を竦めて見せるアグネスタキオンは、少しばかり普段と雰囲気が違った。
「邪魔だけはするなよ」
「おやおや、私も随分信用されていないようだね。実に悲しいよ……さて、逃走経路の絞り込みでも始めようじゃないか。良く鳴る鈴が付いているうちに、ね」
「はーっ、はーっ……不味いですねぇ……」
まだバレていないようですが、車を追走するのはちょっと、しんどいですねこれは。
既に三千メートルなんてとうに超えていますが、信号に時折引っかかってくれているおかげで振り切られていない程度。
向こうも感謝祭の交通規制が敷かれている影響で騎動隊のウマ娘ちゃんがウロウロしているから、無茶なスピードで逃げるというのは出来ていないようですが、流石にこのまま追っかけていてもあたしのスタミナが保ちません。
参りましたね、これは。
遠目にまた信号で引っかかってくれたのが見えました。
とはいえ、追いつくというよりはなんとか距離を詰めては離されるの繰り返し。インターバル走みたいに休憩も取れないですし、かといってここで脚を使うのも……長い信号ならともかく、この距離をスパートかけてそこから取り押さえるのは……きついですね。
これデジたん過去イチ走ってませんか?
デジたんは鈴。デジたんは鈴。デジたんは鈴ですっっ!
あくまでも、会長さんやタキオンさんが有効手を叩き出すまで位置情報を発信し続ける鈴……っ!
とはいえ、これは……キツいです……ねっ!
走り出してからここまで五分程度。五分、とはいっても、レースの巡航速度並みのペースを出しながら五分は正直、自分でも無茶してるなあって笑いが込み上げてきてしまいます。
息も上がってますし、脚はもうがたがた。
レースでもそうですが、何が怖いかといえば頭が動かなくなってくるのが怖いです。
しかし。
しかし、ウマ娘ちゃんの笑顔を……この感謝祭で、それを曇らせるような真似だけは、あたしが許しません……!
息も絶え絶え。しかし、信じて走っていれば朗報はきちんとやってくるわけで。
携帯が震える。ポケットに片手を突っ込んでそのまま通話をオンに。
こんなこともあろうかと付けておいた片耳のイヤホンから音声が流れ出す。
『デジタル君、現在地から次の交差点を右折』
こうして、指示は来る……っ!
脳に酸素が回っていない身体は、それでも素直にタキオンさんの声に反応して、ぎゃり、と蹄鉄が走行レーンを踏み締める。身体を倒し、お行儀悪く車の走行レーンへ。もちろん安全運転ですともっっ!
そのまま、十字路を右折する。滑らないよう慎重に、しかし大胆に。
ターフではないので、グリップが効きにくいですね……っ!
膨らみすぎた進路を、ガードレールを蹴って修正する。
スチールが凹む感触。あ、やば。足跡ついちゃいましたかね?
『返事はいらないよ。騎動隊が正面大通りは交通封鎖した』
走りながらなんとかして会長さんとタキオンさん、それと駿川さんに連絡を入れたのは正解でしたね。まさかそこまでやってくれるとはびっくりしますけど、でもウマ娘ちゃんにとってはトレーナーさんが奪われるなんてあってはならない事態。これも当然なんでしょうね。
『左方は感謝祭の影響で通行禁止。相手は右折、右折で商店街脇の通りを引き返さざるを得ない。騎動隊での捕縛までは、すまないけれど難しい状況だ。頼む、デジタル君』
そんなことを言われては、弱いんですけど……ねっ!
何とか残せた最後の脚をフル稼働して、走行レーンを爆走していく。接触できるとすれば、次の交差点ですかね。タイミングは……運ゲーですねこれは。あと十秒。九、八、七、六……唸れデジたんの運命力……っっ!これが!運命の!ドローですっっ!!!
見えましたっ!!!