トレセン学園は今日も重バ場です   作:しゃちくらげ

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※本特別編内で出る質問は全て読者様よりコメントにて頂いたものとなっております。又の名をコメント返し回。


本編とは全く関係のないあれこれなので、興味のない方は2章まで飛ばしていただけますと幸いです。
ご愛顧いただいている読者の方へ、当店からのサービスです。


特別レース 第2R トゥインクルシリーズ特集杯『皇帝の素顔に迫る』(前編)

 

 

 

 

 

昼下がり。

 

とんとん、と書類の端を机に当てて揃え、隣に控えていたエアグルーヴに手渡すと、軽く伸びをする。

書類仕事で凝り固まった肩の筋肉に、少し血が通う。

 

相変わらず、この生徒会室は内装こそクラシカルで調和の取れた美しさではあるが、一方で雰囲気のためか、照明が少々薄暗い。

基本的に作業は日中に行われるため、大きな採光部から差し込む日光が強い日と弱い日で、大きな差異があるのだった。

ロケーションとしては学園内でも屈指のいわゆる「画になるスポット」ではあるのだが、目を酷使する作業を行うには向かないのではないか、とも思える。

眉間に指を当てて揉みほぐせば、少しだけ目の疲れが取れるような気がした。

 

「お疲れですか」

 

渡した書類をぱらぱらと捲り、チェックをしながらエアグルーヴか気づかわし気に声を掛けてくれる。

 

「いや、大丈夫だ」

 

私の歴史に刻まれた、記念日として燦然と輝くあのデートの日から、どうにもトレーナー君の顔を見ないと調子が出ないというだけだから。

いつもであれば、そろそろトレーニングが始まる頃合い。

トレーナー君と昼食を摂りながらミーティングをしたりする頃の筈だが、今日の生徒会業務はまだ終わらない。

 

昨晩スケジュールを確認していたところ、いつの間にかブライアンによって生徒会メンバーの午後のスケジュールが押さえられていたのである。

スケジュールに、ごく簡素に一行のみ「取材対応」とだけ記載されていたため見落としていたらしい。

 

本日のトレーニングの時間が確保できないことを残念に思うが、しかし取材対応も立派な仕事。

あまり消沈してばかりもいられない。

軽く頭を振れば、丁度よく扉からブライアンがにゅっと顔を出した。

 

「会長。時間だ」

 

「ああ、承知した」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何故だ」

 

「どうした、ブライアン」

 

「酷い目に遭う気がする」

 

嫌な予感がする。

レースではあまり感じない、不安にさせられるような嫌な雰囲気だ。

 

「…どういうことだ?」

 

エアグルーヴが不審げに訊いてくるが、嫌な予感は嫌な予感としか言いようがない。

テレビ局の連中があれこれ機材を構えて並ぶのは今更なので何とも感じないものだが、一方で機嫌よさそうに尻尾を揺らしているあの愉快者には不安しか残らない。

 

何か、酷い見落としでもしているかのような。

姉貴の髪の中にブラシを飲み込ませてしまった事に気づかなかった時のような。

 

「では本番5秒前、4、3、2、1…」

 

後でひどい目に遭わされる、そういう嫌な予感が頭の中で主張していた。

だが、カウントダウンはあっという間に進む。

 

「それでは早速、視聴者の方よりお寄せいただいた質問を元にインタビューをして参りたいと思います!本日のテーマは…じゃん」

 

 

『トゥインクルシリーズ特集〜皇帝の素顔に迫る〜』

 

 

インタビュアーの取り出したフリップには、そんなことが書かれていた。

珍しい企画だと思う。

普段は個別での取材が多いが、今回は周囲のウマ娘や関係者を巻き込んでの取材だった。

 

「皆さん、あの皇帝の素顔や、その周囲には興味津々ですねぇ。沢山質問を頂いておりますが、本日は選りすぐった質問をぶつけて参りたいと思います!…ではまず、ナリタブライアンさん!」

 

「…」

 

「ブライアン。顔」

 

いきなり水を向けられて、思わず表情に出る。

エアグルーヴがすかさず私の脇腹に肘を入れてくるが、これは仕方ないと思ってほしいものだ。

お前たちと違って、テレビ用の顔なんてものに持ち合わせは無い。

 

「そんなに嫌そうな顔をしないでくださいよ…。気を取り直して、ナリタブライアンさんから見た、最近の生徒会長の様子はいかがでしょうか?」

 

…ふむ。

 

「……不気味なほど機嫌は良いな。元々愉快者だが」

 

現にそこにいるあの愉快者は、今もどこか楽しそうに尻尾を揺らしている。

ここ数日、生徒会業務でトラブルがあっても楽しそうにしているが、正直気味が悪い。

 

「その口ぶりですと、普段はあまり機嫌が良くないという事でしょうか?」

 

「いや、機嫌が悪いというよりは、最近は落ち着きがなかった。何があったのかは知らん。エアグルーヴにでも聞け」

 

「…だ、そうですが、エアグルーヴさんは何かご存じでしょうか?」

 

「わ、私か?…確かに最近落ち着かない様子だったが…恐らく会長のトレーナーが新しく担当を取ったことが原因ではないか?それ以外は思いつかん」

 

「そうだよ」

 

不意に、静かに揺れていた会長が口を開いた。

 

…。

 

……ん?

 

「…会長?」

 

「…縮んでないか?」

 

思わず、エアグルーヴと声が被る。

おかしいだろう。いや、おかしくないかこれは。

何故縮んでいる?

 

「縮んでないし。わたし小っちゃくないし」

 

頬を膨らませて抗議する愉快者。

いや、あれで愉快な性格をしているので愉快者と時折表現するが、まさか物理的に愉快なことになるとは思いもしなかった。

 

 

いや、おかしいだろうが。

 

 

「では折角なので、シンボリルドルフさんにお聞きしたいですね。最近何かあったんでしょうか?」

 

何故取材側も気付かない。

エアグルーヴは疑問に…

 

「それは私も気になりますね」

 

…駄目だ。こいつ気付いていない。

 

「トレーナーさんが新しく担当を取ったので、落ち着かなかっただけですよ」

 

「やはり皇帝と言えども、そういうのは気になるんでしょうか?」

 

「分かっていても、ちょっと気になりますね。別に嫌というわけではないんですが、落ち着かないと言いますか…」

 

「ふむふむ。では、最近ご機嫌の理由は?」

 

「トレーナーさんとデートしてきました!見てくださいこれ!プレゼント貰ったんですよ!」

 

ぐいぐいと身を乗り出し、制服の胸元を引っ張るようにして「プレゼント」を見せびらかし始めた。

おい、待て。

お前それを全国に放送するつもりか。

 

「これは…なるほど、熱愛ですね?」

 

インタビュアーも若干のけぞっているだろうが。

そうじゃない。しまえしまえ。

 

「勿論です。こんな素敵なものを貰える私は特別な存―――」

 

「会長、会長ダメです。これカメラ回ってますから!」

 

いいぞエアグルーヴ。そのままそいつをしまっておけ。

今日のそれは異常なまでに厄介な匂いがする。

今なら小さいしその辺に入るだろ。鍵をしておけ。今日はそこから出すな。

 

エアグルーヴの制止が届いたのか。

会長は我に返ったように咳ばらいをすると、ソファーに座り直した。

いそいそと腕を組み、片手を上げる馴染みの深い姿勢に戻った。

だが手遅れだろう、これは。

 

「おっと…こほん。トレーナーさんと外出をして、改めて信頼関係を確認できた、というところでしょうか」

 

さっきのはカットで、とエアグルーヴが後ろで指をちょきちょきさせれば、撮影班が頷いた。

察しが良くて助かる。

 

 

 

 

「…では、次の質問に参りましょう」

 

一度カメラを止め、映像を確認した後に、インタビューは再開された。

先ほどの醜態については、エアグルーヴがコピーを取ったうえできちんと削除させたようだ。

…何故コピーを取った?

 

考えるのはやめておく。

 

「過去のインタビューで、今のトレーナーが新人の頃、スカウトを数多く失敗してきた、と言うような話がありましたが、断ったウマ娘たちのその後の事はご存じでしょうか」

 

またしても、質問が書かれたフリップが示された。

 

だが、インタビューするにしても、もう少し質問の順番を考えてやれ。

テレビ屋は面白ければなんでもいいのか。

 

「うーん。芽が出た、とわたしが言うのもどうかとは思いますが、G1ウマ娘になれた子はいませんでした。トレーナーが付かないまま引退という子も結構いましたね」

 

「その子たちが仮に貴女のトレーナーと契約していた場合はどうだったと思いますか?」

 

随分と切り込んでくる。

それに、あの莫迦者がスカウトに失敗し続けていた話などと言うのは、殆ど外に出ていない情報だったように思うが、随分と熱心なファンがいるものだ。

 

「最低でもクラシック一冠くらいは獲ったと思いますよ」

 

「…随分と強気ですね?」

 

「勿論です。わたしのトレーナーさんですから。そのぐらいは朝飯前にやってのけます」

 

おい、おいこれ後でお前のトレーナーも見るんだろうが。

毎度そうやって圧力かけてるとそろそろあいつの胃が取れるぞ。

妙に自己評価が低いんだから、もうやめてやれ。

 

「成程…仮にですが、シンボリルドルフさんが契約出来ていなかったら、今頃どうなっていたと思いますか?」

 

「わたしですか。仮定だったとしても、それは考えられないですね。まだデビューしていなかったかもしれません。それぐらいに、トレーナーさんと私が結ばれないなんてことはあり得ないです」

 

「あ、はい…」

 

インタビュアーが押されているじゃないか。

そこで威圧感を出すのをやめろ。

走りたくなるだろうが。

 

「ええと、それでは次の質問に参りますね」

 

 

毎度のごとくフリップが出てくるが、後ろに控えているスタッフが手にしていたフリップの量を見ると眩暈がしてくる。

 

一枚一枚が厚めに作られているとはいえ、分厚い。

今日の私は、これに付き合わされるらしい。

 

「把握している範囲で、この度同じトレーナーさんについたトウカイテイオーさん以外で、警戒しているウマ娘とその警戒度はいかがでしょうか?」

 

おいバ鹿やめろ。

その話は映画みたいに長くなる。

 

「長くなりますけどいいですか?」

 

ほらみろ。

私は、エアグルーヴと共に会長の後ろで大きく腕を交差させ、×マークを作る。

必死さに何か勘づいたのか、こちらをちらと見て質問を変えてきた。

 

「そうですね…それでは、特に警戒しているウマ娘を、3人で」

 

「3人ですか…。そうですね、タマモクロス、ゴールドシップ、マンハッタンカフェ、の3人でしょうか」

 

「理由をお伺いしても?」

 

「まずタマモクロスですが、気安い距離感がいけませんね。関西系のノリで笑いを取りながらするりと懐へ入っていく所は要警戒対象です。ゴールドシップは…あれは計算ずくでしょうね。一見して奇行の類ですけれど、あれは警戒心を解かせ、油断させる罠です」

 

「えっと、あの…レースの話、ですよね…?」

 

「そして最後のマンハッタンカフェ。あまり会話をしたことがないので、判然としない部分はありますが…彼女が一番プライベートに食い込んでいる気がします。コーヒー仲間とか言ってますが、つまりリラックスタイムに食い込んでいるわけで。女の勘ですが、絶対に相容れない気がします」

 

駄目だ。

完全に掛かっている。

 

エアグルーヴが必死で「とにかく早く次に行け」とジェスチャーで伝えようとしている。

インタビュアーも、レースの話を聞いたはずが、わけのわからない話を聞かされて目を白黒させている。

縮んでいることといい、今日のあれは愉快になりすぎている。

頭が痛い。

 

「ええと、それでは…こちら。シンボリルドルフさんから見て、ナリタブライアンさんは…」

 

「私の敵だと思います。絶対に譲りません」

 

何故こちらに矛先を向けた。

そしてそれはどっちの話だ。

 

レースの話であれば当然、望むところだと口にするところだが、今のあれは正気ではない。

ほぼ確実に自分のトレーナーの話をしている。

 

確かに時折助言は受けてはいる。

受けてはいるのだが、狙おうなどと言う気は更々ない。

 

確かに並走など、あの莫迦者の下に付けば学ぶことは多そうだが、それ以上に無駄な面倒を、心労を背負い込みたくなどない。

エアグルーヴが胃薬を手放せなくなったのも、うっかり誤解されるような発言をして目を付けられたからだ。

 

同じように、おかしな方向で目を付けられてみろ。

それこそ目も当てられない事態になる。

 

ふと気が付くと、会長がこちらをじっと見つめていた。

紫色をした目の奥で、闘志が燃え盛っている。

 

 

 

いや、どう考えてもそれを向けるのは今じゃないだろう。

レースで向けろ、レースで。

 

 

 

 

結局、エアグルーヴがかなり無理やり茶と菓子をねじ込むことで、一旦鎮火させることに成功した。

流石は女帝と呼ばれるだけの事はある。

その手腕、見事なものだと感じ入るものがあるが、絶対にあのポジションには付けたくない。

女帝というより苦労性の宰相か何かだ、あれは。

 

「あ、そうだ。シンボリルドルフさんのライバルの方から、ここに来る前に少しインタビューさせて頂けることになったので、その時にビデオレターを頂いているんですよ」

 

「ん?ライバル…?」

 

「ビゼンニシキさんです」

 

「またあいつか!」

 

突然いきり立つ会長を他所に、タブレット端末が配られ、映像が再生される。

こういう押しの強いところは、百戦錬磨のプロらしさを感じるところだった。

 

『えーと、何故私が選ばれたんですかね?』

 

『ファン投票でビゼンニシキさんのお名前が、皇帝を苦しめたライバルとして挙がっていたものですから』

 

『うわー…結局勝てなかったのに、良く皆覚えてましたね。それで、質問でしたっけ?』

 

『はい。ビゼンニシキさんはシンボリルドルフさんとトレーナーさんを掛けて争った、という噂がありますが、実際のところは?』

 

『事実ですよ。あの人がリギルのサブトレーナーだった時に、なんとなく仲良くなって。狙ってたらいつの間にかルドルフに取られてて、随分と喧嘩しました』

 

『本当だったんですね。惚れ込んだ切っ掛けなどは?』

 

『うーん、これといって無いんですよね。近くにいたら、いつの間にか、みたいな感じです』

 

『なるほど…』

 

『それでレースで決着付けよう、って言って、結局負けちゃったんですけどね。…この映像って、あいつも見るんですか?』

 

『勿論』

 

『じゃあ伝えてください。よう恋敵ライバル。まだ走ってる?あれはあれで楽しかったわよ、戦友』

 

ビゼンニシキはそこで言葉を区切る。

そして、にやりと口の端を挙げ、一冊の本を見せて笑った。

 

『―――でも最後に勝つのは私。忘れないでよね』

 

その本は、スポーツ医学の本だった。

そして、映像は終わった。

 

「…だそうですよ」

 

「あいつ絶対に許さない」

 

ビゼンニシキさんは何やってるんだろうか。

そして会長は何故掛かっているのだろうか。

 

私には理解しかねる。

帰って昼寝でもしたかった。

 

 

 

 

 

 


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