『…何にせよ、まずは薬を押収しなければならない。この騒ぎを収めなければ』
電話越しに揺れたカイチョーの声が、ボクの耳に届いた。
「…そうだね!ボクも手伝うから、もしオウシューできたら教えてね!」
通話を切る。
…なるほど。
カイチョーは、立場上明言はできないけど、興味はあるってことだね。
それはそうだよね。
トレーナー、絶対にそういうことは言わなさそうだし。
仮に脈ありだったとしても、真面目そうだから卒業するまでは絶対に黙ってそうだし。
…自白剤、かあ。
内心を知ることができる、っていうのはすごいと思うんだけど、それが諸刃の剣になる可能性もあるわけだよね。
100%本音で「実は嫌いだった」とか言われたら、死人が出ちゃうし。
ボクもそんなこと言われたら、どうなるかわからない。
流石にそんなことは起きないと思ってるけど、もしもそうだったとしても、それは現在時点での話。
時間を稼いで、その間にもっともっと距離を詰めて。
その上で、カイチョーよりも「大切な人」のポジションに割り込まなくちゃいけない。
…そう考えると、変に今の好感度を確かめることに薬の効果時間を使うよりは、素直に好みなんかを教えてもらうのに使う方が有意義かもしれないなあ。
どんな子が好きなのか、服装は、髪型は?
正面から聞いても、きっとはぐらかされるような質問をぶつけておけば、少なくとも見た目だけでもポイントを稼げるようになるはず。
カイチョーは多分、別なことを訊くだろうなあ。
薬を押さえることができたら、何を確認するかの協定でも結んだ方がいいのかな?
うーん。
5分ずつ、の提案自体は悪くないと思うんだけど、こういうことで真っ向からカイチョーと駆け引きをやっても、分が悪い気がするんだよなぁ。
質問の結果自体は共有しない方がいいのかな?
問題は、5分ずつで合計10分しかないから、お互いに質問中は後ろを向いて耳栓でもしないと聞こえちゃうことだよね。
…まあ、何にせよ。
このまま考えていても「取らぬ狸の皮算用」ってやつになっちゃうし、まずはタキオン先輩を捕まえて奪取しないことには、始まらないわけだよね。
薬さえ確保してしまえば、そういうことを悩む時間も十分取れるわけだし。
ボクの今回の勝利条件は、三つのうち、どれか。
ひとつ、ボク自身での自白剤の入手。
ふたつ、カイチョーが自白剤を入手する。
みっつ、ボクのトレーナーに使う可能性のあるウマ娘に自白剤を渡さないこと。
最悪、別のトレーナーに使いたい子が手に入れる分には、ボクたちにとってはプラスにはならないけど、マイナスにもならない。
とんとん、と靴のつま先で廊下を叩く。
脚の調子はいい。
まだトレーナーが本格的なトレーニングを始めていない、という事もあるけど…。
左足に付けられたアンクレット。
トレーナーのくれた愛が、ボクの一度折れた足を守ってくれる。
アンクレットって、魔除けとかお守りとか色々意味があるんだけど、左足につけるのって「カレシがいますよー」って意味なんだって。
それをトレーナーが手ずから付けた、ってことはつまり、そういうことだよね?
うん。
…折れた足が左足でよかったー。
走り出す。
廊下を抜けて、ひとまずは外へ。
…タキオン先輩かあ。
トレーナーが面倒を見ていたから、割と仲はいい……っていうのは聞いたことがあるけど、あんまり話しているところは見たことがない。
変な人だっていうのはよく聞くんだけど、人柄がいまいち分からない。
居場所の予想もつかないし、地道に足で探すしかないかなぁ。
誰か仲良い人がその辺に転がってないかなぁ。
薬っていう最終的な利益と敵対しなくて、かつ情報を話してくれそうな人。
まあ、そんな都合の良い人はいないかな。
……面倒臭い。
なぜ私がこんな山狩りのような真似に駆り出されているのだろうか。
例の厄介者がやりたい放題やった結果、私は生徒会役員という呪いによって昼寝の時間を潰して歩き回る羽目になっていた。
自白剤。
先日の爆発事故に引き続き、アグネスタキオンがやらかしたか、と溜息が出る。
今回は会長のトレーナーが関わっていないため、後片付けが私に押し付けられるということはまず無いとは思うが、物が物だ。
流石に私でもそれがどれほどまずい物なのかは理解できている…筈だ。
普段から忙しなく走り回っている奴の多い場所ではあるが、今日は格別に多い。
目を血走らせてあっちこっちへ走り回る様は、空襲警報でも鳴ったのかと思うほどの必死さである。
この中で、あの厄介者を取り押さえ、錠剤を没収するのは骨が折れそうだった。
お前の勘を信じる、とあの愉快者は言っていたが、さて…。
どちらにせよあの厄介者は、薬を持ったまま彷徨いていると宣っていた。
現状、どこにいるかの当てもないので、適当にそれらしいところを探すしか無いというのがもう面倒臭いことこの上ない。
そもそも、なぜ生徒会なんぞに引き摺り込まれてしまったのか。
しかしここでサボっていることがバレると、あの宰相がうるさい。
面倒だが、ここで手を抜くとより一層面倒くさいことになるのだ。
まあ、あのアグネスタキオンを全力で追い回せるまたとない機会ではある。
わざわざあんな宣言をしたということは、素直に渡す気はないだろう。勘だが。
そういうところが厄介である所以だ。
あのトレーナーが関わっている場合に限り、やけに知能が落ちている気もするが、同じく絡むと途端に残念になることに定評のある愉快者の様子からして、今回はあのトレーナーが絡んでいる気配はない。
あの厄介者の行き先など、私が考えても無駄に終わりそうだ。
…走るか。
……みなさん、出て行ってしまいました。
あの放送から、ものの1分も経たないうちに。
がらんとした教室にぽつんと取り残されてしまいました。
椅子や机がそこかしこで倒れていて、一瞬で荒廃したとも言えるような状態。
先生までそそくさと出て行ってしまい、授業も宙ぶらりんです。
巻き込まれたくないんでしょうね、先生も。
……困りました。
まったく、タキオンさんは毎回問題ばかり起こして。
あなたの薬は無闇にちゃんと効果を出すから、影響範囲が広いというのに。
前回起こした事故では大惨事を引き起こしたのですから、ちゃんと自重してください。
……と、言いたいところですが。
違和感があります。
あの人は放っておいても何か危険物を作りますが、使うときは必ず同意を取ろうとしますし、事故でばら撒くことはあっても、これまでは何か一線のようなものがあったように思います。
自分で声をかけた人にしか薬は押し付けていませんでしたし、近くで見ている限り、求められた場合でもそんなに簡単には薬を与えることはしていなかったはず。
……だから余計に評判が悪くなるのですけれど。
だとすれば、今回は?
1名に限ったとはいえ、自白剤という与える影響の大きな薬。
流石のタキオンさんも、自分の薬が与える周囲への影響は理解して動いています。
それが、このような放送までして。
自ら目立つような真似をする人だったか、と考えれば、答えはNO。
……何か……裏がありますね。
何らかの取引がなされた?
それとも、いえ、もしかすると。
何かから、目を逸らさせようとしている?
そちらが本命だとすれば、何が水面下で動いているのでしょうか。
またとんでもないものが生まれようとしているのでしょうか。
あるいは、すでに何かやらかした後なのかもしれません。
ああ見えて子供っぽいところがありますから、怒られるまでの時間を伸ばすために…。
いえ、ここまでやったらどのみち怒られるでしょうね。
あのトレーナーさんに。
………。
……まあ、私にはあまり関係のないことでしょう。
出歩いていると厄介ごとに巻き込まれてしまうかもしれませんし、念のために寮に戻っておきましょうか。
「畜生。このゴルシ様を差し置いて面白そうなことしてるじゃねーか」
「これを面白いと言えるあなたは大概だと思いますわよ」
「つーかお前は走らなくていいのかよ、マックイーン」
「わたくしは……あの、ほら……ここでまた失点を重ねると、いよいよ学園から放出されそうな気がしてですね……」
「放出ぅ?何やったんだオメー?」
「わたくしの今季初本塁打を…」
「え。………えっ?本塁打?」
「シンボリルドルフさんの頭に撃ち込んでしまいまして……」
「……」
「……」
「なあ、マックイーン……」
「なんですの…?」
「アタシよりやべーことやってねえか?ハジけすぎだろ……」
「あ、あなたに言われるのは心外ですわよ!?……ついこの間もこんなことありましたわね!?」
「最近アタシよりハジけてるやつのせいでなーんか不完全燃焼なんだよなあ…いっちょ派手にかましに行くか、なあマックイーン」
「えっ」