トレセン学園は今日も重バ場です   作:しゃちくらげ

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烽火連天

 

 

 

 

時刻は夕暮れ刻。

茜色に染まり行く世界の中、私達は向き合っていた。

 

寮の前で腕を組み、仁王立ちしたアグネスタキオン。

口の端を三日月のように吊り上げた彼女が放ったのは、随分とまあ切れ味の鋭い舌鋒だった。

 

「やあ生徒会長。宝物を放っぽり出して、随分とまあ遅かったじゃないか。これが噂に聞く重役出勤という奴かな?」

 

おやおや?などと言いながら、腰を軽く折って見上げるようにして言ってくる。

数メートルの距離を挟んではいるものの、先制として放たれたその言葉は酷く効いた。

 

「……やってくれたな」

 

遅刻も何も、散々撹乱しておいて何を言っているのか。

 

頭に血が上って行く感覚。

脚は勝手に地面を掻こうと動くし、耳は後ろへ引き絞られて行く。

 

「おっと、生徒会長とあろうものが随分とかっかしているようじゃないか。よほど腹に据えかねたと見るが……ふぅン、それは果たして本当に私に向けたものかな?」

 

私の顔色が変わったのを見てか、大袈裟なリアクションでアグネスタキオンが肩を竦めて見せる。

 

「……っ、よくもぬけぬけと」

 

頭に来る。

今の私が冷静でないことなど分かりきっている。当たり前だ。

そこを煽るような真似をされて、冷静でいられようはずもない。

 

だが、悔しいことに、アグネスタキオンの言う通りだ。

言動もここまでの所業も何もかも腹立たしい事この上ないし、仕掛けた張本人にそんなことを言われるのは豪腹だが、何一つとして私の失態について弁明できる状況ではない。

 

この失態は、紛れもなく私の失態だった。

 

「それに、なんだい?これ見よがしに胸元を開けて、見せびらかしているつもりなのかい?幸せそうで何よりだよ。何が起きているのかも知らずに、ねぇ」

 

くつくつと喉を鳴らすアグネスタキオン。

楽しそうに、嘲笑うように。

 

ーーーー違和感。

 

冷静になれ、シンボリルドルフ。

 

相手は切れ者とはいえ対人関係能力の壊滅した変人だ。

そもそも対人能力の低い彼女がわざわざ論戦ではなく、こうして感情面に揺さぶりを掛けようとしている。

何かを覆い隠そうとしていることが透けて見える。

 

何もわざわざ安い挑発に乗ってやる必要はない。

 

この後に及んでは薬の治験が目的ではないことなど分かりきっている。

しかし何を狙っているのかは、未だはっきりしていない。

だが、この場においてわざわざ言葉を投げかけ、舌戦を仕掛けてきたと言うことは、何かから目を逸らそうとしているか、あるいは時間稼ぎが狙いか。

行動も、言動も彼女らしくない。

 

聞こえない程度に細く、薄く呼吸を整える。

大舞台に挑む前に、何度も繰り返してきたルーティーン。

ここで背中にトレーナー君の手が添えられていないというのがまた腹立たしさを助長するが、今はそうではない。

 

アグネスタキオンはトレーナー君に執心している。

これさえ認識していれば、トレーナー君の身の安全そのものに関しては滅多なことは起きていないことだけは分かるのだから。

 

腹が立つことは事実だが、焦る必要はない。

 

「おや、これが気になるのか。人恋しいのかい?」

 

故に、こちらも応えてやる。

引っ掛けられない程度に、相手の意図通り、論戦ではなく感情を揺さぶるために。

 

しかし、相手もさるもの。

表情をピクリとも変えずに、口の端を歪めたまま口を開く。

 

()()()。印だか証だか知らないが、()()()()()()大切にしているようでは本質を見失っていると苦言を呈さざるを得ないだろうね。生徒会長ともあろう者が、目的と手段を履き違えているのではないかな」

 

吐き捨てるでもなく、淡々と。

その言葉の一つ一つに、随分とまあ鋭い棘が見え隠れしていた。

 

私の内面を、弱みを知悉しきったようなやり口は、まるでトレーナー君を敵に回してしまったのではないかと錯覚するほどのいやらしい手口だ。

現に、たったこれだけのやり取りで私は私の手落ちを、間違えをこれでもかとばかりに自覚させられている。

 

「羨ましいと素直に言ったらどうだ?」

 

「さほど、と言ったんだけどねぇ」

 

素晴らしい自制心だ。

耳も尾も、まるで微動だにしていない。

 

だが、何もなくとも動いてしまうはずのそれらが全く動かないということは、意思の力で押さえ込んでいることに他ならない。

 

要するに、内心を見せたくない、と何よりも雄弁に語っている。

 

内心で何を考えているかは分からないものの、本来は一々感情表現を押し殺すような人物ではない。

それはトレーナー君を介した関係性において、散々に彼女の引き起こした事件や事故を処理して行く中で知るようになった。

 

確かに変人ではある。

だが、非人間的な性質でもない。

 

このウマ娘(おんな)、理性で感情を覆い隠すことができるタイプだ。

あの薄ら笑いの下に、どれほどの感情を仕舞い込んでいたのか。

 

思い返せば、あの脚の爆弾を抱え、痛みを表に出す素振りもなく。

淡々と破滅と紙一重の位置に存在する目的に向かって走っていける人物だ。

内心を表に出さないことにかけては、一流も一流。

 

近くで面倒を見る羽目になったトレーナー君でもなければ、気づくことすら困難だったそれ。

ある種圧倒的なまでの意思の力。

 

そんな人物がこうして嘲笑の形に表情を作り、否応にも出てしまうはずの反応を押さえ込み、わざわざ癇に障るような発言を繰り返している。

何かがあると勘繰るのは当然だろう。

 

それも、単純な個人の欲ではないな。

 

「……仕方ないな。浮かれていた、ということか。私も未熟だと認めざるを得ないな」

 

「ふぅン…?意外と素直に認めるんだねぇ。過ちを過ちとして認める度量は研究者や統治者としては重要な資質だが、さて」

 

袖から携帯端末を取り出し、何かを確認するとそのまま手の上でくるくると弄び始める。

 

「その履き違えが、大切なものを失う致命的な切っ掛けとなり得る」

 

違うかな?

 

にたにたと。

にやにやと。

 

まるで童話に出てくるお節介で謎解きばかりをしかけてくる狂言回しの猫だ。

するりするり、のらりくらりと。

 

確か『チェシャ猫』と言ったか。

ゆらりと揺れる尻尾は、まるで猫のそれだ。

 

「ご忠告痛み入るよ」

 

「レースと同じだよ。一瞬一秒の選択が結果を分かつ事もある」

 

くるくると端末を弄ぶアグネスタキオン。

 

舌打ちしそうになるのを必死で押し留める。

何が言いたい。

 

待て。冷静になれ。

先程までの思考に破綻はない、と思われる。

 

アグネスタキオンは何かを隠している。

ただトレーナー君の身柄を確保したという優位性の誇示が言動に出ていないことからもそれは明らかだ。

 

相手は此方の感情を掻き乱そうとしている。

私ならば行き着く事ができると考えているからこそ、そうしようとしているのだ。

何を隠そうとしている?

 

考えろ。

そこかしこに仕込んだGPSの位置も動いていなければ、学内の監視カメラの類でもトレーナー君の移動は確認できていない。

アグネスタキオン自体はそこかしこに写っているのを確認しているが、それは全て一人で動いている様子だった。

 

一方で協力者と思しき姿も確認できていない。

単独犯の可能性は高いが、メイショウドトウを縛り上げる、SNSでリアルタイムに思考誘導を掛けるなど、物理的に準備を行うには単独では難しいだろう事が多い。

 

複数名での犯行であるならば、おそらくこの局面で落ち着いてはいられまい。

なにせ、私に拘束されかねず、仲間が約束を履行する確証もないのだから。

故に直接手を下しているのはアグネスタキオン一人だろう。

わざわざ自分で出向いて混乱を煽っているあたり、仮説としては十分だ。

 

……こうして敵対関係になってみると、このウマ娘(おんな)の性質は実に厄介なものだと痛感させられる。

 

研究バ鹿?ラボにしか興味がない?それこそバ鹿を言え。

今の彼女は、明確に私の脅威足り得る存在だ。

 

トレーナー君はよくもまあ、こんなのを御したものだ。

 

考えろ。

トレーナー君の身柄を抑えつつも何故こんなところで私と相対している?

何を隠したい。自分の薬による不始末?それともトレーナー君に何かしたことか?

違う、違う。

薬による不始末であればここまでする人物ではない。

それが露わになることでトレーナー君に被害が行くのであれば話は違うだろうがーーー

 

 

 

ーーーいや。

 

 

 

まさか。

 

「そう、その可能性に思い至るのが遅い・・」

 

日頃妙な絡み方をしてくるばかりだったので、敵としては御し易い範疇だろうと油断していればこれだ。

 

アグネスタキオンの笑みが深まる。

底知れない笑み。これまで見たことのない、狂ったような色。

 

アグネスタキオンは笑って口を開く。

両手を広げ、まるで宣言のように。

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に思い至るのが、遅い」

 

 

 

 

 

私の脚が、勝手に地面を踏み砕いて飛び出した。

世界が停滞する。

 

身体は前へと飛び出し、ゆっくりと風景が溶けて行く。

目標は唯一つ、寮の入り口に陣取るアグネスタキオンのその先。

 

トレーナー君の身に何かが起きている。

そしてそれを行ったのが目の前のウマ娘。

 

生徒会長としての職責?

私の夢?

立場、しがらみ。

 

そう言った何もかもが溶けて消えて行く。

頭に血が上っていることは自覚している。

 

だが、ここで失うことは許せない。

 

ぎり、と握りしめた拳が音を立てる。

 

目標は唯一つ。

その障害は全て、踏み潰す。

 

「物理的に、排除する!」

 

「やってみせたまえよ。だが、邪魔はさせない」

 

対するアグネスタキオンもそれを想定していたらしい。

大きく広げた両手の袖から、試験管が何本も飛び出しーーー

 

 

 

 

 

「た、大変だよ!トレーナーが、トレーナーが!!!」

 

 

 

 

瞬間、ばんと大きな音がしてトレーナー寮の玄関から何かが転がるようにして飛び出してきた。

よく見慣れた流星。小柄な身体。

 

「テイオー!?」

 

「トウカイテイオーくん?」

 

テイオーが、血相を変えて飛び出してきた。

 

アグネスタキオンなどとやり合っている場合ではない。

何が起こっているのか、早急に把握しなければと思い、脚に急ブレーキを掛ける。

当然、アグネスタキオンもそれどころではないのか、笑みも試験管も引っ込めると、慌ててテイオーに振り返った。

 

「トレーナーが()()()()()()()()るんだ!」

 

「……もう起きていたんだねぇ。置いておいた風邪薬などは飲むようにメモを書き添えておいたのだけれど」

 

風邪薬?もう起きていた?

 

どういう……うん?

今朝方に調子が悪そうだったのはもしかして、花粉症ではなく風邪だった?

 

「そう、飲んでたんだよ!風邪薬と、多分、自白剤も一緒に!!タキオンさんの言ってたオレンジ色の包み紙が落ちてたんだ!!」

 

 

 

 

………。

 

 

 

 

 

 

……うん?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「えーーーーーっ!?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まって、情報量が多い。

 

 

 

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