トレセン学園は今日も重バ場です   作:しゃちくらげ

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心満意足

 

 

 

 

バッグにチャームのようにぶら下げた懐中時計を開けば、時刻はそろそろ約束の時間が近づいていることを示していた。

 

あまり堂々と待つこともできず、帽子やサングラスを使い、申し訳程度の変装を行いながら、待ち合わせ場所を眺めていた。

 

待ち合わせの場所は、普通待ち合わせに使わないような、駅前から程近いものの、雑然とした繁華街のファストフード店の前。

流石にデートの前にファストフードで昼食を、という訳にもいかず、香ばしい匂いが漂う中、コーヒーを受け取って窓際の席で待つ。

軽食は摂ってきたものの、こうも良い香りが漂う中では少しばかり誘惑に駆られてしまう。

せめてアップルパイあたりを頼んでおけば良かった、と後悔するものの、合流直前で注文したところで、アップルパイを片手に挨拶を、というわけにもいかない。

 

仕方なしに、泥水のようなコーヒーを啜りながら、ガラス越しに雑踏を眺める。

 

こういう時、普通に駅前のモニュメント前などで待ち合わせ、というようなシチュエーションを楽しむことが難しくなってしまった。

ファンに声を掛けられたりすることはむしろ有難いことではあるものの、有名税とでも言えば良いのか。あまり人の多いところに出てしまうと、ひっきりなりに声をかけられたり、ともすればシャッターを向けられてしまう。

 

一人で歩いているのであれば、特段気にすることでもない。

しかし、トレーナー君との久しぶりの外出ともなれば、どうしても鬱陶しく感じてしまうのは仕方ないことだろう。

 

こればかりは誰のせいにできることでもない。

強いて言うのであれば、私自身が挙げた成果のせい、かな。

 

そんなことを言えるようになったのも、もう随分と時間が経って落ち着いたからだろうか。

まさか、そんな些細なことで思い悩むようになるとは当時は露ほども思ってもみなかったのだから。

贅沢な悩みというやつだろう。

 

…む?成果の、せいかな。

 

ふふ、これは後ほどトレーナー君に披露できるかもしれないな。

 

頭を軽く振り、思考を追い出せば、眼下には行き交う人の流れ。

時折、楽しそうに友人たちと戯れるようにしながら通り過ぎていくウマ娘の姿も見かける。

 

あのような笑顔を。

そう純粋に思い、夢を描き。

 

そして、今はどうだろうか。

 

ふぅ、と大きくため息をつく。

溜息をつくと幸せが逃げる、とはよく聞く。

しかしその分吸い込むことで上手く相殺できないだろうか、などと愚にもつかないことを考えてしまう。

 

トレーナー君は、いつも時間より少し早めに待ち合わせ場所にやってくる。

早めに出て、勝手に待っている身でありながらも、いつも「早く来て欲しい」と思ってしまうのは身勝手なのだろう。

 

お互いに大概忙しい身だ。

私はあれもこれもと勝手に仕事を増やす性質ではあるが、トレーナー君は純粋に忙しい。

寝食を削ってでも、私の育成に全力を尽くしてしまう。

 

オフの日くらいは休んでいてほしい、と思う気持ちもあるのに、こんな提案を持ちかけて引っ張り出しているのだから、私もよくよくと自制ができていない。

日頃血の滲むような努力を重ねているのだから、たまの外出程度は多めに見て欲しいものだ、と誰に言うでもない言い訳が舌の上で転がる。

 

ふと、眼下の景色の中に、一際目を引く人の姿を見つけた。

今更見間違えるはずもない。

トレーナー君の姿だった。

 

「…ん?」

 

おや?

いつもと様子が違う。

 

大抵は学園内で日常的にしているような格好のままの筈だが…おや?

 

思わず身を乗り出し、ガラスにへばりつくようにして凝視してしまう。

 

…?

 

想定と、なんだ。大分違うのだが。

ここはいつも通りの格好で来て、私がちょっと呆れたような…。

 

私の近くに居た食事中の客たちが、ちょっと距離を取り出したことに気づき、咳払いをしてトレイを手に取り、席を立つ。

 

ともあれ、折角のオフに時間を割いてくれたトレーナー君を待たせる訳にもいかない。

行かなければ。

 

トレイを返却し、階段を降りていく。

不意に階段の窓に映った自分の姿が気になった。

あれ、私おかしな格好してないよね?

不意に、自分の恰好が不釣り合いなのではないか、と非常に気がかりになってきた。

 

 

 

 

 

 

「やあ、待たせたかな」

 

「いいや、今来たところだよ」

 

ひょい、と手を挙げるトレーナー君に、私も軽く手を振って応える。

 

白々しい遣り取り。

もはや定番を通り越して古典的とさえ言えるほど、使い古され手垢に塗れたそれ。

 

しかし、そんな遣り取りがこうも胸を躍らせるのだから、古典よりは王道と形容するに相応しいのかもしれない。

 

思わず、頬が緩む。

 

合流した場所は、先ほどまでコーヒーを啜っていたファストフード店の前。

なんとも味気ないが、少し色気を出したような場所に設定すれば、邪魔者に早々に特定されてしまう。

これは苦肉の策だった。

 

お陰で、と言うべきだろうか。

周囲に視線をやっても、疑わしい影は付いてきていない。

トレーナー君も上手く追跡を躱してやってきてくれたものだ。

 

「今更ながら、少し照れるかもしれないね、これは」

 

少しはにかんでトレーナー君が言った。

今日のトレーナー君は、普段とは趣がだいぶ異なる。

いつものような仕事着ではなく、珍しく…と言うよりは、初めて見る装いであった。

髪もしっかりとセットしているし、普段身に付けていないアクセサリーの類も主張しすぎない程度に身にまとい、全体として実によく似合っていた。

 

決して華美ではなく、大人としての落ち着きが感じられる装いだった。

 

クローゼットの中を散々整理したりと私物については概ね把握している私ではあったが、ハンガーにぶら下がっているそれを見るのと、トレーナー君が袖を通しているところを見るのでは相当に印象が異なるのだな、と新鮮な気持ちにさせてくれた。

惚れ直す、とはこのことだろう。

 

「さて、今日は君のエスコートだ。行き先は任せたよ」

 

するりとトレーナー君の右側に付けると、促して歩き出す。

ふわりと、トレーナー君のつけた香りが鼻腔を擽る。

体臭と混じり合い、仄かに香るそれはとても魅力的な薄いコーヒー。

苦味と甘みのある香ばしいそれは、部屋で時折挽くという豆の香りだろうか。

 

「うん。じゃあ、行こうか」

 

さて、今日はどんなデートをエスコートしてくれるのだろうか。

 

足取りは軽く、弾むよう。

胸の高鳴りがその耳に届かないように、と祈りながら。

私は隣を歩いていく。

 

それだけのことが、とても特別で、幸せだった。

 

 

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