トレセン学園は今日も重バ場です   作:しゃちくらげ

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一章
心機一転


 

 

 

 

 

 

 

 

「…ということがありまして」

 

「トレーナーさんも大変ですね…」

 

朝練を終えてしばらく。

 

思い出したくない記憶と化した朝の初顔合わせを何とかやり過ごすことに成功した私は、理事長秘書の駿川さんと合流し、学園内を歩いていた。

 

「それにしても、流石はシンボリルドルフさんですね」

 

「ええ、本当に。本当に冷静でいてくれてよかったです」

 

時折見かけるような昼ドラ展開というか、罵詈雑言が飛び交うような争いとなるのではという危惧とは裏腹に、2人とも静かに周囲へ満遍なく圧力を撒き散らすだけで、特段物理的な被害を出すことがなかったのは、ルドルフの自制心という名の昨夜の負い目からである。

 

敢えて2人の間に位置取るように動いた結果、手が出せなかっただけという可能性もあるが、ひとまずのところ事件は起きなかったので問題はない筈だ。

昨晩の出来事はこちらから申告しない限りは表面化するはずもないし、精々がガラスを割ってしまったことに関する始末書の提出程度で済まされるだろう。

 

実際は前掻きしたくなっちゃうほど苛ついていたようだが。

 

「そういえば何年か前に、事件になりましたよね」

 

「思い出させないでくださいよ」

 

幸いにして開戦の狼煙は上がらなかったものの、当然の如く獰猛な気配は漂っている。

かと言って、間に入って「私のために争わないで!」などと頭がお花畑な対応を取ることができるほど私は無邪気ではない。

 

そこでそんな発言をすれば「トレーナーが悲しむから居ないところでやりあう」という事態を招く。しかも概ねそういう時だけ一致団結するのだ。

 

実際に、ウマ娘2名から想いを寄せられたことで調子に乗り、迂闊にも自分の死刑執行指示書にサインをしたお花畑がいた。

その結果として当該トレーナーと契約していた極めて優秀なG1ウマ娘2名がトレーナーの占有権を求めて死闘を繰り広げるという事件が起きた。

占有権と称されるあたり、トレーナーに人権はないらしい。

 

トレーナーの目が届かない所でやろうとした結果、人目のないところへと移動しての喧嘩となってしまったため、発見が遅れた挙句制止の声が届かない程度にヒートアップするという事態だった。

そして痛ましい事に、その時の傷が原因で2人とも引退する羽目になったのだ。

 

ウマ娘は確かに人よりも圧倒的な出力を誇るが、出力に正比例した耐久性を備えているかと言えば、それはNOだ。

勿論、人間よりも頑丈であることは言うまでもないが、仮にあの出力を完全に支えるだけの強度をもっていたのなら『無事是名バ』などという格言が生まれることもなかった。

ターフやダートといった、ある程度衝撃を吸収する足場での全力疾走ならまだしも、何も考えずに全力で暴れてしまえば、外部からの攻撃を受けていなかったとしても自分の出力で怪我をしてしまう。

 

その結果、2人でやり合ってお互いに怪我を負って引退。

 

それだけであればまだ自業自得で済む話だったのだが、他のウマ娘やトレーナーが巻き込まれたのが更に良くなかった。

 

「あの時は…トレーナーさんも巻き込まれてらっしゃいましたよね」

 

駿川さんが口にした通り、巻き込まれたのは私だった。

トレーニング場に向かって歩いていたら突然飛んできた木片を足に被弾し、崩れ落ちたところに怒り狂ったウマ娘が2人。

ある日森の中でクマさんに出会ったぐらいの絶望的状況である。

正しく絶体絶命、というか、絶対に絶命するというべきか。

 

無論、「はちみーちょうだい」などと抜かす黄色いクマ娘などという、ほのぼのした生き物と出会ったのであれば、私は喜んではちみーを献上するところだが、生憎そんな生き物ではない。

うちの新人は言いそうな気がするが。

 

過去に格闘というジャンルで活躍するウマ娘の試合を何かの参考になるかと思い見に行ったことがあったが、彼女たちよりも余程鬼気迫る勢いで暴れていた。

格闘ウマ娘たちがどれだけ相手を殺傷しないように細心の注意を払い、スポーツとして映える範囲で戦っているか、そしてルールを厳守することの大切さがよく理解できてしまう。

 

当時は珍しくルドルフと喧嘩をしていたがために、頼みの綱のルドルフが別行動を取っていた。

そんな状況だったため、見事に逃げ遅れた。

 

うっかり当たれば死ぬような威力の攻撃が飛び交い、弾丸のような速度で石や木片が放たれるという、戦時中の塹壕もかくやというような環境に取り残されるという事態になったのだ。

そうなればもう私のように脆弱な肉体しか持たない生き物は手近なものに捕まり、生まれたての子鹿のように震えるしかなかったことを思い出す。

 

きっと人間の掌に乗せられたハムスターもあんな気分だったのだろう。

 

 

 

あんな悲劇を2度と繰り返してはならない。

 

あまりにも身近というか、目の前をびゅんびゅんと死の予感が飛び交う環境に耐えられず、手近にあった何かにしがみつきつつ形振り構わず端末でルドルフに助けを求めた。

 

そして、「トレーナーさんはしょうがないなあ」とSOSに応えてやってきたルドルフもといルナちゃんがその乱闘に参加する始末。

 

なぜか。

私がしがみついていたのが、同じく突然戦火に巻き込まれて戸惑っていた別のウマ娘だったからである。

 

巻き込んでしまったタマモクロスには本当に悪いことをした。

あの小柄なタマモクロスが、まさかルドルフと互角にやり合うとは思わなかった。

 

白い稲妻とデビュー前から異名を得ているのは伊達ではなかった。

 

後日、コンビニで手に入る女子受け抜群のおやつ、美味しさイナズマ級をお詫びに差し入れたら、「そこは白い稲妻とちゃうんかい!」と盛大に突っ込まれた。

なんだかんだ言いつつも食べていたが。

 

「あの時は本当に止めるのが大変でしたね…」

 

「なんで駿川さんはあれに割って入れたんですかね」

 

「理事長秘書ですから」

 

「理由になってないんですよねえ」

 

うふふ、と可愛らしく笑って、唇の前で人差し指を立てる駿川さんに、思わず率直に返す。

基本的には秘書だけあって、「できる人」という印象が強いが、こうして話をしていると案外お茶目なところがある。

以前、偶然レース場で見かけて夜通しウマ娘について語り合ってからというものの、時折レース観戦に同行することもあり、比較的良好な関係が構築できているものと思う。

 

「さ、着きましたよ。どうぞ」

 

「失礼します」

 

 

 

 

 

 

 

 

無事に秋川理事長に申請が受理された。

というか、どうやってか既にテイオーとの契約を行うことを知っていたようで、提出した書類を確認するでもなく「承認!」と言いながら判をついてくれた。

駿川さんが頭を抱えていたが、素早い決裁はありがたい。

 

下手に留まるとまた何か無茶振りが飛んでくる恐れがあるため、早々に理事長室を辞して、用事を済ませてからトレーナーに与えられた部屋に戻る。

 

 

質素な部屋。

他のトレーナーの部屋と異なり、あまり物を置いていないために、がらんとしている。

備え付けの家具類があるため最低限の体裁は整っているが、この部屋で私が使うのはデスクと、冷蔵庫程度。

 

基本的にはミーティング兼執務室として利用しているが、夜遅く朝早い生活のため、大きめのソファーを持ち込んで仮眠室としても利用している。

部屋を利用するのが私とルドルフしかいないため、基本的には閑散とした印象が強い。

 

一方、担当ウマ娘が多いトレーナーの場合は、ウマ娘の私物が置かれたりすることもあるため、もっと雑多な印象となる。

 

 

窓を背にデスクに腰掛け、資料を引っ張り出す。

『トウカイテイオー』と記載された資料には、これまでのレース戦績を始めとしたパーソナルデータが羅列されている。

 

いよいよこれからだ。

 

新任トレーナーとして配属され、受け持った最初の一人はシンボリルドルフ。

ある種「放置しても同じぐらいの成果を上げていてもおかしくなかった」ウマ娘に恵まれた結果、私は特段何もしていないような気がするにも拘わらず、気が付けばスターダムを駆け上がっていく彼女に引きずられていくかのようにして、要は身の丈に合わないような栄光を目にすることができた。

 

偶然、素質のあるウマ娘を担当することができた。

トレーナーが何もしなくとも同じ結果を出していた。

 

そう言われてきた。

それも仕方のない事だ。

私には何の実績もなかったのだから。

 

皇帝と、そして帝王の夢を叶えてようやく、私はトレーナーとして独り立ちできるのだろう。

だから、これからだ。

 

初心に立ち返ったことで、気力は充実している。

体力も問題ない。

 

「さて、やりますか」

 

トウカイテイオーの資料に指をかける。

新たな一歩を、踏み出すために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と同時に、廊下から轟音が鳴り響いた。

窓がびりびりと震える。

 

 

もう心が折れそう。

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