迎えに来た
それは構わない。
好んで一人で食事をしたいという訳でもないし、ルドルフとは時折カフェテリアで一緒に食事を摂ることもある。
トレーナー達が滅多にカフェテリアでは食事をしないことから、ウマ娘達から送られる好奇の目線が痛いのが玉に瑕だが、カフェテリアは量も多ければ味も良い。
基本的に生徒会活動が忙しい彼女に寄り添っていると、案外食事時などにミーティングを行ったりと、時間を節約する方向で動く事が時折あるので、他のトレーナーに比べれば、まだカフェテリアで目撃されている方だろう。
ルドルフとテイオーとの昼食会。
それはまったくもって構わないのだが、カフェテリアへと向かう我々三人の現状は、誰かになんとかして突っ込みを入れていただきたい有様になっている。
私とルドルフが並んで歩くのは良くある事なのだが、何故かその間にトウカイテイオーが挟まっている。
まぁ、間に入るのは全くもって問題にはならないというか、積極的に仲良くしようという心構えは尊いものだと思う。
根本的にルドルフとテイオーの仲は元々良好だと思っていたので、今朝のあれは目の錯覚とか、眠気のあまりに見た夢か何かだと思うこととして処理する。
しかし妙に現実味がある、おかしな事態が起きていることについてはどう対処して良いのか皆目見当もつかない。
何せ、右手で私の手を、左手でルドルフの手を掴んでいるのだ。
小柄なテイオーがルドルフに纏わりついている姿はよく見かけていたし、時折一緒に買い物に出かけたりしているのも知っている。
良く懐いており、手を繋いでいる所を見たことがあるし、今更何か疑問に思う事は無い。
だが、何故私まで手を繋がれているのだろうか。
「トレーナーだけのけ者にしたら可哀そうだもんね!」とかなんとか宣っていた気もするが、私はそんなに寂しそうな顔をしたのだろうか。
一方、当のテイオー本人は、実に嬉しそうに「はちみーはちみーはっちみー♪」等と口ずさみつつ、繋いだ手をぶんぶんと振ってみたり、ちょっと跳ねてみたりと実に楽しそうにしている。
ルドルフもルドルフで、にこやかにテイオーと言葉を交わしているあたり、なんとなく「この状態はおかしいのでは?」と疑問を抱いている私の側がおかしいのではないか、と疑心暗鬼になってくる。
今朝の顔合わせは何だったのか、と思うようなのどかな光景。
このままピクニックに行く、と言われても恐らく違和感が全くない程度にはのどかで、平和な昼下がりだった。
えへへ、はははと笑い合うテイオーとルドルフ。
今朝からの温度差で風邪を引いてしまいそうな気になりつつ、そっと祈る。
この平和な世界がいつまでも続きますように、と。
ありもしない世界平和に祈りを捧げてみたくもなろうものだ。
ーーートレーナーと手をつなぐことに成功したよ。
いやーボクって頭いいよね。
前からやっていたようにカイチョーと手を繋いでしまえば、トレーナーと手を繋ぐテキトーな口実が出来ると思ってやってみたけど、大成功だよ。
この間は勢いで手を繋いで踊ったりなんかできたけど、カイチョーが一緒だと無理やり手をつないでも、なんだかんだ理由を付けて引き離されそうな気がしたんだ。
だから、二人が並んで歩いてるところをこう、後ろからスパっと切り込んで。
今日のボクは差しウマ娘だね。
ちらりとカイチョーを見れば、驚いたような顔をしていた。
そりゃビックリもするよね。
カイチョーが居るのにトレーナーに手を出されたことなんて、今までほとんどなかっただろうし。
…
ねえカイチョー、この状況だったら文句、言えないよね。
ボクは今日でトレーナーのウマ娘になった。
だからまず、担当ウマ娘でもないのにトレーナーに過剰に接触するのはいかがなものか、というようなカイチョーからの糾弾はこれで防げる。
今まで、トレーナーと仲良くなりたいウマ娘にとっての壁だった、そういう「制度の壁」についてはこれで乗り越えられたと考えていい。
本当の意味でトレーナーとの接触を阻んでいたのは、他ならぬトレーナー本人だったんだけどね。
面倒見がいいせいで、悩んでいるウマ娘を見かけると放っておけなくて、ぶっきらぼうに相談に乗ってはなんとか解決しちゃう。
そんなことばかりしているせいで、トレーナーを狙っている子も結構いたんだけど、何だかんだで、絶対に助言したとき以上に仲良くなってはくれない。
だからきっと、カイチョー以外に興味がない人なんじゃないか、なんて噂が結構あった。
でも、それもついこの間ゴールドシップがばら撒いていたチラシと、「今年は二人取る」って新入生としていた話が判明したから、別にカイチョー以外とは組まないっていうわけじゃないってことがハッキリした。
そういう話が出た後に、丁度カイチョーが体調を崩してお休みしたのは大チャンスだった。
おかげで、カイチョーがいない隙に、トレーナーに近づく事にも成功したのは本当に良かったと思う。
今だって、トレーナーはボクが手を握っても不思議そうに見るだけで、抵抗はしていない。
前までだったら、すげなく追い払われていただろうと思うから、トレーナー自身にボクを拒む気は、今はもうあんまり無いと見ていいと思う。
もうすでに、二つ目にして最大の壁は突破してるんだ。
だから、今後の問題になってきそうなのは、カイチョー自身の嫉妬心というか、感情の問題。
これまでカイチョーとトレーナーの蜜月を守ってきた「制度」はもう突き崩された。
トレーナーは新しく二人、ウマ娘と契約をすることがわかってる。
そうなると、一体何が起きるのか?
簡単なことだよ。
カイチョーはトレーナーを独占することが、ルールとして許されなくなる。
普通のウマ娘が相手なら、こんな回りくどい仕掛けをしたところで、あんまり意味がない。
ボクがカイチョーの立場でも、ボクの作戦は意味をなさない。
普通に真っ向からやり合って、「あーあ、やっちゃったかぁ」って呆れられれば、それで済む話。
だからこれは、相手が『
ある意味で、リジチョーのジレー?によって、トレーナーが解放されたに等しい状況。
トレーナー自身もそれを受け入れているし、そうである以上はカイチョーが独占する大義名分はもう失われているんだ。
まだトレーナー君は複数のウマ娘を担当することが許されていない。
トレーナー君自身がそれを望んでいない。
そういう断り文句は、もう通用しない。
今まで正しかったその言葉が、これからは嫉妬心から出た言葉としか捉えられなくなる。
―――そうなってしまえば、カイチョーが積み上げてきた
全てのウマ娘の幸福を掲げ、皇帝として立っている以上、避けられないジレンマ。
だからこそ、カイチョーが今選択できる手段というのはあんまり多くない。
正しさを維持しながら、ボクを排除するというのは、現時点では難しいはずだ。
だから、もしボクと今やりあうなら、どう足掻いても真っ向勝負。
これしか取れる手がない。
だから今日この時点では、カイチョーはボクを排除しない。
嫉妬を表に出してボクを排除しようとしたなら、ボクたちが付け入る隙を与えることになる。
そして、だからこそカイチョーは、嫉妬との折り合いを何とかして付けざるを得なくなる。
折り合いをつけてもらうための口実は、ボクがもう与えている。
いくらカイチョーだって、担当トレーナーが付いた時の喜びを知らないって事は絶対にない。トレーナーとの出会いについて訊いたことがあるけど、惚気話しか出てこなかったぐらいだし。
ボクはただ、いつものように口を尖らせて「えー、初日くらい譲ってくれてもいーじゃん!」と言えばいい。
カイチョーの性格なら、担当トレーナーがついて舞い上がっているウマ娘を見れば、今日ぐらいは大目に見てしんぜよう、なんて判断をするだろう。
それが選ばされた結果であったとしても。
内心で嫉妬していても、それを抑えて最適な選択を取れるのがカイチョーの凄いところで、オトナの余裕、とでも言えば良いのかな。
だからボクは、カイチョーの凄いところに付け込むんだ。
ボクがカイチョーとトレーナーの手を取ると、カイチョーもびっくりした顔をして暫く固まってから、色々考えた結果として、ふっと表情を緩める。
だからボクも、笑顔を返す。
その余裕がいつまで持つかな、カイチョー。
ーーー驚いた。
学業の成績に関しても優秀だということは知っていたが、私の想定よりも頭が回る。
牙を隠していたか?
こちらに向けられた笑顔は愛らしいものではあるが、楽しげに細められた目の奥底が笑っていない。
なるほど確かに、今この時、私はテイオーを排除したいと考えたとしても、動くことはできない。
トレーナー君が無自覚に纏っていたはずの拒絶感、私というある種の壁。
そう言ったものが今は機能し得ないのが痛手となった。
唯一、私が理論ではなく感情を振りかざすという手はなくもないが、それこそ最悪手だ。
私を引き摺り下ろすには、衆目の中で醜態を演じさせ、思い切り煽り立てればそれでいいのだから。
私の目指すところを考慮すれば、そこが切り崩す為の端緒となることは簡単に分かる。
私がシンボリルドルフである以上は、そこを突き崩してしまえば私の足場はガタガタになる。
仮にそうなったとすれば、私は火消しのためにトレーナー君からしばらくの間、引き離される羽目になる。
レース以外に面白おかしく書き立てるネタに乏しい私のスキャンダルは、さぞかしよく燃え盛ることだろうから、私にとっては致命傷足り得てしまう。
上手く突いてきた、と正直に感心する。
何にせよ、手を取られた時点でまんまと嵌められてしまった、と言う事だろうな。
恐らく彼女は、私が思惑に至るまでを想定に含めている。
現に、私が思考に割いた数秒を見て、疑問に思うのではなく、会心の笑みを浮かべた。
口の端が若干程度ではあるが、吊り上がるのが見えた。
本当に、巧妙な手を使うものだ。
私だからこそ身動きが取れなくなる、致命的な一手。
あの笑顔の裏でここまで計算して動けるのだから、この場においては負けを認めざるを得ないだろう。
ーーーーそう、
惜しい所までは辿り着いている。
私にとって動きづらくなるように、一手で複数の退路を潰すその打ち手は極めて巧妙なもの。
確かに、君の打ち手は手放しで絶賛したいほどだ。
無邪気なように見えて、その実は神経質なまでに考えられた一手。
だが、トウカイテイオー。
君は間違えた。
どれだけ精緻に策略を巡らせ、最善の打ち手を積み上げようと、先を読むための前提条件を誤っていれば、その先に積み上げたものは意味を失う。
周囲を歩くウマ娘たちからは、好奇の視線が集まってくる。
これだけ目立つ真似をしているのだから当然と言える。
確かに、この衆人環視の中で私が感情を露わにしてテイオーを責め立てれば、私は窮地に陥ることは間違いない。
だが、衆人環視によって不利を被るのは、さて本当に私なのか?
耳を澄ませれば、その回答が聞こえてくる。
『会長とテイオー、
『ああやって歩いてると、
『あ、あんな大きな子供がいるなんて…一体いつうまぴょいしたんですか会長…!?』
若干1名ほどおかしな解釈をした者もいるようだが、概ね想定の通り。
聴衆というのは、うまく利用してこそだ。
ちらとトレーナー君に目をやれば、彼の耳にもその言葉は届いていたらしく、少し照れ臭そうに頬を掻いている。
「ふふ、家族のようだ、というのは些か照れてしまうね」
「ウマ娘といえど、噂好きはやはり年頃の女の子だね。明日にはどんな尾鰭がついていることかと思うと頭が痛い」
「トレーナー君はつれないな」
そして、下から突き上げるような強い視線を感じて、そちらを見やれば、読みを外したテイオーが実に驚いたような目でこちらを見上げていた。
残念だが、まだ詰めが甘い。
自分の容姿が誰に似ていると言われているのか、すっかり忘れてしまっていたようだ。
今日のところは、君の負けだよ、テイオー。
尤も、今後も負けるつもりは無いのだが。