トレセン学園は今日も重バ場です   作:しゃちくらげ

88 / 151
メイショウドトウちゃん実装のお祝いに。

お祝いにと言い張ってこんなものを投稿してごめんなさい。


李下瓜田

 

「待て。まさか……」

 

メイショウドトウのまさかの発言に、冷や汗が流れる。

 

「そのぉ……こ、このままだと……」

 

思わず冷や汗が止まらない私と向かい合っている彼女は彼女で、顔色を赤くしたり青くしたりとまるで信号機のように明滅させながら、額からだらだらと汗を流している。

 

「……その、どれくらい耐えられそう?」

 

「………………あのぅ………………」

 

ぐるぐると忙しなく、助けを求めるようにあちらこちらを彷徨っていた紫色の瞳が、そっと逸らされた。

 

なるほど。

猶予はもうあまりないと。

これは長くは持たなそうだ。

 

どうして。

 

控えめな性格なのはいいが、もう少し早めに伝えてくれると助かるというのと、できれば無駄に頼もしい生徒会の面々にでも頼んで欲しかったと切に思う。

マンハッタンカフェがアグネスタキオンを探してここまで連れてきたということは、恐らく自分ではこの縄を切るなり解くなりができなかったものと考えられるが…肝心のアグネスタキオンは昏倒していたし、マンハッタンカフェも困っていたのだろうか。

 

…それにしても一体いつからこの状態を強いられているのだろうか、この子は。

 

「……もしや歩くのも辛い感じかな?」

 

「………は、はぃぃ………」

 

顔を真っ赤にして、こくりと小さく頷くメイショウドトウ。

タオルケットを羽織り、部屋の隅で身を縮めて小刻みに震えている姿はどこか小動物のようではあるが、しかし切羽詰まりすぎだろうと思う。

 

「わかった。縄を解こうか……」

 

助けること自体は吝かではない、というかこんなものを見て見ぬふりをするというのは中々に難しいと思う。

とはいえ、せめて第三者がいる時にしていただきたいというのが正直なところであった。

 

仕方なしに近づくと、メイショウドトウに掛けていたタオルケットを剥ぎ取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結び目は……あった。これか」

 

「あの、あの………あんまりじっと見られると、その………」

 

事態が事態である。

中等部の年毎の少女としての尊厳が掛かった状況なので、縄を外すべくあちこち検分する羽目となっているが、一歩間違えば犯罪現場である。

 

手遅れになってしまれば、なんというか彼女の尊厳が損なわれる。

早いところ駿川さんが助けに来てくれれば良いが、相当な騒ぎになっているそうなので、まだしばらく掛かってしまうだろう。

 

鋏をさっさと瓦礫の中から探してしまえば良いかとも思ったのだが、部屋を出ようとしたところメイショウドトウが寂しげというか、見捨てられたような目をするのと、さらに駄目押しとばかりにエアグルーヴから「鋏で切断できなかったから解いた方が良いと思う」とのメッセージが届いていた。

 

ありがとうエアグルーヴ。

無駄な時間を浪費することなく済んだ。

そこまでわかっているなら何故ここまで放置したんだ。

忘れていたな?

 

結局、彼女たちの力で鋏を使っても切断できなかったということは、私がやっても無駄だろうと判断し、結び目を必死で探すこととなったわけである。

 

…しかし、こういうのを亀甲縛りというのか。

名前自体は何故か耳にすることはあるのだが、こうして実物を見る機会なぞ、普通はない。

普通ではない状態に陥っていることから懸命に目を逸らしつつ、結び目を解くべく、ペンなどの使えそうな道具を引き出しから取り出す。

 

随分と複雑な縛り方をされてはいるが、縄は縄だ。

結び目さえ解いてしまえばあとはどうとでもなるはずだ。

 

…のだが。

 

「……悪意を感じる」

 

私も初めて知ることとなったが、亀甲縛り?における結び目の位置がどこなのか、皆様ご存知だろうか。

 

そう。

 

 

 

下腹部である。

わざわざそんなところに作らなくてもいいだろうが。

思わず手が止まる。

いくら救助のためとはいえ、非常に心理的な抵抗が大きいのである。

 

「………あ、あの………どうぞ………触ってください………」

 

そんな内心を察したのか、顔を真っ赤にしながらも、健気にも覚悟を決めるようにそっと目を瞑り、軽く顎をあげるメイショウドトウ。

後ろ手に縛り上げられ、全身に縄を打たれながらも覚悟を決めたような姿は、まるで処刑を待つ聖女のようだ。それが寝室の隅でなければ。

 

私の寝室で一体何が起きているのだろうか。

どう考えてもいかがわしい何かが起きようとしているようにしか見えない。

 

恐らく、結び目を見やすくするように、座ったまま身体を張ろうとしたのかもしれないが、その結果強調されたのは上半身である。

 

こんな状態で誤解を招くような発言は控えて頂きたい。

 

ここで考えられる最悪のケースが、彼女の尊厳が損なわれた瞬間に駿川さんが助けに来てくれてしまった場合である。

その場合、私の大人としての尊厳も同時に損なわれることになる。

一言でいえば地獄だ。

駿川さんであれば彼女の尊厳を気遣ってことを大きくすることはないだろうが、まかり間違って話が大きくなれば、私は社会的に死ぬかもしれない。

 

なにせ、中等部女子と寝室でいかがわしいことをしていたのではないかと言われては言い逃れのしようがない。

完全に無罪であることを理解していたとしても、絵面的には完全に犯罪だ。

 

縄の結び目に手を掛ける。

 

「んっ」

 

「…変な声を上げないで貰えないかな」

 

「す、すみません……」

 

これではまるで変なことに手を染めているようではないか。

余計なことを考えるな。

雑念は全て捨て去り、ただこの難解な結び目を解くことだけを考えるべきだ。

 

「あっ」

 

今この時にこそゴルディアスの結び目の故事のようにばっさりと解決できる手段が欲しい。今この場面を乗り越えるために必要なのは、アレキサンドロス3世の手にしていた剣でもなんでもなく、人の力でも良く切れる鋏である。

アジアの王とかそういうのはいらない。

 

強いていうなら平穏が欲しい。

 

無心になって結び目に挑む。

頭上でなにやら悩ましい声が上がるが、勤めて無視をしつつ、ひたすらに結び目を解こうと試みる。

 

ぐいぐいと引っ張ったりしているうちに、少しばかり結び目が緩んだ。

しかし随分と強く結んだものだ。

 

悲しいことだが、縄もどこかで見たことがあるものだ。

確か色々と早まったルドルフが持ってきたことがある。防刃繊維で引張強度も頗る高いとかいうものだ。確かザイロンといったか。

 

結び目がほんの少し緩んだところにボールペンの先を差し込む。

まったく困ったことに、ウマ娘の力で思い切り結んでしまうと解くのも一苦労である。

ぐいぐいとてこの原理を最大限に使いながら、その隙間を大きくしていく。

ぱきん、と軽い音を立ててボールペンが折れた。

自前の万年筆などを使わなくてよかったと心の底から安堵しつつ、折れたボールペンを取り替える。

大量生産大量廃棄の時代はあまり歓迎すべきではないのかもしれないが、こういう時ばかりは感謝したい。これも精々が1本10円程度だ。

万年筆はリビングにあった筈なので、あの破滅を逃れているかどうかは運次第だが。

 

何度かそんなことを繰り返しているうちに、結び目が解れてきた。

 

「よし、ほぐれてきた」

 

「ほ、ほんとですかぁ?」

 

とはいえ、緩んだところを引っ張ったところでびくともしない。

もう少し経の大きい物が…ああ、懐中電灯があったな。

 

以前、夏合宿の肝試しにルドルフと参加することになった際、びっくりルドルフが思わずプラ製の懐中電灯を豆腐のような気軽さで握り潰したのを見て以来、頑丈さに定評のあるいわゆるフラッシュライトを備えるようにしたのである。

軍用を銘打っているということはつまり、ウマ娘の握力でも握りつぶされないだけの頑丈さを保証しているということに他ならない。

 

細い割には重量感があり、ついでに異常なまでに照度が高いため普段使いするには取り回しが悪い。正直、遅い時間にトレーニングが終わっても、帰り道には街灯がしっかり設置されているし、そんな時間に道を逸れようとも思わない。

精々が、お怒りのルドルフが寮の前に陣取っていた場合のエンカウント回避を試みるために植栽の中へ足を踏み入れて逃走する程度。

だが、こちらが目視した時点で向こうの補足圏内に入っていることはこれまでの無謀な逃走劇で散々わからされてしまっているので、いよいよ使い道がなくなったのである。

重いのでバッグに入れていれば肩が凝ってしまうし、意外と長さがあるので邪魔だしで、結局「有事の際に使う」と自分を納得させてベッド脇の棚に放り込んだまま忘れていたものだ。

 

棚に手を突っ込めば、意外と大きいのですぐに見つけることができた。

やはり結構な重さがあるな、と思っていると、か細い声でメイショウドトウが呟いた。

 

「そんなの入るんですかぁ…?」

 

「無理矢理にでも入れるよ」

 

早いところ解かないとひどい目に合いそうだし。お互いに。

 

ぐいと緩んだところに押し込んでみると、ぎりぎりではあるもののなんとか隙間に挟むことができた。

できるだけメイショウドトウの身体に触れず、負担もかけないように結び目を緩めていく。

 

…ロープ強度が異常に高いとは言っても、結び目は溶接しているわけでもないため、外そうと思えば外せるものだ。

この程度ならマンハッタンカフェやエアグルーヴでも力づくで解けただろうに。

 

「そろそろいけそう」

 

「お、おねがいしますぅ……」

 

しかし、願えば願うほど遠ざかるのが、トレーナー業における平穏という言葉である。

こういう時に限って、救いの手だかとどめの一手だか分からないような物が差し出されるのである。

 

「何してるんですかトレーナーさん!?」

 

ばん、と大きな音を立てて、寝室のドアが開け放たれた。

開け放たれたというか、勢いよく開け放たれた結果、ばちんとドアが立ててはならないような音を立ててドアが外れた。

 

駿川さんだった。

いつもにこにこと微笑みを絶やさない彼女だが、今日は笑顔に深い影が差している。

 

いい加減付き合いも随分と長くなってきた「怒らせると最も怖い職員」ナンバーワンの座を恣にする理事長秘書は、何故だかとてもお怒りのようだった。

 

ドアノブだけ掴んで、ドアを宙吊りにしている姿。

何故だか、吊し上げを食らっているドアと自分の姿が重なって見えた気がした。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。