トレセン学園は今日も重バ場です   作:しゃちくらげ

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時世時節

 

 

 

 

どうしたものか。

 

意気揚々と前を行くルドルフの、ご機嫌に揺れる尾を眺めながら思考を巡らせる。

 

ルドルフの部屋への宿泊。

 

つい先日の一件で、ほぼ一晩泊まったような状態ではあるものの、あれは一応看病のためであり、しかも寝たのは正座したルドルフの膝の上である。

今更になって思うが、足を心配しているくせに正座させた挙句その上で一晩眠るなど正気の沙汰ではないし、そもそもトレーナーの立ち入りが制限されている学生寮の一室で行うような事でもない。

あの部屋は一時的に移動していた別室ではあるが、それでも。

 

…寮のゲストルームが予約されたのは恐らく、偶然ではない。

 

先ほど携帯端末で何かやっているなと思ったが、あれは恐らくは根回しだ。

実際に宿泊する者がいるかどうかは分からないが、少なくとも何らかの力が働いていることは確実だろう。

確か稼働率が低いこの手の設備の管理はナリタブライアンの所管だったはずだ。

後で彼女を捕まえて話を聞いてみるほかないだろう。

変なところで正直というか、あまり取り繕うことがないウマ娘なので、ぽろっと実情を愚痴混じりにこぼす可能性が高い。

 

ともあれ、ゲストルームへの退避という手段は潰された。

 

そもそも、トレセン学園は教育機関である。

いくら特殊な学校とはいえ、学校法人というのは大抵が周囲からの理解を得たりする都合上、避難所としての役割も担っているはずだ。

だが、それはあくまで避難所としての設備。

簡易ベッドやパーテーションなども大量に備蓄はあるが、それらは体育館などの大人数を収容できる場所に限られている。

 

これだけの広大な敷地の中で、ゲストルームが一室だけというのは違和感がある。

だが、しかし良く考えずともウマ娘とはいえ年頃の少女ばかりが犇く場所だ。

宿泊設備が極端に少ないのも、あくまで例外的に訪れることのある海外客などがもし困った場合の受け入れ施設として抑えている程度で、普段はほとんど稼働することがない。

時折、地方トレセン学園からの見学や人材交流による逗留に使われるぐらいか。

 

そこが抑えられたのは痛い。

 

「…トレーナー寮の空室は無いの?」

 

「あるにはあるんだが、セキュリティの問題で開放していなくてね。その辺りは人事権を握っているセクションに聞くしかないんだが…」

 

「………それは」

 

「そう、最終承認者が理事会なんだ。緊急事態とはいえ、決裁を取るのに…まぁ、2、3日は掛かるだろうな」

 

理事長が学園内を自由に闊歩してはやりたい放題しているため、忘れがちだがトレセン学園は大きな組織だ。

何かやるにしても学園本部側の決裁が必要となる事項は案外多い。

決裁規定があったはずだが、その中でも人事権に関する事項については特に稟議が遅いのだ。

 

これは人事を蔑ろにしているわけではなく、逆に手厚くしすぎた結果によるものと聞いている。

 

生徒を育てるスタッフも大切にしなければならない、という理念は大変に立派なことだ。

今のご時世ではホワイト企業として常に上位につけるほどの好待遇を用意しているトレセン学園は、学生からの就職先としての人気も極めて高い。

広大な敷地、最新鋭の設備など、莫大な資産を誇るこの学園では、もっとも価値のある資産は「ヒト」であると考えられている。

なにせ、働いているスタッフがほとんど、その道でのトップエキスパートなのだ。

 

ヘッドハンティングも活発に行っていると聞くし、優秀なウマ娘を育てるために優秀な人材を確保することに余念がない。

そして確保した人材を手放さないために、徹底した好待遇を与えて囲い込むのである。

そのため、人事に関する事項については軽々しく決裁が下りない。

 

故に、人事権に紐づいたトレーナー寮やスタッフ寮に干渉するとなると、相当な数の決裁を要する。

つい先日、ぽんと担当を増やされた気もするが、あれは理事長の独断ではなくあくまでも学園理事会での承認が通ってからの唐突な告知なのだ。

 

これだから巨大組織は。

 

であれば、仮眠室などはどうか、と考えて頭を振る。

駿川さんのように、仮眠室ですら個人の居室として確保されているのだ。

飲み会などで朝まで飲んでいたり、途中で潰れて泊まるなどは個人の交流としてあっても、今回のように家なき子状態にされた場合は話が違ってくる可能性が高い。

個人で細々とやる分にはいいが、明確に部屋が破損し、住居を喪失していることを学園側も認識している状況ではいい顔をされない。

 

だったら早く仮住まいを用意してくれとは思うのだが。

そもそもトレセン学園の保有するゲストハウスというのは、所謂ホテルだ。

それに、資産運用の問題で学園近くには保有しておらず、レース場など遠方からの観客を収容するために活用しているので、トレーナーとしては出勤に時間が掛かるところが痛手となる。

 

………うん?

そういえば、あの損壊具合にも関わらず1週間かそこらで復旧すると言っていたような気がする。

 

であれば、一時的に多少遠方からの通勤になろうが問題無いのではないか?

 

「学園所有のホテルがあったよね。そっちの部屋を抑えたいんだけど」

 

「…君はそんなに私と同じ部屋にいるのが嫌なのかな?」

 

「それ自体はとてもどきどきする話なんだけどね。君の体面やその結果及ぼす影響について考えると胃が痛む」

 

言葉に嘘はない。

どちらにせよ、大変にどきどきしてしまうことは間違いないだろう。

もちろん、悪い意味で。もう既に胃が痛い。

 

「…ふふ、わかっているよ。私のことを心配してくれているんだろう?だが、その辺りは抜かりないよ」

 

後ろ手に手を組んで、くるりと軽やかなステップで振り返るルドルフ。

 

さらりと流れる、ところどころ癖のある長髪。

額の流星が軽く跳ねる。

楽しそうでありながら、少々困ったように。

 

どちらかというとテイオーが時折やるような動きに近いが、軽やかさよりもどこか優雅な動作に、思わず見入ってしまう。

過去に二人のやり取りが親子のように見えたのは確かだが、なるほど。

同じことをやっても、やはり違う。

 

できれば抜かっていて欲しい。

 

「まったく、君は心配性なのだから。…そして先程の要請だが、残念ながら叶えられない」

 

「そっちも一杯だと?」

 

「うん、そういうことなんだ」

 

「ううん…だとすれば、自分でホテルを取ろうか」

 

別に自費で外泊することについては全く問題はない。

そもそも、壊れた上で宿を紹介できないのが学園側の落ち度であれば、確実に経費支給もあるだろうし、そこまで切羽詰まった台所事情もしていないので問題はないはずだ。

 

しかし、そんな淡い期待も、ルドルフの笑顔によって打ち砕かれる。

 

「………それも、残念ながら。今は近隣のホテルも超満員なんだ」

 

「嘘でしょ……何故?」

 

「君も近隣のホテルを検索してみるといい。この近辺一帯の宿泊施設は予約でいっぱいで、ろくに泊まれるところは残っていないよ」

 

「おかしい。何が起きて………あ」

 

「思い出したかい」

 

「しまった、時期が悪すぎたのか?」

 

「そう、その通りだ。なにせ………」

 

ふわり、と風が吹く。

腕を組んで胸を張ったルドルフの前髪が風でふわりと舞う。

そして彼女は、重々しく告げた。

 

 

ーーーもうじき、ファン感謝祭があるからな。と。

 

 

ふんす、と。

鼻息も荒く言い切ったルドルフの頬は少しばかりの紅潮を見せている。

ファン感謝祭への期待か、それとも責任感からの高揚か。

 

確かに、毎年無数のファンが詰め掛けるトレセン学園の一大行事だ。

一般のファンが学園内に足を踏み入れる唯一の機会であり、参加競技によっては推しウマ娘と直接触れ合える可能性のある、ファンが楽しみにしている交流会。

 

確かに、それを近日に控えていればこの状況も納得できる。

だが、だが何故よりによってこんな時期に。

 

ご機嫌で尻尾を振り回すルドルフ。

そして一方の私は、思わず崩れ落ちた。

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