トレセン学園は今日も重バ場です   作:しゃちくらげ

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抜山蓋世

 

 

 

 

 

 

呑み始めが遅かったこともあってか、1時間少々でハイペースに呑み過ぎてしまったのか、完全に出来上がってしまった駿川さんをなんとかしてタクシーに放り込むことに成功した。

 

駿川さんは家自体はそう遠くはない(らしい)のだが、それでも自宅から通勤しているので、連れて帰るというわけにもいかない。

 

学園内に存在する社員寮というのは基本的にはトレーナー寮と、夜勤があったりする場合に使用する社員用の仮眠部屋ぐらいなものだし、トレーナー自体も寮に住むかどうかは選択が許されている。

 

単純に、朝が早く、夜も遅いという地獄のような勤務体系。

そして基本的に時間給ではなくインセンティブが給与の大部分を占める性質上、結果を出さなければならない。

国の定めている高度プロフェッショナル制度にものの見事に該当する職種であるがゆえに、残念なことに働き方改革なる制度による保護も受けられないという、三重苦を背負っているため、基本的には家に関連する雑事の手間を省き、業務に邁進するトレーナーが大半を占めるというだけである。

現に一部のベテラントレーナー等は、近所の高級マンションなどに居を構える者もいる。

 

何故ベテランだけなのか、と問われれば事は簡単。

ウマ娘に執着された場合、学園外に居を構えていると、もしもの事態の際に救援に時間がかかるから、というのが全てである。

 

そんなわけで、もう一軒行きましょうよーとゴネる駿川さんをなんとかしてタクシーに放り込んだ私は、とぼとぼと深夜の住宅街を歩いて帰るわけだ。

 

しかし毎度思うのだが、あの人、なんだかんだで力が強いので、酔った時は本当に始末に負えなくなるのが悩ましいところである。

 

 

 

 

歩いて帰る途中、コンビニに寄って炭酸水とタブレットを買った。

駿川さんのペースに付き合うつもりはなかったが、なんだかんだと目の前であれだけぱかぱかとハイペースでグラスを空けていく姿を見ていると、なんとなくペースが引きずられてしまう。

 

ハイペースの逃げウマ娘が居るレースで、思わずつられてペースを上げてしまうウマ娘の気持ちというのはこういう感じなのだろうか、等と。

路上のガードレールに身体を預け、益体もない事を考えながらキャップを捻る。

 

しかしよく考えずとも飲み会の場で逃げ切りというのは…ああ、早々に酔いつぶれて2次会3次会を回避するということだろうか。

それにしても、随分久しぶりに外で飲んだような気がする。

 

本当であれば担当ウマ娘達と酒の席が設けられるならば良かったのだが。

アルコールが入って初めて知ることの出来る本音など、コミュニケーションに必須とまでは行かないものの、酒の席でしか知ることのできない事というのは案外多い。

とはいえ、流石に未成年をこんな時間に繁華街で連れまわしていれば私はすぐに職務質問から任意同行となるだろう。

流石にそこまでの危険を冒してまで飲みたいとも思えない。

 

駿川さんが相手となると未だに多少の緊張は免れないが、それでもウマ娘に関する話題が尽きないため、あれはあれで楽しいひと時だ。時折、聞きたくなかった裏話などがぽろっと出てきてしまったりとするが。

それ自体に特段文句はない。

あるとすれば、大抵がへべれけになった駿川さんが帰りたくないとかカラオケ行きたいとか言い出し、なんとかして毎度タクシーに放り込まなければならなくなるという点だろう。

 

何故か?

ルドルフからの心証がすこぶる悪いからである。

彼女も、駿川さんに対しては一定の敬意を払っている様子ではあるのだが、事がプライベートの飲み会となると文句を言うことがある。

 

一度、朝まで飲み、語り明かしてしまったことがある。

就職して初めてできた飲み仲間、とレースや学園について語り明かすのはとても充実して楽しく、つい酒も話も止まらなかった結果、翌朝そのまま出勤する羽目になった。

 

そしてルドルフに本気で怒られた。

全く使えないような、二日酔い状態で出てきてもらっては困ると。

確かにも何も、仰る通りだったので特段抗弁もせずにターフの隅で正座する運びとなった。

それ以来、外に飲みに出る際はきちんと帰宅し、口臭などにも気を遣わなければならないのだ。

 

口臭ケア用のタブレットを口に放り込み、噛み砕く。

 

たまに飲みに行く程度なら許してほしいとは思うのだが。

さて、帰るか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きんこん、きんこん。

大きな音でベルが鳴る。

 

深夜に自宅へ帰り、そのままベッドへ倒れて眠っていたような気がする。

しかし、何故またこんな朝早くから私は部屋のチャイムを連打されているのだろうか。

 

一体今何時だと…何時だ?

 

充電器に繋いでいた端末を手繰り寄せれば、時間は6時41分。

 

んー…。おや?

 

 

 

 

―――しまった。寝坊だ。

 

がばり、と慌てて身を起こす。

端末のロックを解除すれば、恐ろしいことに大量の着信が。

ほとんどがシンボリルドルフとトウカイテイオーの2名からである。

更に、ショートメッセージでは朝練に出てこないことを不審がり、反応がないためか段々心配するようなコメントになり、そして最後は二人とも揃って「迎えに行く」という文言で締めくくられている。

 

しかも、それがなんと30分前。

 

つまり、6時からの朝練なのに6時10分ごろにはそんな状況になっていたということだ。

心配性が過ぎる。

 

しかし、今チャイムが鳴らされ始めた、というのがどうにも解せない。

ウマ娘の足で仮に走ってきていたとすれば、もっと早い段階で部屋のチャイムは鳴らされているだろうし、そもそもルドルフに至っては部屋の合鍵を持っている。

いきなり踏み込まないだけの分別はあるだろうが、それでも妙ではある。

 

ベッドから這いずりだすと、未だに狂ったように連打されているチャイム音の元凶であるインターフォンのカメラを覗き込めば。

 

何故か、向かいの部屋の同僚が涙目でドアベルを連打している姿だった。

 

 

 

 

 

 

「何があったんですか」

 

目をこすりながら玄関を開けば、カメラ越しに見た同僚が青い顔をして連打していたドアベルから指を離した。

パンツルックにウインドブレーカーを着た、すらりと背の高い女性トレーナー。

 

「キミの所の担当が玄関前でバチバチやってて出られないのよ…」

 

げんなりとした表情でそんなことを言われてしまう。

 

「ははは、まさかそんな」

 

「いいから見てきなさいよ。地獄よ?」

 

「せめて着替えてからでいいですか?」

 

「いいから早く行ってきなさいよ。おかげで担当からのコールがすごいのよ」

 

怒られてしまったが、寝坊の代償として甘んじて受け入れるしかない。

追い出されるようにして玄関へ出ていく。

ばたむ、と間抜けな音を立ててトレーナー寮のドアを開くと、シンボリルドルフとトウカイテイオーの姿が目に入った。

 

「なんでわざわざカイチョーまで来たの?まだトレーニング方針貰ってないから、()()()迎えに行くって言ったのに」

 

()()トレーナー君が不調かもしれないんだ。様子を見に伺うのは当然かと思うよ」

 

お互い、妙ににこやかに見つめ合っている。

しかし何やら底冷えするような棘のある声色。

 

思わず、こんと音を立ててつま先を扉にぶつけてしまった。

後ろに倒れかかっていた二人の耳が、ぐりんとこちらを向き、二人して示し合わせたかのようにしてゆっくりと顔をこちらを向けた。

 

いかん、見つかった。

 

「あ、トレーナー!おはよー!ねえねえ今日はどうしたの?具合悪い?」

 

「やあ、おはよう、トレーナー君。今朝は遅くまで外出していたようだったから、風邪を引いたのではないかと思って様子を見に来たよ」

 

「なんでカイチョーがそんなこと知ってるの?」

 

「トレーナー君の愛バなら当然の義務だよ」

 

「へえ…そんな義務、初めて聞いたよ。義務なんだったら、ボクもちゃんとしなくちゃいけないね!」

 

そして、顔を見合わせてから、ざりと音を立てて前掻きをした。

 

私は部屋に取って返して、冷蔵庫からよく冷えたビールでも取り出し、痛飲して眠りたいと、痛切に願うことになった。

飲んだばかりだというのに。

 


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