前回からの有言実行。湿度を上げてどろどろぬまぬましていきたいと思います。
自分の聡明さや、自制心の高さ故に振り切ったこともできず、ジレンマがありそうな気がします。
幕間として箸休めにどうぞ。
その先を続けさせてはならない、と思った。
絶対に。
強い意思を宿した瞳。
凛々しく、力強く。ただ一点だけを見つめるような、強さを宿した瞳。
私の愛したその眼に、不純物が混ざろうとしている。
『それ』は。
私は、何度かその瞳の色を、目にしたことがある。
初めて出会った時がそうだった。
夢への第一歩。それを踏み出した瞬間に躓き、燻っていた頃。
そして、私が無敗の三冠馬を達成した時。
私が夢の実現に向けてまた一歩を踏み出した。
通過点にして、最大の関門を突破した喜びを分かち合い、そして。
その陰で、数多の悪意に晒されていた頃。同じ色を見た。
輝かしい栄誉。
感動、興奮。
それらは、二人で分かち合う筈のものだった。
中央のライセンスという、高難易度の資格を取得した、この国においても上位数パーセントに位置するような逸材。
国内においてはトップトレーナーの一角を占めるような人物。
若くして頭角を現し、担当したウマ娘を「無敗の三冠馬」に仕立て上げた怪物。
そんな傑物こそが私の片翼。
皆が彼の偉業を祝い、尊敬を集める。
そう。
――――そうなるはずだったのに。
世間が囃し立てたのは、私の打ち立てた「記録」だけだ。
無責任に人々は叫んだ。
より優れた杖こそ、皇帝には相応しいのだと。
貧相な杖など、さっさと替えてしまえと。
良い杖を持てば、更なる高みへと昇れるのだと。
無力感に唇を噛み締めた。
私が挙げた抗議の声は、都合よく解釈され、拡散された。
「あの皇帝にとってみれば、下手に発言力のあるトレーナーよりも、コントロールしやすい新人トレーナーの方が都合がいいのだろう」などと。
その時に、あの色を見た。
心を押し殺し、いつも通りを装って笑い、総てを捧げようとする。
夢に殉じようとする、狂った色の光だ。
私のせいだ。
それは、周囲トレセン学園スタッフたちの尽力があって、寸でのところで振り払うことができた。
悔しかった。
どうしようもなく、自分が無力であると思い知らされた。
私の片翼は、私の想像が及びもつかないほどに、強い。
勿論、物理的な、フィジカルとしての出力、強靭さはウマ娘という種族である私達のほうが遥かに強い。
しかし、あれはそういう強さとは違う。
折れず、ただ夢を見据えて進む。
そういう強さだ。
だから壊れる。
折れないまま、妥協しないまま。
だから狂っていく。
何も変わらないまま、決定的に歪んでいく。
私には許せない。
彼が彼のまま、違う何かになっていくことが許せない。
私のエゴだ。
きっと、変わってしまった方が彼にとっては楽なのだろう。
だが、それを見過ごすことが、私にはできない。
だってそうだろう?
愛した人が狂っていく姿なんて、見ていられないじゃないか。
恨んでくれて構わない。
私は、君を繋ぎとめる為だけに、同じ夢を追い続ける。
私のエゴのために、何度でも君を傷つける。
それでも私は、君の絶対で在り続ける。
竦みかけていた身体が、それでも咄嗟に動いてくれた。
崩れてしまいそうな君を、正面からそっと抱きしめる。
そっと、壊れないように。
どこかへ行ってしまわないように。
君は、はしたない女だと思うだろうか。
そう思ってくれても構わない。
君が居てくれるなら、私はそれでいい。
それだけで、何度だって走って、勝利を持ち帰ろう。
一番であり続けよう。
私には、君が居ないと駄目なんだ。
―――君は本当に、仕方がないな。
ふと、心に触れた気がした。
君はきっと苦笑いをして、やれやれと肩をすくめたことだろう。
わざわざ見上げなくても、分かる。
前も、そして今も。
いつだって君を追い詰めたのは、私だったのに。
いつだって君は、仕方ないなあと笑って傍にいてくれた。
それでいい。
呆れてくれても構わない。
他のウマ娘の面倒を見ることも、まぁ、うむ。
それでもなお、私が君の絶対であり続けるから。
嫉妬はすると思うが。