トレセン学園は今日も重バ場です   作:しゃちくらげ

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禍福倚伏

 

 

 

…は?

 

 

 

組み伏せられて終わったかと思えば、ルドルフが目を回して倒れた。

拘束から逃れられたのは大変結構だが、一体何が起きたのか。

頭上に盛大に疑問符が飛び交ってしまうのも無理からぬ事だろう。

 

つい数秒前まで、床に組み伏せられて呼吸すらままならず、あわやこのまま、というような状態だったのが、実に呆気なく解消された。

 

ひとまず、どうも目を回しているのかぐったりとしているルドルフを抱き起すが、反応はない。完全に伸びている。

 

不意に、ふわりと風が吹いた。

 

…室内で風?

 

視線を巡らせれば、そこには周辺にガラス片を撒き散らし、窓が割られていた。

誰かがこの惨状に気付いて助けに来てくれたのか、とも考えたが、その割に誰からの介入もない。

ここは1階だ。助けがあったとするならば、そのまま室内に乗り込んで来ているだろう。

であれば、何が起きた?

 

気づくとしたら、異変に気がついたヒシアマゾンだろうか。

しかし、彼女の性格であれば窓をぶち破ったならそのまま乗り込んでくるだろうし、まず間違いなくルドルフに何かするよりも先に、声を荒げて止めにかかる。

 

ではテイオーか?

ルドルフに懐き切っている彼女であれば、先に動転するだろう。

窓を破るという強硬手段を即座に取れるとは考え難い。

また私の知る限り、彼女の性格であれば、切羽詰まっていてもガラスを割るような行動には出ないと思われる。

 

他の寮生…の線も薄いか。

「鼻出血で寝かされているのも恥ずかしい」と言って別室に移動するくらいなので、生徒会長としてあまりそうした姿が見せられないという事情あってのことだろう。

であれば、人目につかないようにしているだろうから、この部屋で何か起きていても気にしないだろう。

寮内を私が闊歩していたという目撃情報はあれど、私がそのままシンボリルドルフと結びつけて考えられる現状からすれば、まず間違いなく何かするのであれば彼女の自室に向かう。

 

だからこそ、何が起きたのか、判断しづらい。

助かったことは事実なのだが、一体誰が何をしたらルドルフがいきなり気絶するような事態になるのか、いまいち現在の状況だけでは判断がつきかねる。

 

「あ、あのぅ…」

 

そこに、遠慮がちに声がかかった。

声のした方向は、窓の外。

 

窓枠から、耳がぴょこんと飛び出していた。

だいぶ萎れているが。

誰だ?

 

「ご、ごめんくださいまし!」

 

何か慌てたような声に、ルドルフを抱えたまま、窓に近づく。

そこには。

 

しょんぼりと耳を垂らした、メジロマックイーンの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

「窓ガラスを割ってしまって申し訳ありません…。お怪我はありませんでしたか…?」

 

…このぽんこつお嬢様。

室内を振り返ると、部屋の片隅に、少し土汚れのついた白球が転がっていた。

まさか、トレーニングを放り出して野球でもしていたのか?

 

それで、その打球か何かが、この美浦寮の窓をぶち抜いて、私に覆い被さっていたルドルフに直撃した、ということだろうか。

 

いやいやまさか。

そんな都合のいい話があってたまるか。

まだ、誰かはわからないが襲われているのを見て、手元にあったボールで窓をぶち破って助けようとしたと言われた方が説得力がある。

 

「…ガラスはまぁいいよ。怪我人は出てるけど」

 

「それは大変申し訳…えっ、あら?あなた!なんで寮内にいるんですの!?」

 

今更私の存在に気が付いたらしい。

しょんぼりと垂れていた耳が、ぴこんと直立した。

 

「シンボリルドルフの見舞いで」

 

「…あら?」

 

メジロマックイーンが急激に顔色を青くしていく。

つい先日の遭遇といい、顔色がころころと変わる面白いウマ娘である。

 

「もしや怪我人というのは…」

 

「シンボリルドルフの頭に直撃したみたいだよ」

 

「よりによって生徒会長に狙撃しましたの!?わたくしの初ホームランが!?」

 

初ホームラン、ということは多分だが、初めてバットにまともに当たったんだろうな。

ウマ娘のパワーであんなものを振り回したらそりゃあ当たれば飛ぶだろう。

お、終わりましたわ…などと呟いて崩れ落ちた彼女の姿は、酷く哀れだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「この度は、わたくしの打球が大変申し訳ございませんでした…」

 

数分後。

 

部屋の中で、メジロマックイーンが正座して反省の意を示していた。

その隣では、いつも彼女の側で面倒を見ているらしい、執事の方が腰を90度に折ったまま微動だにしていない。

そして詫びるべき点もずれている。

 

私に敗れた悔しさでトレーニング後に野球の練習をしていたところ、偶然うまいことバットに当たって放った1号ソロホームランが見事なアーチを描き、寮の窓をぶち抜いて、生徒会長の頭を直撃したという凄まじい運の悪さである。

流石のメジロマックイーンも、これには顔を青くしている。

 

私にとっては九死に一生を得た思いだった。

とはいえ救われた理由が酷すぎて、何をどう叱ったら良いのかわからないような状況だが、素直にお礼を言うにもこの雰囲気では憚られる。

 

そして、面倒なことに。

メジロマックイーンらが部屋に入ってきてしばらくしてから気が付いたらしいシンボリルドルフこと猛獣(ライオン)が、目を覚ましていた。

 

目を覚まして、真顔のまま顔色を青褪めさせて、メジロ家御令嬢の隣で正座している。

 

メジロマックイーンから見れば、被害者であるはずのルドルフが隣で正座しているのだから、訳がわからない状況だろう。

 

実際に、「なにが…何が起きてるんですの!?」と困惑しきりである。

かといって、それについて説明するということは、嫉妬に狂ったルドルフの所業を詳らかにすることに他ならない。

 

故に私は、とりあえず「なんだか怒っています」というポーズを見せなければならないのだった。

 

まぁ、本来はその怒りも正当な筈だ。

何せ、手塩にかけて育てている大切な七冠ウマ娘に直撃弾を放たれたのだ。もしこれで何かあったらと普通は怒り狂う。しかも理由が理由だ。

 

とはいえ、幸にして出血もなく、他に目立つ外傷はない。若干たんこぶができている程度。

脳震盪の恐れもあるが、正座した状態で上体が揺れているわけでもないので、ダメージよりも驚いて気絶した可能性がある。

直撃したのが頭であるため、暫く大人しくさせておかなければならないし、無論、明日早々には検査に連れて行くつもりだが。

 

「それで、何が起きたの」

 

腰に手を当て、痛む頭を抱えたい衝動と闘いながらメジロマックイーンに問いかける。

先ほどからルドルフは俯いて小刻みに震えており、一言も発しない。

 

「わたくし、あなたにリベンジを誓って練習してましたの」

 

…?

 

何の練習をしていたのだろうか。野球か。

何せバッティンググローブ嵌めてるものな、両手に。

 

「にっくきあなたから一発でかいのを打って、ユタカに捧げようと思ったのですわ!」

 

「そんなものを捧げられてもユタカ困ると思うんだけど」

 

うるさいですわ、と一言挟み、メジロマックイーンはしかし沈痛な面持ちで続ける。

 

「そう言ったやんごとなき事情で、こうなったのですわ」

 

「やんごとなき理由で端折らないで」

 

端折りすぎである。

やんごとなき、と言っておけばなんとなく察するだろうという雑な狙いが見て取れる。

だが、ここで追及の手を止めるほど私は優しくない。

 

「ここ最近、トレーニングが終わった後に打撃練習を少々嗜んでおりまして。トスバッティングを手始めに…と思ったら、何球目かで大きな当たりがでて、これはいけますわね!と思ったのですが…」

 

「そしたら寮にぶち込んでいた、ということか」

 

「その通りです。シンボリルドルフさんには大変申し訳ないことを致しましたわ」

 

そう言って、思いのほか素直に頭を下げるメジロマックイーン。

初対面というか、まともに会話をしたのがあんな出会いだったので勘違いしていたが、思ったより素直である。

まともに会話をしたら、思ったよりまともではなかったのには大変驚いたが。

 

しかし、当のルドルフは相変わらず俯いたまま小刻みにぷるぷる震えているだけで、何の反応も返さない。心なしかだんだん顔色が悪くなっている。

 

「あの…シンボリルドルフさん?」

 

「あー…メジロマックイーン。ひとまず君の処遇については保留とさせてもらうよ。学則を見ても、敷地内で野球をするなとは流石に明記していないとはいえ、実際に窓と負傷者一名という被害を出している。沙汰が下りたら改めて通達するからそのつもりでいてくれ」

 

沙汰、とはいえ。

ルドルフの検査結果に特に異常がなければ、特段追求されることもないだろうが。

 

「はい。大変ご迷惑をおかけ致しましたわ。わたくしの中のスラッガーの血が騒いでしまっただけなので、今後は人のいない方を向いて…」

 

どうやらメジロ家の血統にはスラッガーが混ざっているらしい。

 

「お嬢様、学園内で野球をなさるのはお控えになられるべきかと存じますが」

 

「何故ですの!?」

 

執事の方を見れば、苦労人の顔をしていらっしゃった。

思わず目礼すると、申し訳なさそうにさらに少し深く頭を下げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嵐が去った。

 

室内は、流石に窓ガラス自体はどうにもならなかったものの、メジロ家執事の方が片付けてくれている。

ひとまず段ボールで窓を目貼りし、応急処置を行う。

しかしまぁ、見事に粉砕したものだ。

どれほどの勢いでぶち破ったのか分からないが、あの状態のルドルフを昏倒させたあたり、相当な球威があったことが窺える。

 

窓の応急処置をしている間も、床に正座したルドルフは俯いて震えている。

 

 

「……」

 

 

気まずい。

押し倒された側の私が何故気まずく思わなければならないのか、という理不尽さを感じていないわけでもないが、あそこまでメンタルにダメージを受けているルドルフを見ているのがもう辛い。ここまでやられているのは、『無敗』の名前に土のついたあのジャパンカップ以来だろうか。

 

ここで私から何かを言う必要はない。

彼女の強さを信じているわけでも、なんでもない。

悪いのは向こうだから、謝るまで口を聞かないというような話でもない。

 

そうしなければならないから、何も言わないだけだ。

 

椅子を引きずってきて、正座する彼女の正面に腰掛ける。

今、彼女は冷静ではない。

 

当たり前だ。

トレーナーを床に叩きつけ、ほとんど締め上げるようにして襲った。

残念なことに、ウマ娘として見た場合は、トレセン学園内では時折見かけるであろう光景だ。

だがそれを自分自身がやってしまった、という事実に対して、整理が付かないのだろう。

 

しかも、自分の意思で踏み留まれた訳でもない。

偶然、メジロマックイーンが意図せずして阻止した形になったが、あのアクシデントが発生しなければ今頃私は大安吉日すっぴんわっしょいされていたかもしれない。

 

故に、幾ばくかの時間がいる。

故に、私はここで見守っている。

 

一度冷静にさえなれば、自分のしでかしたことの重さで、自分で潰れる。

そういう子なのだから。

 

 

 

「…ごめ…なさい…」

 

その言葉が絞り出されるまで、あまり時間は要さなかった。

震える声で紡がれたその音色は、これまで共に過ごしてきた中でも、もっとも酷いものだった。

後悔、自責、反省。そして、怒り。

そう言うものが酷く色濃く渦巻いている。

レースとは異なり、次は勝つ、だとか。そういった形で勝利への渇望へと昇華できない想いは、確実に彼女の内面を焦がしている。

 

「私は…なんてことを…」

 

震える手が、赦しを乞うようにこちらへ差し出され、そしてすぐに引っ込められる。

今更、これだけの事をしておいて。

どの口で許して欲しいなどと言うのだろうか。

そういった想いが渦巻いているのが、手に取るように分かる。

 

一筋、二筋と。

その大きな瞳から涙が溢れ落ちる。

 

ーーールドルフ。

 

私が口を開けば、酷く怯えたようにびくりと肩を竦める。

違う、別に怒っている訳でも、軽蔑した訳でもない。

 

ルドルフの前に立つ。

まるで幼い子供のように、小さい姿。

 

「…すまない」

 

しょんぼりと耳を垂れ、完全に落ち込んでいる彼女に、あまり多くの言葉をかける必要はない。

 

だから。

 

「おらあ!」

 

「うっ!?」

 

思いっきり頭に拳骨を落とした。

所詮運動不足の私の拳だ。大した威力ではない。

目を白黒させ、涙目で頭を押さえてこちらを見上げるルドルフに、私は無慈悲にも言い放つ。

 

「この程度じゃ許さないからね。朝まで正座」

 

「はい…」

 

全く。

 

「明日検査」

 

「はい…」

 

全く。私はルドルフには甘くて困る。

あれだけの事をされて、自分がしくじったのだとしか思えないあたり、もう相当に重症だ。

 

「あと私のラップトップは自腹で手配すること」

 

「承知しました…」

 

「それと」

 

「はい」

 

「疲れた。寝るから。朝まで起こさないでよ、ルナ」

 

「えっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トレーナー君が、正座した私の膝に頭を乗せて横になった。

私が正座しているのは、ただの板張りの床だ。

こんなところで寝ては身体が痛むだろうに、お構いなしとばかりに寝息を立て始める。

 

…。

 

目が覚めた時、私は酷く後悔した。

酷く取り乱した。

つい先程まで、頭に血が上り、トレーナー君を組み伏せて舌なめずりをしていたなどと、自分でも信じがたい暴挙だった。

 

ウマ娘の本能がどれだけ強いかなど、分かっていたつもりだった。

理性を保っていれば、そんなものは抑え込めるのだと信じていた。

だけど、現実はこのざまだ。

 

私の理性は、嫉妬と怒りで簡単に蒸発して。

一番大事なものを、酷く傷つけるところだった。

 

 

 

捨てられると思った。

トレーナー君が学園側に告発したとしても、私に抗弁できるはずもない。

粛々と、自分に下される沙汰を受け入れるしかないと覚悟をしようとした。

 

自分が築き上げてきた栄誉も、掲げている夢も。

そう言った一切合切が全て水の泡に帰ると知っても尚、私は。

 

何よりも、君に嫌われることが怖かった。

 

だから、手を伸ばしてしまいかけた。

だけど、今の私がどの口で赦してくれなどと言えるだろうか。

 

 

私に下された沙汰は酷く優しいそれだ。

大して力も入れていない拳骨を頭に。

そして、幾ばくかの賠償と、朝まで正座ということだけ。

 

あと一歩間違えていれば、確実に被害を受けていたはずの当人は、加害者の膝で寝息を立て始める始末。

 

 

 

 

ーーーあれだけの事をやった私を、君はまた信じてくれるのだな。

 

 

 

 

「なあ、トレーナー君」

 

返事はない。

規則的な寝息だけが返ってくる。

 

「君は誰よりも優しいな」

 

私の膝の上が、まだ君にとって安心して眠れる場所であるということに、涙が滲むほどの安堵を覚える。

これまでに築き上げた信頼の全てが、たった一度で瓦解するなんて例はいくらでも聞いてきたのだから。

 

「だから、他のウマ娘も惹きつけてしまう」

 

私たちに執着されないように必死に壁を作っているが、君は本質的に、誰よりもウマ娘のことを考えている。

そのせいで、つい口を出してしまったりして失敗してきた。

だから、私みたいな女に引っかかるんだ。

 

でも、そういう君だから。

そういう君だから、一緒に夢が見れるんだ。

 

「愛しているよ。他の誰よりも」

 

返事なんていらない。

これは私の、意思表明だ。

あんなことをしておいてまだ愛を語るなど、厚かましい女であることは自覚している。

だけど、愛を伝えないまま、あんな形で終わってしまうぐらいなら、私はいくらだって言葉にしよう。

私は我儘だし強欲だ。

あれだけの事をやって、こんな軽い処罰で済ませてもらえた時点で、これ以上を望むというのは罰当たりな話だ。

 

だけど、私は。

それでも君の一番側にいたいんだ。

君の隣を歩くのは、私だけでいい。

だから、他のウマ娘より、私が一番愛しているのだと、私は示し続けるよ。

 

 

 

…それと、トウカイテイオー。

私が預かり知らぬうちに、トレーナー君と新たに契約した事は気に入らない。

これはただの八つ当たりだ。

君のおかげで大失態を演じたし、危うく私のトレーナー君に嫌われるところだった。

 

それでも。

それでも、選ばれるのは、私だ。

これまでも。そして、これからも。

 

空に三日月は、二つも必要ないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

…おや?

 

ちょっと待ってくれトレーナー君。

これは、この状況は大変まずいのではないだろうか。

 

あれ?

 

朝まで正座というのは承服した。

私は、君から下された沙汰にはどんなものであっても従う所存だ。

 

でも少しだけ待ってほしい。

 

あの。

 

あの、朝まで正座というのは一向に構わないのだが、その。

そのための事前準備というか。

色々と準備すべき事項というものが。

本格的に寝入る前に、その、お花を摘みに行かせて頂きたいのだが。

 

トレーナー君?一旦起きてくれないか?なあ?

待って、ねえ。

 

トレーナーさん?

あの、わた、わたしにも尊厳というものがーーー嘘でしょ、このまま朝まで?

 

ねえってば!!!!!

 

 

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