『悪いが、先程の話は受けられない。健闘を祈る』
ボクの端末に、簡潔なメッセージが送られてきた。
ーーーなるほど、やっぱりね。
あの回答があった時点で予想はしていたけれど、カイチョーは今回、独り占めする気だ。
このメッセージが届いたのは、カイチョーの律儀さだろうなー。
うーん。
断ったのはいくつか理由はあると思う。
まず制限時間10分のうち、半分にした5分という時間が限りなく短いこと。
いくら自白剤とはいえ、トレーナーが回答に時間を要する内容だったりすると、5分なんてあっという間に消えてしまう。
それに、「自白剤」という効果は、目に見えて効果が発揮されたことが分かりづらいよね。
口に入れた瞬間に効果を発揮すればいいけれど、あくまでも薬だから、飲ませてからどれぐらいの時間で効果を発揮しだすのかもわからない。
…錠剤って言ってたし、30分ぐらい?
つまり、開始も、終了も、割とファジーになりがちだろうというのがボクの予想だ。
これまで自白剤の話が噂でも聞こえてこなかったということは、タキオン先輩自身も十分なデータは取れていないんじゃないかなと思ってる。
「協力者」を求めるとしていたから、多分だけど。
そうなれば、正確に効き始めの瞬間を捉えての10分間を計測することは難しい。
そうなると、前後1、2分のトレーナーの回答はあてにできなくなってくる。
それに、トレーナーに飲ませた薬がどんなものか、トレーナーが察してしまえば、効き始めるまでに「効いているフリ」をすることだって出来てしまう。
本当のことを話しているのかが分かる質問を事前に用意して、効き始めたか判断するためにひたすら同じ質問を繰り返すことはできるだろうけど、トレーナーなら早々に察して対応してくる気がするし。
そして、もう一つ。
カイチョーは生徒会長だ。
ここまで騒ぎになった以上、勝者から薬を没収する大義名分が存在している。
ボクにとってはとても都合が悪いことに、それが存在してしまっている。
自白剤という物が物だけに、没収してもボクたちのように騒動に参加したウマ娘側はとにかく、学園側は不審には思わないだろうなあ。
むしろ当然の措置と見るだろうね。
仮に没収した薬を私利私欲に使ったとしても、薬によって生まれる利害関係の範囲はあくまでカイチョーとトレーナーだけ。
トレーナー自身が薬を盛られたと追及することはまず有り得ない。
まだ契約もしていないボクが突き飛ばしてケガさせちゃった時ですら、何があったのかと心配するカイチョーに「雨で足を滑らせて階段から落ちた」と言い張ったヒトだし。
そうなればどうやっても明るみには出ないし、権力の暴走という追及は…出来なくもないかもしれないけど、そもそも自分たちが使うつもりだった「騒動に参加したウマ娘」が言っていい話じゃない。
あるいは、没収した薬はきちんと処分した上でタキオン先輩に対して「今回の騒動を不問にする」代わりに薬の提供を求める事もできるかもしれない。
うーん。
…やっぱり騙されてはくれなかったかぁ。
残念。
権力を持つっていうことは、つまりそれだけ切れるカードの枚数が増えるっていうことだ。
今回、提案を持ちかけたのも、実はそれが理由だったりする。
一応、ちゃんと山分けする気ではいたんだけど、もしボクもカイチョーも失敗した時には、そのカードを使うべきだと吹き込むつもりでいたんだけどね。
こうなるとボクも真面目に参加しないとだめだね。
待ってても手に入らない。
カイチョーが気づいちゃったっぽいことを考えると、手に入れたらすぐにトレーナーに飲んでもらわないといけないかな。
それに、カイチョーは…多分出てくるだろうなぁ。あの性格だし。
そうなってくると、厄介だなあ。
タキオン先輩がターゲットである以上、追っていれば必然的にどこかでぶつかる気がするんだよね。
薬を手に入れられるタイミングでカイチョーがその場にいたらそのまま没収されかねないし、できれば出くわさないまま薬を掠め取るのが最善。
結構、難易度は高そうだなー。
…ま、やるだけやってみよっと。
さ、行こうかな。
しかしこうも見事に混乱に陥ったところを見るに、トレセン学園の治安には欠陥があるとしか思えないねえ。
私の薬一つでこの有様だ。
生徒会の面々も今頃大変に胃を痛めているだろう。
もしかすれば、嬉々として争奪戦に乗り出してくる可能性もあるが、まあそれはそれ。
ひとまずのところナリタブライアンくんの足は止めたが、問題は残りの生徒会役員だな。
副会長閣下は生真面目で融通が効かないから厄介だし、生徒会長に関しては気取ってないで軽率に乗り込んできてくれなければ困る。
生徒会長と、トウカイテイオーくん。
この二人の足止めのためにわざわざやっているのだから。
敢えて「自白剤」を提示したのもそれが狙いだ。
惚れ薬だったならば、恐らく自制心が勝つだろう。
大きな騒ぎになれば、陣頭指揮をフリーのエアグルーヴくんやナリタブライアンくんに任せ、トレーナーくんが被害を受けないように守りに入り、指示だけ出す可能性もあるからだ。
そうなればあの愛らしいモルモットくんの貞操が被害を受ける可能性がある。
だから敢えて、騒ぎになることが予想される中でも効果が中途半端なものを選んだが、結果は仮説の通り。
寮のドアにこっそり仕掛けたカナリアはまだ鳴いている。
前線に縛り付ける意味で、うまく機能しているようで何より。
さて、ひとまず校舎内は粗方探し尽くしてくれたようで、空白の地帯になりつつあるという事はデジタルくんからの報告で分かっている事だし、そちらに身を潜めようかな。
現在時刻は15時を回った頃。
今朝10時ごろにトレーナーくんに飲ませた睡眠薬の半減期まではあと1時間と少々。
手首に取り付けさせてもらったバイタルサインを見ている限りはきちんと深い睡眠に入っている。
寝ている間にざっと診たところ、扁桃腺も腫れていないし喉も炎症を起こしている様子がなかった。
目の下にうっすらと隈が出来ていたところを見るに、疲れが溜まっていたこともあり発熱したようだから、栄養剤と風邪薬を処方した訳だ。
6時間以上、できれば8時間程度は寝てもらい、私の解熱鎮痛剤と風邪薬、栄養剤がきちんと想定通りの効果を発揮してくれれば、ひとまずのところそれで動けるようにはなる目算だ。
思考に没頭しながら歩いていたからだろうか。
曲がり角を曲がったところで、うっかり遭遇してしまった。
「…おや、カフェ?」
「おや、カフェ?」
聞き慣れた声が耳に届き、振り返れば、タキオンさんがいました。
困惑したような顔をして。
「……と……ふゥん?」
困惑の原因は明らかに、私の目の前で顔を赤らめてわたわたと手をばたつかせている副会長のせいでしょう。
視線が私から外れた位置で固定されていますし。
「……そういうプレイはせめて寮の部屋でやった方が良いのではないかな、うん」
そして至って常識的なことを言い出しました。
この状況下でこんな目に遭わされているのであれば、犯人はどう考えてもタキオンさんしかいなさそうなものですが、自分でやったにしては引いたような表情ですね。
「貴様がやったんだろうが!」
「えーっ!?いくらなんでもその濡れ衣は酷くないかい!」
「このやけに頑丈な縄はどう考えても貴様だろうが!ハサミも通らんのだぞ!」
割と縄自体はそれなりに細いように見えるのですが、ハサミが通らないとは。
よく考えるとウマ娘の力を抑え込む縄ということになると、結構な強度だとは思いますが。
……一体どんな縄を使ったのでしょうか。
「副会長は私のことをなんだと思ってるんだい…?それに、私の専門は薬学だよ?工学系はお手上げさ」
「なっ……だったらこれは一体誰が……」
「そもそも、なんだ、すごい格好になっているが…ええと、メイショウドトウくんだったかな?彼女はどこにいたんだい」
「…放送室で縛られて転がされていたから貴様の仕業と判断したのだが」
「あっ」
心当たりがあるようで、不服そうだった表情が一瞬で気まずそうな顔になりました。
この様子だとタキオンさんに協力した人の仕業でしょうね。想像はつきますが。
あのタキオンさんが放送室のジャックを任せるとなると、恐らくは同室の彼女でしょう。
いつも挙動不審ですが、やけにマルチに活躍しますよね、ピンク色の彼女。
「やっぱり貴様が関係しているではないか!」
「あっはっはっは、それはまあ、私だな!」
あ、開き直りましたね。
敢えて「私だな」という言い方をしているのを見るに、協力者の存在自体は隠し通すつもりなのでしょう。
下手な口出しは後々タキオンさんに何をされるかわかったものではないので控えることにし、この場から退避すべく、なるべくそっと距離を取り始めます。
「ええい、今日という今日は許さん!今度こそ私の手で反省室送りにしてくれる!これを頼んだぞマンハッタンカフェ!」
メイショウドトウさんの縄をご丁寧に私に手渡して、タキオンさん目掛けて突っ込んでいく副会長。
…こんなのを渡されても困るのですが。今度は私が風評被害に遭いかねませんし。
「生徒会としての使命に忠実なのは見上げたものだが、私にはまだやるべきことが残っているし、反省室送りは御免被る…よっと」
タキオンさんが、ひょい、と何かを白衣の内側から取り出した。
…インスタントカメラ?
「何をーーー」
「はい、ちーず」
嫌な予感がして反射的に顔を背けようとしましたが、間に合わず。
瞬間、視界が真っ白に塗りつぶされました。
「「ぎゃあああああああああああ!」」
……タキオンさん、ストロボを改造しましたね。