トレセン学園は今日も重バ場です   作:しゃちくらげ

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譎詐百端

 

 

 

 

ティーカップを片手に動向を注視していたところ、ぶるり、と机の端で端末が震えた。

振動は1回。メッセージの着信だ。

端末に送られてきたそれに目を落とせば、差し出し人は数少ない友人。

 

『トレーナーさんと商店街近くで会いました』

 

実に彼女らしい、素っ気ない報告。

嫌々あの会議に出席していたと思っていたが、面白い。

 

「ふゥん…まさか今回、一番関心の薄そうなカフェが最初に見つけるとはねぇ…」

 

私の友人は、あれですこぶる真面目だ。

 

ああいう場に引きずりだされて空気に呑まれてしまえば、嫌々ながらも何かと理由を付け、消極的にではあるが協力してくれる。

 

今回も、特にそんなつもりもなく買い出しなり何なりに出かけた際に、偶発的にトレーナーくんと遭遇したのだろう。

そこで、無視するのも居た堪れなくなって連絡を送ってきたのだと推測できる。

 

そろそろ出かける頃合いだろう、とトレーナー寮の出入り口を押さえに行った面々は空振りに終わったとの報告がつい今しがた上がってきたところであり、それぞれあのトレーナーくんが行きそうなデートスポットを抑えるべく、今まさに駆け出そうとしていたところだったところに、ちょうど良い情報が届いたものだ。

 

ひとまず。

届いたままの情報を共有ルームに転送してやれば、それぞれが勝手に動き出してくれる。

複数人の既読だけ付いているあたり、返信の手間も惜しんで駆け出したのだろう。

 

まったく、せっかちだなあ。

 

「はは、皆行動が速い。差しや追込の適性がない者まで、素晴らしい飛び出しじゃあないか」

 

窓の外を眺めれば、レース終盤もかくやと言わんばかりの速度で飛び出していく見知った姿が見えた。

トレーナーくんのような人間とは異なり、私達ウマ娘の移動速度は下手な公共交通機関を利用するよりも速いケースが多い。

自転車を使えば踏み壊してしまうし、車やバイクは免許の都合により不可。

バスを待つのもあまり意味がない。

 

であれば、走るしかないのだ。

 

これはある種のレース。

会長の一人勝ちを阻止すべく、妨害を掛けることは共通認識として持っている。

 

しかし、本質的な勝利条件は違う。

専属契約という、ひとつしか残っていないそれを狙う。

 

学内では会長の目が光っているし、トウカイテイオー君も壁として追加された。

であれば、差すポイントはデートの合流前。

 

そしてこれは、先着順だ。

 

噂が正確であることが前提とはなるが、彼の担当枠は三つ。

情報ソースが正確かどうか疑わしい状況で考察を行うというのは業腹だが、調べたところで今ひとつ不明瞭な「3人」という情報しか伝わってこない。

 

シンボリルドルフ、トウカイテイオー。

既に判明しているだけで2名。

残る枠はひとつ。

 

その枠が埋まってしまえば、私達には早々手出しはできなくなる。

物理的に手を出したりすること自体は簡単だが、契約行為というのは双方の意志がなければならないからだ。

 

「無理やりにでも自分のモノにしてしまおう」という不埒な事を考える者もこのトレセン学園には時折湧いて出るため、事件が起きたりもするが、まあ、それはそれ。

 

そんなわけで、私達は一時的な協力は出来るかもしれないが、最終的にはどう足掻いても蹴落とし合い、裏切り合いに終始するだろう。

私達に結束などという言葉は必要ない。

いつ裏切って抜け駆けするかも定かではないし、最後の最後、「一人」を選択するのはトレーナーくん自身の意志だ。

結束したところで意味をなさない。

 

ゆえに、ここにあるのは情報共有の場としての緩い共同体であり、チームプレイなどという都合の良い、美しい響きの言葉は存在しない。

仮にあるとすれば、スタンドプレーからなる偶然の連携ぐらいなものだろう。

 

「てめェ、平気で嘘吐きやがったな…」

 

隣でディスプレイとにらめっこをしていたシャカール君が、忌々し気に呟いた。

 

「うん?いやいや、嘘なんてついていないとも。私は上げられた情報をそのまま展開したにすぎないさ」

 

「どうせ違ぇって分かってんだろ」

 

「あっはっはっは。シャカール君は疑り深いなあ!」

 

いやはやまったく心外だね。

私ほどに正直なウマ娘はそうそう居ないというのに。

 

ま、好奇心に、だがね。

 

 

…なあ、カフェ。

 

君が商店街になど立ち寄っていないことは分かっているとも。

別に監視を付けていたわけじゃあない。

いくら私でも、君との付き合いも、もう長いのだから。

 

君が考えそうなことはある程度わかっている。

 

―――トレーナーくんと逢ったのは、この文面から推察するに、恐らくは事実。

 

商店街近くだというのも事実だろう。

しかし、どこの商店街、とも言っていない。

 

基本的に雑なところのある彼女だが、こういう時は意外にも丁寧に伝えてくる。

それが敢えて「商店街」とだけ発言したということは、その裏に、暈そうとしている意図が見て取れる。

 

彼女の性格であれば、後々面倒になると考え、報告そのものはする。

しかし、イマジナリーフレンドと対話する奇矯な趣味をしている割には理性的で、常識的なところがある彼女はトレーナーくんに申し訳ないという後ろめたさを抱く。

それが「報告はする。但し正確なことは言わない」という消極的な抵抗を取らせるだろう。

けれど、律儀なところがある彼女は嘘も言わない。

 

その結果、この簡素かつ不明瞭な報告となった、という事だろう。

 

…本当に律儀だなあ、カフェは。

 

私にだけ分かるように教えてくれるなんてね。

 

今朝、私の頼みを断る際に口にした言葉。

別に断る上では「用事がある」とでも言えばいいのに、わざわざ「コーヒー豆を分けてもらいに行く」と言って断った。

 

つまりは、彼女が入り浸っている喫茶店へ向かう、という事だ。

紅茶党の私からすれば、敵地と言っても過言ではないが。

 

その道中ですれ違った、とも思えるが、そうであれば「逢った」というよりは「すれ違った」或いは「見かけた」と形容したことだろう。

 

つまりは、喫茶店で出くわしたか、それに近い状況だろう。

多少の論理飛躍はあるが、そこはウマソウルの囁きに身を委ねることとする。

今必要なのは、100%の精度ではなく、速度だ。

情報はすぐに鮮度を失っていくのだから。

 

さあ、私も出かけるとしよう。

他人が成果を挙げようとしている所を、おめおめと観察している訳にもいかないのだ。

やれやれ、と肩をすくめ、エアシャカール君に出かける旨を告げる。

 

返事はない。

とっとと行ってしまえ、とばかりに追い払うようなジャスチャーだけが返ってきた。

 

 

部屋から出ると、とんとんとつま先を地面に当て、脚の調子を確かめる。

私の脚はガラス製のそれだというのに、オフの日に走らせようだなんて。

全く、罪なトレーナーくんだなあ。

 

とはいえ、誰かさんのお陰ですっかり防弾仕様になっているのだがね。

 

おっと。モルモッ…トレーナーくんのためにプレゼントする薬は…うん、きちんと持っている。

今度は人間にも効くと良いのだけれどねえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

喫茶店のドアの前で、少しだけ呼吸を整える。

流石に3000メートルを超えるような距離を全速力で駆け抜けるわけにもいかないので、ほどほどにセーブして走っては来たものの、当然のことながら呼吸は乱れる。

 

吸って、吐いて。

それを何度か繰り返せば、ウマ娘の強力な心肺機能はすぐに落ち着きを取り戻す。

さあ、行こうか。

 

辿り着いた喫茶店のドアを、開く。

 

「やあトレーナーくん。こんなところで奇遇だねえ」

 

「…タキオンさん」

 

カウンター席から、金色の目が私を射抜いた。

挨拶もせずに視線を左右に巡らせるが、肝心のトレーナーくんの姿が見当たらない。

 

はて。

 

「…おや?トレーナー君が居ないじゃないか。トレーナー君はどこだい、カフェ?」

 

カウンター席に腰掛け、こちらを呆れたように見ているカフェに尋ねる。

しかし本当に嫌そうな顔をするな、君は。

 

「…もう随分前に出られましたけど」

 

コーヒーカップを口に付けていたカフェが、悪びれもせずに言い放った。

 

「えーっ!?なんで引き止めておいてくれないんだい、カフェ!?君は何のために喫茶店なんかにいるんだい!」

 

「少なくとも、あなたのためではないです」

 

私の数少ない友人は、友人甲斐のない薄情さをここで発揮したようだった。

 

呆れたように私から視線を外すと、彼女の前に置かれていたチョコレートをひょいと摘まんで口へ放り込んだ。

珍しく、ほんの少しだけ口の端が緩められた。

 

無表情か、或いは嫌そうな顔しか見たことのないカフェの、少しだけ緩められた横顔。

思わずぽかんと見入ってしまう。

 

「…しかし、やっぱり来ましたね」

 

今、聞き捨てならない言葉が聞こえた気がしたぞ?

 

 

 

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