トレセン学園は今日も重バ場です   作:しゃちくらげ

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龍虎相搏

 

 

 

ええと、ルドルフは…と。

トレーニング場へ向かう道すがら。

寮の前で待っていない時は、大体この辺りで出くわすのだが本日は姿が見えない。

 

「トレーナー君、こちらだ」

 

不意に声が聞こえた。

声の先には、にこにこと笑顔のシンボリルドルフ皇帝陛下。

日当たりの良いベンチに腰掛け、嬉しそうに手を振っている。

 

ルドルフはおしゃれな私服に身を包み、薄い色のネイルを指先に施した姿は、普段よりも一層その美貌を際立てている。

薄く化粧もしているのか、普段よりも顔がより明るく見える。

 

 

 

 

君、この後登校だろうに。

 

 

 

とはいえ、わざわざ朝食を一緒に取るということにこれほど気合を入れてくれていると言うのはありがたい。

誘われるまま、隣に腰掛ける。

すると、すっと音もなく距離を詰めてくる。

 

「おはよう、トレーナー君。今日という日がいい天気でよかった」

 

朝からずいぶんご機嫌なようで、珍しいことにぱたぱたと忙しなく脚を揺らしている。

耳も横に倒れており、ずいぶんとリラックスしている様子。

 

「雨だったら台無しだったね。…さて、お待たせしました。約束通り、お弁当持ってきたよ」

 

「!」

 

ぱあ、と顔を明るくするルドルフ。

そこまでか?と思いながらも、喜んでもらえること自体はありがたい。コンディションはおそらく絶好調だろう。

肩が外れるのではないかと思うほど重量のあったクーラーボックスをそっと下ろし、中から朝食を取り出していく。

 

「これは…豪華絢爛、とはこのことだね。ホットサンドに…おかずも盛り沢山だ。ブリオッシュまであるのか。凄いな」

 

「あとこれね」

 

魔法瓶からカップに注いで出したのは、人参で作ったポタージュ。

 

誰だよこんなめんどくさい物作ったの。

コーンポタージュあたり粉末のもので妥協しようかとも思ったが、ルドルフがあれだけ期待してしまっていた事もあり、多分喜ぶんだろうな、と一度思ってしまったらこんな有様だ。

お陰でほとんど全部自前でやる羽目になった。

完全に術中にハマっている。

 

「はいよ、召し上がれ」

 

流石に食器まで持ってくるのはつらいため、基本的には大きなタッパーや弁当箱にひたすら作っては詰め、作っては詰めを繰り返しただけである。

とはいえ。

こう天気のいい日に、外で弁当箱を広げて食事を摂る、というのはそれだけでとても特別な事をしているかのような気になってくる。

 

「頂きます。…ん、これは人参のポタージュか。人参の甘味がしっかり出ている。こんなに良い香りをさせて、まったく…ん?」

 

嬉しそうにしてポタージュから手をつけたルドルフが、不意に不思議そうに首を傾げた。

 

「どうした?」

 

「…トレーナー君?これはどこのメーカーの物だい?」

 

「口に合わなかったかな」

 

「いや、そんなことはないぞ」

 

ただ、と一言おいて、また口を付ける。

 

「…うん。とても濃厚な味わいだが、口当たりも良く、素晴らしい物だと思ってね。既製品なら常備してもよいかなと思ったんだが」

 

「んー、裏漉しちゃんとしたからね」

 

「…え?もしや、トレーナー君が作ったのかい?」

 

「手料理がいいっていうから、既製品全く使ってないよ」

 

瞬間、びーん、と冗談みたいな音を立てて、ルドルフの耳と尻尾が立った。

 

「…こほん、おかわりはあるかな」

 

「ごめん、それはあんまり量を作れなかったんだ。裏濾しが大変でさ」

 

「そんな…」

 

次の瞬間にはふにゃりと力なく垂れ、耳はしょんぼりと萎れる。

久しぶりに見たな、しょんぼりルドルフ。

 

「私はなんたる失態を…。悔悟慙羞、もっと味わうべきだった…!くっ」

 

美味しかったようではあるが、すぐに飲み切ってしまったことを酷く後悔しているらしい。

激しい落ち込みようだ。

 

「まぁまぁ、他にもたくさんあるから…はいこれ、よくできたと思うんだよね」

 

しょんもりしているルドルフの口元に、会心の出来のホットサンドを押し付ける。

 

「…同じ過ちは2度と繰り返さないと誓おう。あむ」

 

その後すぐに萎れた耳は元に戻った。

 

「美味しい」

 

皇帝の背後に、ほわほわと花が舞っているような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ごちそうさまでした」

 

「お粗末様」

 

用意した朝食を一通り、宣言通りにしっかり味わったルドルフは、満足げに目を細めた。

 

「天上の悦楽がこんなところにあったとは知らなかったよ」

 

確かに料理なんて久しぶりにしたから、褒めてもらえるのはありがたい。

とはいえ、それにしたって大袈裟にすぎるのだが。

 

「それじゃ、これどうぞ」

 

「おや?」

 

「食後のお茶。淹れたてじゃないけどね」

 

本当はやけくそ気味に熱湯を持ち込んでその場で淹れようかとも考えたが、流石にそこまでやると荷物の重量が私の肩の関節を破壊しそうだったので控えることにした。

 

「いやいや、ここまでされてしまえば文句のつけようなどないよ。…ありがとう」

 

「どういたしまして。お茶菓子もあるし、たまにはゆっくりしよう」

 

「そこまで用意してくれたのか。なんだか軽率に頼んでしまって申し訳なくなってきてしまうな」

 

そうだろう。

軽率に頼めないように死ぬほど手間をかけたからな。

私に料理を頼むと手間をやたらかけた食事を出すから、特別な時やお祝いの時だけにしてほしいと暗に願いを込めている。

 

「実家の味の朝食作ってくれたお礼だとでも思ってよ」

 

実のところ、それに対する御礼としての意味合いも当然あるが、それ以上に新しくスカウトしなければならない件で明らかにストレスを溜めていたので、ルドルフのガス抜きという意味合いが強い。

 

「ウマ娘が満足する量を作るのも大変だったろう?」

 

「まあそれは否定しないよ。今度からは軽食レベルで我慢してもらえると嬉しいんだけど」

 

まぁ、これで以後、軽食と称して普通のサンドイッチを用意しても許してもらえることだろう。

ただし、朝食を作ること自体のハードルは激しく上がったが。

誰だ疲労と眠気を超えて深夜テンションでここまでやった奴は。

 

「うん、それだって嬉しいよ。…それで、お茶菓子はどこだろうか」

 

「あ、ごめんごめん。これね。マカロン作ったんだ」

 

ぱこん、とタッパーを開くと、三色のマカロンが詰め込まれているカラフルな姿。

瞬間、目が見開かれた。

 

「…これは」

 

「そうそう、ルドルフが名付けた『三冠マカロン』ね。久しぶりに作ったからちょっと不安だけど」

 

瞬間、ざわりと空気が揺らいだ。

粘りつくような視線は普段からよく感じるが、一際ひどく強い視線が突き刺さった気がした。

 

 

ーーーーー視線を辿れば、そこには遠巻きにではあるが、凄まじい人数の人溜まりができていた。

 

耳をそばだてる、ということを体現したように、あれだけぎっしりとウマ娘が溜まっているのに、全く音も立てず一様にこちらに耳を向けている姿は恐ろしさを通り越してシュールだ。

 

 

その人混みの中から、『通してー!』と可愛らしい声がして、間をすり抜けるようにしてトウカイテイオーが姿を見せた。

 

思わず腰を浮かしかけるが、今の私の膝の上にはタッパーだのなんだのと乗ってしまっており、身動きが取れない。

 

「あっ、カイチョー!」

 

ぶんぶん、と嬉しそうに手を振って駆けてくるトウカイテイオー。

本当に、ウマ娘というよりイヌ娘と名乗った方が良いのではと思ってしまうほどルドルフに懐いている。

 

「おはよー!」

 

たたた、と軽快な足取りで近寄ってくると、にこにこと楽しそうに挨拶してくる。

普段見かけるのはトレーニング場が多く、真面目に走っている場面が多いためあまり感じないが、笑うと若干垂れ目なのだと気付く。

人好きのする笑顔、というのは羨ましいものだ。

 

「ああ、テイオーか。おはよう」

 

一瞬警戒の表情を浮かべていたルドルフも、相手がトウカイテイオーだと分かると表情を柔らかくする。

 

「うん!ついでにトレーナーもおはよー!」

 

「おはよう」

 

ついで程度の扱いだが、これでいい。

もし私に先に挨拶などしていたら、ルドルフの機嫌が二重の意味で悪くなる。

 

「2人で朝ごはん?」

 

「うむ。トレーナー君が作ってくれてな」

 

「へえー、カイチョーは愛されてるねー!」

 

「ふふ、私たちは比翼連理だからな」

 

「ヒヨクレンリ?はよく分からないけど…あ、それってもしかしてカイチョーが言ってた三冠マカロン!?いいなーボクも食べてみたい!」

 

目ざとい、というか何というか。

甘い香りで気づいたのだろう。

トウカイテイオーの目は、三色のマカロンに注がれていた。

 

「テ、テイオー。しかしこれは…」

 

ちらりと此方に視線をやるルドルフ。

こういうところ案外食い意地が張っているというか、なんというか。

オグリキャップでもあるまいに、と思ったが、普段は平気で分け与えてしまうであろう彼女も、特にこのおやつに関しては思い入れがあるらしいから、余計にか。

 

「トウカイテイオー」

 

ひょい、と小さな包みを押し付ける。

 

「わっ、これ何?…あっ、ちっちゃいマカロン!可愛い~!くれるの!?」

 

「あげる。三冠取ったらあっち」

 

ちょいちょい、とルドルフのマカロンを指さしてやる。

すると、ルドルフはそっと隠すように胸元に抱いた。

…珍しい。ルナがちょっとはみ出している。

 

「…!なになにー?三冠とったらボクの為に作ってくれるのー?」

 

「…まあ、獲れたらな」

 

「…トレーナー君、いいのかい?」

 

「そんな申し訳なさそうな顔しなくていいよ。その時には、ルドルフのは七冠に増やしてあげるから」

 

「トレーナー君と契約したことは私の誇りだ」

 

「ちょろいなぁ…」

 

「もー、ボクの前でいちゃいちゃしてー。口から砂糖吐きそうだよ…あれ?トレーナー、なんか鳴ってない?」

 

トウカイテイオーに指摘され、端末を取り出すと着信が入っていた。

 

「ん?…おや、電話だ…理事長?」

 

発信元は秋川理事長。

あの人が電話してくるというのも珍しい。

大体いつもは秘書の駿川さんから連絡が入るのだが。

 

「ちょっと失礼…はい。…え?はい。はあ…分かりました。伺います」

 

いつも通り、勢いのある幼い声で告げられたのは、至急、理事長室まで来てほしいという話だった。

 

 

 

 

 

 

「秋川理事長か…どうしたんだい?」

 

話の内容は大体聞こえていたが、改めて確認を入れる。

こういう時、ウマ娘の耳の良さは便利だ。

 

「至急、理事長室に来いって」

 

若干戸惑うようにトレーナー君が答える。

昨日の今日に呼び出しを受ければ、何かあったのかとも思うだろう。

秋川理事長も、よりによってこの幸福な時間に電話を入れるとは随分無粋な事をするものだ。

 

「穏やかではないね。同行は必要かな?」

 

「私一人で良いみたいだから、行ってくるよ。申し訳ないけれど」

 

そう言ってトレーナー君は手早く弁当などを片付け、バッグを手に立ち上がった。

 

「…構わないさ。今日のトレーニングはどうする?」

 

「昨日の夜渡したメニュー表の通りに。何か違和感があったら切り上げて報告してもらえるかな」

 

「わかった」

 

「それじゃ、またね」

 

「またねー!」

 

慌てている様子はないが、流石に学園のトップに早朝から呼び出されれば緊張もするか。

あれだけの大舞台を超えても、そういうところは変わっていない。

 

後に残された私とトウカイテイオーは、お互い顔を見合わせた。

 

「リジチョーから呼び出しなんてちょっと怖いね。カイチョーは何があったのか知ってるの?」

 

「いや、私も聞いていないよ」

 

仮に事前に聞いていたら、あと1時間は時間をずらすように、秋川理事長にお願いしていた事だろう。

 

「ふーん?そういえばカイチョー、今日は決まってるね!」

 

ふと、不思議そうな顔をしていたテイオーが私を見て言った。

 

「ん?ありがとう」

 

そういえば、今日の私はおかしくなかっただろうか。

普段あまり私服で会うことがなかったから、随分と悩んでしまったが。

テイオーのように可愛らしい姿であれば、もっと可愛がってもらえるのかもしれないが、生憎私には彼女のような恰好は、もうすっかり似合わなくなってしまった。

もとより、昔から落ち着いた装いを好んでいるので、今更ではあるか。

 

「カイチョーもネイルとかするんだねー。そのピンク色、かわいい!」

 

「ん…似合ってないかと不安だったのだが、テイオーに言われると安心できるな」

 

くりくりと大きな瞳に、楽しそうな表情がころころと移り変わる。

あの菊花賞の後に出会った、まだ幼い彼女も、随分大きくなったものだ。

彼女の夢は「無敗の三冠バ」だという。

私に憧れてこのトレセン学園を志したこの子は、どこまで羽ばたいてゆくのだろうか。

才能はある。身体も恵まれたものを持っている。

明るい性格に、可愛らしい姿。スター性は十分だ。

 

「それにしても、トレーナー君は誰を連れてくるのだろうな」

 

「ああ、トレーナー、新しく二人と契約するんだっけ」

 

「うむ。どんな子を連れてくるのか、今から心配でならないよ」

 

「どうせならボクも見てほしいなあ。カイチョーと同じトレーナーに!」

 

「はは、それは嬉しいが、トレーナーとウマ娘は実績以上に相性が大事だ。テイオーも、まだまだ時間はある。よくよく吟味して選ぶと良いさ」

 

「むー。いまいちまだピンと来ないんだよねー」

 

テイオーの足はまだリハビリも完全ではない。

宥めるように言えば、口を尖らせる。

 

「そういえば、チーム作るのかなあ?リギルとか、スピカみたいに」

 

「それもいずれは、ということだそうだ」

 

そっかあ、楽しみだね!と天真爛漫に笑うテイオー。

まったくだ、と私は返す。

 

「さて、そろそろ朝練を始めないとな。トレーニングの時間がなくなってしまう」

 

「あっ!ボクもいかなきゃ!それじゃあカイチョー、また遊びに行くねー!」

 

そういってテイオーは駆けて行った。

まだ骨折の影響から完全には抜け出してはいないらしいと聞いている。

 

だが、挫折を経て、その走りは随分と洗練されて行っているようにさえ思える。

賢明なリハビリと、がむしゃらに走ることができなくなったためか。

 

それとも。

 

誰かの入れ知恵か(・・・・・・・・)

 

 

 

…。

 

無敗の三冠バ、な。

 

トレーナー君に見初められる運の良いウマ娘たちは、私を超えていくことを望むだろう。

だが、そう容易く譲ることができるほど、「皇帝」の名は安くない。

 

トウカイテイオー。

君が私を慕ってくれているのは、本音だろう。

私を目標としてくれていることも、嘘ではない。

 

だが、テイオー。

君は一つ、言っていないことがあるな。

 

分かっているさ。

瞳の奥に渦巻くその焔が、何を目指しているかぐらい。

 

私は譲らない。

この座(・・・)だけは、譲らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この皇帝(わたし)を、無礼る(舐める)なよ。

 

 

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