「――――諸君。緊急の招集にも拘わらず良く集まってくれた」
…私はなぜこんなところにいるのでしょうか。
周囲を見れば、マスクにサングラス、或いは仮面など、三者三様に怪しい恰好に身を包んだ者たちが、何やら集まっている。
トレセン学園内で不穏な集会が開かれている。
一体何事なのか、と。
私をここまで連れてきた下手人であろうウマ娘に視線を送るが、目が合った彼女は口の端を歪めて笑うばかり。
…説明する気は、ないんですね。
いつもの事、ではある。
彼女は大抵ろくなことをしない。
そして、大抵が説明責任もまともに果たさない。
普段は休日になるとトレーニングもせずにトレーナー棟のラボ…と彼女が呼んでいる部屋に引きこもっているくせに、何故こんな怪しげな集まりには参加しているのか。
先日ラボを爆破し、丁度居合わせたトレーナーさんを襲撃までした結果、生徒会長さんに手ひどくお灸を据えられたと語っていた筈なのですが、喉元過ぎればということでしょうか。
大体、その仮面舞踏会のようなマスク、似合っていませんよ。
いえ、別の意味で似合うのかもしれませんけど。
…今日はオフだったので、数少ないコーヒー仲間におすそ分けをしに行こうとしていたところ、突然袋のようなものを頭から被せられ、何もわからないままにこんなところに連れてこられてしまった。
その上、唯一普段から話をしている顔見知りはこの有様だ。
「…あの、帰っていいですか?」
思わず口をついて出る言葉。
「駄目に決まっているじゃないか」
私の呟きに答えたのは、隣で怪しい仮面を付けてにやにやと笑っているタキオンさんだった。
「…何で私をここに連れてきたんですか、タキオンさん」
「まあまあ、まずは話を聞いてくれよ、ダークマンハッタンC。…それと私はDr.マッドタキオンだ。ドクターと呼んでくれたまえ」
ぱたぱたと白衣の袖を振り回しながら、怪しげに笑うタキオンさん。
ほとんどいつもの事ではありますが、あの袖は研究や実験の邪魔にならないのでしょうか。
…それより、聞き捨てならない言葉が出ました。
「誰がダークマンハッタンCですか」
そもそも、名前を隠す気すらないじゃないですか。
私の懸命な抗議に対して、相変わらず取り合う気のないタキオンさん。
本当にこの人はマイペースすぎませんか。
しかし、周囲を見れば、マスクとサングラスやら、仮面やらで顔を隠そうとはしているものの、毛色や耳飾りで身元が割れる程度の変装をしたウマ娘たちが犇めき合っている。
壇上に…いえ、壇というかみかんの箱でしょうか。…に、立っているのは、恐らくですがゴールドシップさん。
そのほかにも、最近バットを持ち歩いていると噂の危険人物、怪しい白衣、他にも見覚えのあるウマ娘が仮装してぞろぞろと集まっている状況は、どうみても邪教の集いか何かです。
ハロウィンにしたってここまで不審な絵面にはならないでしょう。
私のお友達でさえ、ちょっとずつ距離を取り始める始末。
一体なんなのでしょうか、これは。
その答えは、壇上の不審者から放たれた。
「諸君、トレーナーが今、危機にある!」
うおぉぉ、と聴衆が沸き立つ。
…危機、ときましたか。
それは恐らく、昨日の件でしょう。
同室のユキノさんが、確か言っていたはず。
シンボリルドルフ会長が、公衆の面前で己がトレーナーさんを「デート」に誘ったと。
なるほど、つまりゴールドシップさんたちにとっては、トレーナーさんがデートに連れて行かれてしまうという構図になるのか。
そういうことであれば、話はわかる。
タキオンさんはあの人に執着というか、依存というか、懐いていますし。
たまに強請ってお弁当をもらっては、ニヤニヤとしながら私に見せつけにきますから。
他の方も似たようなものですね。
見たことのない方や、いやそうな顔をしながらも意外な方な人も混ざっているようではありますが、大体はトレーナーさんに絡みに行くところを見たことがある方ばかりです。
…そういうことですか。
この決起集会とちょっとよれた字で書かれた横断幕も、そういうことであれば理解できます。
「では諜報班、報告を」
なンで俺が…とぶつぶつぼやきながら、諜報班と呼ばれたウマ娘がレポート用紙を片手に説明を始めた。
「期間内にウマッターに投稿されたテキストデータを分析した。分析手法は…説明しても無駄か。あー、要するに投稿の傾向を確認したが、噂から逆行して分析していったが、最終的には複数の言説がそれぞれ異なるIPから発出されている。つまりはデマが複数、何の前触れもなく混ざり込んでいる。IPや端末まで異なるから、複数人が面白がってやったか、あるいはーーー」
「ふむ。恐らくはIPも偽装しているだろうね。今少し調べたところ、海外経由で追跡できなくなっているようだよ」
「そうなるとやはり偽装の線が濃厚だな」
「どちらにせよ、会長の手のものか、あるいは自身での仕込みか。…ドクターはどう見る?」
「ふゥん…エアシャカール君の分析結果から考えるに、恐らくそのデマに当たるであろう話の流れは、何者かが用意して、誘導されて表面化し始めたものと考えるのが妥当だろうねぇ。発生からコントロールされているような動きをしているじゃあないか。物理的な噂の方はどうなんだい?」
「なぜ私がこんな話を集めなければならないのですか…ええと、恐らくですが13時30分に3女神像前に集合されているケースが多いそうですわよ」
「サンキューマック!」
「名前で呼ばないでくださいませんか!?」
「音声班はどうだ?」
「仕掛けた集音器ではなかなか聞き取れなかったですね。トレーナーさんの側は少し電話しているようではありましたが、あっちはガードが硬い。会長の部屋の前に設置したものによれば、駅前のロータリーに14時と」
「…トレーナーの側が聞き取れていればよかったんだが」
「通話のタイミングはずれていたりしないか?」
「ほぼ同時に声が聞こえていたので、恐らく直通のように見受けられました」
「あの生徒会長のことだ。トレーナーの端末を監視しながら、タイミングを合わせて盗聴前提で仕掛けてきている可能性もあるか…」
そして各自から集めてきた情報が提出され、ああでもない、こうでもないと会議が進んでいく。
やれデートスポット候補に人員を配置して報告あげろだの、いっそのこと全ウマ娘を対象とした報告者に褒賞を出し、人の暴力で特定してはどうか、だの。
「ふゥん…私が思うに…」
「どうした、ドクター」
「いやね、会長は耳と鼻が良いので相当困難を極めるが、トレーナー寮の玄関2箇所をそれぞれ押さえれば、最初から確保した状態で尾行ができるのではないかな?」
「それだ」
「流石ドクター。天才か」
「…いいか、今回の作戦趣旨は牽制にある。ここにいる連中の狙いは皆同じだ。この会の趣旨に基づき、暴走は厳に慎み、今日を何事もなく終わらせるのだ!」
結論が出たのか、一気に盛り上がる面々。
実に楽しそうに盛り上がってますが、見ていると相当に焦っているような表情も見受けられます。
同時に、周りを出し抜いてやろうというような目の色も。
…つまりは。
デートの出歯亀をしつつ、トレーナーさんとあわよくば、という事なんでしょう。
あるいは、妨害を入れて牽制したい、とか。
気持ちは分からなくはないのですが…ううん。
あの人、そんなに簡単に担当を取らないような気がするのですが。
それにしても、だから早いところ午前中のうちにコーヒー仲間のあの人に、新しい豆を差し入れに行きたかったのですが…。
「…あれ?そう考えると、なぜ私はここに連れてこられたのでしょうか。なんて思ってないかい、カフェ」
「…心を読まないでください」
「コーヒー仲間と称して足繁く通っている君も、周りからすれば警戒対象の一人ではあるんだよ?」
「……は?」