トレセン学園は今日も重バ場です   作:しゃちくらげ

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白手起家

 

 

 

数分後。

 

「わー!トレーナー寮ってこうなってたんだねー」

 

テイオーが、くるくると回るようにして室内を眺めていた。

実に楽しそうである。

楽しそうではあるのだが、完全に押し切られてしまった。

 

ルドルフよりも少々押しが強いのか、腕をがっちりとホールドされてしまえば、ひ弱な人間であるところの私には抵抗は難しい。

振り解いてダッシュし、室内に立て篭もるなんて手も無くはないのだが、本日には正式に専属契約の提出を行い、恐らくその場で承認される。

待たされると機嫌を損ねる可能性もあるので、ルドルフと別れてから寮までの道すがら、念の為に駿川さんを経由し秋川理事長に書類を提出したい旨伝えてある。

ショートメッセージとはいえ、駿川さんには早朝から申し訳ないなと思いつつも、秋川理事長は割と行動的というか、気がつくとトレーニング場付近に居たりと居場所が読めないため、早朝に予定を確保しておいた方が良いという判断である。

 

駿川さんからは1分と待たずに了承の旨の返事を貰っているので、もはや引き返せない。

 

楽しそうに部屋をうろうろと見て回るテイオーを横目に、妙なものを引っ張り出さないか気が気でない。

基本的にルナが入り浸っていた時期があった経緯から、自室に妙なものというか、ルナの関心を惹くようなものを置かないよう気をつけているため自然と殺風景な部屋になっているはずだが。

 

それにしても、学園棟の門付近で朝の挨拶を毎日行っているからか、理事長秘書という立場の駿川さんでもこんな時間からもう起きているのかと思うと、トレセン学園の関係者は基本的に重労働が多い事を改めて認識させられる。

 

なお、カフェテリア調理スタッフの皆様は朝7時には既に厨房で仕込みが完全に完了している。カフェテリアの稼働時間が朝7時から門限までという長時間営業であることを考えると、一体どういう勤務体系なのか気になってしまう。

夜勤があると聞いたことがあるので、二交代制なのかもしれない。

 

「あっ、カイチョーのぱかぷちだ!」

 

置いてあるのが当たり前になってしまっており、なんの疑問も抱かなくなっていたが、来客用のソファーにはいつもルドルフのぬいぐるみが置いてある。

非売品のビッグサイズであり、言われてみるとその存在感を改めて認識する。

メーカーがプライズとしてゲームセンターに卸す前に、試供品としてルドルフにと持ってきた、ある意味で貴重な一品である。

リビングのど真ん中にあるソファーを占拠しているが、普段そちらに座ることがないのですっかり忘れていた。

なんだかんだで掃除の際に埃を払ったり陰干ししたりと、甲斐甲斐しく手入れはしているのだが、あまりにも常時見ているために、こうして言葉にされないと存在が意識から外れているのだ。

 

「ねー、トレーナー。これ、ゲーセンに置いてあるやつより大きくない?」

 

「メーカー試供品だからね。流通には乗ってないけど、支援者とかにだけ配られたりするらしいよ」

 

「へー!ボクもぱかぷちになったらここに置いてもいい?」

 

「それくらいなら構わないけど。記念に持ってなくていいの?」

 

「んー、ボクがボクのぬいぐるみ大事にしてたらナルシストみたいでちょっと」

 

「そんなもんかな」

 

「それにさ、トレーナーなら大事にしてくれるでしょ?」

 

カイチョーみたいに、と小声で続けられた言葉。

 

「担当のウマ娘が人気者になった証みたいなものを粗末に扱えるほど擦れちゃいないよ」

 

たかがぬいぐるみ。

だけど、そこに至るまでの過程を思えば、大量生産品であったとしても粗末に扱える訳が無い。

それは、私にとっても一種の勲章のようなものだ。

トレーナーの中には、その見た目に反してこれまで指導してきたウマ娘のぱかプチやグッズなどで自室が埋まっている者もいる。

黒沼トレーナーとか、東条トレーナーって言う方なんですけどね。

ベテランとの部屋飲みを敢行した同僚のトレーナー曰く、あの見た目でめちゃくちゃファンシーな部屋に仕上がってると言う話だった。

 

「じゃあボクも・・・ここに置いてもらえるように、これから頑張らなきゃね」

 

どうにも言葉のニュアンスがおかしい気がしないでもないが、ウマ娘特有なのだろうか。

ルドルフも時折、妙な言い回しを使うことがある。

分からないフリをすることもあれば、本当に何を言いたいのか分からない時もあり、そう言う時に限って後々効いてくるような事故に繋がるのだ。

 

油断ならない。

 

とはいえ、ルドルフに憧れ、そして超えていくことを決意して私との契約を結んだトウカイテイオーだ。

余計な心配は無用だと思いたい。

でも部屋に侵食することは変わらないようで何よりである。

 

「さて、じゃあちょっとシャワーを浴びてくるよ。悪いけど、喉が渇いたらあっちの冷蔵庫から。くれぐれもお酒には手を出さないように」

 

「はーい!ボク待ってるね」

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして。

ざあ、と水の流れる音がシャワールームから聞こえてくる。

 

トレーナーは今、シャワーを浴びているところ。

 

ウマ娘を招き入れておいて警戒心が無さすぎるんじゃないかな、とちょっと不安になるけど、それだけボクのことを信用してくれているっていう証でもあるから、なんだか複雑。

 

ボクは今日、トレーナーのウマ娘(おんな)になる。

 

今日からは、少なくとも「カイチョーだけの」トレーナーじゃなくなるし、ボクはトレーナーにとっての「愛バ」になる記念すべき日。

お赤飯炊いた方がいいのかな。

お赤飯って、どうやって炊くんだろう。普通のお米じゃないよね?

 

いけないいけない。

そんなことしてる場合じゃないや。

 

せっかくトレーナーのお部屋に入れてもらえたんだし、今のうちに色々見ておきたいんだ。

少しでもトレーナーの趣味を知っておかなきゃ。

 

トレーナーがシャワーから戻ってきたときに、物色していたと思われたくないから、リビングと廊下をつなぐドアを、ちょっとだけ開けておく。

トレーナーが浴びているシャワーの音が、ちょっとだけ鮮明に聞こえるようになる。

滴る水の音が、ボクから冷静さを奪おうとするけど、使命に燃える今のボクには通用しないのだ。

 

それにしても、随分スッキリした部屋だなーと思う。

トレーナーってみんな忙しいみたいだから、あんまり家でゆっくりする時間がないのかもしれない。

トレーナー寮は思っていたよりも大きくて、ボクの住んでいる栗東寮の部屋よりもずっと広い。

 

さて、じゃあお宅拝見!

ということで、開けられそうなところは片っ端から開けてみようと思います!

 

服の詰まったクローゼット、本棚なんかのわかりやすいところから、こっそりレコーダーに保存されているテレビ番組とかも確認していく。

服はボクの見たことない服が何着かあったけど、大体の趣味としては普段着ているものとあんまり変わらなさそう。

意外とアクセサリーなんかも持ってたみたい。普段は着けていないだけなのかな。

 

本棚はムズカシイ本ばっかり。

スポーツ医学だとか、コーチングの本とか。

タイトルだけしか見ていないけど、ほとんどお仕事に関係する本ばっかり。

一部分に、アルバムがあったりしたけど、中身はほとんどカイチョーの写真だった。

この辺りにボクの写真が増えていくんだと思うと、なんだか背筋がぞくぞくとする。

そのうち、ここにボクと…あとその、子供とかの写真が入るんだよね。

うん、ちょっと恥ずかしいけど、とっても楽しみ!

 

それにしても、カイチョーがボクぐらいの頃の写真があったけど、今と全然印象が違った。

どっちかというと、今より自信がなさそうな感じ?

ふーん。カイチョーってこんな顔するんだね。

あ、ライブの時の写真もある。

 

…そうだ、一昨日のライブは良かったなあ。

 

『今日の勝利の女神は、私だけにチュウする』の時の振り付けでは、みんな自分に向けて投げキッスされたと勘違いしたんじゃないかな。

ライブを見ていると、「今目があった!」とか、「私に向かって手を振った!」とか。

そう言うことを言い出すヒトがよくいる。

ボクは「いや流石に違うって」なんて思っていたけど、違ったのはボクだった。

あれは間違いなく、ボクに向かってチュウしたよ。だって目があったもん。

カイチョーは思いっきり興奮して冷静じゃなくなっていたけど、すぐ隣にいたから勘違いしても仕方ないよね。うんうん。

 

ふと、部屋を物色していたボクの背中に、視線が向けられた気がした。

敵意の籠ったような、そんな視線。

 

振り返ると、そこには大きなカイチョーのぱかぷち。

 

あはは、カイチョー、そんなに睨まないでよ。

まだまだカイチョーには先行されてるんだし、焦る必要なんてないでしょ?

今朝だって、トレーナーからあんなにカイチョーの匂いがするほど一緒にいたんでしょ?

もしかして、夜も一緒にいたのかな?後でトレーナーに聞いてみよっと。

 

…その()()に座っていられるのも、今のうちだからね。

ペチン、と額にデコピンをしてやれば、カイチョーのぬいぐるみは後ろにパタリと倒れた。

恨めしそうな目が、こちらをみているような気がしたが、ボクは気にせずにアルバムの物色に戻る。

 

…あ、違う子の写真もある。

これ誰だろ?気になるなあ。

 

ねえトレーナー。

まだカイチョーに目が向いているのは悔しいし、理解しているけど。

これからはボクのことを見てくれなきゃ。

 

おっと。トレーナーがシャワールームのドアを開けたのかな。

ささっと片付けて、っと。

 

何事もなかったように、ボクはソファーに座る。

トレーナーがいつも使っている方じゃなくて、カイチョーのぬいぐるみを、ちょっと傍に除けて。

ずっとトレーナーの部屋に陣取っていたせいか、ぬいぐるみからも仄かにトレーナーの匂いがするのが、今は無性に腹立たしくて、ちょっと「憧れの人」に寄りかかってみたりする。

意外と柔らかくて、体が沈んでいく。

ボクのぬいぐるみが完成した暁には、こっちよりも向かいの席の方がいいかな。

それとも寝室のベッドに置いてもらおうかな。

どっちも魅力的で困るなあ。

 

「ただいま。いい子に待ってたかな」

 

「カイチョーと一緒に待ってたよー」

 

「それしっかりした作りだけど、案外もちもちで気持ちいいんだよね」

 

「あ゛ーダメになりそう。クッションにしたいよー」

 

カイチョーのぬいぐるみに身を埋めながら、ボクは答える。

トレーナーは苦笑していた。

 

「さて、準備したらトレーニング場に行くから、テイオーも出られる様にしておいて」

 

「はーい!」

 

 

…いよいよ今日から、トレーニングが始まるんだよね。

 

見るべきはほかの子か、ボクか。

その目でちゃんと確かめてよね。

 

ちゃーんと、ボクしか見えないようにしてあげるから、さ。

 

シャワーから上がったトレーナーは、優しい石鹸の匂いがした。

だからひとまずボクは、トレーナーに飛びついてみることにした。

 

 

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