トレセン学園は今日も重バ場です   作:しゃちくらげ

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内容修正いたしました(v2)。
まだ直すかもしれません。


怒髪衝天

 

 

「それで、新人トレーナーが私のトレーナー君に何の用だ?」

 

どこかでお会いしたことがあったか?と。

 

だめだ。我が皇帝はもう完全に掛かってらっしゃる。

瞳孔も完全に開ききっており、いつ手が出るか分からないほどに掛かってらっしゃる。

 

メディアに私がボコボコに叩かれていた時でさえ、こんな怒り狂い方はしなかったと言うのに。

普段は間接的に陰口というか、事実を論うに留まっているので、ここまで正面から言われてしまっては彼女も立つ瀬がないだろう。

どうにか止めたいところではあるのだが、タマモクロスが裾をしっかりと掴んでおり離してくれない。

 

「タマモクロス」

 

「あかんて。あーゆーのに甘い顔してきたツケが回ってきとるんや」

 

「…いや、しかしルドルフが何をするか…」

 

「安心せえよ。あんな自制心の塊みたいな奴がそうそう理性トバすような真似するわけあらへんやろ。自分は過保護過ぎるわ」

 

つい先日、理性をかっ飛ばしてホームランボールに鎮圧された例を見ているだけに、何も安心できないのだが。

 

「分かった。だけど、不味そうだったら止めるの手伝って」

 

「あいよ」

 

 

 

 

 

 

この男性トレーナーは、私の警告も意に介さず、悪態を吐くことを止める気はないらしい。

トレーナー君への悪意を遮るように間に立った事がよほど気に食わない様子。

健気に私を睨みつけているものの、残念ながら彼からは何の脅威も感じない。

 

「チッ、ウマ娘に守られるとはとんだ腰抜けだな。…まあいい。腰抜けなんぞに用はない。俺はトウカイテイオーに話があるんだ」

 

「…は?ボク?」

 

私がストレスを抑えるべく内心で戦っていると、意外なところに飛び火した。

いきなり名前を出されたテイオーは、きょとんと目を丸くして自分を指差している。

男性トレーナーは一歩前に出ると、テイオーに向けて手を伸ばして言う。

 

「トウカイテイオー。お前のような才能をこんな奴のところで腐らせるのは惜しい。俺と契約しろ。勝たせてやる」

 

これは凄い。

 

何が凄いって、ここまで典型的な『俺様』がトレセン学園の採用試験に通った事が凄い。

適性検査を始め、ここまでするか?と言うほど入念に性格試験までも受ける羽目になる。

採用基準こそ明かされていないが、基本的にはウマ娘に対して親身になれる情熱家や、感情に起伏の乏しいタイプが多いように、自分よりも担当のことを第一に考えるような者が採用される傾向が強い。

 

そのことを考慮すると、トレセン学園の採用試験をこの性格で一体どうやって潜り抜けたのか、試験の際にどれほどうまく猫を被っていたのか、むしろ興味が湧いてくるほどだ。

 

あまりの事態に、私たちが言葉を失っていると、話を聞いていると感じたのか男は言葉を続ける。

曰く、俺は最高のトレーナーとなる男だ、とか。

曰く、俺が担当すれば必ず勝たせてやる、とか。

恐ろしいことに、何一つとして明確なビジョンもなければトレーニング構想も何もない。

 

それはそうだろう。妙にぴかぴかの真新しいトレーナーバッジに、このシンボリルドルフとそのトレーナー君に何の遠慮もなく喧嘩を売りにいく姿勢。どう見ても新人だ。

 

そして、何をまかり間違ったのか、とても調子に乗っている。

確かに中央のトレーナーというのは、国内でも選ばれたものだけが採用される恐ろしく難易度の高い資格であり、職業だ。

その難易度は司法試験や医師免許資格の取得とそう変わらないとまで噂されている。

 

だから私たちウマ娘は、自分を導いてくれる一流のトレーナーたちに敬意を払い、彼らに自分の夢を託す。

 

…だが、中央のトレーナーライセンスを持っているから一体なんなのだ、という話だ。

何せ、ここにいるのは皆、同じライセンスを持つトレーナー達だ。

その中においては、中央のライセンスを持っていることなど何の自慢にもならない。

そもそも、ここに立つ上での最低条件が「中央のトレーナーライセンスを持っていること」なのだから。

だというのに、根拠のない全能感に支配されているとしか思えないこの男性は一体何をどう間違えればこうなれるのだろうか。

 

「…ちゅーか自分、アレか?トウカイテイオーを狙ってたのに取られてもうたからそんなにキレ散らかしとるんか?」

 

タマモクロスが呆れたように、半笑いで問いかける。

確かに、普通はこんな反応になる事だろう。

 

「ああ?なんだお前は」

 

「程度のひっくいお子ちゃまに名乗る名前はないでー」

 

「だったら口出しするんじゃねえよ。それで、いいなテイオー。くだらない研修が終わり次第…」

 

「え、キモ…」

 

「は?」

 

「ねえカイチョー。この不審者、さっさと通報したほうがいいよ?絶対ストーカーかなんかだって。あのバッジも多分偽物でしょ?」

 

なかなかに容赦がない。

基本的に誰に対しても一定以上にフレンドリーな態度を崩さないテイオーが、台所に湧いた虫でも見るかのような目で人を見ている。

それなりにテイオーとも付き合ってきたが、こういう顔をしているのを見るのは初めてのことで、少々意外にすら思える。

 

しかし酷いものだ。

私のトレーナー君も含め、周囲のトレーナーが笑いを堪えて俯いているあたりが、特に。

 

 

トレセン学園のトレーナー達はウマ娘の育成に全てを捧げる覚悟の決まった超人ばかりが揃っているのだが、それでも尊敬すべき人格者が多い。

ウマ娘という年端もいかない少女達を導く都合上、そういった者でもなければ採用されないのだ。

口が悪いくせに凄まじく親身に面倒を見るトレーナーもいれば、柄が悪いのにウマ娘を愛してやまないサングラスのトレーナーもいる。

そんな中で、なるほど確かに目の前で顔色を明滅させている男は異質だ。

いっそのこと、愉快なコメディアンか何かだと思ったほうが余程しっくり来る。

 

ここまでウマ娘のことを考えていない者というのは、極めて珍しい。

居ないことはない。しかし、そういう輩はトレーナーライセンス試験と、続くトレセン学園の採用試験でほとんど全て振り落とされて消えていくのだ。

特に、トレーナー業は勝ちさえすれば儲かる。

だから、ウマ娘を道具のように使い潰す者がトレーナーとならないよう、細心の注意を払って選抜を行うのだ。

 

…これは、採用担当者は減給の一つでも食うような事案ではないだろうか。

 

「…ふっ、はははは。テイオーも随分と手厳しいな。だが、なるほど確かにテイオーの言う通りだ。貴方はトレーナーとして相応しくないのではないかな?」

 

「ピークを過ぎた古バがしゃしゃり出てくるんじゃねえよ。とっとと引退すりゃいいものを過去の栄光に縋っていつまで走ってんだ」

 

おや、今度は私に向けての悪態か。

これは中々に筋金入りなのだろう。

残念ながら、研修生というある種の試用期間で騒ぎを起こしてしまった以上、彼のトレーナーとしての未来はーーー

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーああ?

 

 

 

 

 

瞬間。背筋が一気に凍りつくような低い声が聞こえた。

 

…これは。

とてもまずいのではないだろうか。

ぴりと肌を刺すような怒気が広がり始めている。

 

そっと、あくまでそっと振り返れば。

 

能面のような表情の抜け落ちた顔に、ただ目だけがどろどろとした炎を宿しているトレーナー君が、そこにいた。

 

 

…あーあ、やっちゃった。

トレーナー君のあの目を久しぶりに見た。

以前はしつこいパパラッチに対して同じような目をして、こう、酷い目に遭わせていた。

 

こうなると、もう逃げるしかない。

 

「…テイオー」

 

小声でテイオーに呼びかけると、だらだらと額から汗を流しながら、テイオーがそっと一歩下がる。

 

「…か、カイチョー」

 

流石に聡い。

わざわざ何か言う必要もなく、ジリジリと距離を取り始めている。

我々が下がろうとしたことで、男性トレーナーとの間に阻む物がなくなった。

 

「ちょちょちょい!止めなあかんの自分やないか!?」

 

トレーナー君を止めようとして振り切られたタマモクロスが悲鳴を上げて逃げ出している。

 

かつ、かつとコンクリートの床を叩く音が聞こえる。

 

止めなくては。

そう思うのだが、近づいてくる靴音の聞こえる方向を見たくない。

 

別に威圧感を放つだのと、人間離れしたことをしているわけでは全くない。

ただ、怒っているだけ。

だが、そうであるが故に、愛する人が見せる般若のような恐ろしい顔が直視できない。

 

自分たちにその矛先が向くことは、まずあり得ない。

それでも、それでも怖いものは怖い。

あの目を自分に向けられたらと思うと、泣き出してしまいたくなる。

 

そして、トレーナー君が例の哀れな男性の目の前に立った。

身長差があるため、トレーナー君が見上げる形。

 

「今、なんて言った?」

 

小さい声ながらも、異様によく通る声が響く。

 

ああなったトレーナー君は本当に怖い。

おもむろに男性のネクタイを掴むと、ぐいと強く引いた。

強く引っ張りすぎてしまったのか、額がぶつかったようだが、トレーナー君の側は微動だにしていない。

がちん、と痛々しい音が響く。

 

「がっ!?な、何しやがーーー」

 

「ーーーー()()()()()()()()

 

地獄の獄卒ですらあんな声は出すまい。

 

「っ…今更になって頭にでも来たのか?」

 

私とテイオーはそそくさとその場から撤退し、額に手を当てて天を仰ぐタマモクロスを拾ってさらに撤退する。

 

「私の事は「お荷物」と呼ぼうが、「運がいいだけ」だろうが、「出走チケット」と呼ぼうが、何と呼ぼうが構わない。私が彼女に見合う優れたトレーナーではないということは間違った認識じゃない。彼女ならトレーナーなどいなくても、一人でどうとでもしただろうさ」

 

トレーナー君の良く通る声。

普段の数段低いトーン。

そして、吐き捨てるような自嘲げな声。

 

ずきり、と胸が痛む。

自分に向けられた怒声ではない。

 

だけど、それは。

 

「だけど…『とっとと引退しろ』だって?」

 

本来、先ほども述べたように近くに居て止めるべきなのだろう。

確かに、いつでも止められる。だが、止めたくない。

 

トレーナー君が怒りを露わにしたのは、自身を貶されたからではない。

 

周囲に屯していたトレーナー達が、慌てたようにウマ娘達を誘導して下がらせていく。

教育の場で、大人同士の喧嘩などあまり見せたくないという配慮だろう。

 

「それは夢を諦めずに追い続けているウマ娘に向けて良い台詞では、断じてない」

 

そして、地獄の幕が開けた。

 

「撤回してもらおうか。今、この場で」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、彼は別人のように人格を矯正されることとなった。

最初の接触はともかく、言葉だけであそこまで人を叩きのめすとは思わなかった。

 

私に言えることはただ一つ。

普段何をされても平気な顔をして流しているような人を、本気で怒らせてはならない。

絶対に。

普通に怒っているだけなのに、普段全く怒ることがない人間が怒ると、本当に恐ろしく感じてしまうから。

 

 

 

 

…あと、わたしのために本気で怒るトレーナーさんは格好良かったです。

 

「トレーナーってあんな目もできたんだ…というか、ねえ、カイチョーそれはズルくない?あれ被害者はボクだよね?」

 

「ほんまずっこいわ…なんや自分」

 

わたしズルくないもん。

 

 

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