『インタビュー?事前に聞いとらんで?』
『わふぁふぃもふぃいふぇないふぁ』
インタビューから1週間後。
先日取材に来た会社から、サンプルとしてVTRのデータが送られてきた。
大型ディスプレイの向こうには、タマモクロスとオグリキャップの芦毛二人が映っている。
通常のテレビ取材であれば、事前に番組内容を確認することはできないが、トレセン学園内の取材の場合は、取材対象の大半が未成年であること、また経済規模も大きく、以前他の局で「やらかした」際にURAを怒らせてしまい、局自体がウマ娘関連、URA関連から完全に締め出されてしまうということもあったため、現在ではURA及び学園側のチェックを通さない限り、学園内での取材関連については許可されないという状況が出来上がっている。
そういった事情により、放映前のチェックとして生徒会室でトレーナー君も含め、映像を確認する運びとなっていた。
普段であれば多少の問題はあれど、皆笑いながら見ていられるのだが、今回は非常に重苦しい雰囲気が漂っていた。
元凶となっているのは、私の隣席。
恐る恐る、隣に視線を投げる。
VTRの残り時間を確認すれば、まだ結構な時間が残っているにもかかわらず、映像をチェックしながら手元のメモ用紙にひたすら何かを書き連ねているトレーナー君から妙な威圧感が醸し出されていた。
そっとメモ用紙に視線を落とせば、修正箇所を記載した赤字だらけ。
一番上に見えた文字が「なぜルドルフが縮んでいる?」から始まっていたあたり、今回のVTRは完全撮り直しになる可能性が見えてきている状態。
映像を見て目を疑ったが、なぜ私は縮んでいるのだ?CGか?
それに、なんだあの口調とテンションは?
取材を放り出してどこへ行った?
ビゼンニシキの仕業か?
確かに取材を受けた記憶はあるのだが、何故か記憶は靄が掛かったかのように朧げで、よくよく思い出せない。
お陰で脱走に関しても、トレーナー君になんら申し開きもできない状態である。
…続きを見るのが自分でも恐ろしくなってくる。
しかし止めようにも、トレーナー君がリモコンを握っており、ちょこちょこ巻き戻しては発言などをチェックしているため、止めようもない。
時折隣からぼそりと小さく聞こえてくる「常識のトレーニングも盛り込まないと」などの温度を感じない発言が恐ろしく感じる。
そうこうしている間にも、映像は進む。
オグリキャップにマイクを向けたものの、マイペースに食べ続けているせいでろくにコメントを取れずに四苦八苦し、結局隣の苦労人ことタマモクロスにマイクを向けたところだった。
『ではタマモクロスさんに。ちょうど質問もいただいておりますので…』
そう言って取り出したパネルには、不穏な言葉が踊っていた。
『シンボリルドルフさんのトレーナーと仲が良いとお聞きしましたが、その出会いから現在に至るまでの付き合い。そして、ぶっちゃけ自分のトレーナーになって欲しいんでしょうか?』
とんでもないことを聞く。
確かにトレーナー君はタマモクロスと軽い会話をしていることが多いが、それはあれだ。
多分ウマ娘を放置できないという気質から、無視できずに会話しているだけだと思われる。
隣にちらりと目をやれば、この質問には驚いたようで目を丸くして動きが止まっている。
『せやなあ、いきなり情熱的に抱きしめられたのはびっくりしたけどな。あいつあのとき震えとってん。ウマ娘の喧嘩に巻き込まれたからしゃあないと思うけどな?それになんや…ちょっとグッとくるものがあってなあ…ウチのチビたちを思い出した、っちゅーか…』
母性が目覚めた?トレーナー君相手にか?
『その後ちょこちょこ絡みに行ったら、なんやボケてもちゃんと返してくるし、「あ、こいつ割とおもろいな」思てん。そーゆーやっちゃから、まー契約できれば面白おかしくトレーニングできるかもなあとは思っとるけどな』
『ほうほう…隙があればぜひ、という感じでしょうか』
『せや。ウチは差しウマ娘やし、どっかでチャンスがあれば、って感じやなー』
『そのトレーナーさんについてなんですが、学園関係者や世間一般から見たトレーナー周りの人間関係ってどうなってるんですか?』
『んー…ウチが見てる限り、学園側はようわからんが、秘書の駿川はんとは仲良さそうやな。歳近いんかなあれ。…で、ウマ娘関連は歩く地雷原みたいなもんやなあ。助けられてコロッといった奴もぎょうさんおんねんで』
『あのトレーナーの話か?私は良く知らないが…うん、ご飯が美味しいぞ。会長のお弁当もおいしかった』
『おどれは食欲以外ないんかい』
『?』
『あかんこいつ…』
頭を抱えるタマモクロスを最後に、映像は切り替わった。
今度は小さなオレンジ頭。マヤノトップガンの映像だった。
『最近のテイオーちゃんの部屋での様子?あれは…恋してるね!』
『えっ』
『だってマヤの雑誌とか良く読んでるし、部屋でもいつもより髪のセットに気を使ってたり、服を選ぶのにすごい時間かけるようになったもん』
『それだけでは恋してるというのはわからないのでは…?』
『ううん、マヤの女の勘?がそう言ってるの!ユーコピー?』
くりくりとした大きな瞳が、楽しそうにカメラを見上げている。
リポーターは、もう少し詳細を訊きたいようではあったが、結局その圧力に屈したのか、
『…アイコピー』
と返事をした。
直後、その後ろから影が差す。
『…あら、マヤノさん?なにをされているのかしら?』
『あ、マックイーンちゃんだ。インタビューだってー』
『あら、これは失礼致しました。わたくしはこれで…』
『最近野球ウマ娘の可能性を追求されていると噂のメジロマックイーンさんですか。デビューの方は大丈夫なんでしょうか?』
リポーターがすかさずフリップを取り出しながらメジロマックイーンにマイクを向ける。
野球バットの入ったケースを肩にかけてウロウロしているその姿は、到底大丈夫ではないような気がしている。
『それはもちろん。今はまだデビューできておりませんが、メジロ家のわたくしを指導するに足るトレーナーを吟味しているところですから。次の選抜レース、楽しみにしておいてくださいまし』
『なるほど、気合は十分ということですね。春の天皇賞の親子3代制覇、我々も目にする日を楽しみにしています。……ところで、その背負っているものは?』
『バットですわ』
ふふん、と鼻息も荒く、メジロマックイーンは得意げに言い放った。
頭が痛くなる。
『…バットというと、野球の?』
『ええ、私の趣味なのです。最近はわたくしのメジロ軍団で、どのウマ娘にポジションを与えるかで悩んでおりまして…わたくしがエースで4番を務めますので、そこ以外になりますが』
私がいうのも大概かもしれないが、メジロマックイーンの暴走ぶりが酷い。
トレセン学園に野球部はないし、学園自体が一般で言う陸上部のようなものなのだから。
もしかしたら、趣味として草野球でもやっているのだろうか?と考えていると、メジロマックイーンが何やら指折り数え出した
『1番にセンターのゴールドシップさん…2番はセカンドのトウカイテイオーさん…3番にはやはりサードのシンボリルドルフさん…』
いかん、私の名前まで挙がった。
トレーナー君が手元のメモ用紙に「カット」と赤字で無闇に力強く書き込んでいた。
「メジロ家に教育方針について教員から確認の連絡を入れること」とその上に書かれている。
もしかすると、メジロマックイーンは気の毒な事になるかもしれない。
その後は淡々と話が進んでいく。
時折、芸能人やコメンテーターの話を挟み、そして最後のインタビューが始まった。
『それではシンボリルドルフさんのライバルとなる、チームリギルのトレーナーさんに話を聞いてみましょう。東条トレーナー、本日はよろしくお願いいたします』
『よろしくお願いします』
場面は変わって、映し出されたのはトレーナー室と思しき場所であった。
東条トレーナー率いるリギルの部屋だった。
エアグルーヴがリギル所属のため、時折用事があって入室することがあるため、見慣れた場所だった。
『それでは早速ですが、東条トレーナーにこんな質問をいただいております』
【シンボリルドルフのトレーナーに関心のあるウマ娘たちと、師匠として見るトレーナーの対応について】
フリップを見た瞬間に、東条トレーナーの眉間に皺が寄る。
あれは頭痛を我慢している顔だ。
隣のトレーナー君の背筋が急に伸びた。
やはり師匠筋の人物から何を言われるのか気になるようだ。
『そうね、結構な数のウマ娘にアドバイスをして気に入られているのは知っているわ。私の所でサブトレーナーをしていた頃から、困っているウマ娘を放っておけないのよ、あの子』
『ほうほう、リギルにいた頃からそうだったんですね。これを東条トレーナーに質問するのもいかがなものかとは存じますが、トレーナーとして独り立ちする時に、移籍したがったウマ娘は居たりしたのでしょうか?』
『何人かいたわね。ビゼンニシキが特に気に入っていたけれど、声を掛けられたならシービーやマルゼンスキー、それとフジキセキも興味を示したんじゃないかしら。あの子たちも仲が良かったから』
『そ、錚々たるメンバーですね…』
『そうね。リギルのトレーナーを務める身としては勘弁してほしいけれど、必要なタイミングで必要な言葉を掛けられるある種の嗅覚の良さは貴重よ。…本当は、私の所から一人担当を引き継いでもらうつもりだったのだけれど、候補だったビゼンニシキが……言葉を間違えたら申し訳ないけれど、奥手だったからシンボリルドルフに掻っ攫われることになったわね』
『もしかしたら、ビゼンニシキさんが今日この日にインタビューを受けていた可能性もあった、と言うことでしょうか』
何を言っているのだろうか、このリポーターは。
私がトレーナー君と契約しない世界線など存在して良いはずがないと言うのに。
『どうかしらね。ビゼンニシキは強いウマ娘だったけれど、あの子に預けるなら…そうね、ビゼンニシキよりはフジキセキかしら』
『今は怪我で療養中でしたね、フジキセキさん。それにしてもなぜフジキセキさんなんですか?』
『問題ある子の扱いが私よりも上手いからよ。メンタル面、肉体面で問題のある子ほど、あの子のトレーナーとしての在り方は相性がいい。…いつも仏頂面だから心配しているかどうかは、表面上は分かりづらかったけれど、フジキセキの怪我に一番必死になったのはあの子よ。…シンボリルドルフを担当してからは随分表情に出るようになったから、あれはあれで良い契約だったと思うわ』
待ってくれ、東条トレーナー。
その話をもっと詳細に聞かせてほしい。
フジキセキ?あのフジキセキも私の敵になるのか?
今までノーマークだったが、もしかして結構危なかったのか?
『さすがは師匠筋の東条トレーナーですね。…シンボリルドルフさんの話と言えば、そのトレーナーがリギルの出身と知らずカチコミに行ったと噂で耳にしましたが』
いかん。私の黒歴史が暴露されようとしている。
思わずリモコンをトレーナー君から奪おうとして、そちらを見て…
トレーナー君の目が笑っていない笑顔と出くわし、撃沈する羽目になった。
ブライアンがテープを渡してきた際に、いくつか削除した方がいいところをまとめておいた、と言って渡してきたものがあった。
00:00〜00:00、のように時間が沢山記載されたリストだ。
珍しくブライアンが事前に目を通してくれたのかと感動を覚えた場面でもあったのだが、もっとその情報を重く取り扱うべきだった。
『ここはカットすべきだが見せない方が良い』と、意外と小さな字でメモ書きが添えられていた部分が悉く酷かったというのに。
『…場合によってはオフレコになるわよ、この話は』
『構いません』
『あの子とトレーニングについて意見交換をしたのよ、仕事が終わって、飲みながら』
『あっ』
『お察しの通りよ。よりによってあの子、飲みすぎて路上で寝てたらしくて、朝になってふらふらの状態で学園に戻って…』
『なるほど、納得しました』
『結局、シービーとビゼンニシキの二人が鎮圧したけれど、その後リギルでサブトレーナーをしていた繋がりで私に助言を求めに来ていたことを聞かされてから、菓子折りを持って謝りに来た、と言う感じね』
『シンボリルドルフさんの新たな側面を発掘するという趣旨の企画ではありましたが、今日は本当にひど…失礼。愉快な素顔が見えてきた気がします』
『あの子が胃を痛めるから、ちゃんと編集しておいてほしいわね』
『善処したいと思います。どのみち、学園側にテープは一度提出しますので…』
『ならいいわ』
胃が痛い。
トレーナー君の手元でカットの文字が踊る。
全編通してカットが多いのは、これは私のせいと言っても過言ではないような状況に、胃が取れそうなほどきりきりと痛み出す。
『東条トレーナー、お客さんがお見えですよー』
『駿川さん?ええ、すぐに向かうわ。…御免なさい、次の予定があるので、私はここで』
『東条トレーナー、貴重なお話をありがとうございました。…理事長秘書の駿川さんですね。ぜひあなたにもお話をお伺いしたいのですが、少し宜しいでしょうか?』
『あ、例の取材ですね。話は伺ってます。私に、で宜しいんでしょうか?』
『はい。視聴者の方から質問をいただいておりますので。…理事長秘書の目から見た、シンボリルドルフのトレーナーの指導などについてお聞かせいただけますか?』
『…そうですねえ、私が見ている限りのお話になりますが…やっている事自体は普通、ですね。目立ったところのない、普通のトレーナーさんですよ」
なんだと?
私のトレーナー君が普通だと?
…いや、レースに関わらない者にはトレーナー君の良さはわかるまい。
深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。
『普通、ですか?』
『はい、普通です。トレーニングの傾向にも特段特徴はないですし』
『意外ですね。三冠を獲ったときは平凡以下、と言われ、今では一流に食い込みつつあると世間からの評価が乱高下している方ですが、『普通』とは』
『あの人が特別なのは、ウマ娘への向き合い方ですから。…仏頂面ですけど、とっても良い方なんですよ?お酒を飲むとぼーっとしてたり、あれで可愛いところもありますから』
頬に手をあて、にこりと微笑む駿川秘書。
…なんだと?今何と言ったあの緑色。
『ははあ、その辺りが東条トレーナーも評価しているポイントになるんでしょうかね。なるほど…ありがとうございました』
『いえいえ、それでは私はこれで』
にこやかに手を振る駿川さんで場面が切り替わっていく。
コメンテーターが「相変わらず秘書の駿川さんはウマ娘と並んでも引けを取らない美貌ですねー」などと宣っているが、そんなことはどうでもいい。
「トレーナー君?」
「…なんだい?」
「随分と駿川さんと仲が良いようではないか?ん?」
「流石に同僚だし、色々とお世話になってるだけだと思うけれど」
「酔うと可愛いと言われているが?当然、今のは見ていただろう?」
「私に言われても…」
「なあ、やはり大人の女が…」
『さて、では本日最後のインタビューに参りましょう。シンボリルドルフを語るならやはりこの人!担当トレーナーさんです!』
『はい。少々お待ちください、今これを引き剥がしますので』
『やあああああああああああああああ』
妙に、嫌と言うほど聞き慣れた声が騒いでいる。
恐る恐る、トレーナー君からディスプレイに視線を移すと、やけに縮んだ私がトレーナー君にしがみつき、駄々を捏ねているまさにその瞬間であった。
『ルドルフ』
『な゛ん゛でルナって呼゛ばな゛い゛の゛お゛お゛お゛お゛お゛』
『なんか…その、凄いですね。この方、本当にシンボリルドルフさんですか?』
『すみません…ほら、ルナ。インタビューだから』
『うぅぅぅぅぅぅー!』
『…あの、少し待ちましょうか?』
あまりにも醜態を晒しすぎている画面の向こうの見知らぬウマ娘のせいで、撮影スタッフにすら気を使わせてしまっているではないか。
誰だあのけしからんウマ娘は。
『…お願いします。エアグルーヴも手伝ってくれ』
『私か!?この状態の会長に手を出せるか、たわけ!』
『ええ…』
そして画面が再度切り替わる。
トレーナー寮の応接室で、ソファーに腰掛けたトレーナー君が真面目な顔でインタビュワーと対峙していた。
一方、その後ろの方で三角座りして後ろを向いている私が若干見切れている。
その隣でエアグルーヴがおろおろと困ったように右往左往しており、画面内の情報量が多い。
もはや見ていられない。
この黒歴史をどうにかして始末する算段を立てなければならない。
こんなものが放映されてみろ。私の身の破滅だ。
『あの、普段はルドルフと呼んでおられるようですが…』
『何と言いましょうか。先程のは愛称なので、あまり触れないでいただければと。入学当初はそう呼んでいたのですが、段々恥ずかしくなってきたのか、今では人前ではあまり呼ばない名前ですので』
『あ、はい。…呼び方が変わっていった決定的瞬間などはあったのでしょうか?』
『皐月賞を獲った頃からでしょうか。メディアに露出が増えた頃から、人前ではルドルフ呼びに変えようと言うことで決まりまして』
『成程…三冠ウマ娘を目指すにあたって、気持ちに変化があった、ということでしょうか』
『恐らくは。それでも日常的には呼んでいましたが、段々それも無くなっていった、と言う感じです』
『ふむふむ…。そういえば、トレーナーとして独り立ちした最初の担当がシンボリルドルフさんですが、他に関わりのあるウマ娘の方はいらっしゃいますか?トウカイテイオーさんを除いてですが』
『そうですね…よく話をするのはゴールドシップ、タマモクロス、マンハッタンカフェ、アグネスタキオン…あとは、エアグルーヴやナリタブライアンとも生徒会繋がりで話をする機会は多いですね。そうだよね、ナリタブライアン?』
『私をその中に入れるな』
カメラが横に振られると、腕を組んで嫌そうな顔をしたブライアンが壁に寄りかかっているところが映った。
『振られてしまった。ともかく、そんなところですね』
『ふむふむ。それぞれのウマ娘に対する評を伺っても?』
『評価する立場にはありませんが…そうですね』
ふむ、と顎に手を当てて考え込むトレーナー君。
確かに、こういった未デビューのウマ娘に対する評はあまりトレーナー君の口から聞くことがないので、興味はある。
後ろに何か映り込んでいなければさらに良かったのだが。
『ゴールドシップは気性さえ上手くコントロールできるトレーナーが付けば、相当良い成績を叩き出すと思います。傍迷惑な絡み方をしてくるので、早く彼女を抑えられるトレーナーが見つかってくれることを祈っています』
『タマモクロスはいい子ですね。関西系のノリが強いので、少々気性が荒く見えてしまいますが、面倒見が良く、あれで意外と繊細です。小柄ですが、あの切れ味は見ていて爽快感があります。早くレースを制するところを見てみたいという気もしていますね』
『マンハッタンカフェは…何と言いますか。彼女はコーヒー仲間なので、少々扱いが違うと言いますか。あまりレースと関係のない部分で話をすることが多いですね。少し変わっていますが、ステイヤーとしての素質は抜群ですね。メンタル面が非常に安定していて、あのアグネスタキオンを相手にしても微動だにしないあたり、とても心強いです。ウマ娘にしては近くにいても大人しいので、話し相手として重宝していますよ』
『ええと、アグネスタキオンですか。何と言うか…いや、レースには貪欲ですし、可愛らしい部分も多いんですよ。そうなんですが、それを塗りつぶすほどに厄介な言動をしているので、持て余すトレーナーは多そうですね…。ハマればルドルフを相手にしてもまともに戦えるほどには強いんですが…先日は彼女のトンチキな薬で子供にされましたし…』
『ありがとうございます。それぞれ相当癖の強い子が多い、ということですね。トレーナー業というのも、楽しいばかりではないと』
『命懸けなところありますからね。…ああ、あんな感じで』
トレーナー君がため息を吐きながら、画面外を指し示す。
その先を追うようにカメラが動き、そこに映っていたのは、地獄のような光景だった。
『うわあああああああああああ俺はまだ入籍なんてしないって言ってるだ…ああああああああ待って強い強い掴む力強い!手が、手が潰れる!実印ごと握りつぶされちゃう!!!!!大体なんで記入済みの婚姻届がこんなに大量にあるんだよ!!ねえ待って!!!!!!!!!あ、あ、あーーーっ!!!!!』
『………側から見ている限りでは、美少女に迫られる男性、という羨ましい絵面になっているのですが』
『手を見てあげてください。あまりの握力で握られて紫色に変色しているでしょう』
『…本当ですね…』
『トレーナーとしては、ああやって強い愛情を向けられるのは嬉しくもありますが…一方で、あれで踏み外すウマ娘も多いので、割と深刻な問題です。あれはまだ優しい方ですね』
『ウマ娘界の闇を感じますね』
『ここカットしておいてくださいね。かわいそうなので。あれ隣室のトレーナーなんですよ』
『一応制作班には伝えます。…さて、インタビューはこれで以上です。ありがとうございました』
『お疲れ様でした』
『あ、差し入れのお菓子がありまして…よかったらお召し上がりください』
ちょいちょい、とインタビュアーが手招きをすると、フリップを手にしていたスタッフが紙袋を取り出すと、こちらへ差し出して来た。
『これはありがとうございます。…饅頭ですか。甘いものは好きなので、頂きます』
『どうぞどうぞ』
『美味しいですね。今後の確認スケジュールなどは頂けるのでしょうか?』
『はい、それは勿論。1週間後には一度、サンプルをお送りしますので、学園側のチェックをお願いいたしたく。URAさんの方へは別途お送りしますので』
『承知しました。お待ちして……あれ?』
トレーナー君が、みるみるうちに小さく縮んでいく。
ぶかぶかのシャツとズボン、顔立ちは幼く、まるで子供のような姿になってしまった。
SF映画などで見そうな光景に、思わずぽかんとくちを開いてしまう。
『?!大丈夫かトレーナー!』
真っ先に駆けつけたのは、ブライアンだった。
『……まさか、薬を盛った……?』
縮んだトレーナー君は、自分の手のひらをじっと見て状況を把握したのか、目を丸くしてカメラを見つめている。
『くっくっく…はっはっはっは!どうだいトレーナー君!私の変装は見事なものだろう!』
突然の高笑いが響き、カメラが声のした方向へ振られると、先程紙袋を差し出して来たスタッフが、帽子とスタッフジャンパーを脱ぎ捨てて現れた。
『アグネスタキオン?君何して……』
『いや何。とある視聴者から要望があってねぇ。『トレーナーさんが子供になったらトウカイテイオーはどういう反応をするのか知りたい』だそうだよ。いやはや、私も興味深い。…それにきみ、随分と可愛くなるんだねえ。どうだい、私のラボで固定化の実験でも…』
瞬間、トレーナー君の姿が高速で横にぶれた。
『トレーナー!!!!!!』
テイオーが、自分よりも小柄になったトレーナー君を抱きしめて頬擦りをしていた。
そして、それだけ騒げば流石にあの隅っこのあたりが気づく。
『わー!もちもちすべすべ!ボクより縮んじゃってかわいー!ねえタキオン!これ持って帰っていいよね!?』
『ラボに持っていってくれたまえ。そのまま固定化できるか実験してみようじゃないか』
『おっけー!じゃあテイオーおねーちゃんと一緒に行こうねートレーナー!』
『待って待って待って抱き上げないで。何、固定化って。降ろして』
『…!?トレーナーさんまた縮んだの!?いやはやこれは仕方ない、また人目に付かないようにしまっておかなくては…しまって……うっ、頭が……私は何であんなことを……だめだ。やはりトレーナーさんは大事にしまっておかなきゃ……そこをどいて、テイオー!!』
そして飛びかかってくる厄介そうな小さいウマ娘。
私はあまりの事態に、両手で顔を覆って俯くしかなかった。
ぶつん、と音を立てて画面が暗転する。
リモコンを手に、トレーナー君が実に珍しく爽やかな笑みを浮かべて言い放つ。
「これは完全に取り直しだね。ブライアン。申し訳ないけれどあっちの責任者に連絡をとって伝えてくれるかな。再撮しましょう、今回のことは忘れて欲しいと」
「…完全に私が貧乏くじじゃないか。…覚えていろよ、会長」
「これは何かの間違いだと思うんだ。私が縮んでいるあたりからしてそもそもおかしいじゃないか」
「ルドルフはあとでお説教ね」
「どうして」
結局、後日再撮影をする運びとなった。
そして不思議なことに、先方に再撮影の連絡をしたものの、何故だか撮影クルーを始め、私以外の関係者は、生徒会役員連中も含め何も覚えていなかった。
あれは一体何だったのだろうか。
あの時のサンプルが納められたディスクを取り出し、再度確認しようと思ったが、なぜだかディスクは真っ二つに割れており、2度と再生することはできなかった。
…夢だったのだろうか。
だとすればひどい悪夢だ。
最近、あの愉快者に振り回されていたから、ついに夢にまで見るようになってしまったということだろう。
なぜだか非常に腹が立った。
私のストレス解消のためにも、あいつに並走させるように言ってみるか。
先日もあいつの執務室の片付けをさせられたことだし、ツケは溜まっているのだ。
…さて、あの莫迦者はどこをほっつき歩いているかな。
ついでに会長が近くにいれば手間が省けるのだが。
コメント返信特別回はここまでになります。
引き続き、本編をお楽しみいただければ幸いです。