「……」
一人、沈思黙考する。
学園内は今も騒がしく、時折破滅的な音が遠くから届いてくる。
周囲は騒がしい。
生徒たちは目まぐるしく私の横を駆け抜けていき、あちこちから怒号が響く。
しかし、私の頭の中では、明るい声が頭の中に反響していた。
『捕まえたら一緒にトレーナーの本音を聞き出そーよ!5分・5分でいいよね!』
生徒会として、このまま座視はできない。
早々に事態を収拾しなければならない。
『…何にせよ、まずは薬を押収しなければならない。この騒ぎを収めなければ』
苦し紛れに吐いた言葉は、生徒会長としての決意は、自分でも解るほどに揺らいでいた。
その後のテイオーの対応からして、明確な回答を避けたと見抜かれたことだろう。
テイオーの言う通り、薬に関心がないとは口が裂けても言えない。
真正面からやってくる彼女に対して、随分と狡い回答をしたものだと呆れたくもなる。
だが、降って湧いた『本心を知ることができる機会』というのは、正常な判断を私に下させない程度には、目を灼くような輝きだった。
二つの声。生徒会長としての自分と、私人としての私。
それぞれの立場から自問自答を繰り返す。
『まずは生徒の皆を落ち着かせ、事態を収拾しなければならない』
『えーでもわたし自白剤欲しいから参加したい』
『駄目だ。自ら騒ぎを煽る真似はできない』
『でも薬を没収しちゃえば騒ぎの根源は絶てるよね。その上で事実を公開して静かにさせられるし、薬没収しちゃえば後は好きに処分していいんじゃない?』
『それだ』
『だよね』
あんまり繰り返さなかったかもしれない。
さて。
方針は定まった。
獲りに征く。
この機会を何もせずに逃すことは、できない。
取り逃す事があったとしても。
勝算はどうか?
ごくごく単純に考える。
約2,000名の生徒が全員動いたとして、手に入る確率がランダムだったと仮定すれば2000分の1。0.05%だ。これで10分間。
テイオーと協力したとして、精々が0.1%で、5分間。
交代の必要もあるため、きっかり10分間の効能だったとすれば、概ね4分程度だろうか。
悪質なソーシャルゲームよりは幾分マシだが、心許ない。
しかしこれはあくまで単純計算の上で、である。
今のところ生徒会も動いているし、最悪手に入れた者から没収するという、大義名分を振りかざしてしまえばよい。
事態の収拾に協力したとして、没収の際に何らかの対価を用意してやれば文句も封殺できる。
対価は恒例の温泉旅行ペアチケットで良いだろう。
生徒会として強権を発動し、該当トレーナーに対して、事態の収拾に大変に骨を折ってくれた担当を労ってやってほしいとでも言って通達を出せば、該当のトレーナー以外からは文句は出ない。
トレーナー君の言動を見ている限り、自白剤を口に放り込まれて惨事を引き起こすよりは、自らの意思で一定の対処が取れる温泉旅行の方がまだ選択肢としては選びやすいと考える。
であれば、文句は口にするだろうが、徹底抗戦の構えを取られることはまず考えられないし、周囲のトレーナーからは「自白剤は回避したんだから」と宥められる。
あまり彼らの不満を煽ることはしたくはないが、都合のいい事に「なら自白剤を返却せざるを得ないが…」とでもぼやけば素直になってくれることだろう。
ふむ。
そう考えれば、分の悪い勝負ではない。
一方、テイオーへの対策をどう考えるかが問題か。
抜け駆けする、される可能性自体は捨てきれないが、そこはお互い様だ。
基本的に、今回、利益が対立するのは『効果時間』の一点に限られる。
……5分・5分の山分けか、或いは独り占めか。
さて、どうしたものか。
力技に走らず、あくまで正面から挑み、勝ち取ろうとする彼女には私も利益さえ対立していなければ好感を抱いたことだろう。
正直なところ、最悪のケースでは強権が振るえることで、私の方が圧倒的に条件が良い。
フェアな戦いではない。
だが、それも当たり前の話だ。
取ることのできる選択肢の数も。
積み重ねてきた物も違う。
今回は私の方が有利。それだけの話だ。
これまで共に歩んできたトレーナー君の、心の裡を知る望外の機会に、手心など要らない。
全てを使って、勝つべくして勝つ。
それが皇帝の戦いだ。
故に、今回はテイオーとは「共闘はしない」。
騒動の元であるアグネスタキオンを始末もとい捕縛、或いは入手した者を「説得」して自白剤という戦争の元を没収する。
それで私の勝利だ。
その場合は、生徒会で事態を収拾した旨を学園に通達し、騒ぎを収める事もできる。
ここまで強権を振るおうとすることは、これまでなかった。
だが、今回ばかりは話が別だ。
―――心が読めたら。
一体何度、そう考えたことだろうか。
トレーナーくん、君に私はどう思われているのだろうか。
私とともに歩んだこれまでに、後悔はなかったのだろうか。
私の愛は、君に届いているだろうか。
これまで、押し込めていた感情が溢れ出す。
後悔もしただろう。
挫折もしただろう。
それでも君が今私のそばにいてくれるのは、なぜなんだい?
それを確かめるために全力を尽くすことに、一切の出し惜しみは不要だ。
では、征こうか。
「…待て、マンハッタンカフェ。何を誤解している」
「趣味は人それぞれなので、構わないと思いますが……」
「理解ある感じを出すんじゃない!これは恐らくアグネスタキオンの仕業だ!」
「……タキオンさんがそんな器用な真似できるはずないじゃないですか」
「えっ」
「あの……そろそろ解いていただけませんか~……?」