「それでは次の質問に入りたいと思いますが…宜しいですか?」
「どうぞ」
「ぶっちゃけシンボリルドルフさんのトレーナーさんって独身なんですか?との質問が…」
「やらん!!!!!!」
目を見開き、突然立ち上がると、手を前に突き出す。
ばちばち、と雷が迸ったように見えた。
「会長いけません!」
すかさずエアグルーヴが嗜めにかかると、しばらくむずがってから渋々と座り直した。
それにしても、いよいよ言動が不味いと思うんだが。
これを地上波で流すつもりか?痴情波とか書かれるぞ。
「…んんっ、こほん…。今のところ過去に女性の影があったという話は聞いたことが…あれ?ラジオに出た時に何か幻聴を聞いたような気が…」
「シンボリルドルフさんでもあまりその辺りは聞いたことがない、という感じでしょうかね」
何かを思い出しかけているのか、首を捻り眉間に皺を寄せている。
…そういえば聞いたことがあったな。
あれは何だったか。
マヤノトップガンが纏わりついて何か言っている時に、不意にそんなことを言っていた覚えがある。
ああ、そうだ。
「聞いたことがあるな。過去にウマ娘と一悶着あったらしいぞ」
「はぁ!??!?!??」
「鹿毛だったらしい」
「……ブライアン。それはつまりわたしのことなのでは?」
もはや恥も外聞もない。
どうしてこの会長は、あのトレーナーが絡むだけでここまでおかしくなるのだろうか。
そして残念なお知らせだった。
「学生の頃だと言っていたが」
「ちょっと問い詰めてきます!!」
会長はがたん、と音を立てて立ち上がると、そのまま見事なスタートを切り、どこかへ走り去っていった。
どこへ行く気だ。
いや、あの莫迦者のところだろうな。
気の毒に。
「か、会長?待ってください!まだ撮影中ですよ!?」
エアグルーヴが皇帝の突然の乱心に、思わず追いかけて行ってしまった。
あの女帝も大概会長にべったりなところがある、というか。
これだけの醜態を見せつけているにも関わらず、全く揺るぎもしないその忠誠心。
あれはもはや信仰ではないだろうか。
カルトの類だとは思うが。
…私には理解できないが、ウマ娘は本能的にそうなりやすいという話も聞く。
いずれ私もあのような有様になる日が来るのだろうか。
そうと思うと、背筋に冷たいものが流れる。
そしてふと気付いた。
これ、後の事を私が対応しなければならなくなったのではないか?
嫌な予感はこれか。
酷く取り乱した会長がどこかへ走り去り、エアグルーヴが捕獲に走ったため、現場は騒然となった。
絵面としては恐ろしく珍しい事態だった。
仕方なしに10分程度の休憩を挟み、撮影は学園内を移動しながら行う羽目となる。
当然のことながら、部外者を学園内で野離しにして、妙な画を撮られても洒落にならんので、渋々ながら私が同行する羽目となった。
普段、あまり学園内を自由に移動できないスタッフたちが、目を輝かせて廊下を闊歩するのを後ろからついて歩いていると、第一犠牲者が発見された。
黒い色彩。金色の丸い瞳。
確かーーー
「マンハッタンカフェさんですか?」
「…?ええ、そうですが…」
先ほど名前が挙がったばかりだったため、ネタにしやすいタイミングだったらしい。
なんとも間の悪い奴だ。
スタッフが企画趣旨を手短に説明し、私から追認すると、渋々ながらマンハッタンカフェはインタビューに答えるようだった。
「アグネスタキオンさんとよく一緒にいる姿が目撃されていますが、仲が良いのでしょうか?」
「…いえ。彼女が近くにいると…不安になります」
厄介な生徒筆頭格なので仕方がない話ではあるのだが、いつも近くにいる割には容赦がない。
「あ、はい…ええと、それじゃあ…最近、とある怪しげな集会で姿が目撃されたとの情報があったのですが、これは?」
「タキオンさんに無理やり連れて行かれただけです」
「一体どのような集会だったのでしょうか?」
困ったようにこちらに視線を向けるマンハッタンカフェ。
どうにも猛禽類を思わせるというか、フクロウのような印象のある奴だな、と思いながら助け舟を出してやる。
「ゴールドシップの思いつきだ」
「あぁ…」
これだけで外部の人間でさえ察してしまうあたり、あの傾奇者の知名度には恐ろしいものがある。
学園内だけでなく、学園外でも奇行に走っているのだから目立っていて当然ではあるのだが。
「まあ、関係が全くないわけではありませんでしたが、あまり彼女たちには関心がありませんので…あまり迷惑をかけないであげてほしい、とは思いますが…」
「おやぁ?結局あの日に一番役得を得たカフェが、いけしゃあしゃあと言うじゃないか」
「うわっ!?」
取材スタッフのすぐ後ろから、ぬるりとアグネスタキオンが顔を出していた。
「やあこれは失礼。私の名前が聞こえたものだから首を突っ込んだだけだよ」
飄々とした態度で、そのままマンハッタンカフェの顔を覗き込みに行くアグネスタキオン。
にやにやと口の端を上げて顔を覗き込むその様は、どう見ても煽っているように見えるのだが。
「…邪魔です」
「あっ!カフェ!前髪は触らないでくれって言っただろう!」
マンハッタンカフェはマンハッタンカフェで、無表情のまま問題児の頭を鷲掴みにして押し返し始めている。
長めの白衣の袖をばたばたと振り回して抵抗するアグネスタキオン。
どういう状況だ。
「何してんだお前ら。あんま待たせんなら先行くぞ」
「待ちたまえよシャカールくん。…それで、今日は何の撮影をしているんだい?」
突然、アグネスタキオンが撮影スタッフに話し掛ける。
マンハッタンカフェの回答を撮影していたため、VTRが回っている事を示す赤いランプが点いたままなのだが、あの問題児は気にも留めない。
頭が痛い。
結局、あの濁った眼でじろじろと興味本位の無遠慮な視線に晒される事に耐えられなくなったのか、スタッフが企画の説明を始めてしまった。
確かにそいつは速いが、生徒会としてはあまり映してほしいものではないのだが。
そもそも、こういう事に気を揉むべき連中はどこかへ走り去り、遠くから悲鳴がちょっとばかり聞こえたりした気もしたが、兎も角あいつらが胃を痛めればよいのであって、こういう被害を受けるのは私でなくて良いはずだ。
見なかったことにしてさっさと撮影を終わらせてしまいたい。
しかし、スタッフ連中はスタッフ連中で、使えるかは分からないがとりあえず聞くだけ聞いてしまえの精神なのか、またしてもフリップを取り出した。
『シンボリルドルフさんのトレーナーさんとの契約を希望し、デビューをせずに狙ってるウマ娘はどのくらいいるの?』
会長とその周辺をインタビューする企画と聞いていたが、だんだんと雲行きが怪しくなってきている気がする。
質問は視聴者からの投稿だと言うが、これウマ娘が投稿していないか?
「ふゥん…これはあれかな。私は首を突っ込むタイミングを間違えたかな?あまり周りに関心がなかったので正確なところは知らないが…シャカールくんはどう思う?君、その手のデータも調べているだろう?」
「あん?……あー、知ってる範囲じゃ、このバ鹿含め10人も居なかったと思うけどよ。…そもそもデビューできねえ連中が大半なんだから、今更珍しい事でもねェよ」
アグネスタキオンが話を振れば、実に嫌そうな顔をしてエアシャカールが答えた。
「ふむふむ。確かにデビューできるのは一握りの優秀なウマ娘に限られますからね…」
「…喋りすぎた。とっとと行くぞ」
そう言って、アグネスタキオンの襟首を後ろからむんずと掴むと、そのまま引きずって行ってしまった。
「あぁぁぁ、その掴み方はやめて貰えないかいシャカールくん!首が!首が絞まるんだ!脳細胞が死滅したらどうする!あぁぁぁぁぁぁ」
でかした、エアシャカール。
「…あ、オグリキャップさんじゃないですか」
時間は昼過ぎ。
大体のトレセン学園生は食事ないし練習場にいる頃合いのため、外に出ることになったが、ターフに出る前にやたら目立つ人物がいた。
オグリキャップ。
生粋のアイドルウマ娘と呼ばれる、地方トレセン学園出身のスターウマ娘だ。
芦毛に整った容姿。天然気味の素朴な言動。
そして何よりも、兎にも角にも、食う。
やたらと食う。
一時期は食堂で食べていると悪目立ちしてしまうことから、食事を受け取っては人目のつかないところで食べていたようだが、いつ頃からか堂々と食べるようになっていた。
その結果、とんでもない量を平気で平らげる彼女の姿は、昼時の風物詩となっている。
「…今日はおにぎりか」
おにぎりを美味しそうに頬張るオグリキャップは実に幸せそうな顔をしているが、食べているそれの大きさは尋常ではない。
炊き上がった米を炊飯器分そのまま握りましたと言われても全く違和感がないサイズだった。
人の頭ほどもあるサイズを、あの小さな口でもそもそと食べる姿は動物のようで微笑ましくはあるが、一体あの量がどこに消えているのかは甚だ疑問が尽きない。
私としては、いくら食べていようが、レースであれだけの脚を見せてくれるのだからどうでもいいというのが正直な感想ではあるが、会長としては周囲がついつられ、食べすぎてしまうことを危惧しているとか。
確かにスケールが異常だから、つられてしまうのも良くわかる。
その点、タマモクロスは良くもまあ毎度食事に付き合っているものだと思うが、こちらはむしろ少食すぎて心配になる。
競い合うに十分な相手の一人なので、あまり体調を崩されると困る。
そんなことを考えていたからだろうか。
「すみません、少々インタビューさせていただいてもよろしいでしょうか!」
二人に突っ込んでいくリポーターを制し損ねてしまった。
なぜ私がこんなことに気を揉まなくてはならないのだろうか、などと思いつつも、後でエアグルーヴから説教を受けるのも釈然としない。
仕方なしに、その後をついていくのだった。