トレセン学園は今日も重バ場です   作:しゃちくらげ

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奇貨可居

 

 

 

「ほら、この服は君に似合いそうじゃないか?」

 

にこにこ、と実に楽しそうに微笑んだルドルフが、ぐいぐいと服を押し付けてくる。

 

言われるがままに肩に当てて鏡を見るものの、鏡に映るのは微妙に困惑気味の見飽きた顔が普段着ないような服を当てているだけの姿。

今ひとつ自分ではよくわからないものの、ルドルフはあまりにも楽しそうに笑う。

ある意味着せ替え人形で遊ぶような感覚に近いのかもしれない。

 

「…そうかな?」

 

「そうとも。君はあまり服を買わないたちだから、こうして服を選ぶと言うのも楽しいものだね」

 

合流からしばらく。

エスコートだと息巻いていたのは良いものの、最初に立ち寄ったショッピングモールで既に私の心は折れそうになっていた。

 

ルドルフが、強い。

 

いや、強いと言うのは今更なので表現がおかしいか。

なんと形容すれば良いのか。

 

押しが強いのだ。

 

「おや、トレーナー君あれを見てくれ。あのバッグ、素敵じゃないか?」

 

「格好いいデザインだね。似合うと思うけど、ルドルフにはちょっと大きいかな?」

 

今度はバッグに目標を見定めたようだ。

シンプルなデザインながらもセンスの良い、肩掛けにもできるトートバッグ。

縦長でA4サイズが入る程度の大きさのそれは、普段チェーンバッグを肩にかけているルドルフには少々大きいかもしれない。

とはいえ、シック寄りのセンスの良いバッグは似合いそうではあるが。

 

「いやいや、君に似合いそうだと言ってるんだぞ?」

 

「私に?いや、私は…」

 

ルドルフにもらったバッグがあるから、と言いかけて、そういえば壊れてしまったのだなと思い出した。

 

「…そう言えば必要だったね」

 

「…その節は本当に申し訳ない」

 

思わず呟いた言葉に、ルドルフは珍しく顔ごと目を逸らし、ぷるぷると小刻みに震え出す。

何だかんだで負い目に感じていたらしい。

 

「いや、いいよ。じゃあ、ルドルフお勧めのバッグにしようかな」

 

「あ…うむ!」

 

ぱあ、と花が開くような笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

私がプレゼントしよう!と妙に張り切って財布を取り出すルドルフをなんとか抑え、会計を済ませると、寮へ郵送してしまう。

 

デートとはいえ、マンハッタンカフェからの警告もある。

できるだけ両手は開けておきたかった。

もし何かトラブルに巻き込まれ、選んでもらったバッグがぼろぼろになってしまうようなことがあれば、またしょんぼりルドルフしてしまうだろうから。

 

「私がプレゼントしたかったのだが…」

 

しゅん、と尻尾と耳を萎れさせたルドルフが、とぼとぼと横を歩いている。

 

「デートに付き合ってもらっているだけでも嬉しいからね」

 

「…む。君は本当に口が上手いな」

 

そんなことを言われては、あまり消沈もしていられないな、と呟くが、まだへにゃりと尻尾と耳は垂れたままだ。

どれだけ気にしていたのだろうか、あのバッグの事。

 

 

 

 

ショッピングモールは、日曜日だけあって人出が非常に多い。

ちらほらと学園の生徒と思しきウマ娘を見かけることもあり、盛況の程が伺われる。

 

向かいから、見知ったウマ娘が、友人と楽しそうに話しながら歩いてきた。

割とこういう、他人とはあまり逢いたくないときに限って、知り合いと良く遭遇してしまうのだ。

 

「…やあ」

 

流石に無視するのもどうかと思い、軽く手を挙げて挨拶をする。

 

「あら、こんにちは」

 

対する彼女は、驚いたように目を丸くしたものの、そのままぺこりと軽く会釈するとすれ違っていった。

 

良かった。

今日は掛かっていないようだった。

最近厄介な芦毛ランキングでも上位に位置するようになった野球ウマ娘ことメジロマックイーンは、今日はご機嫌が麗しい様子。

 

そして彼女の隣にいた背の高い芦毛のウマ娘は誰だろうか。

毛色と身長はゴールドシップに似ていたが、見たことがないウマ娘だった。

 

メジロマックイーンがそそくさと去っていったことを考えるに、もしかしたらメジロ家の誰かなのかもしれない。

 

同年代のメジロ家と言えば、メジロライアン、メジロパーマー、メジロドーベルの3人だが、3人とも鹿毛だ。

少し上にメジロアルダンが居り、毛色も同じ芦毛だったとは思うが、彼女でもない。

となれば、親族かそこらだろう。

 

おっと。今はそんなことに思考を割くべきではない。

少し俯きがちにとぼとぼと歩いているルドルフは、こちらに気付いていなかった様子。

少しだけほっとするが、いつまでも彼女を俯かせているわけにもいかない。

 

次へ行くとしよう。

 

「それにしても、私の物に時間を使わせてしまって申し訳ないな。本当はルドルフにアクセサリーの一つでも、と思っていたんだけ…」

 

ぱたり、とルドルフの足が止まる。

思わず振り返る。

 

びよん、と。

まるで発条仕掛けのように耳と尻尾が直立していた。

目を真ん丸に見開き、口を半開きにして硬直している。

 

え、何が。

 

困惑しているうちに再起動したらしいルドルフは、それはそれは大変に目を輝かせ、カツカツと足音も高く歩み寄ってきた。

 

「さあ」

 

ぱし、と軽い音を立てて、手を捕まれる。

そのまま、ぐいと力強く引っ張られた。

 

「往くぞトレーナー君!」

 

「わっ、ちょっ、行くから引っ張らないで強い強い」

 

のしのしと私を引きずるような勢いで、ルドルフが早足で進んでいく。

これは掛かってしまっているようですね。一呼吸つけると良いのですが、等という聞きなれた実況の声が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…いらっしゃいませんわね、トレーナーさん」

 

相変わらずショッピングモールは人が多いですわね。

日曜日ですから、仕方のない事ではありますが。

 

トレーニング用品店なども入居しているこのモールは、トレセン学園生徒にとってもなじみ深いスポット。

スイーツを取扱うお店なども相当数ありますので、誘惑と戦うのに苦労させられますわ。

 

「ったく何処行っちまったんだ?まさかこのゴルシ様を差し置いて火星開拓でもしてんのか?」

 

本当に言葉が通じませんわね、この方。

 

昨晩に突然部屋に突っ込んできたと思えば、わたくしに無理やり噂集めを手伝わせて、今朝はあのサバトみたいな集会へ。

そして午後は、トレーナーさんを捕獲するという名目で連れまわされています。

 

しかし、どうしてこの方はやけに絡みに来るのでしょうか。

とても迷惑なのですけれど。

 

とは言いながらも、なぜか憎めないんですのよね、この方。

そして、断り切れない私にも非がありますわね、多分ですけれど。

 

…それにしても、シンボリルドルフ会長とそのトレーナーさんの外出だなんて、今更珍しいものでもないと思うのですけれど。

トレーニング用品店を中心に探し始めたものの、なかなか見当たらず。

書店、雑貨類、シューズ店などを見て回り、最終的に衣料品のエリアにやってまいりました。

お店を覗くたびに、ゴールドシップさんが余計なものを見つけてはしゃぐおかげで、捜索状況は芳しいとは言えませんが。

…と、言いますか。

 

「なぜこんなに皆さん必死になってらっしゃるのかしら?」

 

確かに、公衆の面前でデートの約束をした、というのは噂に飢えた方にとっては恰好のニュースではありますが。

いつも一緒にいるイメージのあるあのお二人を、態々オフの日に足を棒にして探してまで見てみたいものなんでしょうか?

 

「なんで、っておめー…」

 

普段と装いが異なり、正直未だに誰かよくわからない状態と化しているゴールドシップさんは、それでも普段通りの口調。

真面目くさって腕を組み…。

 

何故か首を傾げました。

 

「……ノリ?」

 

そして紡ぎ出されたのは、何も考えていなさそうな一言。

 

「ノリで連れ回されてますの、わたくし⁉」

 

待ってください。そんな理由でわたくしの貴重な休日を浪費してましたの?

 

「ばっかおめーだって大体ノリで生きてるじゃねーか!一緒だよ一緒!」

 

ばしばし、と笑いながら背中を叩いてくるゴールドシップさん。

あなた無駄に力が強いのですから手加減ぐらいしてください。

 

「あなたと一緒にしないでくださいませんこと?…あら、こんにちは」

 

「え、それをトレーナーに野球勝負吹っ掛けた挙句負けて大泣きした奴に言われるのすげー心外なんだけど…。もしかすっとアタシよりノリで生きてんだろ…」

 

「蒸し返さないでくださいます⁉あれは…あれはその、アレですわ!」

 

「なんだよ」

 

「えっと…その場のノリですわよ!!」

 

「やっぱそうなんじゃねーか。…ん?そういや見てなかったんだけどよ、さっきの知り合いか?」

 

「…え?シンボリルドルフさんのトレーナーさんでしたが」

 

「おめえそれ探してここまで来たんじゃねーかよ!!!!!」

 

「あら?」

 


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