トレセン学園は今日も重バ場です   作:しゃちくらげ

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灯紅酒緑

 

 

 

 

「探しましたよ、トレーナーさん」

 

 

そう言ってのぞき込んできた深緑色の瞳と、至近距離で目が合った。

奇麗な深緑色の瞳。

瞳の色と合わせたかのようなグリーンの制服に、黄色いネクタイ。

一応トレセン学園の制服ではあるそうだが、この格好をしている人物は、学園内ではこの人しかいない。

 

「…駿川さん?」

 

「はい、あなたのたづなです」

 

「ええ…?」

 

思わず、ぱちぱちと瞬きをして見つめ返してしまう。

理事長秘書、と言えばどうにも堅苦しいイメージが付きまとうし、日頃から脱走したウマ娘を確保したり、騒ぎを鎮圧したりと八面六臂の活躍を見せているスーパーウーマンだが、これで案外茶目っ気がある。

 

相変わらず、出来る人のオーラがすごい。

過去の自分を思い返していたところで、私のように運だけでなんとかなっている人間との違いを強烈に感じてしまい、思わず目を逸らした。

 

「今、少しお話よろしいでしょうか?」

 

等と、確認するように言いながらも、さらりと隣へと腰掛ける。

卒のない動き、というか。

否定する理由もないのだが、有無を言わせずに、それでいて嫌な気にもさせないような、実に自然な動きだった。

 

「まあ、今日はもう何も予定がありませんので」

 

丁度帰ろうか、というタイミングではあったが、こうして隣に腰掛けられてしまうと、流石に立ち上がることも憚られる。

何度かレース観戦や、飲みに出かけたこともある相手なので、特段それ自体に抵抗はないのだが、何故か妙に距離感が近い。

 

今も、肩が触れそうな距離に腰掛けられている。

距離感的には、ルドルフが説教をする際、私が逃げないようにと詰めて来た時の距離感である。

ルドルフといい、駿川さんといい、そんなに私はすぐに逃げ出しそうな雰囲気でも醸し出しているのだろうか。

 

「それは丁度良かったです。実は、理事長から伝言がありまして」

 

「理事長が?」

 

にこにこと笑顔を浮かべながら、胸の前で手を合わせて駿川さんが言う。

ここ最近、理事長絡みの呼び出しを受けるたびにひどい目に遭わされている気がするのだが。

 

「安心してください。今回は例年のあれです」

 

「え?あぁ…研修ですか?」

 

例年のあれ。

毎年、4月になると新人トレーナーが入職してくる。

これはいつもの事だが、ここトレセン学園では、研修の指名制度があるのだ。

ある種の人気投票というか、「憧れのトレーナーに指導されたい」という要望に対応するべく、研修に入る前に先輩トレーナーへの指導願を提出しておけば、そのトレーナーによる研修が受けられるという制度である。

 

基本的には超ベテラン層が人気であり、リギルの東条トレーナーや黒沼トレーナー、南坂トレーナーなど、チームを率いるベテランたちが短期的なサブトレーナーとして実地指導を行ったりすることが大半だ。

 

例年、私は東条トレーナーなどの人気が高すぎて、抽選にあぶれたと思しき新人を1人2人見る程度であり、しかも私はルドルフしか受け持ちがないため、特化しすぎた指導を行っているせいで余計に人気がない。

 

新人にとっての私というトレーナーは、基本的にはメディア情報が全てだ。

だからこそ、シンボリルドルフのおまけ扱いという正当な評価を受けている私は選ばれることは稀だったが、それでも時折指名されるのだから良く分からないものだ。

 

まあ、大体は「どうやってシンボリルドルフのような才能を見出したのか」が気になっている新人だが、そういわれても私から見出したわけではなく、何なら植栽からミサイルのように飛び出してきて轢かれたぐらいなので、何とも言えないがっかり先輩トレーナーなのである。

 

「また難しいことを考えてますね?いつも言ってますけれど、その自己評価の低さはダメですよ?」

 

顔を顰めていたのだろうか。

ぐい、と顔を近づけて、目を覗き込んでくる駿川さん。

内心を見透かしたような言葉に思わずどきりとする。

 

「いえ、例年困るものですから」

 

「うふふ、そういう事にしておいてあげましょう」

 

にこにこと目を細めて笑う彼女の内心は伺い知れない。

何だかんだとかれこれ配属当初から何かにつけて面倒を見てくれている相手ではあるのだが、どうにも何を考えているのか読めないことがある。

ミステリアスというか、時折陰があったりもするので、言動通りの人でないことだけは確かだった。

 

「さてさて、もう今日はお仕事も終わっていますので…どうですか?」

 

くい、とグラスを煽るような仕草を見せる。

この人、普段相当ストレスが溜まっているのか結構飲みたがるのだ。

あまり日頃から一緒に飲んでいるわけではない、というか、そもそもお互いにウマ娘の門限ぎりぎりまで仕事をしていることが多いので、そう機会は多くないのだが。

 

「それで直接いらっしゃったんですか。…もう10時過ぎてますよ」

 

「ええ、だから少しだけ、ね?」

 

こんな時間から飲みに繰り出すというのは珍しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「乾杯」」

 

「今日も一日お疲れ様でした」

 

行きつけの飲み屋で、カウンター席に並んで座る。

駿川さんはいつもの制服のままだし、私は私でいつもの仕事着である。

まさに同僚との飲み会、といった様相だった。

 

とりあえずビールで!と、早くもテンションが高止まりしつつある駿川さんが頼んだビールで口を湿らせる。

一方、駿川さんは…ああ、一気にジョッキを空けてしまわれた。

この清楚な見た目で、実にギャップのあることだ。

 

「…すみません、お代わりを。…それで、今年は誰ですか?」

 

二杯目をそっと注文しつつ、本題に触れる。

はぁ…お仕事が終わったあとの一杯は染みますねえ…などと、ジョッキを握りしめてしみじみと呟く駿川さんに、少し同情してしまう。

 

秘書業とは言いつつも、早朝から挨拶のために学園の門に立ち、日中は理事長と行動。

空き時間にはウマ娘やトレーナーの様子を見て回るし、夜は夜で見回りなどもやる。

この人は一体いつ眠っているのだろうか、と心配になってくる程だ。

 

かといって、理事長はお酒を飲まないし、一体いつ休んでいるのか分からない駿川さんは中々こうした場に誘いづらい、という話を隣室のトレーナーから聞いたことがある。

まあ、いつもお世話になっているので、彼女のストレスが少しでも発散できるのなら付き合うことも吝かではない。

 

「驚かないでくださいね、今年はなんと……桐生院さんです!」

 

アルコールでほんのりと染まった頬をして、駿川さんが言い切った。

 

「…桐生院というと、あの桐生院ですか?あの、短いポニーテイルの?」

 

どこかで訊いた覚えがある、というか。

思い出すのは学園前で困ったようにうろうろとしていた桐生院さんである。

 

「あら、もうご存じだったんですか?」

 

届いたお代わりを受け取りつつ、きょとんとした顔をする。

 

「ええ、つい先日、夜に少しありまして」

 

初日からやらかし、深夜に学園前をうろうろしているという珍妙な姿ではあったが。

 

「…もしかして、トレーナーさん」

 

俄かに、駿川さんが表情を険しくする。

 

「?」

 

「手を出しちゃったり?」

 

恐る恐る訪ねられたのは、とんでもない誤解だった。

思わず、口に運んでいたビールを吹き出しそうになった。

 

「けほっ…。そんな地獄を招くような真似しませんよ。名門のご息女であることを除いても、私が人付き合いが下手だということはご存じでしょうに…」

 

「そういいつつ、トレーナーさんはすぐに手を出しちゃうじゃないですか」

 

今日も誰かを抱っこして運んでた、って聞きましたよ?などと、にやにやと口の端を歪めながら言われてしまった。

誰だろうか、そんな姿を見ていたのは…授業中なのによく見つけたものだ。

或いはウマ娘ではなく、職員の誰かだろうか。

 

「…人聞きが悪すぎませんか」

 

「人が良すぎるのが悪いんですよ。そうそう、研修の顔合わせは明日ですから、午前はトレーナー室にいてくださいね」

 

「承知しました。…はあ、毎度期待されて、そして失望されるのはキツいものがあるんですけどね」

 

「トレーナーさんは本当にシャイですからねー。皆さん誤解してますよ、もう」

 

ころころと笑いながら、ぐいぐいとジョッキを空けていく駿川さん。

少しだけ、とか言ってはいたものの、その分ハイペースになっていやしないだろうか。

 

「…ん、そういえば、トウカイテイオーさんはどうですか?」

 

「んー…どうですかね。私はまだ付き合いも短いので。あまり普段の様子を知らなかったものですから、緊張はしてるんでしょうが、掴み切れてないですね」

 

「トレーナーさんにも分からないことってあるんですねー。シンボリルドルフさんと上手くやれていればいいんですけれど」

 

「まあ、あの二人は元々仲が良かったですから」

 

元々、テイオーはルドルフに強く憧れており、隙あらば生徒会に入り浸っていた程だ。

憧れが強すぎるところが彼女の可能性を潰しかねないと危惧していたが、それもきちんと乗り越えている。

先日の契約前に確認したところ、今では尊敬しつつも超えるべき対象であると認識を改めることができたようなので、彼女らの関係性としては仲の良いライバル関係に落ち着けると良いと考えている。

 

まあ、現時点では挑む側だ。

まだしばらくはルドルフを脅かす事はないだろうが。

 

「可愛さ余って、という言葉をご存じないんですかねえ…」

 

ふぅ、と妙な色気のあるため息を吐きつつ、駿川さんは何かぼそりと呆れたように呟いた。

 

「え?」

 

「いえ、なんでもないですよー」

 

しかしそれも、すぐにいつもの笑顔に塗りつぶされて消える。

 

「そういえば、次のレースなんですが…」

 

そして、他愛のない話が向けられる。

これは止まりそうもない。

 

 

仕事の場を離れてもウマ娘の話だらけという色気のなさではあったが、私としても仕事から離れた場で話ができる同僚というのは数少ないので、付き合うに吝かではない。

 

 

大人ふたりの夜は更けていく。

 

 

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