トレセン学園は今日も重バ場です   作:しゃちくらげ

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矛盾撞着

 

 

 

『……何が望みだ』

 

携帯端末の向こうから聞こえていた落ち着きのない声。

そこに、途端に芯が宿っていた。

 

真っ先に生徒の安否を心配すんのはご立派な生徒会長サマらしいが、しかしこのトレーナーがこんな事になっているのだから、多分平常心ではなかったんだろうよ。

 

「ったく。ようやく話を聞く気になったか?」

『まさか君だったとはな。もう一度訊く。何が望みだ』

 

1段階低くなった声が響く。

らしくなってきたじゃねえか。

何を言っているんだかさっぱりわかんねえが。

 

しっかし、なんであの皇帝サマはやけに欲しいもん聞いてきやがった?

トレーナーを保護した報酬でもくれんのか?

 

……ほう。

 

「へぇ、有難いね。それならご褒美は弾んでもらおうか」

「……何だ」

「そうだな、アンタの負けるところでも拝ませてもらおうじゃねえか。()()()()()()()()()でよ」

「……ッ!」

 

最近どうもコソ練してやがるのか、()()()()()()負け越しているところだしな。

だが今度は負けねえ。今日こそ先に9番ポケットにぶち込むのはアタシだ。

 

ついでにこいつ、ルドルフの言うところによればビリヤード上手ぇらしいし、たまにはいいだろ。あの皇帝サマの間抜けなエピソードの一つでも聞き出してやれば、この意味不明な事態に巻き込まれた分の溜飲くらいは下がるだろうしな。

 

何故か、ぎし、と軋むような音がスピーカーから響いた。

負けず嫌いも大概だな。

 

「それならお忙しい皇帝サマのために、後でレース場で引き合わせてやるよ」

『トレーナー君は無事なのか』

 

ったく、過保護な皇帝サマだ。

振り返れば、ベンチに転がった不審者の姿。

あいつ本当に微動だにしねえな。

外傷はなさそうだし、痛みを訴えてもいないところを見るに無事ではあるんだろうが。

 

「多分傷一つねぇよ」

『そうか。それは良かった。シリウス、君はーーー』

「あー、悪ぃけど私も忙しいんだ。また後で連絡する」

 

そう言って通話終了の赤いアイコンに触れて切断する。

嫌と言うほどよく知っている。

あいつは自分のお気に入りのこととなると話が長いのだ。

あとクソしょうもないジョークを言う時と、スピーチの時。

後輩どもの荷物も持っていかなきゃならねえのに、長話に付き合ってられねえ。

 

「……あ、やべ」

 

そういえばこいつの袋とか取ってなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー……大丈夫か、アンタ」

 

突如として差し込んだ光が目に突き刺さり、顔を顰めてしまう。

まるで鼴のようだ。

 

光に目が慣れてきた頃、ようやくこちらを覗き込んでいるのが誰か判別できるようになってくる。

 

栗毛。金色の耳飾り。ルビーのような色をした、少々勝ち気な瞳。空へ昇っていくような流星。整った顔には不敵な笑み。

見たことがある、と言うよりは、ルドルフによくちょっかいを掛けているウマ娘。

 

「……シリウスシンボリ?」

「また随分楽しそうな事やってるじゃねえか、なあ?」

 

呆れたように言われてしまうが、どう考えても皮肉だろう。

 

「楽しいように見えるかい?」

「私の腕に抱かれておいて言ってくれるじゃねえか」

 

ぐい、とネクタイを掴まれ、顔を寄せられる。

どこか魔性を思わせる赤い瞳が近づく。

 

「……誤解を招くような発言は控えてもらいたいね」

「ふん。揶揄い甲斐のなさはアンタら二人とも変わらねえな」

 

ぱっと手を離され、赤色が遠ざかる。

ルドルフといい、目の前の彼女といい。シンボリの一族は色々と心臓に悪い癖があるから困る。

 

「手のそれ」

「うん?」

「取って欲しければ……いや、そういえばアンタはそうか。……はぁ、解いてやるからこっち向けろ」

 

ぶっきらぼうに言われるが、抵抗してもいいことがないのはわかっているので素直に縛られている手首を向ける。

 

ため息をつきながら、ばりばり、と荒々しい音をさせつつも、痛みがないようそれなりに丁寧に解いてくれた。

……成程。丁寧に運んでくれていたのは彼女だったか。

 

「解けたぞ」

「ありがとう。感謝する」

 

お礼を言いつつ、それなりにきつく縛られていたためか、ひりひりと痛む手首を摩る。

少しばかり赤くはなっているが、解いたりできないか若干手を動かしていたりしたので、どちらかと言えばそのせいだろう。自業自得であった。

 

「怪我はしてんのか?」

「幸いにして、揺さぶられたりはしたけどどこも痛くはないかな」

 

立ち上がり、体を伸ばしたりしながらそう答えると、露骨にほっとしたような顔をするシリウスシンボリ。

ルドルフに私の保護でも頼まれていたのだろうか。

時折煽りあったり反目しあっているようで、しかし時には頼ることもあるあたり、なんだかんだと仲のいい二人である。

 

「そりゃ良かったな。助けてやったんだ、ちょっと私の仕事を手伝え」

「君の仕事?」

「ああ。そこの荷物を届けに行くから少し手伝え。嵩張って仕方ねえ」

 

 

 

 

 

 

 

「……裏口ってことはタクシーか何かで連れてきてくれたの?」

「あん?」

 

シリウスシンボリの持っていた紙袋の中から、紙束などをいくつか腕の上に積み上げられ、彼女と並んで歩く。

紙束は存外結構な重さだが、それがぎっしり入っていると思しき紙袋を二つ抱えているシリウスシンボリの前で重いだのとは口にすることは憚られた。

なんだかんだで大した量を持たせてこなかったので、恐らくはこちらに気を遣わせないようにという配慮なのかもしれない。

これで意外に面倒見がいい、というのはルドルフから散々聞かされている。

 

しばらく歩いているうちに、そう言えば生徒を連れて車寄せの方から学園に入ることはあまりなかったので、思わず疑問を口にしたという次第だった。

 

「多分車に乗せられてたっぽい時間からして、ちょっと高かったでしょ。払うよ」

「あー、領収書切ってあるから気にすんな」

「領収書……? そんなの経費で落ちるかな……」

「皇帝サマ宛にしといたから大丈夫だろ。後でルドルフにアンタと一緒に引き渡すしな」

 

言葉が途切れる。

ルドルフと仲がいいと言うのは知っているが、シリウスシンボリとはこれまでほぼルドルフを介した関係しか持たなかったおかげで、ルドルフ経由で「なんとなく知っている」ことは多いものの、会話が続かない。

 

いとこのいとこ、というような微妙な関係とでも言えばいいだろうか。

特段含むものはないのだが、過去に何度か突っかかって来られた程度で、あまりこうやってお互いに落ち着いて話すことはなかった。

 

ふと今更ながらに、自分のコミュニケーション能力の低さを思い出してしまう。

最近、比較的にまともに会話ができていた気もしたが、それは周囲にいるのがそれなりにこちらの口下手さ加減も知った上で話をしてくれる人が多かったからだ。

 

少し遠くから、祭りの喧騒のようなものが聞こえてくる。

ミニライブでも行われているのか、ずしりと重い音も、まるで花火の夜のように微かに聞こえてきていた。

つい先程までそこに居た筈だと言うのに、どうしてだろうか、どこか遠い世界で行われているかのように感じられてしまう。

 

「……にしても随分しっかり縛られてたな」

 

ぼそり、とシリウスシンボリが口を開いた。

 

「流石にびっくりしたよ。正直何が起きたのか未だに良くわかってないんだ」

「ま、そのうちアイツから説明があるだろ」

「自分のことなのに後から聞かされるっていうのもなんか不思議な話だよ」

「台風の目に放り込まれりゃそうもなるだろうよ。いつものことだろ?」

「……それはそうだね」

 

確かに渦中に放り込まれてしまえば見えないものは多い、ということか。

確かについ先日の騒動しかり、毎度トラブルに巻き込まれる度にそんな感じではある。

 

「ところで、この……小冊子?」

「あん?こりゃ……あー、バカ共が直前になって感謝祭のために慌てて作ったらしいが、印刷が間に合わなかったらしくてな。おかげで私が取りに行く羽目になったらしくてな」

 

言葉はぶっきらぼうだが、口角は少しばかり上向いていた。

 

「……へえ。それを届けに行くわけね」

「……なんだよ」

 

なるほど、確かに面倒見がいい、とルドルフが言うことはある。

 

 

 

 

「シリウス先輩ー!」

 

ふと、向かいからウマ娘が数人、駆けてくるのが見えた。

 

「噂をすれば、ってやつだな」

「彼女たちが?」

「ああ」

 

学内で見かけたことがある。

確か、素行不良だとルドルフが言っていたような覚えがある。

 

「すみませんでした!わざわざありがとうございます!」

 

素行不良とは聞いていたが、どうにも「今は違う」のかもしれない。

見事に90度頭を下げ、テキパキと紙袋を受け取っていく姿は、とてもそうは見えない。

 

「はい、こっちも持っていってくれると嬉しい」

「あっ、トレーナーさんもご協力あざす!」

 

私にもわざわざ腰を折ってお辞儀をしつつ、荷物を受け取ると颯爽と駆け出していく。

 

「……嵐みたいだったな」

「ハハッ、アンタがそれを言うかよ」

 

からからとシリウスは快活に笑う。

嬉しそうに紙袋を受け取って走っていく彼女たちの頬の色は、きっと彼女のお陰なのだろう。

そんな顔を見て、ふと、ルドルフとテイオーの顔が脳裏を過ぎった。

 

……しまった。

 

慌てて腕時計を見れば、レース開始までの猶予があまりない。

携帯端末も取り上げられてしまっているし、荷物を届けて走ればなんとか間に合うだろうか。

 

「助けてもらっておいてなんだけど、実はあまり時間が無いんだ。行ってもいいかな」

「構わねーよ、と言いたいところだが。アンタを模擬レース場まで連れていくって言っちまったから、な」

 

そんな言葉を聞き終える前に、ひょいと彼女が体を屈めた。

膝の後ろに手が入れられて、ひょいと体が宙に浮く。

 

あ、まずい。

つい最近経験した感覚。

 

そして、背中に回される腕。こちらを覗き込む赤い瞳。

つい最近、アグネスタキオンにもされたように、横抱きにされてしまっていた。

つまり、これは。

 

「悪いが、こっちの荷物を届け終わるまでは付き合ってもらうぜ。時間ねえんだろ」

「あー……助かるけど、できればあまり人の目には触れたくないなあ」

「そうしてほしいならちゃんとおねだりしてみるんだな」

「……諦めるよ」

「ハッ、()()()() 。舌噛むなよ、トレーナー」

 

そして、シリウスシンボリは勢いよく地面を蹴った。

 


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